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歌姫  作者:
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歌姫 5


 ナツキと一緒にマンションの裏の河原を歩いた。

 私は一度家で仕事用のパンプスからビーサンに履き替えてきた。夏の夜、素足で歩く感じが心地良かった。でも河原の道、たまに小石が入ってきたりして歩きやすくはなかった。

 少し前を歩くナツキは今日はニューバランスのスニーカーを履いていた。

「歩きやすそうね、その靴」

「そう? まぁ、ビーサンよりはね」

「私もスニーカーで来れば良かったナァー」

 少し明るい声で言ったのだが、それ以降会話は途切れ、私達は何も話さずにごつごつした河原をゆっくりと歩いた。川の流れる音だけが辺りを包んでいた。

 前にヒロシと蛍を見たあたりまで来ていた。蛍を見たのは大阪に来てすぐの事だ。少し前の事なのにだいぶ昔の事のように思えた。

 森の中に潜む邪悪な何かは今日もひっそりと私達を見ているのだろうか? 多分見ているだろう。そいつは何をしでかすか分からない。ここまで出て来て私達に乱暴をするかもしれないし、あるいは何もしないかもしれない。でもそれは確かにそこにいるのだ。

 蛍はもう一匹もいなかった。

「それで」

 ナツキの背中に向け話し出すと、自然と二人とも歩みを止めた。

「それで、何があったの?」

「別に」

 ナツキは振り返らずに言った。

「別にじゃないでしょ。ちゃんと話してよ。この前の電話だってそう。明るい声出してても大丈夫じゃない事くらい分かってるんだから」

 少しの沈默。川の流れる音がさっきよりも大きく聞こえた。

「友達なんだから」

 私らしくない台詞だな。実際に誰かに対してこんな事を言うのはこれが初めてだった。でもこの台詞は意外とナツキに刺さったらしい。小さな肩が震えた。泣いているみたいだった。

「ありがとう」

「大丈夫よ。聞いたげるから泣かないで。大丈夫だから」

「うん、ありがとう」

 私達は河原の大きな石に腰かける。ナツキがゆっくりと話し出した。

「彼と別れた後、やっぱりちょっとキツかったの。大丈夫な時は本当に大丈夫なんだけど、ふとした瞬間に凄く落ち込んだり、身体に力が入らなくなったりして。それでも仕事は忙しかったから何とか頑張って会社には行ってたの」

「うん」

「そんな時に前から提案してた割と大きな案件が受注できたの。私が中心になって進めてたんだけど、足がけ三年くらいかけた案件だったから嬉しかったわ。こんな最悪な状態にも関わらず嬉しかった。何だかちょっと報われたような気がしたの」

「すごいじゃない」

 私は素直に感心した。やっぱりナツキは仕事ができるんだ。

「それでね。時を同じくして、隣の部署でも一つ大きな案件の受注が決まったの。で、それを決めたのがシラトリさんだったの。同期のシラトリさんね。あの子ってプライド高いじゃない? 私はあんまり意識してなかったんだけど、彼女はずっと私の事をライバル視してたみたいなの」

「確かにシラトリさんはそんな感じだったわ。私から見てもナツキの事意識してるの丸分かりだったもん」

「うん、それで自分が大きな案件を受注して今回こそは完璧に勝ったと思っていたら同じ様に私も成果を上げたでしょ? シラトリさん、それが気に食わなかったみたいで、事務所で、みんなの前で私の事を非難したの」

「非難って?」

「私の事を指さして、あなたが仕事を取れたのは運が良かったからよ。あまり調子に乗らないでねって言ったのよ」

「そんな事言ったの?」

 私はちょっと呆れた。しかしまぁ、あのシラトリさんなら言ってもおかしくないなとも思った。それくらい私のシラトリさんに対する印象は良くなかった。

「運悪く私、その時ちょうど気持ちが落ちてた時で、それを言われた瞬間に何かが私の中で弾けちゃったのよね……気が付いたらシラトリさんの事何回も殴ってた」

「殴ったってグーで?」

「いや、平手で。流石にグーはないでしょ。不良漫画じゃあるまいし、今時」

「そっか」

「それで周りにいた人達が必死で私を止めて別室に移したの。そこで上司から簡単な面談を受けて、その日のうちに停職処分が決まったわ」

「それが先週の話なの?」

「そう、先週。それから一週間くらいはずっと家でゴロゴロしてた。でも一人でいるとどんどん闇が心の中に染み込んできてる様な気がして、それが凄く怖くなって。必死でそれから逃げてたらここまで、シズカの所まで来てた」

「そっか。そんな事があったのか」

「うん、ごめんね。急に大阪まで来ちゃって」

 素直に謝ってくるあたりがナツキらしくない。

「それは別にいいよ」

「ありがとう。確かに殴っちゃったのは私が悪かったわ」

「でもそんな酷い事言わなくていいのにね」

「うん、あれは私許せなかった。運が良かったと実力の差って何? なんで私の努力は運なの? なんでシラトリさんのそれは実力なの? そんな言い方されて、訳が分からない。こっちだって必死で生きてるのよ。そんなの当たり前じゃない。なんでそんな当たり前の事が分からないの?」

「ナツキの言う通りだよ」

 ナツキがこんなに怒っているのを見たのは初めてだった。

「でも、結局私が停職になっちゃった。挑発に乗っちゃう方が馬鹿なのかなぁ」

「ナツキ」

「ん?」

「しばらくうちにいなよ」

「えっ、でも彼氏もいるんでしょ?」

「いいよ。ヒロシなら大丈夫。多分分かってくれる」

「ありがとう。本当にごめんね」

「いいよ。そんな謝らなくても」



 家に帰るとヒロシが帰っていた。黒髮になってからもヒロシの生活スタイルはあまり変わっていなかった。昼間は何をしているのか分からないが、夜は相変わらず遅い。お酒の匂いをまとわせて帰ってくる。

 ヒロシはナツキを見て始めは驚いたが、事情があってしばらくうちに同居させてほしいと言うと承諾し、それ以上は何も聞かなかった。

「初めまして、ナツキです」

 柄にもなくナツキが緊張している。

「ヒロシです。よろしく」

 思っていた通りだがぎこちない初対面だ。どのくらいの時間になるか分からないが、しばらくこの三人で暮らすのだ。不思議な巡り合わせである。

「さ、ナツキ。今日はもう疲れたでしょ。お風呂入ってきたら?」

「いいんですか? 私、先入っちゃって?」

 ナツキがヒロシに気を使った視線を送る。

「あっ、俺はもう入ったから。あの、シャワーだけど」

「すいません。じゃ、シズカ。悪いけど先入らせてもらいます」

「そんなに気を使わなくてもいいよ」

「ありがとう」

 そう言ってナツキはバスタオルを受け取ってバスルームへ入って行った。

「ごめんね。突然」

「構わないよ。何のお気遣いもできないけど」

 ヒロシはベランダに出て煙草に火をつけた。

「ありがとう。気遣いなんていらないよ」

「うん。たまに電話してる同期ってあの子? ナツキちゃんだっけ?」

「そう、ナツキだよ」

「仲良しなんだ」

「どうかな?」

「仲良しでしょ。たまに電話して、こうして困った時は頼ってきてくれるんだから」

「そんなもんかな」

「そうだよ。羨ましい」

「羨ましい?」

「うん、羨ましい。俺にはそんな友達一人もいないから」

 煙を吐き出したヒロシの背中は本当に寂しそうだった。

「大丈夫よ、私がいるじゃない」

 そう言って私もベランダに出てヒロシの背中をバンと叩いた。

「そうだなぁ……うん、それもそうだなぁ」

 と言ってヒロシは少し不思議そうな目で私を見た。

 ナツキは流石にちゃんとバスルームで服を着て出てきた(当たり前だ)着替えは私の服を貸した。ナツキは最低限の着替えしか持たず大阪に飛び出してきたみたいだった。私とヒロシは元々別の部屋で寝ていたので、ナツキは私のベッドの横に無理やり布団をひいて寝てもらう事にした。狭い部屋なので布団をひききれず、端っこの方が壁で曲がっていた。

「ごめんね。こんなんで」

「いいよ。全然寝れるよ」

 時計を見るともう夜中の二時だった。ハタ君とお酒を飲んでいたのが遠い昔に思える。

「疲れたでしょ?」

「うん、流石にちょっと疲れた。新幹線では不安で一睡もできなかったし」

「ゆっくり寝なさい」

「うん。シズカ、本当にありがとうね」

「うん」

「でもいいの?」

「何が?」

「私がいたら、その……できないんじゃない? ヒロシ君とセックスとか」

「あぁ、そんなのもう半年以上してないわよ」

「えっ、うそ」

「本当よ」

「結婚もしてないのにもうセックスレスなの?」

「セックスレスって言うか、元々そんなにそこに執着してなかったからね。今まで多分数えるくらいしかしたことないよ」

「信じらんない」

「元々何となく気があってあいつが私のとこに転がり込んできただけだからね。そう言われれば、付き合おうとかそういうのもなかったなぁ。体裁的に彼氏って言ってるけど、本当は何なんだろうね。私達」

 冗談っぽく言ったのにナツキは全く笑わなかった。

「ナツキはその、たくさんしてたの? 彼と」

 私は聞いた後すぐにしまったと思ったが、ナツキは気にした様子もなかった。

「私は会う度にしてたよ」

「普通はそうなのかなぁ」

 私だって昔はそういう人と付き合っていた事もある。

「どうだろう? でも大事なのはそんな事じゃなかったのかも。今冷静に振り返るとそう思うわ。私は……真っ暗な部屋で抱き合って感じ合って、それで何となく分かり合えた気になってたけど本当はずっと、何も分かってなかった」

「でもそれは……」

「ううん、彼が浮気してたとかそんなん関係ないよ。少なくとも私はそういう時、愛されてるって思ってた。馬鹿みたいね。今思うと」

 私は何も言えなかった。

「それに引き換え、ヒロシ君とシズカは何か違うのよ。何も言わずとも分かってるっていう様な。まるで心の深いところが繋がりあっているような。そんな感じがするよ」

「そう?」

「うん。だからセックスに対してはお互い淡白なのかもね」

「そういうものかなぁ」

「そういうの、私羨ましいな」

 ベランダでのヒロシといい、自分がこんなに人から羨ましがられるなんて珍しい。珍しいどころか今までの人生で一度もなかった事じゃないかと思う。

 ナツキはそれだけ言うと静かな寝息をたてて眠ってしまった。少しして雨が降り出した。それもなかなか強い雨だった。遠くに弾ける雨音を聞いていたらいつの間にか私も眠ってしまっていた。



 それから二週間。三人での生活は意外にもうまくいっていた。ヒロシとナツキもだんだん打ち解け、少しずつ最初にあったぎこちなさが消えてきた。暑さはまだ日毎に増して朝晩の出勤ですら辛かった。もうすぐお盆の時期である。

 お昼を食べに行こうとオフィスビルの下まで降りたら入り口のところでハタ君がしゃがんで煙草を吸っていた。

「あ」

 私は素っ頓狂な声を出してしまった。

「あ、じゃないよ。まったく」

「ごめん、お金まだ返してなかったね。いくらだった?」

 タイミングが合わずあれから一度もハタ君と話していなかったのだ。私達は同じ部署だが少し席が遠い。

「いや、お金の事は別にいいんだけど、あんな強引に帰ったんだから一言くらいなんかあってもいいんじゃないかナァーと思ってね」

「ごめん」

「いや、いいよ。全然気にしてないから。それより今度はいつ飲みに行く?」

「私を口説いても無駄ですよぉ。他の子を誘った方が早いんじゃない?」

「そういう事言うところがシズカさんはまた可愛いんだよ」

「ふーん。その手には乗らない。いい加減にしないとナツコに言いつけるよ」

「そんな事言うなよ。一応まだ新婚なんだからさ」

「じゃあナツコと飲みに行きなさいよ。ナツコはあなたの事、きっと大事に思ってるよ」

「俺だってナツコは大事さ」

「それならいいんだけどー」

 そう言った時、目の前の横断歩道の反対側に見慣れた顔を見つけた。ナツキだ。私の驚いた目線でハタ君もそれに気づいた。

「あれ……? ナツキさん? なんでこんなところに?」

 あの馬鹿。何でったってこんなところに現れるんだ。

「じゃ、またね。女遊びもほどほどにね!」

「お、おい」

 ハタ君の声が後ろから聞こえる。私は青になった横断歩道を走って渡り、ナツキの手を取って雑踏の中に素早く姿を隠した。

「痛い、痛い。何よ」

「何よじゃないわよ! こんなところで何してるの!」

 二筋向こうまで走り抜けた。ちょっと息があがってる。ナツキは引っ張られた腕をオーバーにさすっていた。

「家にいても暇なんだもん。ヒロシ君もどっか行っちゃうし。シズカと昼休みに会ってご飯でも食べようかなって思っただけよ」

「それならそれで連絡をくれたらいいじゃない。あんたね。違う事務所とは言え同じ会社なのよ。あんたの顔を知ってる人だっているんだから。自分の置かれてる立場を分かってるの? 馬鹿!」

「何よ! そこまで言わなくてもいいじゃない。せっかくの人の好意を。しかも大阪の事務所の人なんて誰も私の顔知らないわよ」

 あんた自分が思ってるより人気があるから顔が割れてるのよ、と言うのはどこかシャクにさわるので言わなかった。

 仕方ないので二人で目についたイタリアンに入る。

「それで、ちょっとは元気出てきたの?」

 私は透明のグラスに入った水を飲みながらメニュー表に目を落とすナツキに声をかけた。

「うん、ありがとう。東京にいた時よりだいぶマシ」

「そう。それなら良かったけど」

「会社からは連絡ないの? 職場復帰のタイミングとか」

「ないわねぇ。例の新規案件の立ち上げが始まってるからみんなけっこうばたばたしてると思うの。もしかしたら忘れられてるかも」

「忘れないでしょ」

「いやーどうかな」

「どうかなってあんたそれでもいいの? 職場復帰したくないの?」

「そりゃいつかは戻りたいと思うけど、今は全然仕事をしたいと思わないの。ねぇ、私こう見えて意外と自分の仕事好きだったのよ」

「そうなんだ」

「でも不思議。今は本当にどうでもいい。シラトリさんの事もそう。どーでもいい」

「ふーん、まぁいいんじゃない。どうせ時期が来たら望もうが望むまいが戻らなきゃいけないんだから」

「そう。私だって無職になるのは嫌だから辞めたりはしないよ。すいませーん」

 ナツキが大きな声で店員さんを呼んだ。本当に少し元気になったみたいだ。良かった。

「私はこの海老のクリームパスタ。シズカは?」

「えーっと、じゃこの温泉卵のペペロンチーノを」

「ねぇ、このピザマルゲリータを半分こしない?」

「いいよ」

「じゃピザマルゲリータも追加してください。以上で」

「かしこまりました」

 若い女の店員さんが笑顔で注文を繰り返す。

 料理は思ったより早く来た。そしてどれも思っていた以上にボリュームがあった。

「うわぁ、美味しそうだけどこんなに食べられるかなぁ?」

 私は不安そうな声を出した。基本的に少食なのだ。

「大丈夫。食べれるよ」

 ナツキは全く臆した様子がない。

 ペペロンチーノは美味しかった。ピザマルゲリータも。自分でもびっくりだが、私は結局ペロリとそれらを食べてしまった。

「ね、デザートにこのレモンシャーベットも食べない?」

「うん、いいよ」

 ナツキが再び店員さんを呼んで注文をする。

「このレモンシャーベットを二つと、アイスコーヒーを……シズカも飲むでしょ?」

「うん」

「じゃ二つで」

 さっきと同じ店員さんが同じ様に笑顔で注文を繰り返す。そしてまた同じようにデザートもすぐに出て来た。

 レモンシャーベットも文句なしで美味しかった。目について適当に入った店だったが当たりだったな。私もナツキも大満足でアイスコーヒーをゆっくりと飲む。

「あー、お腹いっぱい。幸せ」

 私はぱんぱんになったお腹をさすって言う。こんなに食べたのはいつぶりだろうか。

「本当にねぇ。来る前にちょっと調べてたんだけど、この辺って結構評判のいい店が多いのね。シズカ、いつもどんなとこでお昼食べてるの?」

「いつもは……だいたいコンビニのおにぎりかパンかな。あと、たまに角の牛丼屋で食べるけど」

「えーっ、何それ? 駄目ねぇ。そんな食生活してるからセックスする気も起こらないのよ」

「関係あるのかな? そういうの」

「知らない。冗談よ。何? ちょっと気にしてるの?」

「そういう訳じゃないけど」

 私はアイスコーヒーにシロップを少し足してかき混ぜた。

「大阪はいいところね。私、ちゃんと来たの初めてかも」

「あら、そうなの? 前来た時は出張?」

「うん、それも日帰り。仕事だけしてすぐ帰ったわ。その時一度来ただけよ」

「こっちへの出張、多い人は多いんだけどね。ダンデとかはよくー……」

 ……ダンデ!

 そうだ、ダンデだ。すっかり忘れてた。

「ナツキ、そういえばあんた。ダンデの事はどうなったのよ?」

「ダンデ?」

「そう、ダンデよ。もう結構時間経ってるじゃないの」

「何? 何の話?」

 ナツキは少し不思議そうな顔をした。そんな顔をしたいのはこっちだ。

「好きって言われたんでしょ。ダンデに」

「えっ? ダンデにー……」

 何かを思い出した様だった。水滴の残るアイスコーヒーのグラスをぼんやり見つめてる。

「言われた、言われたわ。確かに。覚えてる。でもいろいろあってすっかり忘れてた」

 私はナツキが思い出してくれてほっとした。忘れられたままじゃダンデの奴があまりに不憫だ。

「……どうしよう?」

「どうしようじゃないわよ。あんたはどうしたいのよ。ダンデの事はどう思ってるの?」

「どうって……そりゃダンデはいい奴だと思うけど」

「男としては?」

「考えた事もなかった」

「じゃ考えないと」

「えーっ、そんな、無理だよ」

「じゃさっさと断っちゃいなよ」

「そんなにあっさり……」

 確かにあっさり過ぎた。ダンデが聞いたらさぞかし腹を立てるだろう。

「だって無理なら断らないと。うやむやにするなんて相手に失礼じゃない」

「無理ってそういう意味じゃないよ。すぐに男として考えるのが無理って意味。それに……今はまだ少なくとも前の彼の事もあるし」

「何それ。まさかまだ連絡とったりしてるの?」

「いや、連絡取ったりはしてないけど。気持ちの整理がね」

「連絡なんか取ったりしたら駄目よ。そういうタイプの男はすぐに弱みに付け込んでくるんだから」

「分かってるわよ。連絡なんか取ったりしない」

「ならいいけど」

 私はちょっと腹を立てていた。あんなに酷い事をしてもまだナツキの心に居座る美容師。無性に腹が立つ。さっさと出て行けばいいのに。

「ねぇ、シズカ」

「何?」

「あの人、さっきからずっと私達の事見てるけど、知り合い?」

 ナツキの指す方を見るとにやにやと笑顔のハタ君が店の外に立っていた。私と目が合うと手を振りながら店内に入ってくる。

 私はため息をついてグラスの水を少し飲んだ。本当にもう、馬鹿ばっかり。


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