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7.誰も知らなくていい

「……瀬名は?」

「えっと、その、委員会の集まりで」

「委員会?」

 帰りに迎えに来たのに、瀬名の姿はなかった。瀬名の隣の席の女子に聞くと、彼女は怯えつつ答えてくれた。ほとんど関わりのない女子からは怖がられていることは知っているので、別にその対応に不満もない。

 委員会、か。机に鞄もかかっていないから、終わり次第そのまま帰るのだろう。

「何委員?」

「美化委員だったと思います。花壇の草取り、だったかな?」

「あー…分かった。どーも」

 そういえば、ここに来る途中、窓から帽子をかぶったジャージ姿の生徒が校庭を歩く姿が見えた。あの中に、瀬名もいたということだ。

 一緒に草取りに参加するか。それとも終わるのを待つか。

 廊下の窓から、花壇で草取りをする瀬名を探す。一人だけ、隅で黙々と草をむしっている姿があった。顔も見えないけれど、瀬名だと分かる。

(……他の奴と、いっしょにやらないのか?)

 女子たちはキャーキャー騒ぎながら固まって草取りをしているのに、瀬名は一人だった。委員会に仲の良い人がいないのかもしれない。

 そういえば。入学して3か月くらいになるが、瀬名が誰かと親しくしているところを見ていない気がする。気のせいだろうか。そういう付き合い方もいいとは思うが、何となく彼女らしくない。中学の頃はどうだったのか。

 ここで自分が行けば、彼女は明らかに嫌がりそうだ。

「きょーへー! 帰ろうぜー!」

「あー…」

「なになに? 幼馴染ちゃん探してんのか? つーか、今日こそはカラオケ付き合えよな! 快気祝いのカラオケ、主役が来ないんじゃ意味ねーって!」

 ユウキに誘われた前回、向かう途中で俺は帰った。家を通して、医者から呼び出しがかかったためだ。その日はすっかり忘れていた往診の日だった。診察を受け、特に問題はなかったわけだが。ドタキャンした罪悪感もあり、今回は参加することにした。

「…分かったよ」

 気の合う友人たちと街の中を歩いていると、長沢がアクセサリーショップの前で立ち止まった。長沢はおしゃれに詳しい女子で、流行に敏感だった。

「これ、この夏に流行るって話なんだよねー。どーしよ、買おうかな」

「金あんのか?」

「余裕はないけど、欲しいじゃん」

 恭平以外の全員がショーウインドウに張り付き、口々にあれがほしい、これがほしいと言いあっている。それを壁に寄りかかりながら見ていると、長沢がこちらに顔を向けてきた。

「高野君はこういうの興味ないの?」

「嫌いじゃねーけど、欲しいとは思わない。今、持ってんので十分だし」

「へー! そういうの格好いいね! でもさ、篠田さんだっけ? プレゼントしようとか思わないの?」

「たぶん、受け取らない」

 ――ありがとう。でもいらない。こういうの、やめてね。

 ここ最近はプレゼントも渡しているが、全部受け取ることもなく、その場で返されている。瀬名が好きそうなものを見つけた時に買ってはいるが、本人には届かない。仕方がないので、今度瀬名が母親に呼び出された時に、お土産として渡そうと思っている。

「篠田さんって、意志が強いのかな。それとも、意固地な人? ここまで高野君を悩ませるって、相当な人としか思えないんだけど」

「これくらい、たいしたことじゃねーけど。俺の方が、よっぽど迷惑かけまくったから。謝っても足りないし。金請求されてもおかしくねーと思う」

「……聞くのがこわーい」

 おどけて長沢が言い、俺は何も答えなかった。

 冷やかしに飽きた連中と店を離れる前に、一瞬だけアクセサリーを目に入れておく。

 瀬名が受け取ってくれるなら。驚かせるように隠れて買わず、一緒に選びたい。

「きょーへー! 行こうぜー!」

 ユウキに背を押されながらカラオケに行き、賑やかな時間を過ごした。3時間ほど楽しんだところで解散となり、途中まで帰り道が同じ、ユウキと長沢、藤井と歩く。藤井は長沢と仲が良く、女優や女性アイドルが好きなちょっとミーハーな女子だ。

 三人が論争を繰り広げるドラマ話を相槌を打ちながら聞いていると、遠くに瀬名の姿があることに気づいた。当然だが、彼女はこちらに気づいていない。

「お! 篠田さんじゃん! やったな、恭平!」

「……」

「……恭平? どーしたよ?」

 彼女は違う学校の友達と思われる女子と、笑顔で話をしていた。俺には全然見せてくれない、楽しそうで嬉しそうな笑顔で。明るい笑い声まで聞こえてきそうな、眩しい笑顔。

 どうして、俺には見せてくれないんだろう。

 見舞いに来てくれた時は、少し笑ってくれたけど。でも、足りない。もっと見たい。俺にそうやって笑いかけてくれたら。

 小学校までの自分は、当たり前のようにその笑顔を間近で見られていた。ああ、もっとしっかり目に焼き付けておけば良かった。

「へぇ~、篠田さん、ああやって笑うんだな。なんか雰囲気違ってカワ――はいっ! なんでもないです!」

 睨みつけただけでユウキは瞬時に顔を青ざめさせ、手で口を覆った。

 他の奴は知らなくていい。一生気付かなくていい。

 女も、男も、瀬名に近づいてほしくない。俺だけが知っていたいんだ。

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