剣の墓標と新たな一歩
ひとしきり泣いたあと、気づけば雨が上がっていた。
顔を上げると目の前には狐龍の亡骸がある。
夢じゃない。
親父は本当に死んだんだ。
「……この世は弱肉強食だって、言ってたっけ」
いずれ自身も喰われる時がくると以前から言っていた。
それが今日で、俺が喰うとは思わなかったけれど。
「この世の摂理だ。強い奴が弱い奴を喰う……親父はお前に負けた」
立ち上がって狐龍の亡骸に手を添える。
「でも、俺はお前に勝った。だから、喰う」
捕食スキルを発動して狐龍の亡骸を平らげた。
すると、親父の時と同じように龍の力がこの身に宿る。
溢れ出した魔力が札を形作り、何枚かになって空中に浮かぶ。
そして着衣が変化し、昔ながらのの装束のようになる。
「これが狐龍のスキル」
親父――斬龍は刀剣の現出だった。
なら、狐龍の場合は札、霊符――符術だろうか?
指先で霊符に触れてみるも反応なし。
次に指先から魔力を込めて見ると、蒼白く発火した。
「おっと。こういうことか」
急いで指を離して火傷してないか確認する。
どうやら大丈夫そうだった。
「狐に符術……陰陽師ってところか」
ドラゴンは周囲の環境に強く影響を受け、その姿を変えると親父は言っていた。
親父と同じ斬龍は、多くの刃が集う場所――つまり、戦場で生まれたという。
なら、この狐龍は妖術や妖怪の類いに縁のある地で育ったのだろう。
妖術を真似て札に文字まで綴るとは、ドラゴン恐るべしだな。
まぁ、親父も罠の魔法陣を爪の先で描いて教えてくれたし、文字くらい楽勝か。
「……これからどうするかな」
俺の世界はこの渓谷の底がすべてだった。
ここには愛着があるけれど、でもそれは親父がいたからこそ。
綺麗な池も気持ちの良い森も、今はそれほど魅力的には感じない。
いっそ、ここを出てしまおうか。
「そう言えば……」
夢によく出てきていた、あの少年。
まだ生きているのなら、あの少年こそ最後の縁だ。
探してみるのも悪くないか。
「……よし、決めた」
人里に降りて、あの少年を探そう。
生きているのなら会いたい、死んでいるのなら墓に手を合わせたい。
それが当面の目標だ。
「墓、か」
ふと思い立って一度、巣穴に戻ることにする。
主がいなくなった巣穴は、随分と閑散としていた。
「こんなになにもなかったっけ」
あるのは焚き火の跡と藁のベッド、食べたあとの獲物の骨くらい。
殺風景な景色を見て、改めて親父の大きさを知った。
「ずっと一緒だ。でも、墓は用意しないとな」
そう言いつつ、狐龍を仕留めた刀を地面に突き立てた。
「墓標代わりだ。ぴったりだろ?」
帰って来ない返事をすこし待ち、満足して背を向ける。
そして一度も振り返ることなく、十年間を過ごした巣穴を後にした。
§
渓谷を出て外の世界へと羽ばたいた俺は、その足で人里を目指した。
見渡す限りの平原を進み、街道を見つけ、それをなぞるように歩く。
そうして半日ほど掛けて進むと、ドラゴンの進行を防ぐための大きな壁が見えてくる。
城郭都市、壁に囲まれた街は親父に聞いた通りの場所にあった。
「とりあえず飯だな」
街に入ってすぐ飯屋を探し、こじんまりとした定食屋を見つけた。
中に入るといい感じに古びた暖かい雰囲気があって居心地がよさそうだ。
「いらっしゃい、こちらへどうぞ」
女将さんに誘導されてカウンター席につき、メニュー表のおすすめを注文する。
「お客さん、龍狩りの試験を受けに来たのかい?」
カウンターの向こうで料理をする大将にそう聞かれる。
「龍狩り? あぁ、龍狩りね」
地球上に突如として現れたドラゴンたち。
それに対抗する組織を古くから龍狩りと呼ぶらしい。
親父も何度か戦ったって言ってたっけ。
そう言えば龍狩りとして活躍すると有名になれるよな?
俺が有名になりさえすれば、あの少年が向こうから見つけてくれるかも知れない。
それもありかも知れないな。
「そうですよ、龍狩りになりに。でも、道に迷っちゃって」
「やっぱりそうか。妙な格好をしてたからそうだと思ったんだ」
「……」
「おっと、すまない。龍狩りの試験会場ならこの近くだ。あとで地図を書いてやるよ」
「ありがたい、助かります」
「いいってことよ。ほら、出来たぞ」
注文していた料理が出来上がり、俺はそれに舌鼓を打つ。
中々どうして美味しいもので、懐かしい味がした。
手の込んだ料理は十年以上食べてないから、人の手の温かさが心に沁みる。
「ごちそうさま、美味しかったからまたきます」
「あぁ、待ってるよ。おっと、そうだ。ちょっと待ってな」
会計を済ませると大将が奥の部屋に消え、すこしして戻ってくる。
「ほら、地図だ。ちと不格好だが辿り付けるはずだ」
「ありがとうございます。助かります」
「いいってことよ。しかし、随分と古ぼけてるな、この札と小銭」
大将の老いた手に拾い上げられた小銭は、言っていたように古ぼけている。
「十年前のものなんで。それじゃ」
「あぁ、頑張りな……十年?」
定食屋を出てもらった地図に目を落とす。
わかりやすいとはいい辛い出来の地図だが、十分に道筋はわかる。
それを頼りに歩き出し、龍狩りの試験会場へと向かった。
よければブックマークと評価をしていただけると幸いです。