1-閑話 勇者召喚……?
ここは人族領、王都近郊の小高い丘。
普段は何やらよくわからない石が独特の模様を描き出しているその場所には、まるで建国祭が行われているかのような人数が集まっていた。
王女、姫、執事、神官、魔法使い、貴族、エトセトラ。城の重要人物のほとんどが肩で息をしているという異様な状況。そして、中心から眩い光を発するサークルストーン。
街の人々も、何事かと外側から覗いている。初めての事態に、皆同様を隠せないご様子。
やがて、一際強く光ったかと思うと、その中に人型が現れ始めた。
人々の不安と疑問を受けながら、やってきました27人。
何やら見かけない服装をした男女たちに多くの民衆が驚く中、彼らもまた驚いていた。
「えっと、どこだ……ここ?」
いち早く疑問を発したのは、男子のリーダーである橋姫宇治。恋さえ挟まらなければ一番の常識人と言われ、気づけばまとめ役に就任していた運のない少年である。
周囲を見渡せば、中世にタイムスリップしたかのような人々の服装と豊かな自然と謎の巨石が目に飛び込んでくる。旅好きで、そこそこな数の秘境にも行ったことがある彼だが、こんな場所は初めてだった。
さて、そんな薄幸少年に、いや、召喚された全ての男女に、一際煌びやかなドレスを着た少女が話しかける。
「ようこそおいでくださいました、勇者様!」
なんとか動き出した彼らは、再びフリーズした。
まるで一時停止をしたかのような光景に、お姫様が興味深そうな声を上げる。
「ねぇじいや。なんでうごかないんだろう?」
「おそらく、理解が追いついていないのではないかと。毎回のことです、しばしお待ちを」
答えたのはいかにも執事然とした老人だった。きっと名前はセバスチャンの一文字違いだろう。
少女と老人の会話を聞き、何人かが戻って来れた。あとの人はブルースクリーンだ。
「お、動いた動いた」
「あ、イチゴ様! 丁度良いところに」
なんの前触れもなく、最初に話しかけた少女の隣にまたしても少女が現れた。
それにしても、なんと身長の低い少女であろうか。最初の少女と比べても、頭一つ分ほど低い。だが、身分には頭一つ分どころではないほどの差がある。
青いローブを身にまとい杖を持った少女は、気さくに話し始めた。
「やあやあ君たち。いきなりの異世界召喚でお疲れかもしれないけど、一旦こっちを見て欲しいかな」
あまりの態度の違いに、レッドスクリーンに成りかけていた残りの生徒たちもなんとか復帰する。
「うん。全員向いたかな。それじゃあ、簡単に概要を説明するから、楽にしてて」
そう言って杖をひと振り。そして、語り始めた。
「じゃあまず、異世界好きかい?」
『『うん、大好きさ!』』
「異世界に行きたいかい?」
『『うん。もちろん』』
「いらっしゃい。ここがその異世界さ」
クラスの、約三分の二が返答した。これは驚くべきことである。彼らは、自分のことを棚に上げて公仁をオタク呼ばわりして避難していたのだ。何たることか!
それもこれも、事件を裏で操る首謀者がいるのだが、まあそれは別の話。
あとの話は、千曳にした通りなので割愛。要点だけまとめると――
・ウェルカムトゥようこそラオム。
・魔王によって召喚されたこと。
・どうせだからこの世界の発展に協力してほしいこと。
・『ステータス』と唱えるか念じるかすれば自分の力を見ることができること。
・それを見て身の丈を知ること。
・最大限支援するから、存分に強くなってほしいこと。
……だいぶ違うかもしれない。流石特待生。そもそもの待遇が違うのだ。森に投げ出されるのが何よりの証拠である。
余談だが、風が強いのかサークルストーンから外に声が漏れることはなかった。
さて、このあとの話だが、見るに耐えないのでばっさりカットしたいと思う。
なぜなら、醜い言い争いが始まってしまったからだ。
議題はもちろん、ここにいないバカ三人組。千曳達のことである。
オタクでない生徒の一人が、彼らを無視していたことに痛く反発したのだ。
いやお前もだろうという冷静な反対意見に対して、クラスの雰囲気上仕方なかった等を供述仕出し、あーだこーだと反論していくうちにヒートアップ。
結果、周囲の人物をほっぽらかしてしまう始末。
誰が何やった、あいつがそうでコイツがこうで――。
一度火が付いた彼らは止まらない。解説役のお姉さんイチゴも、これにはお手上げだ。
一度動き出した彼らは止まれない。姫様も魔道士も執事も、誰も口を挟むことができない。こんなこと、前例がないのだ。
突然、突風が襲った。それから、耳を劈く唸り声。炎が、雨のように降ってきた。
人々は悲鳴を上げ、蜘蛛の子のように散っていく。魔道士や護衛が決死の表情で上流階級を守る。
それは、爬虫類のような見た目をしていた。分厚い鱗に覆われた茶色い肌。背中からは翼が生え、薄い翼膜が適度な影を作り出す。
がっしりとした四本の足と、そこから伸びる鋭利な爪は、ひと振りで大地を切り裂くほどの威力を持つ。
頭には、一睨みで大半の生物を萎縮させる眼と、高熱の炎を吐き出す口。
人々は、その魔物をこう呼ぶ。ドラゴン、と。
魔物界の頂点に君臨する竜種。大罪でないだけマシだが、それでもほとんどの生物に勝るだけの力を持つ。
人類ならまず逃げ出し、そして食べられてしまう。ドラゴンとはそれだけの驚異なのだ。なのだが……。
「そもそも、お前らはあいつらのこと知らなすぎるんだよ!」
「小学生の頃なんて、アイツ等中心だったんだからな!」
「知らないわよそんなの!」
「大事なのは過去じゃないの! 今なの! わかる!?」
「あ、あの……そろそろやめたほうが……」
「「出雲キュンは黙ってる!」」
「は、はいぃ……」
自分のことを棚に上げて非難する側と、開き直る側。議論は水平線だ。
危険に会ったことがない彼らには、ドラゴンと言われてもよくわからないのだ。いや、何人か、その恐怖を理解している人はいるが、その人はきっとろくな目にあってこなかったのだろう。
「い、イチゴ様! 勇者様が……」
「ん? ああ、大丈夫だよ。彼ら、魔物にだけは強いから」
その言葉は、すぐに証明されることになった。
「グギャァァァ!!」
喧嘩に乱入しようと思ったのか、ドラゴンは右前脚を振りかぶりながら突進してきた。
だが、この手の仲裁役や第三者には必ずお約束がある。
「「「「「るっせぇ黙ってろ!!!!」」」」」
今回もその例に漏れず、男子生徒何名かのカウンターが入る。
普段はなんともないはずのドラゴンだが、今回は相手が悪かった。振りかぶったままの体制で、倒れてしまう。
そうして、全身から紫色の煙を放出する。魔物が死んだ時の現象である。
つまり、彼らはドラゴンをワンパンしてしまったのである。
喧嘩を続ける彼らは知らない。この勝利が、後の慢心につながることを。
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