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5.リンゴゼリーと本心

 恭平は三週間休んで、ようやく登校してきたらしい。周りの生徒が騒いでいたからそうなんだろう。あの二人が許さない限り学校には来られないはずだから、きっと体調はだいぶ本調子に戻ったはずだ。

 私は心配と安堵の入り混じったため息をついて、窓の外を眺めた。

 あの日の帰宅途中、私はおじ様の秘書に呼び止められた。名前は田中さんだったはず。ほとんど会話もしたことがなく、面識はないに等しい人だった。五十代くらいだろうか? 簡単な挨拶を済ませると、彼は言いにくそうに話し出した。

「恭平さんが体調を酷く崩され、食事も水分もとれていません。医師によると、高熱の影響というよりは、ご本人の精神からくるものが影響しているとのことでした。ご両親でさえ、恭平さんの部屋に近づくことを禁じられています。治りたいという意思が感じられなくて」

「そんな…」

「できれば、お見舞いにきていただけませんか?」

「私が、ですか?」

「ええ。詳しくは存じ上げませんか、あなた様にも事情があるのは理解しているつもりです。しかし、恭平さんのために、一度だけ、お許し願えませんか?」

「……私が行っても」

「そうかもしれません。でも、このままだと、恭平さんは治っても…気持ちはだめかもしれないんです」

 そんなに具合が悪いなんて。自分にできることなんてないかもしれないけど、少しでも元気になってくれるなら何でもしてあげたい。おじ様に何か言われたら、その時はその時だ。幼馴染が心配して何が悪い。

 すぐに頷いて、秘書の車に乗り込もうとしたが、ちょっと待ってほしいと頼んだ。

 もう味覚は変わってしまったかもしれないけど、リンゴゼリーを作っていこう。すぐに固まるようにちょっとのど越しは悪くなっちゃうが、寒天にして。

 そうしてゼリーを持って、見舞いに駆け付けると、彼は血の気を失った顔をして寝込んでいた。高熱のはずなのに、肌が異様なほど白い。苦しそうな表情は、子供の頃からもう何度も見てきたけれど、決して慣れない。

「キョウちゃん…」

 点滴は外れていたが、布団からのぞく腕には点滴の針が固定されていた。痛々しくて仕方がない。

 加湿器が作動しているにも関わらず、唇は乾燥しているし、水分は点滴以外でとれていないようだ。今、こうやって寝ている間も、彼は戦っているのだろう。

 見ているだけで何もできないのが切ない。昔もこうやってもどかしかった。あの頃は、どんなことをしただろう?

 手を握ったり、頭を撫でたり、たまに話しかけたり。ただただそばにいただけだった。

「キョウちゃん、早く治ろうよ。治りたくないって、どうしちゃったの?」

 彼の横顔を見つめたまま過ごしていると、30分後に目を覚まし――いろいろ驚かされた。熱にうなされて朦朧としていたんだろうけど、正直ドキドキが止まらなかった。

 格好良いのは分かっていたはずなのに、心臓に悪い。

 ――俺は好きだよ。ずっと。

 頬に触れた唇の感触。

 思い出すだけで頬がかっと熱くなる。それと同時に、罪悪感で胸が苦しくなる。

 私は保身に走り、恭平を捨てたのだ。家族を守るとためといえば格好いいが、実際は自分さえ良ければいいのだ。幼馴染の気持ちも思いもはじめから否定して、拒否したのだから。好意を寄せてもらえるような人間じゃない。

 自分の中の気持ちを認めるわけにはいかないけれど、もし、この先、この気持ちに名前をつけられたなら、素直に伝えよう。その時にはもう遅いだろうが、それでいい。

 許される日が来たら、きっと伝えよう。

 ありがとう、私も好きだったよ、と。大事にできなくて、ごめんね。

「篠田さん、お客さんだよ~!」

「はーい」

 頬を引き締め、唯一自分を訪ねてきてくれる彼が立つ教室の戸の前へと向かう。さあ、いつもと同じように。私はただの幼馴染なのだから。あれは大切な夢。いつまでも夢を見てはいけない。

 恭平は見舞った日と全然違う血色の良い顔でそこにいた。

「何か用事?」

「幼馴染に会いに来たんだ。それなら良い?」

 にっこり笑う恭平に、言葉を忘れた。

 ぽかんとする私は隙だらけだったらしく、一瞬で恭平に腕を引かれ、耳元で囁かれる。

「来てくれて、ありがと。俺が言ったこと……覚えてる?」

「さ、あ…? と、とにかく、離し」

「――好きだよ」

 無邪気な笑みを浮かべて、恭平はぱっと腕を離した。

「覚えておいて。でも、忘れてもいいよ。何度でも言いに来るから」

 始まってまだ2か月の高校生活。

 中学とは比べものにならない波乱の幕開けになりそうだった。

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