第3話 青春
デートの約束をしてから当日のクリスマスイブまではあっという間だった。
学校でデートの計画を話し合っているうちに午後の授業が終わり家に帰ってからは受験勉強に励む。毎日同じような日々の繰り返しだが俺にとってはとても充実していた。王選のことなんて頭にはなかった。
デート当日、午前中で学校が終わり、一度家に帰り服を着替えた俺は詩と待ち合わせる予定の近所の駅に向かった。
駅までの道中何度も今日のデートプランを頭の中で思い返す。
いろいろ話し合い俺たちは映画を見ることになった。詩が前々から見たがっていた恋愛物の映画だ。正直俺は興味ないが詩の隣に約二時間も座っているだけで楽しいだろう。それに今日のデートの最後に俺は必ず告白すると覚悟を決めていた。
そんなことを考えている間に駅に着いた。
待ち合わせ場所にしていた駅の入り口にある銅像の前に詩の姿はない。暇を潰すために持ってきた参考書を読みながら待つことにした。
12月24日の空気は冷たく午後一時を過ぎたところなのに少しも暖かくなる気配はない。寒さが苦手な俺はじっと参考書を読みながら身震いした。その時
「やほ。」
顔を上げると目の前に詩が立っていた。小さいころはよく遊んでいたので私服を見るのは初めてではないがよくよく考えると中学に上がってから私服を見るのは初めてだ。最後に見たときよりもはるかに大人っぽさが増し、実際自分と並んでいると姉弟に見られそうだ。
「待った?」
「そんなに」
俺は少し照れながら参考書をカバンにしまった。
「じゃ行こっか。」
俺たち映画館に向かって歩き出した。
「楽しみだなぁ。九はこういう系の映画見るの?」
「たまに見るかな。」
本当は今日初めて見るが恋愛に奥手だと知られるのが嫌なので少し見栄を張る。
それからは映画館に着くまでの間学校のことや受験のことなど他愛もない話をした。
「あっ、着いたよ」
映画館に着き券売機でチケットを買う。入場ゲートをくぐり買ったチケットに書いてある座席を見つけ、座る。こうして映画館に二人で、しかもクリスマスイブに来ているなんてはたから見れば完全にカップルだろう。
詩はそのことについてどう思っているのか。俺が考え過ぎなだけか。そんなことを考えていると上映が始まった。
「いやぁ面白かったねぇ」
「クライマックスは感動したな。」
意外にも映画は面白かった。今度別の恋愛映画を見てみて面白いのがあったら詩に教えてあげようなんて考えていると詩が言った。
「ねぇ、ちょっと行きたい所があるんだけど付き合ってくれない?」
「いいけど、どこに行くつもり?」
「着いてからのお楽しみ」
何かよからぬことを企んでそうな顔をしているが今は午後3時半、帰るにはまだ時間があるので付き合うことにした。
「ちょっと遠いから話しながら行こっか。」
言われなくても話すつもりだ。なんでいちいちそんなこと言うのか俺にはわからなかった。
「あのね、九、今か後かどっちがいい?」
「ん、どういう意味?」
「いいから今か後か選んで!」
詩の考えていることがさっぱりわからない。今か後?何の話をしているんだ?俺は何のことか分からなかったがとりあえず選ぶことにした。
「じゃあ、今で」
何か起こるとすれば後になると気になってしまうので今を選んだ。
「わかった……」
どこか緊張したような雰囲気を出しながら詩は大きく息を吸って吐いた。
「言うね……」
俺は無言でうなずく。
「あ、あの私ね…九のことね…」
詩の顔が赤くなる。
「す…き…好きなの…」
予想外の展開に俺の思考回路は停止した。
心拍数があがる。耳が熱くなる。。
俺は何を言われているのか理解するのに時間がかかった。俺も一度深呼吸して頭の中を整理する。
俺は今日詩に告白するつもりだった。が先に告白されてしまったという解釈でいいいだろうか。
俺は男として先に告白できなかったことに情けないと思った。ならば俺にできることは一つしかない。
「あのね、だから、その…九にね…つ、つき」
詩が言おうとしていることはわかる。
「詩、ちょっと待って」
「えっ…」
少し戸惑った様子の詩を見ながら続ける。
「そこから先は俺が言う…、俺に言わして」
詩は何も言わずに黙る。
「お、俺も…詩のこと…好き、だから……だから」
さっきよりも鼓動が早くなる、周りの音が聞こえなくなりドッドッという心臓の音だけが聞こえる。
詩の顔を見ると涙が頬を伝っている。その涙が嬉しさなのか悲しさなのか今の俺には考えられない。続きを言うと言ったのは俺なのに言葉が出てこない。もう一度深呼吸する。
「どうしてもって言うなら付き合ってあげてもいいよ」
結局俺は恥ずかしくてこんなことしか言えなかった。
詩は一瞬考えた顔をしたが俺の想いに気づてくれたのか今までで一番の笑顔で言った。
「しゃーなしやな、九が付き合いたそうだから付き合ってあげる。」
詩も恥ずかしさのせいなのかはわからないが俺と同じようなことを言った。そしてもう一言。
「改めてよろしくね、九」
詩の目から涙がこぼれる。俺はそれを見ていきなり彼女のことを泣かすなんてダメな彼氏だなと思った。
「泣くなよ」
「泣いてないし」
「じゃあ、その目から出てる液体は何かな?」
「うるさい、ばか」
俺は詩をからかいながら右のポケットに入っているティッシュを取り出し詩に差し出した。
「ティッシュって!?そこはハンカチでしょ。」
「ごめん、ハンカチ持ってなくて。」
「もう、ばか」
そう言って詩はティッシュを受けとった。
「でね、行きたい場所ってのはね、公園なの。」
「公園か、長いこと行ってなかったな。」
「あたしの好きな公園でたまに一人で学校の帰りに行ったりするんだ。」
「一人で公園行くってお前大丈夫か?悩んでるなら聞くぞ。」
「そんなんじゃないの、ただ雰囲気が好きなだけ。」
そんな会話をしているうちに公園に到着した。
その公園は狭く、ブランコと小さめの滑り台、屋根のあるベンチがあるだけだった。
住宅街を抜けて山に隣接しているその公園の雰囲気は確かに良い。一人の時間を過ごすには最高の場所のように思えた。
俺も勉強で疲れたらここに来ようなんて考えてながらベンチに腰かけた。俺の右隣に詩も座る。
「ねぇ、九はしたいこととかないの?」
「ないこともないけど…今はまだいいよ。」
「何それ?言いなさいよ」
八年の想いがやっと実ったんだから手を繋いだり、抱きしめたり、したいことは山ほどある。でもいくら幼馴染とはいえ付き合ってまだ一時間も経っていないのにそんなことをするのは良くない気がする。
「逆に、詩はしたいことないの?」。
「えっ、いや、その、あるっちゃあるんだけど」
詩は急に顔を真っ赤にして答える。この様子から察するに俺と同じようなことを考えているのだろう。
「じゃあ、十秒間だけ目つぶって…」
少し迷ったが、俺は言われた通り目をつぶり、心の中で十数えた。
二まで数えたとき詩の小さい頭が俺の右肩に乗せられた。
予想はしていたものの緊張で心臓がバクバクする。それに何かいい匂いがするなんて良からぬことを考えてしまった。
八まで数えたとき右肩の重みが消えた。頭が離れたのだろうが俺は目つぶったまま数を数えることに集中する。
十数え終わり目を開けると俺の前で両手を広げた詩が立っている。
「えっ、あ」
声になっていない音を出していると詩が口を開いた。
「してよ。」
俺はまた心臓が跳ね上がる音を聞いたがそんなことはどうでもいい。
俺は目の前の彼女に吸い込まれるように抱きついた。
俺よりも少し背の低い詩を思いきり、締め付けすぎないように優しく抱きしめる。その時世界の誰よりも幸せな気がした。大げさかもしれないが生まれてきてよかったと本当に思った。
俺が幸せを感じていると左耳に口を近づけた詩が囁く。
「好き…九、好き」
そして少し顔を引くとどちらからともなく顔を近づけていき、軽いキスを交わす。
生まれて初めて感じる女の子の唇は柔らかく、フワフワした不思議な感覚に襲われた。
唇を離し顔を戻して目を合わせると、詩が恥ずかしそうに俺の目を見つめ返してくる。
「九も言ってよ。」
「態度で言ってる。」
何を言うべきなのかはわかっているが恥ずかしくて口に出せない俺はまたも曖昧な返答をしてしまった。
「もういい、ばか。」
詩は少し拗ねた表情を見せるがそんな顔も本当にかわいい。
「明日から冬休みだね。冬休みなんて来なければいいのに…」
そう明日からは二週間に渡る冬休みだが受験生である俺と詩は遊んでいる場合ではない。
「勉強頑張らないとな。」
「それが嫌なんじゃないの!九と会えなくな………」
最後の方は声が小さくて聞こえなかったがだいたい予想がつくので続ける。
「すぐだよ、二週間なんて」
気づけばもう日は沈んでしまっている。時計を確認すると午後五時を少し過ぎたところだ。詩の家の門限は五時半なのでそろそろ帰らなくてはならない。
「そろそろ帰ろっか。」
「そうだね。」
それから俺たちは手を繋ぎながら帰った。俺は詩を家の前まで送り自分も家に帰った。
楽しい時間はあっという間だったが今までの人生で一番充実していたと思う。だが楽しい時間とはしばらくお別れしなくてはならない。なぜなら俺は受験を控えている。
「明日から頑張らないとな」
俺は一人で詩の家の方に向かってつぶやいた。
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