1-1 スーパー転校生
今まで上げてきた物を書き直したものです。まあ、最初の方はほぼ別物ですが。
月と星が夜空を飾り、梟が不気味な旋律を奏でる時間。
普通の人なら家で一家団欒しているであろう時間に、僕は植物を踏み潰しながら、迫り来る命の危機から必死に逃げていた。
マップを見ると、オオカミはかなり近づいてきている。マズイ。このままだと追いつかれる。
こんな状況じゃ、小四の夏に覚えたサバイバル術も、小二の秋に会得した隠れ鬼の秘技も、小5の春の追跡事件の知識も生かせない。僕の人生は一体なんだったのか。
そして、現代日本人の僕がなぜ夜の森を走り回っているのか。
僕は、一週間前にやってきたこの事件の元凶について振り返った。そこに打開策があると信じて。
★★★
――チュン、チュン。
六月上旬。高校生になって初めての中間テストが終わり、気が抜ける時期。だが、すぐに期末に向けた勉強が始まるため、決して気を抜いてはいけない時期でもある。
……のだが、そんな時期にもかかわらず、僕は先生と鳥の声を子守唄に、眠りについている――フリをしていた。
いつも通りなら、面白いものが見られるはずだ。
「ねえ。ちょっと」
ほら来た。さすがの勉強力のなさに、逆に引っ掛けられてるんじゃないかと疑いたくなる。が、こいつにそんな脳はない。
「起きなって」
後ろの幼馴染は、小声とともに僕の背中をつついてくる。そんな僕らに、先生が注意の声を上げる。
「そこ、うるさいぞ」
周りから笑い声が漏れる。
寝ているのではなく、起こすそうとするのを注意するあたり、僕は相当嫌われているようだ。
ま、無視られるのは中学からだし、めんどくさい友達付き合いもないから楽なんだけどね。
★★★
「それじゃ、今日はここまでだ。復習しとけよ」
そう言って、先生は出ていった。
僕はすぐさま後ろを向き、こんな僕にも話しかけてくる幼馴染の一人に話しかけた。
「災難だったね」
「ちょと、起きてたなら返事くらいしてよ」
「毎日毎日ご苦労さまです」
「全く。怒られるこっちの身にもなってよね」
なぜ自ら怒られる人の身にならなければならないのか。相変わらずの馬鹿さ加減だ。
コイツの名前は出水下夜魅。世界で一、二を争う馬鹿だ。
猫のように大きな瞳。それと引き換えに小さな鼻。全体的に丸い顔立ち。一言で言うなら童顔ってやつだ。
小麦色の肌や身長、まな板が相まって小五ロリに見えるけど、こう見えても高校一年生。栗色のショートヘアから生えたアホ毛が特徴的だ。
その体型からは想像できないほど運動神経がよく、誘拐犯グループをひとりで壊滅させたという伝説を持つ。
また、自身が馬鹿であることを自覚していて、それを補うために知識に貪欲だ。……が、思考力がないため、どっちにしろ馬鹿なことに変わりはない。
総合すると、馬鹿な奴だ。
「まあまあ。弁当分けてあげるから」
「ホント!? わーい」
アホ毛を揺らしながらあっさり釣られる愛すべき馬鹿。そんな僕らの背後に這いよる影がひとつ。
「俺にも分けろ」
「断る。メリットがない」
いつもニコニコしてるわけでもない幼馴染二号は、おこがましくも無償で僕の弁当をもらっていくつもりらしい。
「おい待て! 夜魅にだってメリットはないだろ!」
「話して鎮めるよりも物で鎮めたほうがはるかに楽なんだよねぇ」
しゃべるのに使う体力と、揚げるのに使う体力。どっちがより消費するか、一目瞭然だ。
「ちょっと。今のどういうこと?」
「今日の弁当は唐揚げってこと」
「やったーー!!」
勝手に僕の弁当箱を開け、勝手に唐揚げをつまんでいく。そこに一切の怒りはない。綺麗さっぱり忘れてるようだ。ちょろいちょろい。
「で、対価は?」
「ついさっき掴んだとっておきの情報でどうだ」
「交渉成立」
コイツのとっておきに、嘘はない。
「まあ、唐揚げはなくなったからほかのだけど」
僕の一言を受けて、そいつは夜魅の肩をつかみ、揺らしながら文句を言い始めた。
「おい! なんで唐揚げ全部食うんだよ!」
「だってーおいしーんだもーん」
夜魅の顔は可愛いものを見つけたかのように幸せ一色。アホ毛がしっぽのようにぴょこぴょこしてる。
「んなもん知ってるっつーの! ったく。俺だって楽しみにしてたってのに……」
唐揚げに命をかけるこいつは音野公仁。自他共に認めるロリコン、二次ヲタ。
その容姿は男から見てもイケメンの一言。キリッとした目、筋の通った鼻、毛穴ひとつない肌。ランキング上位を独占し続けるのも納得だ。
ツンツンの赤毛と相まって熱血に見えるけど、本人は至って冷静。ただし、幼女が間に挟まらないという大前提があるが……。
そんな彼の趣味は情報、画像、懐中電灯の収集。なんでも夜の博物館警備員に憧れてるらしい。
総合すると、変態だ。
「で、情報は?」
「ああもう、わかったよ!」
アスパラのベーコン巻きをつまみ、その味に満足したように頷いた。そして口を開く。
「ま、もうすぐ来るけどな」
「「来る?」」
含みのある言い方に首をかしげていると、不意に周りが騒がしくなった。
見渡してみると、クラスメイトのほとんどが蠍を狩る軍隊アリの様に窓辺に群がっていた。
中には黄色い声をあげてる女子や断末魔をあげている男子の姿が。
「で、これは一体?」
「転校生だ。このクラスにな」
「なんで騒がしいの?」
「外にいるからだ。今車から降りてる」
なんでもリムジンでのご登場だとか。……うちの学校の正面って、リムジンが入るほど広かったっけか?
「ま、いいや。詳細は?」
「名前が天王一御だってことまでしかわからなかった。年齢、住所、転校の理由、その他もろもろな」
「え? あんたが?」
夜魅が驚くのもうなずける。こいつが調べられない情報なんてないと思ってたのに。
「情報そのものがないんだ。どうせ金持ちだろ」
この学校の校長は人間のゴミで、金さえ積めばだいたいなんでもする。やらないのは自殺くらいともっぱらの噂だ。
一部の生徒、主に正面に座っている少女は、単位を落とした時用に貯金を貯めてるとかなんとか。
なるほど。校長に金を握らせて、個人情報を何一つばらさずに転校手続きをしたと。どうやらかなり訳ありのようだ。連続殺人の唯一の生き残りとか? 無いな。
その後しばらくして、捕食し終わったのかアリどもは方々へと散っていった。
★★★
その日の帰りのSHR。先生がひとりの生徒を連れて来た。
入ってきた生徒を見た瞬間、教室に再び黄色い歓声と断末魔が響いた。
それもそのはず、彼は公仁に少し負けている程度のイケメンだったのだ。アリが群がるのも無理はない。
無理はないが、五月蝿いものは五月蝿い。どんな人かは後で公仁に聞くとして、そっと顔を伏せた。
「諸々の関係でこんな時間になったが、新しい仲間の紹介だ」
「我が名は天王一御。よろしく」
一人称が「我」って、今時珍しすぎでは?
「席は……そうだな。中央に空席が二つあるから、左側に座りなさい」
ちなみに、右側に座ってるのが僕だ。あんまりと言えばあんまりな扱いに、逆に関心すら覚える。
そういや、隣の人ってなんでいないんだろ。嫌われてるからかな?
最初は何やら驚いた様子だったが、先生に諭されて座ることにしたらしい。目の端に灰色の髪の毛が見えた。
「ほら、起きなって。転校生来たよ」
後ろが何やら五月蝿い。彼女なりに今の状況を心配してるのだろうか。あれこれやったってどうせあの姉妹には勝てないんだし、そのうち彼も向こう側に行ってるよ。ほっとけほっとけ。
そう思ってたんだけど、彼の発した一言のせいで、僕は顔を上げざるを得なくなった。
「君が夜持平千曳君だね。よろしく!」
「っ! ……なんで、名前を?」
はい。この妙に不気味で長ったらしい苗字が、僕の名前です。
僕の質問に対し、彼は何食わぬ顔で手を伸ばしてきた。仕方ないので、その手を握り返す。
「……よろしく」
めんどくさいことになったなぁ。
★★★
それから一週間、彼は超人っぷりを周囲に見せつけ続けた。
非常に頭が良く、入試は満点だったらしい。数学なんかは周りの人に教えることも多く、受けた人は人に教えられる程度には理解出来たようだ。
調理実習でなにか作れば、自称元ミシュランのシェフが号泣するレベル。ま、あの先生僕の時も泣いてたけど。
スポーツは夜魅以外には無双できるほど。夜魅に善戦できる人なんて初めて見た。
性格もよく、誰にでも愛想がいい。告白されても無難に断るそうだ。
当社の調べでは、告白者はこの一週間で学校中の女子ほぼ全てにまで登り、告ってないのはうちのバカを含めた三人のみと言う結果が出た。
えげつない。何がえげつないって、誰ひとりとしてオッケーを出してないところだ。最近では同性愛説が腐った女子のあいだで広まっているらしい。
そんなわけで色々超人な天王君だが、休み時間や放課後には姿を消してしまい、あまり話せてないって人が多いらしい。どうやって告ったんだろう?
今日、そんな話せてない人のために、自習の時間を潰して『天王君に質問しようの会』が行われた。
質問の内容は、名前、年齢、好きなもの、好みのタイプ、好みのカップ、経験回数等多岐にわたる。
まだそんな初歩的な質問!? いったいこの一週間何やってたんだろ。
僕らは興味がないから後ろでボーっとしてる。ちなみに、ほかの男子は血の涙を流している。
そんなこんなで話は進み、とある女子生徒がとある質問をしたとき、それは起こった。
「どこから来たの?」
その瞬間、誰かが何かをつぶやいた気がした。
「ラオムという場所さ。自然豊かで、いいところだよ」
どこだそこ。聞いたことないぞ。夜魅の方を見るも、彼女も知らないらしい。
嫌な予感がする。だが、周りの女子たちは全く疑問に思っていない様子。完全に天王君に呑まれてるっぽい。
とにかく僕らだけでも逃げ出そうとしたところで、彼は言い放った。
「行きたいのかい? じゃ、連れて行ってあげるよ」
その瞬間、床から直視できないほどの光が溢れ出した。それはこの部屋の全てを塗りつぶし、脳内を白一色に染め上げた。
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