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『アウト・オブ・灰塵世界』【完結】  作者: 久瀬 風助@鬼叺 連
【一歩目:胡蝶の夢と灰塵の世界】
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1.処罰

こういうタイプの物語を書くのは初めてです。のんびり書いていきます。




 ガタン、ガタンと、鉄の車輪が奏でる音で意識が明瞭になる。それは『目覚める』とは異なる、言うなれば遠く見ていた胡蝶の夢から『ふっ』と現実に引き戻された感覚だった。


 古めかしいボックスシート、オリーブカーキの軍服に身を包む数十人の男達が視界へと飛び込んできた瞬間。全身を包み込む違和感をやっと認識する事が出来た。




 「━━ウスズミ兵長、名前を呼ばれたのならすぐに来るように」


 「え…。は、はい!」




 思わず反射的に、張り詰めた声で反唱する。間違いなく自分の名前は「ウスズミ」という名前だという自覚がある。 不思議なことに、先程までいた世界でも自分は『宇涼(うすずみ)』という名前だった。


 席から立ち上がる。古めかしい木目の床を軍靴が強く踏みしめる。一連の動作が身体に染みついてるのか、先程まで聞こえた車輪の音よりも自分の足運びの音の方が鮮明に聞こえてくる。


 「大袈裟だ」と何処か懐疑的になりながらも、膝を付いた一礼の後に中心人物らしき者の隣に立った。



 「ウスズミ兵長。まずは貴様が仕出かした事の()()()()を、この場で改めさせて貰う。


 これは今後、貴様と同じ立場となった者が同様の事例を引き起こさない様にする為に必要な、軍曹の義務だ。留意して貰えるな?」


 「はっ、覚悟の上です」



 しかし、どうにも『自分がやっている』という実感が無い。 俯瞰視点で自分の姿を見ているような気分がして、むず痒さが勝る。言葉の裏側で『何を言っているんだ』と訴えている自分がいる。事実、耳に入ってきた内容には何の覚えもない。 軍曹の顔も、容姿も、既視感こそあるが、それなのにも関わらず新鮮さがあった。


 はっきりとしている事は一つ。今、目の前に立つ上官の命令に逆らってしまえばこの後、『元も子もなくなる』という展開が待ち受けているという事だろう。



 「…3日前、我々第6防衛部隊は、満40名の兵力を以て敵国(クレランス)攻撃小隊と交戦。予定通り対象への包囲攻撃を実行すべく、4つの分隊に再編成。私はウスズミ兵長をB分隊の指揮官に任命した。


 …だが、貴様は分隊を指揮する立ち位置でありながら、敵を前にして()()()()()()。昨日意識を取り戻したようだが、残存兵力は31名。…貴様以外、B分隊は全滅した」


 「…へ?」



 抜けた声が漏れ出す。その『三日前』とやらの記憶は、自分の脳には定着していない。記憶喪失というよりは、それが自分の記憶なのかどうかも記憶が定かではなく、不明瞭なのだ。


 対比するように、先程見ていた胡蝶の夢は自身の中に強く根付き、既に『記憶』として定着しつつある。それを実感し、反芻する程三日前の自分自身の記憶が曖昧になって行く。



 「…ウスズミ兵長。私は自分の事を温情ある人物だと自負しているが、同時に気はそこまで長くないという事も理解している。 此処まで死人を出しておきながら、間抜けなザマを晒すのであれば私にも考えがある事をゆめゆめ忘れるな」


 「はっ…、申し訳ありません」



 どうやら自分は、()()()()()()()を仕出かしてしまった。

それだけは事実なようで、緊張と詰まった息。自分を取り巻く冷ややかな空気と、背後から自身を除く視線が痛かった。



 「━━━━━━」



 少し、考える。


 自分がやったという自覚は相変わらず無い。けれども、死んだ兵士にも帰りを待つ人物がいる。家族、恋人、兄弟、友人。出兵した者の帰りを待つ者は間違いなくいる筈だ。

 自分はそんな人達を、9人殺したも同然の戦犯として晒されている。然るべき処置として妥当なのは銃殺刑か、それ以外の死罪だろう。


 ……罪悪の重責が肩と背中にのしかかる。鼓動が一層勢いを増し、車輪の音に加えて着席する兵士の息遣いまでが、敏感に聞こえてきた。



 「…自分は未来ある9人の仲間の命を無作為に奪い、上官である貴官にも、我々の所属する軍にも、多大なる迷惑を掛けました。


 先程も申し上げた通り、覚悟の程は出来ています。…どのような処罰も、甘んじて受けさせて頂きたく、僭越ながら意思を表明させていただきます」



 自然と漏れ出した震える声に、ざわめきが一瞬だけ止まる。車輪の音も聞こえなくなった。…緊張を通り越して、高揚しているのか。俯瞰視点にあるから言えるのか。目の奥が熱くなるのを感じながら、拙く言葉を並べ、上官に進言する。



 「何を勘違いしているのか知らんが…。貴様の意思は伝わった。だが感情に左右され、此処で嘘を並べたとしてそれは為にはならない事も理解している。私は義務として、貴様には告げられた処罰を下す」


 「ありがとうございます」



 これがウスズミという男の物語だったのだろうと、「死ぬ」と分かっているからこそ何処か諦観しているのだろうか。真っ先に出た言葉は上官への謝意だった。感情に絆されることなく、冷徹な罰のみを下した彼への尊敬が現れて出てきた。


 後に残されているのは、ただ自身の死因を決める罪状のみ…




 「貴様を、我々総合防衛行動師団『アマテラス』第6防衛部隊から、総合支援行動師団『ツクヨミ』第8戦獣調教班に編属する。これは既に決定事項であり、変更は出来ない。本日、本部へと帰投後に地下にある調教班の活動拠点へと向かう様に。…以上だ」


 「……………え?」



 また、間の抜けた反応をしてしまった。今度は意識がハッキリとしている上に、実感もあった。


 死罪を免れないと思っていた予想をあっさりと裏切り、別の部署へと編属される。この処遇では、流石に間抜けな反応で呆然とするのは当然だろうと、自分は困惑の中で確信していた。


 ガタン、ガタンという、車輪が奏でる音が強く聞こえる。

 見慣れない現実の中、上の空のまま。列車は目的地に向けて、傷付いた兵士達を運んでいく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 言葉遣いが独特だなと思いました。「違和感が全身を抱擁した」が特にそうです。私は個性として好意的に感じていますが、違和感を覚えもします。 夢から目覚めたはずなのに、夢を見ているような感覚、と…
[良い点] 面白そうな予感がします。 とりあえずブクマと評価を付けさせて貰いました。 これからじっくりと読ませて頂きたいと思いますので宜しくお願いします。
[良い点] これこれ、こういうの。 こういうのが読みたかった。 文章の雰囲気から察するに、筆者はそうとう書きなれた人物であると推測します。 (勝手な妄想ともいう) ブクマと評価しときます。 [一言…
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