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『アウト・オブ・灰塵世界』【完結】  作者: 久瀬 風助@鬼叺 連
六歩目:戦獣奪還、開戦す
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80.来る災害





 トクサの黒い腕を包む淡い翡翠色の光が揺らめきを宙に残すと、リンドウの握る軍鉈(マチェーテ)の真芯を爪が捉えていた。


 身体はふわりと浮かび上がり、捉えた真芯をそのままにトクサはリンドウを逃がさない。リンドウも抵抗しようと得物をなんとかして引き抜こうとするが、相手にしているのはアカツキが目的とする『兵器』だ。兵器であり、猛獣であり、対応しようが無い奔流だ。



 「ひぁっ……はぁ…!!」



 軍鉈(マチェーテ)が、リンドウの手を離れる。痛みに息を漏らす彼女は馬乗りにされ、四肢を抑えられる。


 『知る』と『見る』とでは内包する情報の容量が異なる。得物を引き剥がす、黒く染められた腕はリンドウの瞳にどのように映ったのだろうか。彼女は怯えと楽観の二つを練った顔で、トクサに視線を合わせた。



 「……いたいか」


 「ええ……とても……!」


 「……ワタシは、リンドウがすきだ。だから出来れば、ころしたくない。


 ━━おねがいだ。ワタシ達と、たたかってほしい。」



 それは、自己改造型蹂躙戦獣(プロトタイプ)が自らの選択によって得た答え。『蹂躙』の名を冠する彼女は意思を持った。

 兵器が意思を持った行く末、寸分違わぬ人格を保有した。()()()()だからこそ、リンドウに対してトクサは涙を抑えなかった。





 「……ダメですよ、トクサちゃん」


 「………!」




 甘さが露呈した。━━否、いくら涙を見せたからと、兵器の力が弱まる事はない。…()()()()()()()()()()


 届いた。届いたのだ。トクサの訴えは確かに、リンドウに届いた。『ダメ』とトクサに告げたその瞬間、()()()のリンドウが一瞬だけ顔を覗かせた。

 リンドウは年長者だ。誰かにとっての誰かであり、(おのれ)を保有しない情報(データ)の塊。全てがペテンで構成された人の形をしているだけの(うつろ)



 「ぐぁっ…!?」


 「簡単にココロを許しちゃダメですよ?♪


 それよりもどうです? ()の身体をしてるなら、無視出来ないでしょう? この痛みは…!!♪」



 一瞬だけ出て来たそれが真か偽かも分からない。一転して攻守が逆しまとなる。関節が在らぬ咆哮へと曲げられ、あと少しでも力を入れれば━━



 「っぁアアァ…ッあぁウッ…!!!」



 肉が鳴る。関節が悲鳴をあげ、痛覚となって神経に警鐘を鳴らす。情緒的にも、戦術的にも、此処でトクサを()()()出来れば、回収は容易となる。


 『ミシミシ』と、リンドウはその所業を止める事は無かった。



 「━━!!」



 だが、リンドウは離れる。


 狙われている。相対するのはトクサだけではなく、ウスズミとラヴ。合計で三人。今彼女の紫色の髪を掠めたのは拳銃(オニビ)の弾丸だ。



 「好き勝手させる訳ねェだろうが…!!」


 「あらあら…随分と勇ましい性格になりましたね? ウスズミさん?♪」



 左手に握る拳銃(オニビ)をホルスターにしまうのは、胡蝶の夢からウスズミへと接続されたもう一人の彼。━━しかし、リンドウがそれを知るよしもない。仮に知った所で、彼女はそれ以上の人格で構成されているのだから。



 「いいからとっとと……離れやがれッ!!!」



 声を張り上げ、迸る電流の残像と共に駆ける。ウスズミの身体を介して……というよりも強化外骨格によって強制的に『磔』にされているも同義故か、それを振るう事に躊躇も抵抗も無かった。



 「━━太刀筋が、随分と()()()()としてきましたね?」



 今の彼女が逢丞を恐れる要素はない。ましてや警戒等の必要なく、仕掛けさえすれば制圧出来るだろう。

 目的は、遠くへと投げ出された自らの得物。視界にトクサとウスズミを抑えながら、リンドウ探り探り得物を手繰り寄せる。



 「もしかしてバテてしまったんです……かっ!?」



 強く、強く、地を蹴る。砂利が小気味よく音を鳴らし、リンドウは右腕ごと切り落とすつもりでウスズミへと近付いた。


 早く、早く、地を踏む。彼女は『誰か』になるだけで、ルリやスオウのような移動は出来ない。それでも()()()()と思わなかったといえば、嘘になる。


 『誰か』になった上で作られた感情の中には、無論『無駄』も含まれていた。



 「━━いいや、此処からだ」



 『え?』という疑問すらも沸かない。考えに齟齬(ラグ)が発生する。鼓膜を、聴覚を伝って身体が認識出来たのは、『声が変わった』『雰囲気が変わった』『初撃を避けられた』そして━━━



 「━━━━ッッッ」



 『右腕を、抉られた』。途切れ途切れの慟哭に、彼女は地を這った。決して腕を切り落とされた訳ではないが、露呈した赤色は紛れもなく彼女の内側を、神経を掻き毟り続ける。


 絶え間なく、止めどなく、際限無く。流れる血液は痛みと引き換えに地面を染め上げる。利き手を封じられたリンドウは左手に軍鉈(マチェーテ)をなんとか握るが、痛みと同様で視界が歪んでいた。



 「(指が二歩……前腕が断裂……)……降伏してくれ、この場だけでも構わない。僕だって部下が失血で死ぬのは見たくないんだ」



 差し伸べる左手。━━しかし、リンドウには聞こえていないかった。何処まで突き詰めても、彼女を襲う痛みは本物の痛覚によるモノ。


 錯乱する。狼狽する。言葉を一切整理出来ず、思いのままの言葉が、荒い吐息混じりに押し寄せる。



 「まさか……アナタも私と()()だったなんて!! 重大な失態だ……! あの人に……中将に報告(おはなし)してあげなきゃ…!!」


 「…………………」



 ……手を取られる事は無かった。言葉に意を唱える事も同意する事も無く、ただただ無関心。既にウスズミなど眼中に無いかの如く、彼女は譫言を並べて何処かへと歩き去ろうとする。







 「━━━あぁ、あぁ! そこに居たのですね!」





 彼女が、振り向く。


 瞳に灯した光が、何によって照らされたモノなのか。曇天の筈なのに、彼女の目は息を吹き返していた。



 「………ウスズミ、くる。 『ナニか』になったアイツが、来る…!!」



 彼女が振り向いた方向。ウスズミの全身に取り巻く、虫酸にも似た怖気。『久しく会ってない』というには短すぎる期間、()()()()()の数えられるだけの間しか経っていない。


 それなのに、()()()()()()()()()()()と、ウスズミは反射的に目を見開く。





 靴音。


 靴音。


 靴音が、転がる礫を踏みにじる。


 間違いなく、近付いている。()()()()()だけの行進が聞こえる。


 あろうことか、姿()()()()()()、纏う雰囲気だけが異常に変容した━━



 『人』の形をした災害が、来る。





 「やぁ、随分楽しそうじゃないか。ウスズミ」


 「………キナリッッ━━!!!」

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