表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めいあいへるぷゆー?  作者: 灰原康弘
3/20

第一章②

 私立白桜学園(しりつはくおうがくえん)


 全校生徒はおよそ三百人。その生徒たちは、全員、簡単に言えば、〝お坊ちゃま〟〝お嬢様〟である。

 大企業の息子だとか娘だとか、明治から続く高級官僚の子供だとか、果ては「旧華族で戦前は爵位持ってました」なんて家の生徒までいるらしい。


 敷地はかなり広く、東京ドーム三つ分あるらしい。そういわれても、どのくらい大きいのかさっぱり分からない。校舎のほかにも、温水プールだとかプラネタリウムだとか、ミニシアターまである。

 中心には、ロンドンのビッグベンを思わせる時計塔が、ドーン! と建っている。

 生徒の自主性を重んじるらしく、部活動設立に関しての条件はかなり軽く、また大多数の部活動や同好会が存在するらしい。

 というのが、おおよそ入学案内に書いてあった内容だ。


「ど、どうにか間に合ったな……」

 正門近くでチャリを下りて、あたかも歩いてきましたみたいな体で門をくぐる。

 でもめっちゃ疲れた。押しているチャリが、妙に重く感じる。これだけチャリ早く漕いだのはいつ以来だ? 春だっていうのにちょっと汗かいたぞ。

「そーね」

 一方、千影は涼しい顔だ。そりゃそうだ。だってこいつ座ってただけだし。


「これくらいで息上がるなんて、あんたちょっとやわなんじゃない?」

 ……聞きましたか奥さん。この物言い、完全にケンカ売ってるよね。

「座ってるだけなくせして、偉そうに。立場が逆ならおまえだって息上がってたろ」

「私なら上がらないもの」

「ウソこけゴリラ」

「ふんっ!」

 ビュンッ! という、空気を切り裂く音とともに俺の顔面になにかが近づいてくる。

「おわっ!?」

 危ういところでそれをかわす。

 な、なんなんだ……?

「ちっ。外したか」


 千影が残念そうに舌打ちする。

 こ、こいつ!

 この女、なんて女だ! 俺の顔面に正拳突きしてきやがった!

「なにすんだよ!」

「あんたが舐めたこと言ってくるからよ」

「だからって殴るか!?」

「殴る」

「バイオレンスすぎだろ!」

「あんたが余計なこと言わなければいいのよ」


 そう言うと、すたすたと歩きだしてしまう。

 なんて奴だ!

 ま、わざとだけどな。千影とのこういうやり取りは昔からあったし、結構楽しい。だから自然と煽ってしまう。たまに攻撃を避けきれずに痛い思いをするときもあるが。

 正門からすこし離れた場所にローマの休日に出てきそうな噴水があり、その近くに、空中に青白い光が正方形で浮かび上がっている。あれも、例の企業が開発したものだ。どうやら、あれがクラス表みたいだな。


 しかし、そこに同志たちの姿は少ない。たぶん、もうほとんど自分たちのクラスに行ってしまったのだろう。保護者の姿もそう多くないな。高校の入学式だから、小中学校ほど来はしないか。最初に言ったとおり、金持ち学校だからな。忙しい人が多いんだろう。うちもそうだし、千影もそうだ。

 俺たちも早いところクラスを確認しなければ。いけないんだけど、足取りは軽くない。っていうか、重い。


 心配だからだ。はたして、俺は高埜とおなじクラスになれているのか……。

 クラス表を見る。俺の名前は三組にあった。高埜の名前を探す途中、おなじく三組に千影の名前も見つける。

 心臓がドクンと高鳴る。俺はいま、合格発表を見るとき以上に緊張しているかもしれない。

 そして、見つけた。


 高埜葵。


 その名前を、俺たちとおなじ、三組に。

 ――あった。

 思わず二度見。目をごしごしこすってもう一度見る。

 そこにはやはり、その名前があった。


「やった……。あったぞ千影!」

「え? あ、そう」

 俺とは対照的に、千影の反応はなんかめっちゃ冷めている。

「クラスくらいで、よくそんなに一喜一憂できるわね。簡単な脳みそでうらやましいわ」

 ……なんでどいつもこいつも俺にこんな攻撃的なんだ。

「はやく行くわよ。せっかく間に合ったのに遅刻しちゃう」


 そう言うと、千影はさっさと歩いて行ってしまう。

 うーむこの塩対応……。ま、いいか。高埜とおなじクラスになれたわけだし、多くは望むまい。

 それを考えると、俺の足取りは自然と軽くなる。とくに意味もなくスキップもしてしまう。

 スマホの中は揺れていないはずなのに、揺れが鬱陶しいとメイに言われ、千影にさっさと来なさいのろまと言われても、俺が落ちこむことはなかった。




 結果として、遅刻することはなかったが、俺たちはかなりギリギリになってしまった。

 廊下でクラスメイトらしき生徒とすれ違った。クラスには一人の生徒もいない。机の場所には名札が置いてあったのですぐに分かった。鞄を置き、花付きの名札を胸につけると、体育館へ直行する。

 入学式というのはなんとも退屈なもので、俺は何度も欠伸をかみ殺す羽目になった。白状すると、何度かしてしまった。だって校長だとか来賓だとか、在校生だとかが、定型句をひたすら述べるだけの退屈な時間なんだもの。


 はやく終わってくれと思っていたが、つぎの瞬間、俺はハッと目が覚める。

 俺の視線は、スッと、ある一点に引き寄せられる。

 ――天使降臨。

 長い黒髪をなびかせ、堂々とした足取りで壇上に登った女生徒。

 彼女が、こっちを向く。長いまつげに凛々しく引き締まった表情。ま、ここからじゃ細かいところなんて見れないけどな。多分そんな顔をしてるんじゃなかろうか。

 生徒、教師、親族、来賓、その場の全員から視線を受けても、彼女はじつに堂々としている。

 伸びた背筋といい、彼女の一挙手一投足はとてもきれいで、洗練されたもののように思える。

 彼女――高埜葵は、ゆっくりと、入学生代表の言葉を話し始めた。




 入学式を終えた後、俺たちはふたたび教室へと移動した。

 クラス担任は佐藤っていう若い女の人だった。長い髪に眼鏡をかけた人だ。担任を持つのは、今回が初めてらしい。簡単に自己紹介し、入学案内に書いてあり、入学式で校長が言っていたことを、簡単に説明した。


 今日は入学式だけなので、高校最初のHRが終わると、生徒は少しづつ減っていく。席が近くの生徒同士はどこかに遊びに行くようで、グループで出ていく場合もあった……のだが、俺はといえば、机に頬杖をつき、考え事をするふりをして、ある一点に耳を傾けていた。


「それでね、本当に当たるか気になったから、わたし、試してみたの」

「へー」

「当たったことは当たったんだけど、結局三十本も買っちゃったよ。お財布が薄くなっちゃった」

「災難だったね」

「ほんとだよ! 三千円以上の出費だよ! これはもう詐欺だよ! なにかのインボーだよ!」

 表情豊かに、身振り手振りで語るのは高埜。空返事をしているのは、わが幼馴染、千影である。

「だからね、まだジュースはいっぱい残ってるんだ。だからこれはおすそ分け」

「ありがと葵ちゃん」


 二人の会話は背後から聞こえてくるため、高埜がなにを渡しているのかは分からないが、会話の流れ的にジュースを渡しているのだろう。

 いいなぁ……。高埜のジュース、俺も欲しい。……高埜のジュースって、なんか背徳的な感じがするな。いやいや、こういうことを考えるのは止そう。

 でも、無理だろうなぁ。そう考えると、深いため息をついてしまう。

 ところで、二人が〝葵ちゃん〟〝千影ちゃん〟と呼び合っているのは、昔からの友達だかららしい。なんか、ちいさいときのパーティーで会ったんだと。

 そういえば、俺も昔、パーティーでおない年の女の子と仲良くなったんだよな。でも、そのときの記憶はなんだか曖昧で、よく思い出せない。あの子は、元気にしてるんだろうか……。


 しかし、こうしてさっきから、なんとかして、こう、自然に会話に混ざれないかタイミングを窺ってるんだが、全然入れん。どうしよう。懲りずにため息をつくと、

「なにため息ついてんだ?」

 急に話しかけられたので、びっくりした。情けない話だが、うわっと声をあげてしまった。

「すまん。驚かせたか」

「い、いや、大丈夫だよ……」


 大男がそこにいた。

 本当に、そうとしか形容しようがないのだ。身長は百九十くらいある。それに、ガタイも結構いい。とてもおなじ高一とは思えない。こいつクマと戦っても勝てるんじゃね、というような、謎の安心感がある。


「高校でもおまえとおなじクラスとはなぁ。知ってるやつと一緒になれるか不安だったからよかったよ」

 などと、本当に安心したように言っている。

 金剛猛(こんごうたけし)

 冗談かと思うくらい、名前と外見が一致している。名は体を現すなんて格言が日本にはあるが、これほどその言葉がぴったりくる人間を、俺はほかに知らない。


「そうだな。俺もうれしいよ」

 べつに冗談とかではなく本心だ。友人とおなじクラスになれたことは、素直にうれしい。

「でも、一番うれしいのは、このことじゃないだろ?」

 金剛がニヤニヤと笑っている。

「よかったなー。高埜とおなじクラスになれて」

「あ、ああ……まあな……」

 たしかに、なれた。なれて、浮かれた。でも考えてみれば、なれたからなんだっていうんだ。行動しなきゃ始まらないじゃないか。しかし行動できるのか? そもそもなにをすればいいんだ?


「またため息か? まったく、こっちまで気が滅入るぜ」

「す、すまん」

「そういえば、おまえ、部活はなに入るか決めたのか?」

 俺のため息のせいだろうか、金剛は唐突に話題を変えた。

「いや、まだだけど。なんでだ?」

「この学校、部活動は必須だろ? なにかには入らなくちゃいけないって先生も言ってたろ」

 そういえば、入学案内にも書いてあったし、校長も言ってたな。

 部活見学は今日からだから、HR後に見学に行った生徒もいるんだろうか。

「金剛は決めたのか?」

「まあな。俺は合唱部に入ろうと思う」

「合唱部……」


 ちなみに、こいつのあだ名はジャイアンだ。国民的マンガのガキ大将に似ているだからである。体がでかいっていう点だけだけどな。

 ジャイアニズムを振りかざしたりはしないし、なによりこいつは歌がうまい。ボエ~とかホゲ~みたいな擬音が聞こえてきたりはしない。

 この見てくれで美声て。スーザン・ボイルか。


「一緒に見学行くか?」

「いや、俺はやめとくよ」

 せっかくだけどな。俺はここで高埜の話を盗み聞きするという使命があるのだ。

「そっか。じゃ、俺は行くわ」

 じゃあなと言うと、ジャイアン……もとい金剛は教室を出ていこうとする。その途中、おな中の女子生徒に呼び止められていた。「あ、ジャイアンだ~」とか「これからリサイタル?」とか言われている。ジャイアンは「うるせー」と返していた。

 話は変わるが、金剛は女子人気が高い。背が高くガタイもいいし、よく見ると、意外に端正な顔立ちをしており、笑うとじつに人懐っこい笑顔になる。そりゃ人気も出る。

 以前、女子と話すのうまいよなと言ったら、

「そういわれてもなぁ。俺は女子と話すの苦手だし……」

 と言われた。

 これはどうしたものか。ひょっとして、俺はいま、からかわれてるのか。それともケンカを売られているのか。

「お大臣め……」

 思わずつぶやく。


「なあ、メイ」

『なんです?』

「俺は高埜と仲良くなれるかな? これからなにをしたらいいんだろうか」

 ポケットからスマホを取りだして訊いてみる。

『なにをと言われても……』

 メイは面倒くさそうな声をだした。

『話しかけてみてはどうです?』

「そう言われても、緊張して……」

『話しかけるだけでしょう。ちょうど千影さんもいることですし、まずは彼女に話しかけて、その流れで自然に会話に加わればいいだけです』

「ま、そりゃそうだけど……それができれば苦労はないよなぁ……」

「なにが苦労はないの?」

「!?」


 瞬間、突然聞こえてきた声にびっくりして、椅子からひっくり返ってしまった。

 いってぇ……。頭を押さえながら痛みにうめいていると、

「だ、大丈夫っ!?」


 ――天使再臨。

 高埜が、心配そうに俺の顔を覗きこんできた。

 腰まで伸びたサラサラの髪。肌は雪みたいに白く、まつ毛はけぶるように長い。身長はそれほど高くないが、小顔のための八頭身。その顔は不安げで、俺を心配してくれているのが分かる。

 高埜はその細い手を、俺に差し伸べてくれた。


 しかし、俺はどうしていいかわからず硬直する。

 手……なんだ、これは……とっていいのか? とって大丈夫なのか? とった瞬間悲鳴を上げられたりしないだろうか。そもそも、これは俺に対してのものなのか? なにか他の……!?

 そのとき、思い切りグイっと、とてつもない力に引っ張られた。すごい力で無理やり体を起こされた。

「あんたなにやってんの? だっさ」

 呆れたみたいに言われた。この怪力に毒舌……わが幼馴染、千影だった。

「うるさいな……」

 迷っているうち、千影に起こされたらしい。しかしこれはどうしたことだ。打った背中より腕のほうが痛いんだけど。人に触れるときはもっと力をセーブしてほしい。

 イスを起こして、改めて座る。


「ね、鳳橋悠くん、だよね?」

 急に天使に名前を呼ばれ、危うく天に召されそうになった。

「ああ……」

「やっぱり!」

 高埜は嬉しそうにパンと手を合わせた。やっぱりもなにも、さっきHRで自己紹介したはずだが。

「中学三年生の夏休みに会ってると思うんだけど、わたしのこと覚えてるかな?」

 ――なんてことだ。

 忘れるはずもない。中学三年の夏休み、俺は初めて高埜と出会った。

 高埜と出会って、俺は変わろうと思うことができた。

「覚えてるよ。公園で……会ったんだよな」

「そうそう! ありがと! 覚えててくれて!」


 忘れるわけないだろ、と言いたいが言わない。というか言えない。そんな気障なこと、言えるわけがない。

「ひさしぶりだね! 一緒のクラスになれてうれしいよ!」

 うれしいよ。……しいよ。……よ。……。

 高埜の言葉が、反響して聞こえる。

 うれしい。いま、うれしいって言ってくれたか? 俺とおなじクラスになれて、うれしいって……。

「なに笑ってんの? キモ」

 ……さっきから「だっさ」だの「キモ」だの、口が悪すぎだろう、この女。俺はそろそろ泣くぞ。


「うるせぇ。それと、べつに笑ってない」

「千影ちゃん、ダメだよそんなこと言ったら」

 高埜がちょっと怒ったふうに言った。かわいい。なんていいやつなんだ。

「大丈夫よ葵ちゃん。どうせ、すぐに忘れるから」

 それに比べてこの物言いはどうしたことか。なんでこいつは俺へのあたりがこんなにきついんだ。

「人を鳥頭みたいに言わないでくれ」

 抗議しても、千影はつんと顔をそらすだけだった。

 ま、それはもういい。いつものことだ。いまさら言っても仕方ない。

 そんなことより……。


 これは夢か? 高埜が……高埜が俺の目のまえで笑って話している。千影と。でも、さっきは俺と話してくれた。あと心配もしてくれた。

 それなのに、俺は高埜と会話をすることができない。言うまでもなく、緊張してる。さっきから心臓がドクンドクンうるさい。

 しっかりしろ! 決めただろ、もう一度頑張るって! でも緊張するものは緊張する……。


『なあ、高埜。さっきなんの話してたんだ?』

 と、これは俺じゃない。メイだ。メイが俺の声で高埜に話しかけたんだ。ナイスだメイ。

「そうそう! 聞いてよ鳳橋くんっ!」

 机に手をついたかと思うと、高埜はズイっと身を乗りだしてきた。

「私ね、このあいだ自動販売機でジュース買ったの」

「お、おう?」

 話が見えずに顔をしかめる。だからどうしたっていうんだ。


「あのさ、自動販売機に、ルーレットがついてるのってあるじゃない?」

「あ、ああ……」

 たしかにあるな。数字がそろったらもう一本てやつ。

「あれがあったからね、本当にそろうのかなって思って、わたし試してみたの」

『そろったのか?』

 またメイだ。

「うーん、当たったことは当たったんだけど……」

 高埜は口をへの字に曲げたあと、ちょっと怒った顔つきになる。

「当たるまで三十本も買ったんだよ! 三千円以上の出費だよ! ほかにもお菓子とか買いたいものもあったのにぃ!」

 本当に、心の底から悔しそうに言う高埜。そういえば、さっきそんなこと言ってたな。

「途中でやめりゃよかったろ」

 だから、つい言ってしまったのだ。しかし自然に言うことができた。ナイスだ俺。


「なに言ってるのっ!」

 すると高埜はまた怒ったような口調で言った。

「もしも数字がそろわなかったら、これは大変だよ! 詐欺だよ! なにかのインボーだよ!」

 そう言う高埜は、さっき壇上であいさつしてた時とはまったく違う雰囲気だ。どっちにしてもかわいいけど。つーか、さっきもおなじこと言ってたな。なにかってなんだよ。とは言えずに、今度は言葉につまる俺。

「それでね、わたし、いまいっぱいジュース持ってるんだ。だからね、これは鳳橋くんにおすそ分け」

「……いいのか?」

「? もちろん」


 ……なんてことだ。

 高埜が、高埜が俺にプレゼントをくれるなんて……。

 感極まって泣きそうだ。うやうやしく、それはもう騎士が姫から剣を受け取るかのように恭しく、オレンジジュースを受け取る。


「あ、ありがとう……」

「どういたしまして! のどが乾いたら私に言ってね? まだジュースいっぱいあるから」

 見ると、高埜の机の上には袋が置いてある。コンビニとかスーパーでもらえるようなアレだ。半透明だから中身も見える。その中にはジュースが入っているようだった。

「でも葵ちゃん、あれ私たちだけじゃ飲みきれないよ」


 千影が言った。たしか、千影もさっき高埜からジュースを貰ってたな。たしかに俺たち三人だけじゃ……いや、ここは俺一人で飲み切れば、高埜の中で株が上がるんじゃないか? いやいや、そんなことはないかな。逆に卑しいやつとか思われそうだ。いやいやいや、高埜はそんなこと考えるやつじゃ……いやいやいやいや……。

 とか考えていると、高埜は「それもそうだね」と言って、クラスに残っていた生徒たちにジュースを配り始めた。級友たちは首をかしげながらそれを受け取っている。そりゃそうだ。いきなりジュースの配布活動をされれば誰だってそうなる。俺だってそうなる。


 しかし、対照的に高埜はまぶしいほどの笑顔。配り終えた彼女は満足した様子で戻ってきた。

 高埜は一仕事終えたかのように額をぬぐう。……汗なんてかいてないのに。

「ようやく配り終わったよ。これで帰りは楽だ。ま、わたし車で送り迎えしてもらってるんだけどね」

 言いながら肩を回して、あははと笑っている。なるほど。うちは車で送り迎えしてもらってる生徒も多そうだよな。

 しかしあれを一人で持ち帰るのはきついだろうな。俺なら筋肉痛になりそうだ。千影なら平然と持ち歩きそうだけど。ゴリラだし。


「ふんっ!」

 いきなり千影が攻撃してきた。俺は危うく躱す。恐ろしく速い手刀、俺でなきゃ見逃しちゃうね。

「なにすんだよ!」

「なにか失礼なこと考えてたわね?」

「……考えてないぞ」

 考えてない、断じて。だって事実だもの。

「二人とも仲いいねー」

 何気ない高埜の言葉が俺を傷つけた。片思いの相手からこんなことを言われれば落ちこんでしまう。


「べつに、ただの腐れ縁だから」

「そうそう」

 千影が言ったので俺も便乗する。

「そういうところが仲いいと思うんだけどなぁ」

「葵ちゃん」

 千影が言うと、高埜は口を尖らせて「分かったよ」と言った。……かわいい。

「もうバカなことしちゃダメだよ。私、いまジュースあんまり飲めないんだ。ダイエット中だから」

 初耳だ。そんなに太ってるようには見えないけどな。……ひょっとして、さっき俺が痩せろって言ったのを気にしてるんだろうか? だとしたらすまんかった。


「失敬な! バカなことじゃないよ! 重要なことなんだから! だって、もしかしたらなにかの陰謀で、数字が揃わないようになってたらどうするの!」

「なにかってなに」

「学校が廃校の危機にあって、経費を稼ぐために数字が揃わないようにしてるとか! だから私はあんなにお金使っちゃったんだよ!」

「ねぇよ」

 とまた、思わず言葉をはさんでしまった。でもまた自然に言えた。やればできるじゃん俺!

「どうして言い切れるのさ! あるかもしれないじゃん!」

「いや、さすがにそれは……」

「だったらさ!」

 バンッと両手で机をたたき、ズイッと顔を近づける。ので、俺はまたひっくり返りそうになった。

「私に付き合ってよ! 鳳橋くんっ!」


 ……。

 …………ゑ?

 思考停止。高埜はいまなんて言った? 『私と付き合ってよ』? それってどういうアレだ? 付き合ってっていうのはつまり……そういうアレなのか?

 なんてことだ。高校生活初日から俺の願いが叶ってしまうとは。勝った! 第三部完! これで俺は高埜と……。


「私、これから自動販売機でジュース買って何回目で当たるか確かめるから、付き合って!」

 デスヨネー。まあ、知ってたよ。それでも高埜からのお誘いだ。断る理由なんてない。ないけど……き、緊張して言葉が出ない……。

『分かった。せっかくだし、付き合うよ』

 急に俺の声が聞こえてきたので、ビックリした。な、なんだっ? いまの、まさかメイか? メイが俺の代わりに俺の声で喋ってくれたのか……。

「そうこなくっちゃ!」

 高埜が嬉しそうに手を叩く。……笑顔がまぶしい。

「ね、千影ちゃんも……」

「ごめん。私パス」

 キラキラした顔の高埜とは対照的に、千影は塩対応だった。


「えぇー。ねぇ、そんなこと言わずに……」

「ダーメ。私忙しいの。風紀委員に入ることにしたから」

「えぇ……似合わねー」

「ふんっ!」

 直後、千影が攻撃を繰り出してきた。パンチだ。グーパンである。仮にも花の女子高生がグーパンしてきやがった!

「ぐえっ!?」

 見事みぞおちにクリーンヒット。カエルみたいな声を出してしまった。


「な、なにしやがる……」

「あら、ごめんなさい。蚊がいたから」

 千影はまったく申し訳なさそうに言う。声は平坦だし、目は虫を見るかのようだ。まったくなんて女だ。

「そういうことだから、ごめんね葵ちゃん」

「そっか……じゃあ、しょうがないね」

 高埜は残念そうだ。

「鳳橋くん! 私たちだけでがんばろうね!」

「あ、ああ……そうだな……」

 でも、なにを? と思ったが、そんなこと、もちろん訊けるはずもなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ