第31話 一学期の日常 ~それぞれの進路と命の重さ~
第05節 予定された騒乱に備えて〔1/6〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
大学四年の一学期は、基本的に就活にその精力を注がれる。
とはいってもオレたちは皆、卒業後の進路が確定しており、今更就活する必要はない。だから皆時間に余裕を持って。……そのはずだったが。
飯塚はエディンバラ大学大学院への留学がほぼ決定。現在日本で在籍するA大学を卒業すると同時にエディンバラ大学の方でも通常の学部卒業をし、内部進学の形で大学院に進学することになるようだ(A大学側の視点では「卒業後エディンバラ大学大学院に留学」扱い)。だから現在、ダブルスクールで。
武田は何故か(願書を出した憶えの無い、例の勉強会の参加者が経営首脳陣に座する)会社で就職面接に引っ張りだこ。「何で就活もしていないのに、内定通知が届くんでしょうか?」って、そりゃぁ大軍師を新卒の給料で扱き使えるのなら、仮令Fラン大学生だろうと願書を出していなかろうと、どこの会社も歓んで採用するだろうよ。
〝社員〟(会社従業員)になってしまえば、会社幹部会への研修資料作成も事業計画案の策定も、給料(固定給)の範囲で依頼出来るようになるし。けど業務内容が違うから、仮令採用されても、通常業務は「給料」、コンサル業務は「報酬」で切り分けて二重請求出来る(法律解釈上そうなる)から、それを認めてくれる会社なら就職しても善いかも、と武田も真面目に検討し。
そして髙月は、就職活動どころか新規法人を立ち上げ、雇用の口を広げている。……農業法人だけじゃなく、もしかしたら倉庫業、場合によっては運輸業も法人の立ち上げを必要かもしれないから、別の意味で忙しく。そして飯塚の親父さんの会社「飯塚企画」との業務提携(というか業務内容の整理。開発関係は飯塚企画が、サービス関係は高源が、とすることで、重複する業務内容を整理して競合関係を解消する)についての本格的な話し合いが始まり。この業務整理の関係上、倉庫業・運輸業は飯塚企画傘下の新会社として設立することになりそうだ。
松村は、要卒単位を三年までで取り終わっており、だから四年からは実家での杜氏としての修業を本格的に始めるのだとか。ただ卒論は残っているけれど、そっちも酒造り関係で一本纏めれば好い、と気楽に。武田と付き合うことで書類仕事をする機会も増え、文章を書いたり考えたりする環境にあることも少なくないので、論文は苦にならない模様。
ソニアも、要卒単位数はクリアしている。だからこちらも若女将修業が本格化して。
だけどオレは、要卒単位はクリアしているけど、ここにきて組織論や教育学の講義を選択し。〝アスラン〟への教育を通じ、「教える立場が知っておくべきこと」を学ぶ必要性を痛感して。実は、現在商学部に在籍しているけど、教育学部へ転籍して更にそちらで大学院にまで進学することを検討している。経営者は教育者でなければならない。オレの知っている指導者(王)たちの姿を見て、遅ればせながら見出した、それがオレの解答だから。
◇◆◇ ドリー ◆◇◆
高校三年生も、受験シーズン。皆ピリピリして。
受験せずに就職する人も、……高卒入社はそれ自体がハンデになりかねないから、それを克服する為に資格試験などに挑戦して。
受験も就職もしない、私のような留学生(ってことになっている)は、そんな彼らを横目で見ながらのんきな学校生活を送っているんですけど。
生物部にも、新入部員がたくさん。だけどその半分は、最初の一ヶ月で退部するか幽霊部員になるの。〝愛玩〟と〝飼育〟は違うから。ただ可愛がれば善いのなら、無条件で愛を注げば好いけれど、飼育するのなら責任が生じる。糞尿の処理とトイレの躾。やたら嚙みついたり啄んだりしないように。そして行動範囲。行って良い処と悪い所。
ある日、新入部員が兎を可愛がるあまり友人に見せびらかす為に連れ出して。でも兎にとってはまだ慣れない新入部員。新入部員にとっても兎の抱き方もよくわかっておらず。だから居心地悪く感じた兎は、その部員の腕の中から跳び出して。だから部員は追いかけて。追われたから更に逃げる兎は車道に飛び出して。そしてあっさり車に轢かれてしまって。
ペットは、法的には「物」です。だからこの場合、生物部の方が管理責任を問われ。場合によっては車の破損個所に対する賠償責任を負わされます。今回は車の所有者さんが寛大な方だったので、謝罪ひとつで赦してもらえましたが。
そして死亡した兎は、ただの「廃棄物」、身も蓋もない言い方をすれば「生ごみ」です。それを埋葬するのはただの感傷で、それさえ廃棄物処理法に違反する可能性もあるんですから。私の本音では、食べてあげるのが供養だと思いますけど、現代日本の倫理観ではそれは野蛮なことだから。
学校の敷地内での埋葬は学校長の許可が必要で、生徒が無許可でそれを行うと実は犯罪行為になるのです(土壌汚染や疫病の発生源になりかねないから)。ペットの火葬は、自治体の条例で(許可された施設で行う場合を除いて)禁止。あとはビニール袋に詰めて生ごみとして可燃物回収の日に出すか、自費(或いは部費)で廃棄物処理場に持ち込むなり葬儀社に持ち込んでペット墓地で供養してもらうなりするか。
可愛がっていた兎が、次の瞬間ただのごみになる。そうならないように躾け、また扱い方を考える。これもまた、生物部で学ぶ重要なこと。
「……私が悪かったんです。だからそんな、ごみみたいに扱うなんて、可哀想です」
「ごみみたいに、じゃなく、動物の死体は結局生ごみなの。貴女のしたことが、あの仔をごみにしたのよ。だから先輩たちは貴女たち新入部員に、動物たちとの接し方を細かく指導していたの。生命を生命として扱う為に、ね。
時間は戻らない。もうこれは、ただの生ごみ。放置しておけば虫が湧き、病原菌が繁殖して、多くの人たちが迷惑を被る。だから適切に処理しなきゃいけないの」
「先輩に! 人間の心は無いんですか?」
「命はいのち、ゴミはごみ。人間とペットもまた、家族同然でも家族じゃない。その辺の区別を学ぶことも、生物部の意義のひとつよ?」
動物を飼育するということは、生命に責任を負うということ。ただ無条件に可愛がれば善い訳じゃない。それを理解していなかったことが、今回の事件に至ったのだから。
だから今回の一件を糧にして、今後の動物たちとの接し方を考えてくれれば――。
そう思っていたんですが、この新入部員はその後退部届を持ってきて。
「責任感を学んでもらう」。退部自由の課外活動、つまり無責任に退部出来る部活動でそれを学修することは、かなり難しいことのようです。
(2,665文字:2023/09/06初稿 2023/02/01投稿予約 2024/03/21 03:00掲載予定)
・ 三年次終了時点で、要卒単位数を満了していないのは、飯塚翔くんと水無月美奈さん、そして武田雄二くん(雄二くんの単位数計算は特殊ですが)。柏木宏くん、飯塚そにあさん、松村雫さんは卒論を残すのみです。
・ 大学側にも見栄……じゃなく、都合というものがあります。そもそも世界大学ランキング1,000位以下の低レベル大学の卒業生の進路として、世界ランキング第16位の名門大学大学院に留学、というのはインパクトがありますから。いや、卒業後の就職先として「異世界の王国の国王」というのも、また異次元のインパクトがwww
・ とある業種で、「営業成果のうち一定額を固定給として『給料』、その上澄みの部分を『報酬』として確定申告する」というやり方が慣習として存在しており、それが法的に合法か、という疑問があるそうです。その業界紙に於いてとある弁護士が私見として「それは認められる」と回答しておりますが、裁判所の判例ではない、あくまでも私見に過ぎず。
ちなみに、「労働拘束時間の定めがある」「指揮命令系統が定まっており会社に監督権限がある」「責任は会社に有って労働者には無い」という三条件が成立する場合、それは「雇用」であり「給料」で、労働諸法や社会保険への加入義務なども発生し、反面確定申告は出来ない(諸経費で自腹を切った分は経費に認められない)となります。
同一会社から報酬と給料を二重取りする場合、業務内容が明確に分かれている必要がある(事務作業は「給料」、営業は「報酬」、というのは認められない)のです。
雄二くんがこれらの会社に就職した場合、社員としての営業は「給料」、会社に対するコンサル業務は「報酬」と、明確に業務が区分出来る為両立可能です。むしろ会社社則の副業禁止規定にこのコンサル業務が該当するかが問われる事案。
ちなみにこの後書の冒頭の件は、誰も訴訟を起こしていません。当局から指導があったら黙々とそれに従うだけ。訴訟を起こして判例として確定してしまったら、皆がそれに従わざるを得なくなるので、あいまいな現状を追認する方が善い(税務署側も、訴訟を起こされたら現状が違法であると確定させることになり、納税者数十万人の確定申告書を見直さなければならないという状況になる為、積極的に手を出したくない模様)。
・ 美奈さんが起業する、倉庫業と運輸業。その内容は『倉庫』とそれを使った〔転移〕のアリバイ作りという側面がある為、既存の倉庫会社や運輸会社との提携が難しく。新会社は零細企業として、大口取引は既存の会社に委託する、という流れになるかと思われます。つまり業務を他社に差配する、「二次請け」会社と周りからは評価されるでしょう。
・ 宏くんの、商学部から教育学部への転籍は、他大学への中途編入と同じ扱いになります。が、同一大学であることと商学部での要卒単位満了の状況での転籍であることから、教育学部での専門講義のみ取得すれば充分、という状況になります。ちなみに商学部向けの卒論と、教育学部向けの卒論、二本執筆することに。
・ 生きているペットは、動物愛護法(『動物の愛護及び管理に関する法律』昭和四十八年法律第百五号)により「動物が命あるものであることにかんがみ、(中略)適正に取り扱うようにしなければならない」(第二条・傍点筆者)と定められていますが、これは命なき死体に対しては適用されません。ペットを死傷せしめたとき、加害者側に責がある場合は動物愛護法が、ペットの管理者側に責がある場合(且つ加害者側が怪我をした場合)は刑法の傷害罪がそれぞれ適用されます。
・ ペットの死体に対して適用される法律は、廃棄物処理法(『廃棄物の処理及び清掃に関する法律』昭和四十五年法律第百三十七号)。その第二条第一項に、「この法律において「廃棄物」とは、(中略)動物の死体その他の汚物又は不要物(中略)をいう」(傍点筆者)と明記されています。また自分の土地に埋葬する場合はその所有者の裁量の範囲ですが、借家の庭や公共施設(公園や校庭)に埋めた場合廃棄物処理法第五条に違反します。そして埋葬(土葬)したことに伴い悪臭被害や病害等、そしてそれを掘り起こす鳥獣害等が生じた場合、刑事責任の他民事での賠償責任も問われます。
ちなみに人間の死者の火葬並びに埋葬に関する法律は、墓埋法(『墓地、埋葬等に関する法律』昭和二十三年法律第四十八号)に定められています。




