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めいあいへるぷゆー?  作者: 灰原康弘
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第一章①

「こ、こんな感じでどうだっ?」


 俺はパソコンに詰め寄った。すると、画面の中の彼女は、すこし考えるような仕草をして、

『ダメですね』

 と言った。


『もう全然ダメ。意外性も面白味もないし、もう一度やってみましょう』

「お、面白味はいらなくないか?」

『そんなことありません。印象に残ることをしたほうが、成功率も上がります。懸垂しながら告白したり』

「あれはマンガだろ」

『ともかく、これは練習なわけですし、何度やっても問題ありません。ささ、どうぞ』

「高埜! 好きだ! 付き合ってくれ!」

『テンション高くなっただけじゃないですか。ワンモア』

「高埜……好きだ……付き合ってくれ」

『無茶な低音がキモいです。アゲイン』

「高埜ー! 好きだぁー! 付き合ってくれーっ!」

『単純にうるさい。トゥモロウ』

「僕はしにましぇーん! 高埜のことが……」

「あんたなにやってんの?」

 唐突に冷たい声が聞こえてきて我に返った。


 振り返ると、そこには制服を着た少女が立っている。

 ブラウスのボタンを第一ボタンまで外し、ブレザーのボタンも開けたままだ。スカートはすこし短く履いている。

「ち、千影……いつからそこに……?」

「低音がキモいの下りから」

 よりにもよってそこからかよ。いや、どこからでも結構ヤバいか。

「悠、あんた人がご飯作ってる間になにやってんのよ」

 ため息交じりに言われた。

 本城千影(ほんじょう ちかげ)

 きれいな色の茶髪をサイドテールでまとめている。二重瞼をアイプチで彩る、目立たない程度にされた化粧。オシャレ楽しんでますというか、女の子してますみたいな感じのやつだ。


「そんなこと言うなら、別にもう来なくてもいいぞ」

「そうはいかないわ。だって(あかね)さんから、『面倒見てやってね』って頼まれてるもの」

 茜、というのは俺の姉貴である。なぜか千影はちょっと得意げだ。というか大きなお世話だ。なんだ『面倒見てやってね』って。俺は子供か。

「で? あんたなにやってんの? だいたい想像つくけど」

「千影には関係ないだろ」

『高埜さんに告白する練習をしていたんですよ。おなじクラスになれたっていう体で』

 その言葉とともに、パソコンの画面に映っていた彼女……メイの姿が変わる。黒髪の美少女から、色素の薄い髪を肩まで伸ばし、ダウナーな瞳をした、なんだかやる気のなさそうな少女だ。見た目は美少女ではあるけどな。

 そのメイが、俺の言葉にかぶせるように、からかってくる。

 すると、千影は大きなため息をついた。


「入学式前からなにやってんのよ。こんなやつが私の幼馴染だなんて、情けなさすぎて泣けてくるわ」

「うるせぇな! いいだろべつに! だれにも迷惑かけてねぇんだから!」

「かけてんのよ私に! 起きてんなら下りてきてご飯の準備手伝ってよね!」

「そ、それは……」

 まあ、悪いとは思ってる。でもほら、練習て大事じゃない。

「ほら、分かったらさっさと着替えて、とっととご飯食べるわよ。四十秒で支度して」

 ポイ、と俺の制服を放ってくる。まだサイズ確認に一回着ただけの、新品である。かと思うと、千影は窓を開けて換気を始めた。そのさい、ベッドに四つん這いになったのでスカートがかなりきわどいことになっていた。

 ガン見しようかとも思ったが、ばれたら半殺しにされるからしない。他にすることもあるしな。


「ってあんた何してんのよっ!?」

 振り返った千影が両手で顔を抑えている。

「なにって、着替えろっていうから着替えてるんだろ」

「なんで私が部屋にいるのに着替えてんのよ! あんた頭おかしいんじゃないの!?」

 千影が顔を抑えたままキレている。心なしか、顔が赤く染まっている気がする。

 いいもの見れた。着替えてよかった。これは寝起きの攻撃に対する、ちょっとした反撃である。

「じゃあちょっと外に出ててくれよ。着替えるからさ」

 と言うと、千影はいそいそと部屋を出て行った。いつもこのくらいしおらしければいいんだけどな。

 着替えをすまし、パソコンをシャットダウンすると、空中に浮かんだ画面が消えた。


「ようやく着替え終わったのね」

 部屋を出たとたん言われた。千影は早くもいつもの調子を取り戻したみたいである。

「まったくトロいんだから」

「はいはいはいはい」

 二人してリビングへ行くと、俺はテレビをつける。時間代わりにニュースを見るためだ。

 テレビの中では、見覚えのある女がインタビューを受けていた。若くして財閥の会長として働くのは大変ではとか、そんな感じのことを訊かれていた。この財閥がインタビューを受けるのは、そう珍しい話じゃない。実際、受けてる恩恵は大きいからな。さっきの画面が空中に浮かんだパソコンなんていう近未来なものを作ったのもここだし。

 つーか、一番驚いたのは〝美人すぎる会長〟とかいうテロップが出ているところだな。本性を知ったら、インタビュアーやテレビの前の皆さんはどう思うだろうか。


 俺がそんなことを考えている間に、千影は台所から料理を運んできた。なので、俺もそれを手伝う。そうしないと、どつかれる。

 運び終えると、二人してテーブルについた。

 今日の献立は、海苔に焼きシャケ、みそ汁にご飯だった。

 仲良く手を合わせて「いただきます」を唱和。俺たちは食事を始める。

「今日から高校生かぁ……。なんか早かったな」

 なんとなくそう言った。しかし、千影は箸を止めると、伺うように俺を見た。


「な、なんだよ」

「べつに」

 視線をそらし、千影はちょっと黙り、

「……いいんじゃない。あんたが、そう思えるようになったんなら」

 そういうとシャケを一口食べた。

 俺の脳裏に、去年の出来事がよみがえる。去年の、春祭りのこと……。

 それから、しばらく俺たちはもくもくと食事を続けた。そもそもさっきのセリフは、いまから言おうとしてる言葉の前振りなんだが、なかなか言うことができない。だって、なんか気恥ずかしい。

 でも、この機を逃したらいつ言えるか分からんし、言っておかなくては!


「千影、その……」

「? なに?」

「いろいろ、ありがとな」

 千影はキョトンとした顔になった。どうやら、俺の言葉は完全に予想外だったらしい。

「感謝してるんだ、これでも」

 ……ヤバい。これ結構、いやかなり恥ずかしい。顔から火が出そうとか言う表現があるが、本当にそんな感じだ。どうしよう、こういう時こそからかってほしいものなのに、千影はなにも言ってくれないし。 ど、どうする俺っ!


『くっさ』

 唐突に、ばかにしたような声が俺の制服の内ポケットから聞こえてきた。

 スマホを取り出すと、画面に映った少女が鼻をつまんで手を振っている。

『悠さん、なんですかいまのは。くさすぎますよ。食事中なんですから、自重してください』

「そ、そこまで言わなくてもいいだろ!」

『あなたはいつも唐突すぎます。物事には順序ってものがあるんですから、もっと順序立ててしゃべってくれないと、こちらも反応の取りようが……』

「分かったよ、もう、うるせぇな! つーか食事中に臭い臭い言うな!」

「あんたのほうがうるさい」

 千影にじろりと睨まれた。

『そうですよ。まだ朝なんですから、静かにしてください』


 こ、こいつ! なんて言い草だ!

 メイはいま、千影とおなじ制服を着ている。ただ、こいつは着崩してはないけどな。

「それに、仲良くなれるかはあんた次第よ」

 仲良く……俺はあの子と、仲良くなれるだろうか……。

 いや、きっとなってみせる。そのために、俺はメイを作ったんだ。

「俺さ、今度の祭りに、高埜を誘ってみようと思うんだ」

 二週間後、うち主催のちょっとした祭りが催される。その祭りを、俺は高埜と一緒にまわりたいと思っている。


『へー。なかなか大きく出ましたね』

 メイはどうでもよさそうに言った。

「いいだろメイ! 好きに言わせてくれよ!」

『ま、べつにいいですけどね。言うだけなら自由ですし』

 なんでこんな偉そうなんだこいつ。

『でも、時間はいいんですか?』

「え?」

 言われて時計を見ると、時刻は午前七時半を回っていた。

「うわ!」

「やっば。遅刻しちゃうじゃない!」

 二人して声を上げてしまう。

 俺たちは急いで朝ご飯を食べる……というより、急いでかきこみ、家を出る。

 天気は快晴。今日は、絶好の入学式日和である。




「ああもう最悪っ! 入学式から遅刻なんてシャレにならないじゃない!」

「分かってるよそんなことは! だからいま急いでるんだろ!」

 四月十日。俺たちは今日から高校生になった。いや、正確には、なる、だ。まだ入学式は始まってないからな。


 しかし、俺たちはいま、その入学式に遅刻するかどうかの瀬戸際なのだった。

 千影は歩きで俺の家まで来た。だから俺は千影を後ろに乗せ、全力でチャリをこがなくちゃいけなかった。一応、二人乗りは犯罪だが、今回は緊急避難ってことで大目に見てほしい。


「決めたっ! 私今度からあんたにかまうのやめる! あんたに付き合ってたら毎日遅刻しちゃう!」

「しつこいなもう! 黙ってろよ!」

「じゃあもっと早く漕いで!」

「じゃあ、もっと痩せろ!」

「失礼ね! 私べつに太ってない!」

 言い合いながら漕ぐ。言い合う時間すら惜しいからだ。じゃあ、やらなければいいと思うかもしれないが、千影が絡んでくるのだから仕方がない。……倍疲れるけど。

「うるせぇな! いつまでもうじうじと!」

 とか言っていると、空中に浮かんだ信号機が赤に変わる。道路にあった横断歩道の線が消え、車が走り始めた。


「そもそも遅れそうになってんのは俺のせいじゃねぇだろ! 時間を気にしてなかった千影も悪い!」

「なにそれ! 人にご飯作ってもらっておいて、よくそんなことが言えるわね!」

「そうだけど、これに関してはお互い様だろ!」

 やっぱよけい疲れる。当りまえだけど。

 いつまでも言い合っているわけにもいかない。こ、こうなったら……!

「メイ! なんとかしてくれ!」

 制服の内ポケットのスマホに対し、懇願する。

『はあ……』

 が、こっちは切羽詰まっているというのに、メイはなんとも気の抜けた返事を返した。


『なんとか、と言いますと?』

「遅刻しそうなんだよ! なんとかならないか!?」

『無理ですね』

 あまりにもあっさり言われたので、俺の思考は一瞬フリーズした。

「む、無理ってことないだろ!?」

「いえ無理です」

 さっきから即答である。しかもちょっと食い気味である。


「そんな冷たいこと言わないで助けてくれよ!」

『そう言われましても……』

 メイは面倒くさそうにセミロングの髪を指でいじりながら、

『茜さんから〝あまり甘やかさないように〟と言い使っていますので。甘やかせないんですよ。なんとかしてあげたいのはやまやまなんですけど……。あー、困りました』

 わざとらしく困った声を出している。し、白々しい。ひっぱたいてやりたいが、あいにくそれはできない。だって叩いたら、スマホ壊れるかもしれないし。大体こいつ、痛覚あるのか?


『そういうわけですから、頑張ってください』

「そんな人ごとみたいに……」

『実際、私にとっては人ごとです』

「そんなこと言わずに、なあ、頼むよ。今回だけでいい。明日からは遅刻しないように気をつけるからさ……」

 俺は速度を落とし、内ポケットからスマホを取りだす。

 すると、画面の中で優雅にコーヒーブレイクをきめていたメイが、ちらと俺を見た。

 しばらくそうしていたメイだが、やがてため息をつくと、

『分かりました』

 と言った。


『今回だけですよ』

「た、助けてくれるのか!?」

『ええ。悠さんがあまりに哀れなので、助けて差し上げます』

「あ、ああ……」

 ありがとう、と言いにくい言葉だ。非常に。

「そりゃどうも」

 というのが精いっぱいだった。

「ありがとうメイ! 助かるわ!」

 千影が横から言った。


 メイがコーヒーを飲んでいるその後ろに、スクリーンが下りてくる。そこで地図が映し出され、さらにその上から赤い線が描かれた。線の上には、黄色い点が二つある。

『その赤い線に沿って進んでください。黄色い点が悠さんと千影さん。その道が学校への最短ルートになります』

「サンキュー、メイ!」


 俺はスマホを千影に渡す。千影のナビにしたがって、俺はチャリの速度を上げた。

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