81.対破壊特化型戦獣(1)
身構える。理性的に、そして反射的に。防衛の体制を取る事が何よりも自然だと思わざるを得ない。
強く睨む瞳の側を一縷の汗が撫でる。同じく立っている筈の場所で、キナリは宛ら『玉座』に君臨しているかの余裕でウスズミを内側から見下している。
「………ッ」
「ん~……もしかして、警戒されてるかな? なぁに、僕はただ盗られたモノを『取り返しに来た』。ただそれだけなんだぜ? 警戒される謂れは無いと思うんだけど……」
困ったように、呆れたように。頭髪にわざとらしく手を当て、キナリはウスズミの知る『彼』を自らに投影する。
けれども、ウスズミにはそれが不思議と滑稽に見えたのも事実だった。座した玉座の上、見下す彼を見上げるかの如く口角を上げるウスズミ。
「━━相変わらず口がよく回るじゃないか、キナリ。都合の良い講釈で人を煽動するのは楽しいか?」
恐れる必要は無い。変質したのは事実、しかし臆する理由には足りない。彼女をモノとして扱う彼に屈してはならないと気概を奮わせるウスズミ。
━━対してキナリ。その視線は彼には向かなかった。外れた視線は周囲に転がる建物の瓦礫。労働力の残骸。……そして、リンドウ以外の『年長者』の骸に注がれていた。 ラヴを止められなかった、ラヴの逆鱗の餌食となった4人の無惨な姿が。残った一人と共に重なる。
一方で、リンドウは千切れた指を、縦に裂けた前腕を気にも止めず。震えて覚束ない足を前へ前へと進めていた。
『やっときた』
『これで救われる』
抱いたモノは単純にして明快。覚束ないし確証も無い、ただ『キナリが来た』事に対しての『信仰』に近しい感情。ウスズミ達は止められなかった。トクサも確保出来なかった。けれども、『収穫』は確かにあった。
何よりも、『生き延びた』のだ。
褒めてくれる。きっと、称賛してくれる。━━偽りとなった人格の上に形成された、歪曲な喜び。ただそれを満たしたいが為に、掠れた息で『キナリ』の名前を呼ぶリンドウ。
「まぁ、いいか」
『━━━━━━え?』
一滴の毒が、彼女に対しての褒美だったのかもしれない。……否、それが『褒美』であれば彼女は喜んで享受するだろう。
しかし、それすらも与えられない。キナリは最初から眼中に無いかのように、リンドウの存在を、価値を、容易く切り捨てる言葉を吐き捨てた。
「……お前、見えないのか?」
「所詮は『デザインベビー』、作り物だ。今ストックしてる情報ならアレ以上のモノは後で造れる。 ━━そんな事よりもウスズミ、随分物々しいブツを右腕に付けてるね?それはなんだい?」
疑問の余地すらもなかった。ウスズミの抱いた困惑は、嫌悪へと変貌したが、キナリはそんな事知る由もない。もしくは知った上で宣っているのかもしれない。
デザインベビー。作り物としてのヒト。一つ一つと、彼女がキナリに拘る理由が、朧気ながら繋ぎ目を埋めていく。
「…………リンドウ!!今からでも遅くない!!僕の手を!!」
「━━━━━━━━━━━━━。」
もう、遅かった。
割れる。割れる。割れる。
音を立てて、荒廃する。崩壊する。傀儡を繋いだ糸は切り取られ、そこに立っていた人の形は膝を崩して立てなくなる。
最後の瞬間。彼女は、彼は。誰かにとっての誰かは。『光』を確かに目の当たりにした。目の当たりにしただけ、幸せは存在していたのかもしれない。しかし、そんな物は数ある形の内の一つに過ぎないのだろう。
『貴方は私にとって、私にとって。わたしにとって。たった一人の、一つの。大切な━━━』
『光』だったのに
割れる。割れる。割れる。
音を立てて、荒廃する。崩壊する。風化して、砕け散る。今まで彼女に蓄積された情報が塵に溶けていく。黒濁した瞳は、曇天を映し出している。
まるで、消え行く思い出を見送るかのように。取り返せない己の死を目の当たりにするように。
彼女は今、『何者』でもなくなって。
━━生きたまま、死を選んだ。
「死んだ者の事なんて、どうでも良いだろう?ウスズミ」
「━━ッッ!!!」
刹那、覆い被さる悪辣。何処までもドス黒く、何処までもねじ曲がる快活な声は、耳によく触った。
ウスズミはすかさず右手に携える刃を、感情の赴くままにキナリに振りかざす。
━━しかし、それだけではなかった。
「………………おかしいなァ、君は此方側じゃ無かったのかい?」
「酔狂に走った獣を討つ事も、私に与えられた権能の所以です」
キナリはウスズミに集中していた。故にその攻撃を自らの権能で受け止める事は出来た。故に、その身体には傷一つ無くて然るべきだ。
「いくら道を違えようとも、いくら悪の軍門に下ろうとも……善の本質は変わらないのが英雄なんですよッ…!!」
だが、違った。彼の右胸を穿つ、赤を帯びた黒い切っ先。靡く毎に煌めく青い宝玉の髪。
キナリの背後。其処には英雄に違わぬルリの姿があったのだ。