第09話 一都六県大回り(前半)
第02節 初夏の出来事〔4/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
鉄道旅が、事前計画通りに進行する。
これは、日本居住者の最大の特権かもしれない。
当然、事件事故のリスクがない訳じゃない。けれど、そう謂った特殊事情が無ければ、予定を秒単位でさえズレることがないのは、世界を見回しても日本だけだろうから。
行程の最初、常磐線。
実は、成田線を使って千葉を走りたいという野望もあった。けど、佐原で乗り継ぎ三時間、と聞いて諦めた。この「大回り」は途中下車出来ないから。途中下車出来るのなら、佐原は武田の菩提寺の近くだから、お寺に遊びに行くという選択肢もあったし、お寺の檀家衆の中には江戸時代から続く土蔵のオーナーだの縦横に走る運河を使った川下りを経営している人だのもっと単純に観光客相手の土産物屋をやっている人だのがいて、何だかんだで顔見知りになっているから、乗り継ぎ三時間という時間を有効に活用することも出来ただろうから。
でも、諦めて。常磐線で、友部まで。旅のはじめはメンバー全員体力が残っているから、普通列車で摩天楼から田園風景に代わるその車窓を楽しんでいた。
ちなみに、今回の旅のメンバーは。
オレとソニア(三年)。
前リーダーの弟「山口真司」とその親友「勅使河原正臣」(四年)。
新入生メンバー(一年男子一人「萩原晃」と女子一人「渡辺愛子」)。
同じく新入生メンバーで、バイクツーリングチームと二足の草鞋を履いている女子「冷泉香子」。
の、七人だ。
友部に着くまでの二時間半は、だから車窓よりお互いのことを知る為に時間を費やし。でもオレとソニアを除くと、男子三人・女子二人。何となくお見合いパーティーのような雰囲気が。
「一応言っておくけど、個人間の恋愛沙汰には嘴を突っ込むつもりはないけれど、サークルを口実にして行為を強要するようなことをしたら、厳正に対処するぞ。実際うちのサークルは、それに類する問題を過去に起こしている。だから、なぁなぁで済ませたら、サークルの存続にも影響を与えることになるだろうからな」
「わかってます。でも多少の贔屓は問題ありませんよね?」
「勅使河原さん自身が責任者なら問題になるけどな」
チームの、男子の一人。去年出雲行きにも参加した、勅使河原さんが。どうやら今回参加した、冷泉に狙いを定めたようだ。そして山口さんがチームリーダーである以上、勅使河原さんが責任ある立場に立つことはあり得ないから、と、自由に。
「女子も。それがセクハラ・パワハラに該当するか否かはこっちで判断せざるを得ないけど、でも不愉快に思ったらすぐに報告してほしい。ある程度のスキンシップは許容してほしいけど、それを口実にして女子の肌に触れようとする男子がいない訳じゃないからな」
このあたりが、バイク・ツーリングとの違いなのかもしれない。バイクの方は、宿泊施設等で男女の区別を明確にすれば善いけれど、乗り鉄旅の場合、シートで男女隣接して、肩が触れたの触れないのでトラブルに発展したら、もう何も出来なくなるから。
◇◆◇ ◆◇◆
友部駅に着き、トイレ休憩を挟んですぐに水戸線で小山まで。GWだけに、一般観光客も動き出し、単線である水戸線も、結構な数の乗降客で賑わった。さすがにプライベートな会話をする余裕はなく、けど山中というよりも川沿いの平原・田園を切り裂いて、小山まで。
小山は、東北線内の小さな駅、という印象しかなかったけど、新幹線停車駅だけあって構内はかなり近代化されていた。もっとも、「大回り」中は改札から出ることが出来ないので、周辺がどの程度開発されているかは不明だけど。
そして両毛線に乗り換えて、高崎まで。こちらも、結構な人出。……と思ったら、その多くの乗客は、「あしがらフラワーパーク」駅で下車。駅名だけで、彼らの目的地がよくわかる。
ちなみにこの両毛線、基本単線ローカルでありながら、その沿線には群馬県の主な観光地や史跡名勝を縫っている為、結構観光路線としても使われる。また渡良瀬渓谷鉄道なども両毛線からのアクセスとなる為、鉄道ファンも景勝地ファンも、両毛線に乗る。
だから車内混雑が緩和しないまま、高崎まで。
高崎では、30分の乗り換え時間がある。だから、高崎名物の駅弁「鶏めし弁当」を購入。その後入線した八高線に乗り、ボックスシートで弁当を開き。
◇◆◇ ◆◇◆
「そういえば、冷泉さんはどんな男が好みなの?」
と、勅使河原さんが。まぁ若い男女で旅をするなら、恋バナも一つのテーマだろう。
「う~ん、男は対象じゃないな。私は同性愛者だから」
「え!?」
驚いて、思わず腰が浮いたのは、冷泉の隣に坐る、渡辺。
「そんな警戒しなくても大丈夫よ。愛子はノンケみたいだけど、だからといって相手が男だからっていうだけで恋愛の対象とは見ないでしょう? 顔や、性格や、年齢や、仕事や、その他諸々。それ以前に趣味に合う・合わないってこともあるだろうし。
私にとって愛子は、友人になってほしいって思っても恋人になってほしい、みたいには思わないから」
そりゃぁそうだ。
「レズビアンは女を愛す」。だからといって、「どんな女も性欲の対象としか思わない」訳じゃないだろうから。「ノンケなら、男なら誰でもいい」と感じる訳じゃないだろうし。だけど。
「だけど、だとしたら。冷泉は、そのことは〝恋人〟以外には秘密にしておくか、或いは逆に皆にカミングアウトしておくべきじゃないか? ソニアや、渡辺に対してだけじゃなく」
例えば、家族。例えば、年の離れた親世代の知人。そして例えば、同性。
恋愛対象になることが〝あり得ない〟と思っていた相手が、もしかしたら自分のことを恋愛対象として見ているかもしれない。それをいきなり知らされるのは、やっぱり怖いと思う。
オレだって、正直に言って、気の好い友人だと思っていた奴が実は同性愛者だと聞かされたら、差別云々関係なくやっぱり警戒する。『こいつがオレにやたら親切だったのは、実は下心があったからじゃないのか?』って。
女性が、初対面の男を警戒するのと同じ。否、もっと酷いかな? 隣家の猫が、実は人食い豹だったと聞かされるようなものだから。その〝豹〟はよく躾けられていて、やたらと噛みつかない、なんてことは、その為人を知らなければ安心出来る理由にはならないし、それを今まで隠していたのは冷泉自身なんだから。
「……先輩の、おっしゃる通りですね。いきなり、前準備なくカミングアウトしたら、愛子にとっても迷惑でした。飯塚先輩も、申し訳ありませんでした」
話題を振られて、ソニアが。
「私は別に。同性愛者の知り合いは結構いるし、襲われかけたこともあるし」
「そう、なんですか?」
「うん。私が育った町はね? ちょっと事情があって、男性比率がとても少ない人口構成だったの。だから例外的に一夫多妻も認められたし、それでもあぶれた女同士で慰め合う、なんてことはよくあったから。
でも、冷泉さんのは、そういうのとは違うでしょう? 女子校みたいに『恋愛対象になる男がいないから女に走った』って言うんなら、私たちも相応に警戒する必要があるけど、ね?」
それにしても。ネオハティスの性道徳の乱れはちょっと問題な気もするな。
(2,887文字:2022/05/23初稿 2023/04/01投稿予約 2023/05/10 03:00掲載予定)
・ 駅のホームの電光掲示板に「延発2445」と表示されているのを見て、「本来23分15秒発の電車を24分45秒に発車」という、車掌さんに対する指示だと知った時、驚愕しました。そもそも時刻表も、乗客にとっては分単位で表示されていますけど、運転手や車掌に対しては5秒単位で刻まれているのだとか。このレベルで運行を制御出来るのは、間違いなく日本だけだろう、と。
・ 山口真司と勅使河原正臣は上級生ですが、柏木宏くんがサークルリーダーである都合上、サークルの企画旅行中は「先輩」呼びはせず「さん」付け(敬語省略)で呼んでいます。
・ 渡良瀬渓谷鉄道は、正しくは「わたらせ渓谷鐡道わたらせ渓谷線」です。
・ 八高(北)線のボックスシートは、四人分押さえられました。だから駅弁を食べる時は交代で。それ以外は、男子は立って女子三人に坐らせました。
・ 同性愛者に対する忌避感。それは男女二人きりで、個室に招かれた女性が感じるものと同じでしょう。「〝恋愛〟と謂う美称で、自分を性的欲求の対象にされるのは、不快だ」と。相手がそう思っていなくても、そう感じてしまうのは本能ですから。
・ 「隣家の猫が、実は人食い豹だったと聞かされるようなものだから」。なお柏木さん家のご近所さん(飯塚家)の人食い豹さんたちは、武田家と松村家で子守しています。
冷泉香子「何故〝豹〟? 普通そこは〝虎〟じゃない?」
柏木宏「〝メストラ〟より〝女豹〟の方が、セックスアピールが強いし」
・ 冷泉香子さん。その名の由来は「白百合の香り」(白=冷、百合=泉の連想で)。そして彼女がレズだということは、今回の乗り鉄チーム内で共有する秘密になりました。
・ 女子校では、生徒のファーストキスの相手は8割が女性だと聞いたことがあります。実際に女子校を卒業した女性の言葉だから主観的過ぎる統計かもしれませんけれど。
・ 「ちょっと事情があって、男性比率がとても少ない人口構成だったの」。実はこれが、そもそも一夫多妻が成立する条件。財力がある男性が、未亡人と未婚女性を保護し、生活を保障する、というのがハーレムの発祥ですから。そういう社会システムがあるからこそ、女性の自立が遅れたというのもまた現実ですが。
・ ソニア・マックグード「襲われかけたこともあるし」
柏木宏「……貞操は無事か! ってか、ソニアはそっちもイケる口?」
ソニア「私が処女だったのは、宏さんが一番よく知っているでしょう? それに、確かにレズプレイも出来ますけど、私の場合は複数人プレイの一環です。宏さんが私の他にもお妾さんが欲しいっていうんなら――」
宏「ソニアがいれば、それで善いです」
どこかの仔猫(まだまだ、勝負はこれからだから!)