1-2 森スタート
やっほー。千曳だよ。
異世界行くとさ、身体能力上がる人いるじゃん。
あれ、おかしくない? どう言う原理なんだろ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
目が覚めると、知らない夕焼けだった。
はふぅ。綺麗じゃなぁ。こんな綺麗な夕焼け、都会じゃそんなに見られないよ。だいたい電線が遮っちゃうからね。
雲もそんなにない。見事なまでの橙色だ。間違いなく日本の夕日百選に選ばれているだろう。
それから、ええっと、く、空気が美味しくて、その……。
……ごめん。もう無理。
ここ、どこ?
「どうやら起きたようだね」
不意に、他人の声がした。体を起こすと、目の前に灰色ロングのイケメンが立って居た。
「えっと、誰?」
「忘れてしまったのかい? 天王だよ。いや、今はフレッサ、と名乗ったほうがいいかな?」
ああ、思い出した。転校生か。名前や活躍は聞いていたけど、見て呉れはいまいち覚えてなかったんだよね。
……ん? なんて言った?
「フレッサって、何の話?」
「そうだった。ちゃんとした自己紹介をしなきゃね」
そう言うと、彼は姿勢を正した。こうやってみると、結構背が高い。
「我が名はツィオーネ=サタナ=フレッサ。この世界、ラオムで魔王をやってる者だ。改めてよろしく」
キョトン。
これを出せただけすごいと思う。いやホント、何言ってるんだかサッパリわからない。
「その顔は『理解できない、なにこいつ』って顔だね。これを言うと、みんなそんな顔するんだ」
当たり前だろ! 心の中でツッコミが炸裂した。
「でも、残念ながらこれは事実なんだ。君たちには、勇者候補としてこの世界で強くなってもらわなければならない」
何やら訳のわからない話をしている。聞き手を置いてきぼりにするところは悪徳商法のそれと一緒だ。
「ちょっと待って! なに? ここ異世界なの?」
「うん。そうだよ」
「証拠は?」
そうそう、まずは冷静に証拠の提示を要求するんだ。できないんだったらアホらし、と一蹴するだけの話。できたんなら……詳しい話を聞こうではないか。
「そうだね。じゃ、アレとかどう?」
そう言って天王くんは空の一点を指差す。その先には、大空を悠々と飛ぶ、人間の姿が……。
「なんだ、ただの鳥人間コンテストじゃん。滋賀県の日常だよあんなの」
「いや、あれは人力飛行機のコンテストだからね?」
へー。知らなかった。てっきり背中に羽をつけた人がどこまで飛べるかを競うものだとばかり。
「君、面白いね」
「そりゃどーも」
適当に受け取っておく。だってどうでもいいし。
「で、どうだい? 信じてもらえただろうか?」
「出来るわけないだろ!」
「知ってた」
屈託のない笑で返してくる天王もといフレッサ君に、最早呆れを通り越した何かを感じた。
「そうだね。じゃあ、魔法でも見せればわかってもらえるかな?」
「まあ、ありえない現象なら」
できれば風とか匂いとか感じられるものがいいな。夢じゃないってわかるから。
「じゃ、《【フレイムアロー】》」
彼が呟くと、その背後に青白い数十本の矢が現れた。
そのまま手を近くの巨木に向けて伸ばすと、背後の矢は一斉に飛び出した。
あわやぶつかるかと思われた矢は、しかし何かに弾かれたように消えてしまった。
にわかには信じられない光景だけど、周囲に残ってる熱が現実だと語ってる。
「どう? 少しは信じる気になったかい?」
「うん。まあ、ね」
「ん? どうしたんだい?」
「いや。今何やったのか知りたいなーって」
「なるほど」
そう言うと、フレッサ君は再び矢を作り出した。
「これは【フレイムアロー】って言ってね。火属性の基本的な魔法さ」
試しに手を近づけてみると、かなり熱い。少なくても夢じゃなさそうだ。
「弾いたのは?」
「あれは我のスキル、『地形操作』だよ。あの木の周りを『絶対不可侵空間』に設定しておいたのさ」
「んんん?」
「後で教えてあげよう。とりあえず、異世界だと理解できたかな?」
「うん」
実を言うと、鳥人間の時点で気づいてたりする。そもそも、空気がうますぎるんじゃ。お腹の状況的にそこまで時間が経ってるわけじゃなさそうだし、学校の近くにこんな森はない。
つまりは、対した時間をかけずにここまで運び込まれたということで、それってほぼほぼ無理くない? って結論になったわけで。
さらに鳥人やら炎の矢なんかを見せられたら、そりゃまあ嫌でも理解しますよ。
一応、VR説も考えたんだけど、そうまでする必要がないってのと、そもそも実用化されてないよねってことで投げ捨てた。
高校生男子たるもの、誰しも一度は異世界に興味を持つものだ。誰だって持ってる僕だって持ってる。
「さて、理解してもらったところで本題に入ろう。君たちをこの世界に連れてきた理由だ」
「よ、待ってました!」
「君たちに来てもらったのはほかでもない、我を倒してもらうためさ」
「倒す?」
「そうとも! 我は強者との戦いを求めている。だが、この世界には我を超えるものはもういないんだ。だからこそ、異世界から人を連れてきて、強くなって倒してもらおうと、そういうわけなのさ」
つまるところ、ただの戦闘狂か。バトルジャンキーってホントにいるんだね。
「ちなみに、君たちは四十三回目だから、少しはこっちも勝手がわかってるつもりだよ」
「まって、多くない? それに倒すって言ったって、そんなに強くなれるの? 僕ら、平和な世の中でのうのうと生きてきたペーペーだよ?」
「確かに、身体能力的にはそうかもしれないね」
あ、認めるんだ。やっぱり異世界の人って、身体能力高いのかな?
「それでも、君たちには切り札がある。スキルという、最凶のジョーカーがね」
異世界人でもわかる。スキルの話。
スキル。それは神の恩寵、寵愛。神に愛され、世界に愛された者のみが持つことのできる、人知を超えた特殊技能。
それが引き起こすのは、世界の上書き。一般人が命を投げ捨て、なおも太刀打ちを許さない絶対の力。
しかし先の通り、誰にでも与えられるわけではない。何故か?
それは、地球人と異世界人とでは、体の構造が違うからだ。
地球人は食べ物から養分を得て活動してる訳だけど、異世界人は空気から養分を得て臓器を動かしてるんだって。
で、スキルを使うにはその臓器を動かす養分を使うんだってさ。だから異世界人はスキルを使うことができない。
でも地球人はその養分を必要としないから、肺を弄ってその養分を作り出せるようにしてやればスキルが使えるようになるんだと。
要するに、僕の体は魔改造されたって事らしい。なんてこったい。
「で、君は世界に選ばれた存在なんだ。だからこそ、我は君と共にいる」
「つまり、僕はスキルを持っていると?」
「そういうことさ」
そいつはよかった。なんとかサバイバルできそうだ。噂に聞こえた異世界なら、間違いなく一瞬で食われるからね。
「どんなものなの?」
「その前に、メニューについて説明させてくれ」
出た、異世界名物メニュー。この異世界ツアー、すっごい王道だね。
「メニュー、と口に出すか、念じてご覧」
「メニュー……って、ナニコレ?」
言われた通りにしてみると、目の前に紺色のウィンドウが現れた。
「どうやらちゃんと機能したようだね。それは、充実した異世界ライフを送ってもらうために作ったものさ。ステータス、スキルの閲覧。それと君には、マップだったかな?」
「ああ、うん。なんかそれっぽいものあるよ」
左上にステータス、その下にスキルと書かれたタブがあって、右上に地図らしき物がある。
「よかった。ちゃんと導入出来たようだね。あ、タブは念じることで開くことができるよ」
言われた通りに、ステータスを開いてみる。
すると、攻撃力や防御力等の羅列が。
「説明。ステータスについて」
「HPはスタミナ、MPは魔力、SPはスキルポイントを表している。後のは文字通りさ」
えっと、HPが五十でMPが0、SPが一万で後は全部十。待って、基準がわからない。
「基準とかってあるの?」
「一般男性の平均を百としているよ」
まさかの十分の一。
でもまあ、HPとか半分だし、僕にしてはいい方なんじゃない?
「あ、HPは千が基準だから」
まさかの二十分の一!
悲しいなぁ。さみしいなぁ。
「まあまあ、そんなに自分を卑下にするもんじゃないよ。特に君のスキルは、君自身のステータスなんて一切関係ないからね」
おう、そうだった。僕は神に選ばれたんだった。これ言うとなんかすっごいナルシストみたいに聞こえるけど、実際そうらしい。
そう言うわけで、スキルの欄を開いてみることにした。
そこには、『マジックハンド』なるスキルが。
「マジックハンド?」
「そうそう、マジックハンド。真っ白な手を召喚するスキルさ」
試しに出してご覧、と言われたので、念じてみた。
すると、目の前に言われた通りの白い手が現れた。
見た感じ、右手かな? シミもなく、ご飯粒のように純白だ。
「これが君のスキル、マジックハンドだよ。生かすも殺すも、君次第だ」
「いや、そう言われてもね、こいつ何できるの?」
「動かしたり、物持たせたり。発想次第で色々できるよ」
お、なかなかに便利な能力ではないだろうか。穴掘るのとか、魚捕るのとか、色々使い道があるね。
ただ、強いのか? って話になると、どうなんだろう。
「スキルというものは使えば使うほど強くなるんだ。だから君も強くして、早く我の元に来てくれよ」
「あ、そうだった。君と戦うメリットってあるの?」
「元の世界に返してあげるよ」
「あ、そういうのいいですから」
なんでこんな楽しい世界からつまらない世界に戻らなきゃいけないのさ?
「今のところ、地球に戻りたくはないね」
「えええぇぇぇ!? なんで!?」
びっくりするほど驚かれた。逆に、今まで帰りたくないって人はいなかったの?
「だって、こんな楽しい世界なんだよ?」
「いやいやいやいや。怖いところだよ? すぐ死んじゃうんだよ? 魔物がうようよいて、あっという間に食べられちゃうんだよ? いいの?」
「あ、やっぱり魔物っているんだ。楽しそう」
どんな味するんだろ。楽しみだな。
「ええぇ? もう……なんでこうなるの? 時代を変えたのは失敗だったかな……?」
あ、なんかすっごいへこんでる。が、戻る気はない。
「残念だけど諦めてくれ。僕はこの世界を満喫したい」
「そっか。じゃ、しょうがないね」
よかったよかった。わかってくれたみたいだ。
「頃合を見て攫いに行くから!」
「待って!?」
なんでそう言う結論になるの!?
「それか、友達を攫うとか? これだったら嫌でも助けに来るでしょ?」
「うーん。どうしようかな」
「ええ!? これもダメ?」
「そもそも、いるの?」
見回してみてもそれらしい人物は居ないけど。
てか、ここ森なのね。今気づいた。なんか開けた場所で、ドーナッツ状の広場の中心に巨木が植わってる。地面には色とりどりの花が咲き乱れ、夕日に彩られ大変綺麗だ。ピクニックに来たくなるね。
「うん。君のクラスメイトは全員こっちに招待したよ。特に幼馴染の二人には君のように優遇しているんだ。将来有望だからね」
なんだ、あいつらもいるのか。そりゃよかった。
しかも将来が期待されてるらしい。え? 僕も?
「身体能力、魔力、スキル。それぞれに秀でた三人を優遇しているんだ。そして君はスキルで選ばれた」
へぇ、そうなんだ。
「ん? 実感ない? でもね、普通異世界人だって精々百から千だよ? SP一万なんてわた――我だって見たことないんだよ」
あ、素が出た。
にしても、そんなにすごいの? やっぱり実感がない。
「そのSPならスキルレベルも簡単に上がるだろうし、あっという間に強くなれるよ」
「そう? なら良かった」
「ま、君は弱いままだろうけどね」
「う゛……」
いくらスキルが強くたって、僕が強くないんじゃねぇ。
ん? ちょっと待って。
「スキルレベルってなに?」
「ん? ああ。スキルを使い続けているとね、レベルが上がってスキルが強くなるんだ」
スキルの最大の弱点がこれなんだ。と説明してくれた。
さっきも言われた通り、SPってのはそんなに多いものではない。それなのに、スキルの使用に必要なSPはかなり多いらしい。レベルが上がれば消費SPも減るらしいけど、そこまで持っていくのが大変なんだとか。
「幸い、SPはすぐに回復するんだけどさ。なんたって生存に必須だからね」
「なるほど」
それでも、一から二に上げるまでに百回は必要らしい。うん。確かにめんどくさい。
「生産系だった場合はその数作らなきゃいけないから余計大変さ」
「色々あるんだね」
「君の場合は展開系だからすぐ上がるよ! 早く強くなってくれよ?」
「お断りだ」
そうは言ったものの、最低限生き抜くだけの力は欲しい。
聞いた限りだとかなりの強者らしいから、自然を生き抜けるけどこいつには手も足も出ない、くらいの力だったら大丈夫かな?
「じゃ、我はこんなところで。何時かまた会おう!」
「二度とゴメンだね」
「まあまあ、そう言わないで。あ、そうそう。メニューの下の方に設定があるから、勝手に弄ってくれていいよ。結構自由度は高くしてるから」
彼は再び、屈託のない満面の笑みを浮かべたあと、一瞬にして、消えた。
「なんだったんだ? あいつ」
ひとりごちる。
結局、意味のわからない話しかしてなかったな。
でもまあ、取り敢えず、マジックハンドと握手しておく。これからよろしくね。
さて、こいつが何をできるのか、調べる必要があるな。食料の問題もあるし。近くに川とかないかな? 風呂に入りたい。
まずは場所移動だね。少しでも遮蔽物が欲しい。あ、マップがあるんだった。これで目星い場所を――
「あ、忘れてた」
「うおっ!?」
びっくりした! 突然現れるなんて卑怯だよ!
「まあまあ、そう言わないの」
「で、なんなの? さっさといけよ」
もう面倒だよ、こいつの相手するの。
「いやね、魔物をおびき寄せておいたから、早く移動しないと包囲されちゃうよ?」
「なんでそんな大事な話を忘れるんだよ!」
じゃーねー。っと腕を振りながら、またまた一瞬で消えるフレッサ。
命懸けの鬼ごっこが、始まるらしい。
誤字脱字の指摘、感想等お願いします。