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『アウト・オブ・灰塵世界』【完結】  作者: 久瀬 風助@鬼叺 連
【二歩目:陰中に蠢く謀り】
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8.疑念は絶える事なく



 「………空、か…」



 ()で見た外の光景が思い出される。汚染された空気、モヤを反射する橙色の照明。ビル郡の僅かな隙間から垣間見えた空の色は、灰塵と同じ色をしていた。

 昼なのか夜なのかも分からない、見ていれば胸に湧き上がるのは虚しさだけ。…そんな世界の中で、彼女は『青い空』に夢焦がれ、狭い空間の天井に手を伸ばしていた。




 『そっか…。やっぱりソラって、青いんだ。へへへ…。本当だったんだ…!』


 

 『ソラを、見てみたい。 この目で、見てみたいです』




 繰り返される彼女の言の葉。『空が青い』という、断片的なの情報を彼女は『本当だった』と口にした。…自分の半身も、それが普遍であり不変だと信じて止まないようだ。


 あの薄暗い灰色の城壁が横たわる先には、きっと彼方側の世界と同じように空色が広がっているのかもしれない。…途方も無い事を考えているから、足元が僅かにふらついた。


 きっと自分は今、難しい顔をしているだろう。劣化による変色が著しい廊下を歩きながら、目線は下に。寡黙に歩を進めていると、足音が一つ増えている事に気付き、目線を僅かに上に向ける。



 「(道を開けるか…)」



 目の前から歩いてきているのは、長く青い髪の毛を横でまとめた、何処か自信のなさが顕著に表れている少女だった。確か、名前は”ルリ・ベルトロール”だったか。左に避けて、彼女が通れる位のスペースを空ける。



 「(…左に寄ったぞ)」



 今度は右に避ける。



 「(…あぁ、これ止まった方が良いかもしれないな)」



 互いに回避しようとして、結果的に重なってしまうあの現象が発生していた。この場合はどちらか一方が止まった方が良い。

 左側に身体を寄せて、進めていた歩みを止める。これならばもうぶつかる心配は…



 「あぁごめんなさいぃっ……わっ!」



 バサッ、と目の前が見えなくなった。

 

 息の詰まった悲鳴が耳に飛び込んだかと思えば、視界は白色の群像に支配される。バラバラと音を立てて、書類の角が自分の表皮に小さく、小さく突き刺さる。目に入りそうだった為、反射的に目を閉ざし、身体を逸らす。



 「あぁぁぁ…また…またです…。うぅぅ…」



 ……脳裏に浮かんだ光景そのままが反映されたかのような、ルリがたじろいで慌てふためく状況が目の前には広がっていた。


散らばった書類は四方八方へと、薄汚れている廊下に晒されている。一目見ただけでも50枚60枚か、もう少し纏まってても良いだろうに、必要以上に広がった書類は、一周回って綺麗にすら見える。



 「だ、大丈夫か? えっと…ルリ・ベルトロール…で良かったか」


 「はい…。ルリです…。ごめんなさい…。ほんと私いつもこんな感じで鈍臭くて…。すぐに、すぐに拾いますから…。ほんとに申し訳ありません…」



 震える声の羅列が蒼白な顔から漏れ出ている。不安の出所は何処か、何かに背中を駆られ怯えたようにも見える。緩んだ瞳からは、今にも涙が零れそうだった。



 「…大丈夫。大丈夫だ。ミスは誰にでもある。『俺』も毎回ミスばっかりでな…。その時いっつも怒鳴られて…、「なんで俺だけ」って不貞腐れて、凄く悔しかった。


 ……俺は知っている。だから大丈夫だ。俺は君を怒鳴ったりだとか、必要以上に叱責はしない。次から気を付けてくれればそれで構わないさ。」


 「えっと…。」


 「……あ。そ、そういう訳だから僕も手伝わせてもらっても構わないだろうか」



 若干引き気味なルリ。我に返った自分は羞恥を隠すべく、書類を拾い始める。


 …考えるよりも先に、口走っていた気がした。居ても立ってもいられないと、『うすずみ』が『ウスズミ』の身体を押し退けて、身体の主導権を手に取った。


 自分の中に、ルリ・ベルトロールに同情する記憶は存在しない。…しない筈なのだが、定着した『宇涼』の記憶・記録が、染みのように自分の中に溶解し、侵食し始めていた。



 「(…そうか……僕はあの世界では、彼女のような人だったんだな……)」



 同情を手に取れば、理由は簡単に理解出来た。


 『宇涼かれ』はさして優秀とは言い難い人材だったようだ。自分がどうかと言われれば分からないが、感情に流されずに任を全うしていた分、人の上に立つ役職に収まる事が出来た。


 『境遇が良かった』と言ってしまえばそれまでだろう。しかし、宇涼はそういった境遇に恵まれないだけでなく、出世や優遇といったモノからは遠い位置に居た。成功という経験が著しく少なかった彼は、僅かな称賛すらも皮肉として受け取り、叱責を必要以上重く受け止め続ける。


 ルリに対して抱く同情は、宇涼が自分と重ねてしまったが故だろう。



 「そういえば、この書類は…」



 手元の書類を一枚手に取り、気持ちを切り替える。今はこの状況を片付けなければならない。



 「あ…、ここ数カ月の戦獣の調教記録や、健康状態ですとか…。後は作戦に組み込まれるのを想定した時に何処まで運用して構わないかを抽出してまとめた書類ですね。 あっ、ただ、殆どは他の戦獣を回して貰える様にお願いする嘆願書なんですよ。それが全部棄却されててこんな形に………。書式がダメ…なんですかね…」



 散らばっている書類の一枚を探すと、確かに『嘆願書』と記載された書類か、それに対しての上層部の『却下』を示す返答書が殆どである事に気付く。その内一枚を手に取り、眺める。



 「…色々ある、って事だな。戦獣は他に回される事はないのか?オニグマやシンは回されないのか?」


 「はい……。オニグマやシンまで回されるのは、第7戦獣調教部隊までです…」



 此処での仕事は、少しばかり花を添えても許される程度の量しか確認出来なかった。僅かに増やして貰えるように嘆願する事は特段珍しくもない。余程生産性が無いと見なされているのか、異常な程に嘆願の一切を棄却されていた。



 ―――『!』という一瞬。




 ピースを組み合わせていった結果、気付かなくても良かった筈の事に気付いてしまった様な気分に、感情が侵食される。何処か引っかかる不快感がふと走り、更に自分の頭の中に疑念の種が芽吹き始めるようだった。



 「(そういう事なのか…? この部隊を”班”と呼んだり、誰も知らないが故に情報の尾ひれがついているのは…)」


 「は…班長………?」


 「う、うん?」


 「あっ、いえっ、そのっ!! 書類を両手に急に動きが止まった物ですから……。何か、任務があったとか…そういう事ですか?でしたらその! お構いなく!! あとは私がやりますので!!」


 「いやいや、今日編属されたばかりで、そういう事は無いから安心して欲しい! …少し、考え込んでしまったのは、気になる事があったからだよ。…片づけ終わった後、この棄却された嘆願書を貸してもらって構わないかな」


 「どっ、どうぞ。…資料の保管場所は、廊下を曲がって左の扉に、保管室があるのでそちらにお願いします」


 ルリの指し示す場所を確認し、彼女に頷きで返答を返す。後はこの書類を片づけるだけだった。


 ……この班に回されている仕事、調教対象である『戦獣』の少なさ。他の部隊が「部隊」呼びであったのにも関わらず、「班」と呼称される程の人員の少なさ。そして、ただ仕事を増やす事すらも棄却する上層部。


他にも様々な箇所がとにかく『気がかり』だった。引っかかる感情がこれらの要素を繋げている。嘆願書を一枚を懐にしまい、書類を一枚一枚と重ねていく。



 「(……何かを…『隠している』…?)」




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