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めいあいへるぷゆー?  作者: 灰原康弘
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第三章②

 放課後。俺たちはある場所にいた。


 ある場所……といっても、わざわざ溜めるほどのことじゃないんだけどな。

 体育倉庫、である。正確には、そのまえだ。

「ここだよね?」

「ああ」


 うちには体育倉庫は三つある。部活動が盛んだから、備品を収納するために倉庫の数も多いらしい。大きさも、そこそこある気がする。さらに、財力にものを言わせている部活動も多いって話だ。金持ちとはいえ学生なんだから、もうちょっと節度を覚えたほうがいいと思うんだけどな。

 幽霊が出ると金剛が言っていたのは第三倉庫。なので、俺たちはいま第三倉庫前にいるわけだ。普段この時間は、生徒の姿もあるみたいだが、幽霊の噂のせいで人が寄り付かなくなってしまったらしい。


 とはいえ、それ以外に学校に変わった様子はない。

そういえば、昼休みを使ってちょっと聞きこみをしてみたが、ここ第三倉庫はもとは奇術研究会が使っていた部室だったのを、研究会がなくなったあとに倉庫としてもらい受けたらしい。で、その奇術研究会の顧問をしていたのは、我らが担任の佐藤先生なんだとか。その佐藤先生、アイドル好きというクソどうでもいい情報を調査の過程で知った。


「でも、本当に幽霊なんて出るのか?」

 葵には悪いが、正直俺は半信半疑……というか、そんなものの存在は信じてなかった。

 だって見たことないし。つーか葵はどうなんだ? こうやって調べようっていうくらいだし、信じてるんだろうか……?

「だれかいませんかー?」


 お分かりいただけただろうか。

 俺がちょっと考えていると、葵はなんの躊躇もなく、スライド式の扉をガラガラと開けたのだ。肝が据わってるな。……いや、ちょっと待て。なんで扉が開く? ここに限らず、体育倉庫には電子ロックがかかっている。もちろん、いまもかかっているはず。パスワードを入力するとロックが解除され、しばらくするとまたかかる仕組みになっているらしい。いま葵はパスワードを入力しなかった。なのになんで開いた? まさか、いやまさか、幽霊……。


『ああ、扉なら私が開けました』

 ……は、なにも関係ないらしい。

「お、おい、葵!」

 ムダに堂々とした態度の葵に、俺は気後れしてしまう。慌てて後を追って、俺も倉庫の中に入った。

 倉庫内に、とくに変わった点はないように見える。置かれているのは、バスケットボールだったり跳び箱だったり、あとは自転車や一輪車、フラフープ、はては段ボールまで置かれている。もう普通の倉庫って感じだな。


「さ、悠くん! 一緒に調べよ」

「調べよって言っても……」

「だって、噂のせいでみんな倉庫に来れなくなってるんだよ? はやく原因を突き止めないと!」

 まあたしかに。実害が出てるならなんとかしなくちゃとは思うが……。

「幽霊の噂を使って、だれかがなにかを企んでるかもしれないんだよ!? もしそうだったら大変だよ!」

 そっちが理由だな。

 でも願ったり叶ったりだ。また葵と一緒に過ごせるわけだ。これはある意味共同作業じゃなかろうか。

「そうだな! これは俺たちの手で調べないとだよな!」

「おおー! さすが悠くん! 話がはやいね!」

「ああ。それほどのものさ」


 とはいえ、調べるといってもどうしたものか……。

 そのときだった。後ろから、ガコンという音が聞こえた。驚いて後ろを見る。すると、さっきまで開いていた扉がしまっていた。

「あれ? どうしたんだろ」

 葵が不思議そうに扉の前に行く。そして一言、

「開かない……」

「な、なに?」

 俺も駆けよってすぐ横にある装置で開錠を試みるが、

「開かない……」

 結局、葵とおなじ反応をするしかなかった。


 ばんなそかな!

 これはつまり、閉じこめられたってことじゃないか! しかも、葵と二人っきりで! こんなところに!

 こんなことができるのは……。


「メイ!」

 俺は声を潜めて、スマホに言う。

『なんです?』

 すると、面倒くさそうな声が返ってきた。

「なにやってんだよ! ドア開けてくれ」

『バカですね』

「な、なに……?」

『扉を開けたら、邪魔が入るかもしれないじゃないですか。教師に見つかって追いだされたらどうします? しかし、閉じこめられたのなら仕方がありません。これで幽霊を調べられますね』

 それが目的か。


『悠さんのためにやっていることですよ。文句を言われる筋合いはありません』

 それはそうだが。装置をハッキングして俺たちを倉庫に閉じこめるとか、ちょっと力業すぎないか? やるならもっとこう、スマートにやってほしい。とか言おうものなら自分じゃなにもできないくせにとか言われるから言わない。

『あとは悠さんの仕事です。頑張ってください』

 ここまで心のこもってない頑張っては初めていわれたゾ。

「悠くん?」

 こそこそやっていた俺を不思議に思ったのか、葵が後ろから覗きこんでくる。そのとき、肩に触られたのでちょっとびっくりした。

「いや、開けられないか試してたんだけど、ムリみたいだ」

「そっか」

 葵が肩を落とした。


「大丈夫だって! すぐにだれかが様子を見に来るよ。ここに行くってことは、千影と金剛には言ってあるしな」

「そうだねっ!」

 すこし不安そうな顔をした葵だったが、すぐにいつもの明るい表情に戻った。

「じゃあ、それまでに私たちでここを調べてみようよ!」

「そうだな! 俺たちで謎を暴いてやろうぜ!」


 まずは状況を整理しよう。

 幽霊が目撃されたのはこの体育倉庫。

 目撃者はここを利用している生徒。

 目撃時刻の共通点は放課後。

 幽霊は、壁の中にスーッと吸いこまれるようにして消えていく。


「こんなところか?」

 証言をスマホのメモ帳欄に箇条書きにする。

「どれどれ?」

 突然のことに、思わず変な声が出そうになった。

 さっきみたいに、葵が俺の肩に手をおいて、スマホを覗きこんできたのだ。

「あともう一個あるんじゃない? その幽霊はさ、にやにや笑ってるみたいだったってやつ」

「そ、そうだな」

 背後にあまり意識をむけないようにしながら、文字を打ちこむ。

「このスーッと消えてくってところだけどさ、どこらへんで消えてったのかな」

「そういえばそこまでは聞いてなかったな」

 倉庫に出るとは聞いたが、倉庫のどこに出て、どこで消えるのか、これは聞いていなかった。


「よし! ちょっと部屋調べてみようぜ!」

「うん!」

 そうして、俺たちは倉庫を調べ始めた。

 といっても、どうすればいいのかよく分からん。調べるってなにを調べればいいんだ。

 推理小説なんかだと、こういう時に大切なのが、〝ちょっとしたこと〟だ。

 例えば、日常とのちいさな相違点。なにか事件が起きたときは、必ず普段とは違うことが起きている。そこを辿っていけば真相が見えてくる……。

 でもなぁ……。幽霊が出てること自体普段と違ったことだし、第一、見間違いって可能性もやっぱり捨てきれない。


「どーお悠くん? なにか見つかった?」

「いや、とくになにも……」

 とはいえ、どこをどう調べていいかも分からない。壁を叩いたりしていただけだ。

 そのとき、どこかでガタンッという音が聞こえた。

 あたりを見るが、とくになにも異常はなかった。最初は葵がなにかを落としたのかと思ったが、どうやらそうじゃないみたいだ。もちろん、俺でもない。


「なんだ……?」

「なんの音だろうね?」

 二人して顔を見合わせる。

 いまここにいるのは俺たちだけだ。でも、俺たちはあんな音を出してない。……はずだ。

 そこで思い至る一つの可能性。

 ここには、幽霊が出るって話だったな。


 ……。

 …………。

 ばんなそかな!

 いやいやいや、ないないない!

 幽霊っておまえ、そんなものいるわけないじゃないか! ないないないない!

 すべてのホラー現象はホラに過ぎない! 超常現象を恐れるな!


「ねえ悠くん、いまのって……」

「そんなわけないだろ」

 そうそう、幽霊なんているわけがない。

『だから、俺ちょっと見てくるよ』

 まただ。またどこからか俺の声が聞こえた。

 もう考えるまでもない。これもメイだ。あの野郎余計なことばっかり言いやがって! 

 でも幽霊を調べに来たわけだし、これはチャンスかもしれない。

 やってやろうじゃねぇか!


「ちょっとここで待っててくれ」

 しかし、葵は首を横に振った。

「うぅん、私も一緒に行くよ!」

「そ、そうか」

 葵のキラキラした目には、好奇心の三文字がくっきりと刻まれているように見える。

俺たちは一緒に音のしたほうへむかう。

 が、そこにはなにもおかしなところはなかった。なにかが倒れた、ってわけでもないみたいだ。じゃあ、さっきの音は……。


『私です』

 という囁くような声が聞こえてきた。

『さっきの音は私が出しました』

 ……。

 …………。

「なんでだよ!」

『面白いかなと思って』

「ざけんなっ!」

「ど、どうしたの悠くんっ?」

 葵がちょっと驚いたように、二三歩後ろに下がる。そりゃそうだ。いきなり大声出されたら誰だってビックリするよな。


「まさか、幽霊に憑依……」

「されるかっ!」

 さすが葵。常に俺の予想の斜め上を行く。

「い、いや、すまん。なんでもないんだ、ホント」

「そう? ならいいんだけど」

「ああ。さ、調査を再開しようぜ!」

 とはいえ、どこをどう調査すりゃいいんだ?

 俺は改めて倉庫内を見回す。そこで、ある事に気がついた。

「あれ……?」

「どうしたの?」

 葵が不思議そうに訊いてくる。


「いや……」

 俺は半信半疑のまま、気づいたことを言ってみることにした。

「なんか、外から見たときより、倉庫がちいさいような気がするんだよな……」

「え?」

 葵は首をかしげつつ、俺とおなじように倉庫を見回す。

「言われてみれば……そうかも……」

「だろ?」

「うん。でもそうして……」

「隠し部屋がある、とか?」

 ふと思いついたことを口にしていた。まあ、ミステリの世界じゃ禁じ手ってされてるやつだよな。十戒だとか二十則だとかで。


「隠し部屋っ!」

 葵の目はなぜかキラキラ輝いていた。

「わたしそれ知ってる! なんとか館の殺人に出てくるやつだ!」

 まあね。よく出てくるよね。隠し部屋とか隠し通路とか。

 だが、館シリーズはともかく、隠し部屋や隠し通路ってのは、案外言いえて妙かもしれない。ここが以前、奇術研究会の部室だったってことを考えれば、なにかしら仕掛けがあっても不自然じゃない。


「ちょっと調べてみるか」

「わたしも手伝うよ!」

 てなわけで、二人して調査開始。

 幽霊は〝壁にスーッと消えていく〟って話だった。なので、壁を調べてみる。具体的に言うと、トントン叩いてみたり、ちょっと撫でてみたり、みたいなことだ。

 だが、くっ。なにもおかしなところはない。

 俺の勘違いか? いや、でもたしかに大きさに違和感を感じる。きっとなにか、なにかあるはずと思うんだけどな……。


「悠くん悠くん」

 呼ばれて振りかえると、葵が手招きしていた。

「? どうしたんだ?」

「ここ、見てみて」

 いったいなんだ? しかし、見てみると、葵が疑問に思った理由が分かった。

 壁際に積まれていた段ボール……その一番下の段ボールだけ、空だったのだ。葵が蓋を開き、俺に見せてくれている。


「よく分かったな」

「他の段ボールの間には隙間がないんだけどね、ここだけ、上と左右に、ちょっとだけ隙間があったんだ。ひょっとしたらなにかあるかもと思って、たしかめてみたの」

「なるほど。すげぇ観察眼だな」

「えへへ、そうかな」

 葵は照れたようにはにかんでいる。かわいい。

「他は動かせないのか?」

「うん。わたしにはムリだったよ」

「ってことは、この先になにかがあるってこと……だよな?」

「たぶん……」

「よし、俺ちょっと見てく」

 るよ、と言おうとしたんだが、葵がどこかに消えていた。


「お、おい」

 もしやと思って見ると、段ボールの間からニョキっと足が二本伸びていた。……足きれいだな。いやそうじゃない。

「葵?」

 隙間を覗きこむ。覗きこんで、慌てて目をそらした。四つん這いになってるから、スカートがかなりきわどいことになってたぞ。もうちょっとこう、考えてから行動してほしい。


「悠くん!」

「お、おうっ?」

 な、なんだ? まさか、見てたのがバレたわけじゃないよなっ?

「なんかボタンがあるよ!」

 ボタン? 服とかについてるあのボタン? なわけないか。スイッチ的なアレってことだよな。

「ちょっと押してみるね」

 それから数秒して、ゴゴゴゴゴという音とともに壁がせり上がっていき……はしなかった。とくになにも起こらない。まだボタンを押してない、のか?

 葵が隙間から出てくる。


「どうかな? 壁がせり上がったりした?」

「いや、してない」

「そっか」

 葵は肩を落としている。つーか、いくら奇術研究会の元部室だからって、そんな忍者屋敷みたいな仕掛けはないよな。

「考え過ぎだったのかな?」

「いや、でも実際段ボールはここだけ空だったわけだしな……」

 なにかはある、と思うんだが……。

 でも、なにも起こらなかったってのも本当なんだよな。


「一旦かたそっか」

「そうだな」

 残念だが仕方ない。とりあえず片付けて、調べなおすしか……。

 段ボールを元に戻そうとしたとき、なにかにつまずいてしまった。

「しまっ」

 なんとか体勢を立て直そうとするが、時すでに遅し。俺はその場に倒れてしまった。

 ……葵を押し倒すようにして。

 目と鼻のさきに、葵の顔があった。

 白い肌に長いまつ毛……思わず見入ってしまう。


「ゆ、悠くん……」

 名前を呼ばれて、ハッと我に返った。

「す、すまんっ! 大丈夫か?」

 慌てて退く。いったい、なにに躓いたんだ?

「あれ? ここ……」

 床の一部が、ぱかっと開いていた。直径五センチくらいの正方形の中に、赤いボタンがある。

「どしたの? あれ、ボタンだ」

 葵が横から覗きこんでくる。あ、髪いい匂い。……じゃない!

 さっきまでこんなのはなかった。ってことは、これは葵がボタンを押したから出てきたって考えていいだろうな。ってことはだ。


「よし、押してみるぞ」

「う、うんっ」

 ポチッ、と押してみる。

 でも、なにも起こらない。そう思ったつぎの瞬間、ゴゴゴゴという低い音が聞こえた。

 なんだと思い目をむける。すると、壁……自転車が置かれている後ろの部分……が、上にせり上がっていた。ちょうど人一人が通れそうなくらいの高さと幅だな。

「お、おお……」

 マジであったよこの仕掛け。ホントに忍者屋敷みたいだな。そういえば、部活動の中には財力にものを言わせているところもあるって佐藤先生が言ってたっけ。それにしても言わせすぎだろ。


『悠さん』

 いきなりメイに名前を呼ばれた。なんだよ、と答えようとするより早く、

『隠れてください。だれかが入ってきます』

「なに?」

 そのとき、ピーッと音がした。これはたぶん、電子ロックが外れた音。ってことは……。

「だれか来たのかな?」

 と葵。

 まずい! これは非常にまずーい!

「メイ! ちょっとだけ時間稼いでくれ!」

 いうや否や、俺は段ボールをもとの位置に戻し、ボタンを押して壁を元に戻す。

 そして葵の手を引き隠れる場所を探すが……ど、どうする!? どこに隠れれば……。


「悠くん! こっちこっち」

 葵がまた手招きをしてくる。そうして、俺たちが隠れ終えたその直後、だれかが倉庫に入ってきた。メイがかけていたロックを解除したんだろう。

「いったい、だれなんだ?」

「そういえば、わたしたちなんで隠れてるんだろ?」

 たしかに……。べつに隠れる必要ないよな。いや、それより……ち、近いっ!

 まさに目と鼻の先、頬と頬が触れ合いそうなくらい近くに葵がいる。というのも、俺たちが隠れたのは、跳び箱の中、なのだった。


「あ、こっち来る!」

 子声で言う葵。息遣いがすぐ横で聞こえ、俺は逆に息がつまりそうだ。大丈夫だよな? 俺臭くないよな? クッサとか思われてたら、俺はもう立ち直れないぞ。

 たぶん、生まれて初めて体臭を気にする俺のまえで、だれかがしゃがみ込んだ。段ボールを退かそうとしてるんだろう。

 横顔が見える。その人物の正体は……。




 俺たちが倉庫を出たとき、すでに日は傾いていた。

 例の侵入者(?)は俺たちが見つけた隠し部屋の中に入って行った。その隙に、俺は外に出たってわけだ。葵は部屋の中も見たかったようだが、そろそろ帰らなくちゃいけないらしい。

「でも、ビックリしたね」

「そうだな」

「まさか、佐藤先生が来るなんて思わなかったよ」


 そう、入ってきたのは我らが担任、佐藤先生だった。

 今日俺たちは、幽霊の謎を解こうと第三倉庫に行ったわけだが、結論から言って、幽霊とやらの正体は分かった。


 正体は、佐藤先生だ。


 目撃者たちは、あそこに入っていく佐藤先生を見て、〝幽霊〟と思いこんでしまったのだ。

 倉庫内は薄暗いし、長い髪で顔が隠れていれば、遠目に見れば〝幽霊〟と思ってしまうかもしれない。

せり上がった壁の中に作られた部屋に入っていく佐藤先生を見て、『壁の中にスーッと消えていく』という証言が生まれたんだろう。

 ともかく、〝幽霊〟なんてのはただの見間違いだった。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってやつだな。


「佐藤先生、あそこでなにしてるんだろうね」

「うーん」

 メイに調べてもらった結果、あそこにはアイドル関係のグッズがたくさん保管されているらしい。完全に佐藤先生のプライベートルームになっているみたいだ。

 だが……なんか、それを葵に言ったら、夢を壊す気がするな。……仕方ない。

「今度さ、確かめてみないか?」

「え?」

 葵がきょとんとした顔で見てくる。

「今度、二人で入ってみないか? あの隠し部屋に」

「うん。そうだね!」

 葵は笑顔で答えてくれる。


「じゃあ、わたし、そろそろ帰らないとだから」

「ああ。お、送ってこうか?」

「うぅん。車待たせてあるから」

 そういえば、車で送り迎えしてもらってるんだったな。今朝見たじゃないか。

「ありがとう。気持ちだけもらっておくね」

「ああ……」

 それから、葵はすこし黙った。ゆっくりと口を開く。


「ねえ、悠くん。わたし、今日結構楽しかったよ。幽霊の正体はちょっとがっかりだったけど。付き合ってくれて、ありがとね」

 そう言って、葵は笑いかけてくれた。夕日に照らされた顔は、とても幻想的に見えた。

「俺も楽しかったよ。……その、さっきはごめんな……」

 押し倒しちゃって、とは言えず、声はどんどん小さくなってしまった。

「大丈夫だよ。悠くんこそ、ケガなかった?」

 ……人の心配をしてくれるとは、なんていい子なんだ。これが千影なら、俺ははったおされて二三発食らっているところだ。


「ああ。大丈夫だよ」

「ならよかった」

 また葵は笑う。その邪気のない笑顔に、思わず見とれた。

 やっぱり、俺は葵のことが好きだ。彼女の子の笑顔をもっと見ていたい。すこしでも、一緒にいたい……。

「じゃあ、わたしそろそろ帰らないとだから、もう行くね」

「あ、俺も行くよ」

「え?」

「カバン取ってこないといけないだろ? 校門まで、一緒に行かないか?」

 意外だったのだろうか、葵はすこしだけ驚いたような顔になった。それから、また笑ってくれた。

「うん。じゃあ、一緒に行こっか」


 教室にカバンを取りに行って、校門に行く間、俺たちはとりとめのない話をした。

 でも、それだけのことなのに、どうしてこんなに楽しく感じるんだろう。

 広いはずの学校も、とても狭いように感じた。

 もうすこしだけ、一緒にいられたらいいんだけどな……。

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