第4話 異変
冬休みが終わった。俺は二週間ぶりに詩に会えることを楽しみに登校した。楽しみ過ぎて朝、一番に教室に入ったがそこに詩の姿はない。
まぁこんな早くに来る生徒なんていないのであの日のように参考書を読みながら待つことにした。
三十分ほど経ったころ教室の入り口に視線を向けてみる。次々と生徒が登校してくるがそこに詩の姿はない。
朝会まではあと十五分ほどある。もう少し待ってみようと思い参考書に視線を戻す。
朝会まで五分を切った。ほとんどの生徒が席に座り各々勉強したり読書をしたりしている。
詩はまだ来ない。あいつに限って遅刻などするはずがない。何かおかしい。
その時担任の先生が教室に入ってきた。
「おい、剣院はいるか」
突然名前を呼ばれて驚いたがすぐに返事をする。
「はい、何ですか?」
「話がある。ちょっと来い。」
俺はなにか悪いことでもしたかなと思いつつ先生についていく。心当たりはないが何か悪い予感がする。
俺は空き教室に連れていかれた。教室にある椅子に座らされると、先生が真面目な顔をして俺に言った。
「さっき、水国の親御さんから連絡があってな。」
「詩に何かあったんですか。」
反射的にそう返すと先生は落ち着いた様子で話し始めた。
「水国が病気にかかったそうでな。先生もあまり詳しく説明されなっかたもんで細かくはわからないんだ。」
詩が病気?それで学校に来てないのか。何の病気なんだ?重いのか?軽いのか?そもそも先生なのになんで詳しく知らないんだ?疑問だけが俺の頭の中を駆け巡る。
「今はお前の家に水国の親御さんが来てるから今日は帰りなさい。」
「わかりました…」
何のことかさっぱりわからない。聞きたいことはまだたくさんあるが先生に聞いてもこれ以上は知らなさそうだ。
俺は急いで荷物をまとめると全力で家に向かって走り出した。家までは約五キロ全力で走れば二十分で着く。
さっきの嫌な予感が消えない。それどころか家に近づくほど予感が大きくなる。でも今は急ぐしかない。俺は詩を想う気持ちを足に込め全力で走った。
家まで速度を落とさずに走り切った俺は勢いよく玄関を開けた。
玄関には見慣れない靴がある。これが詩の両親の物であることは言うまでもない。
一月初旬とは思えない量の汗をかいているが今はそんなこと気にしてられない。俺は汗だくの制服のままリビングに向かった。
見慣れた我が家のリビングのテーブルに久しくお目にかかる大人二人の姿があった。
一人は俺もよく知っている詩の母親だ。俺が入ってきたことに気づくなり俺に何か全力で訴えてくる。あいにく泣きじゃくっているので何を言っているのかわからない。
もう一人は何度かしか会ったことがないが詩の父親だ。自分の妻が中学生に泣きついているのを見て、落ち着かせようと背中を摩ってなだめる。
「詩に何があったんですか!」
俺は息が切れているせいか荒い口調で尋ねた。
「九君、落ち着いて聞いてくれ」
詩の父親が落ち着いた様子で、でもどこか悲しさを帯びたような声で話し始めた。
「二日前、突然詩が倒れたんだ。すぐに救急搬送されて、病院の先生の話では少し疲れただけだろうと言われた。最近は勉強も頑張っていたしそのせいだろうと思ったんだ。でもその日から詩はずっと眠り続けたままなんだ。」
「そして昨日、大きい病院で検査してもらった。」
「なんの病気だったんですか!」
こんな時なのに落ち着いてゆっくりと話す詩の父親に苛立ちながら俺は聞いた。
「それが…その」
詩の父親は少し躊躇った様子だったが続けた。
「原因不明なんだ……」
俺はその言葉を聞いた瞬間、背筋を無数の氷で引き裂かれているような感覚に陥った。
原因不明?
医療技術は王国が誕生してから飛躍的に発展を遂げ、今では治せない病気はないと言われているのだ。
「脳に異常はないらしいんだが自発的に呼吸ができないらしく今は人工呼吸器をつけているよ。」
「医者によると今は落ち着いているが、いつ容体が変化するかわからないらしい。だから君を呼んだんだ。」
「う…詩にもしものことがあったら…ぼ…僕は…」
それまで落ち着いて淡々と話していた父親の目にも涙が浮かぶ。
俺はまだ話を信じられないでいた。いや、信じたくないだけかもしれない。どっちにしろ俺はこの目で確認するまで信じない。
「病院に連れて行ってもらえますか?」
俺は詩の両親に丁寧にお願いした。
「ああ。その方がきっと詩も喜ぶだろう。」
俺は詩の両親の車に乗り、病院へ向かった。
詩の入院している病院までは俺の家から車で約二十分の場所にある。俺は車に乗っている間色んなことを考えた。
詩の病気は一体何なのか?治療法は見つかるのか?もしかすると病気以外の原因が?能力で治療することは出来ないのか?
俺は頭がパンクしそうだった。それにまだ嫌な予感が消えない。
病院に着き受付を済ませ、病院内で出せるだけの速さで詩のいる病室へ向かう。
病室に入ると若い看護婦が一人いた。その後ろにある大きなベッドに詩が眠っていた。
体中に繋がれたチューブや機械の数々が病状の深刻さを物語っている。俺はベッドに近づくと詩の顔を見た。
普段は大きく開かれているう詩の眼は閉じられ、もともと白い肌がさらに白くなっている。その痛ましい姿に俺の目からも涙がこぼれた。
俺は詩の手を握り、ベッドに顔を突っ伏したまま泣いた。そのまま何時間も泣いているうちに俺は半ば気を失うように眠ってしまった。
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