1-6 パニーニ
やっほー。千曳だよ。
取調でカツ丼は、フィクションの話らしい。
なんでも、貰ったから話した、とみなされるとか。よくわがんね。
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しばらく歩いていると、夜が明けてきた。朝焼けが綺麗だ。今日も一日、頑張るぞい。
またそれに伴って、今までよく見えなかった四人の容姿がはっきりわかるようになった。
まずナミだが、真っ黒で桜の模様が入った着物と赤い袴を着ている。異世界着物、いいですね。黒髪のおかっぱと組み合わさって日本人形の様。夜魅と同じように全体的に丸っこいが、若干つり目だ。
次にシュルク。青いローブ姿で、手には杖を持っている。等身大の大きな杖で、頭頂部には青い宝石のようなものが埋め込まれている。髪型はハーフアップってやつ。こちらも童顔だが、ナミと違い若干タレ目。おっとりした感じ。それから天狐という種族のようで、髪の毛と同じ黄色の耳と四本のしっぽを持っている。
ポワブルは、その身長と筋肉が特徴的だ。見た目に合っている。革製の防具と、大きな盾を持っている。得物は剣で、典型的なタンクキャラといった感じ。いや、一般のやつは全身鎧か。なんとも忍者を毛嫌いしそうな存在だね。種族的には狆らしいんだけど、小さくない。普通に平均身長だ。髪の毛も真っ白だし、当然耳や尻尾も白。黒入れろよ……。あ、ベリーショートね。
最後はセル。まず、小さい。百三十センチくらいかな? 顔も小さく中性的。でも、どことなく男感がある。これからの成長が楽しみってやつ。そっち系に造詣の深い女子にはたまらないだろう。フード付きのコートを来ていて、防具はほとんどない。弓を持っていることから、シーフとか盗賊とかそこらへんだろうと勝手に解釈した。髪はセミロングで、灰色だ。
なにげにバランスのいいパーティーではなかろうか。盾役がいて、火力があって、罠や宝箱も開けられる。僕には考えられない編成だね。だって僕、レベルを上げて物理で殴るタイプだし。最初の草むらでレベル百にするタイプだし。チュートリアルで熟練度カンストさせるタイプだし……。
って、ここはダンジョンでもなければゲームでもないんだ。そもそも本物の異世界に宝箱が落ちてるわけないから、シーフの仕事は見張りと攪乱じゃないかな。
実際にバランスがいいのか、どれくらい強いのかは残念ながら見ることができなかった。いや、幸運なのかな? 兎に角、魔物が全然出てこなかったのだ。森の中だと嫌ってほど出逢えたってのに。
この世界について聞きながら、僕らは進む。
★★★
「師匠!」
「はい?」
しまった就任してしまった。
事の発端は、昼飯を作ってしまったところまで遡る。
「何事もなければ、今日中にツァオベラーに着けるぞ」
また余計なフラグを。って、これこそフラグになるか。
「じゃあ、昼飯にする?」
「そうじゃの」
そういうわけで、街道から少し外れた場所に腰を落ち着けることと相成った。
野営の支度には慣れてるようで、すぐに料理できる環境が整った。
「料理は僕がするよ。ここまで何も出来てないし」
この申し出がまさかあんな事態を引き起こすことになるとは、この時の僕は知る由もなかった。
僕が持っているただの干し肉と違い、彼らが持っていたのはベーコン。しっかりと味がついており、パンに挟むには最適だ。
川原で拾っておいた平たく大きめの石二つを焚き火にかけ、ほどよく熱せられたところでパン、ベーコン、チーズを挟み、焼け石でサンドする。パニーニというやつだ。
やっぱりパニーニといえば焼きそばだよね。屋台とかないかな?
あ、そうそう。マジックハンドは犬手らしくて、熱さ耐性が異常に高い。ずるい、その手交換して。
全員分作って、振舞った。そして、振り出しに戻る。
「師匠! 是非わらわに料理を教えてくれ!」
「わ、わたしも……」
「三拝九拝~?」
「あ、自分はいいっす」
特殊なことをした記憶はないんだけどなぁ。パンを焼き締めるって発想が無いのかな?
ちなみに、パニーニは僕の十八番だったりする。
早く、安く、美味い。まるで取り調べに使われそうな文句だが、実際にパニーニは簡単にできる。お試しあれ。
……あれはカツ丼か。
「まあ、また何時か時間があったらね」
「絶対じゃぞ!?」
「うん約束する」
すると、ナミは小指を差し出してきた。そこまで? 一体何がそこまでさせるの?
とかなんとかいろいろ考えたけど、教えるのはやぶさかじゃないし、素直に小指を絡める。
「ゆーびきーりげんまんうーそついたらはーりせんぼんのーます!」
最後に指を切って終了。まさか異世界にまで流行っているとは、流石吉原は格が違うね。
まさか、異世界にも吉原が!? 異世界に和風な街は付き物だし、ホントにあるのかもしれない。ナミだって着物だしね。
まあ僕、吉原のこと全く知らないんだけどさ。
余談だけど、このあとシュルクとセルからも小指を差し出された。破るつもりはないけど、拳骨三万発と裁縫針三千本の刑を言い渡されてるようなもんだからねこれ。
あと、そんな簡単に知り合って間もない男に近づくんじゃないよ。
★★★
陽が落ちる頃には、城壁が見えてきた。
街の名前は中立都市ツァオベラー。何が中立なのかは、話せば長いとお預けを食らったのでわからない。
レンガ造りで二十メートルほどの壁が夕日に照らされている。そのおかげで、入口の門がよく見える。
てっきり、長蛇の列が作られているものだと思っていたけど、予想に反して並んでいる人は居なかった。
いくら大陸の端にあるからといって、ここまで人がいないことなどあるだろうか。
面倒事の予感。
だが、僕の懸念など知る由もなく、彼女らは門へと向かっていく。
門には受付のようなスペースがあり、おっちゃんが座ってた。普通お姉さんじゃないの?
そんなおっちゃんに、ナミは話しかける。
「おっちゃん。帰ったのじゃ」
「おう、姫ちゃん。早かったじゃねぇか。調査はもういいのか?」
おっちゃんは読んでいた新聞紙らしき紙束を机に置き、ナミに向き直る。
……今『姫ちゃん』って呼ばなかった? ポワブルも『姫』って呼ぶし。もしかして、かなり高位の貴族だったりする?
「うむ。収穫はあった」
「そいつは?」
「その収穫じゃ」
「へぇ」
おっちゃんは興味深そうに僕のことを見てくる。正直気持ち悪い。
「とてもそんなには見えねぇけど、こんな時期に外に出てるってこたぁ、それなりに腕は立つようだな」
「え、えへへ」
腕というか手そのものだけどね。
「お前さん、ラオム住民カードは?」
「あ、持ってないんですよそれ」
「はぁ? ホントにお前さん、何者だい?」
「それなんですよ、聞いてくださいよ。僕の悲しい身の上話」
そして僕は、ここを通るためだけに考えた意味のわからない身の上話を語った。
地球のいろいろな悲劇を適当に混ぜて二乗したようなよくわからないものだが、取り敢えず相手の涙腺を破壊できればいいだけだ。
語る方も恥ずかしいから、持病が出ることはなかった。よかったよかった。
語り終わると、おっさんは涙で目を腫らせていた。そんなに?
「すまねぇ、おっちゃん、涙もろいんでい」
「いいんですよ。今はこうやって自由に生きているので」
「ぐすっ……。お前さんも色々大変なんだな。ちょっと待ってな」
そう言うとおっちゃんは奥に引っ込んでいった。しばらく待っていると、トレカくらいの大きさの木片を持ってきた。
「これが仮の許可証だ。RBKを作ったらまた来いよ。ちゃんとした手続きすっから」
「ありがとう」
「じゃあ、また今度な。もう狼と喧嘩なんてすんじゃねぇぞ!」
予想以上に涙もろい受付のおっちゃんに見送られて、僕らは門をくぐった。
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