居酒屋1
ソフラ
「今日帰ってこないの?」
オードリー
「ああ……帰れそうな状況じゃない」
オードリーは妻のソフラと魔方陣を通して通話していた。彼は本来なら今日も真っ直ぐ家に帰るつもりだったが、魔女教会の騒動がかつてないほど重い事件であるため、しばらくは魔女研究所に居座らなければならない。
オードリー
「アイナにすまないと言ってくれ」
「いつ家に帰れるのかもわからない状況なんだ」
ソフラ
「そう……わかった」
オードリー
「後はいつでもアポロから逃げられるように準備してほしい」
ソフラ
「どういうこと?」
オードリー
「近々騎士団と魔女教会が衝突することになる……魔女も出てくる可能性も十分にあり得るんだ」
「いつどこで何が起こるのかわからない状況だからこそ、避難場所と避難する準備をしてほしい」
「アポロもどうなるかわからん」
ソフラ
「そんな……」
「ここも危ないってことなの?」
オードリー
「ああ……安全とは言えない」
「正直魔女が出てきたらどうなるかわからないんだ」
ソフラ
「わかった………準備しとくね」
「仕事大変だろうけど、体調には気をつけて」
オードリー
「ありがとう」
「アイナにもよろしく言っといて」
オードリーは通信を切り、再び仕事場へ戻る。
午後3時。オードリーは国会へ戻ろうとしていたところ、王宮から急に呼び出される。王宮は国会と隣接しており、徒歩数分で行ける距離にある。
オードリー
「なんだこんな忙しい時に………」
王宮にはこの国の王家、そして国の指導者が集う場所だ。もともとこの国は王家のツクヨミ一族が支配していたが、幾度か戦争や内紛を繰り返し、王家の覇権政治が終演した。現在は王家だけではなく国民からも指導者を選抜し、王家と国民の代表が国の運営を司ることになっている。
王宮でも今回の魔女教会の事件について騒いでおり、責任者のオードリーを呼び出したのだ。
オードリーは重い足取りで王宮へ入っていく。
彼は王宮が苦手であり、特に王家に対してはいつも緊張してしまう。下手なことは言えないため今回の説明も不安でいっぱいだった。
オードリーは厳重な入室検査を受け、長い時間をかけてやっと王室の会合室に入ることができた。会合室には指導者が4、5人待ち構えたいた。
オードリー
(王家は誰一人もいないな………よかった)
オードリーは少し安心するものの、指導者の面々は皆厳しい顔つきをしており、緊迫した空気が漂っていた。
ガラウ
「オードリーそこに座れ」
指導者の一人であるガラウがオードリーに席に座れと指を指す………。
オードリー
「失礼します………」
ガラウ
「長年お前たちが放置していた魔女教会が災いをもたらしているそうじゃないか」
「騎士団も何人か死なせたのだろ?」
「一体何をしているのだ………」
オードリー
「はい………大変申し訳こさいません」
ガラウの隣に座っている指導者ミドラスが口をあける。
ミドラス
「前回のペルー村の魔女が現れて以来、国民も騒ぎをたてている」
「今のところどう対処しようとしている?」
オードリー
「魔女対策本部ではまずルナ街の魔女教会の調査、並びにジョウガにある魔女教会との戦闘に向けて準備をしている段階です」
ミドラス
「王宮の防衛はどうなってる?」
オードリー
「現在軍部の方で調整中です………」
ガラウ
「調整中?調査より先に王家と国民の防衛が最優先だろうが」
「本日までに防衛体制を整えろ」
「いつ魔女が襲ってくるかわからんのだぞ」
オードリー
「承知しました………」
オードリーはこの後も指導者から沢山課題を与えられ、早急に対応することになり、急いで仕事場へ戻ることにした。
午後17時。
サカはクエリに午前中の女剣士について話をしていた。一通り話を聞いたクエリは疑問を抱く。
クエリ
「それは本当にイトだったの?」
サカ
「わからない………どう見ても女性だったが、剣はイトのものだった」
クエリ
「もしかしたら魔女かも………」
サカ
「その可能性は十分にあり得る」
「魔女がイトと偽って俺を騙そうとしているかもしれない」
クエリ
「やっぱり危険だよ!ナハンジさんに相談しよう」
サカ
「いや………ナハンジさんには不要だ」
「なるべく公にしたくない」
クエリ
「何故………?」
サカ
「もしあの剣士が魔女だとしたら町中がパニックになるからだ」
「まずは俺の方で実際に合ってみて確かめてみる」
クエリ
「でも………」
サカ
「それにもしかしたらあの剣士が本当にイトの可能性もある」
「あの振る舞いは本物のイトかもしれない」
クエリ
「………わかったよ」
「もし何かあったらすぐ連絡して」
サカ
「おう………じゃあ行ってくる」
サカは魔女研究所から出て、昔イトとよく足を踏み入れた居酒屋へと向かう。
17時30分ごろ。
オードリー邸ではアイナが学校から帰って来た。そして彼女はソフラから今日オードリーは帰って来ないことを聞かされる。
アイナ
「嘘………今日パパ帰って来ないの!?」
ソフラ
「パパはね今お仕事で忙しいの」
アイナ
「パパ今日もすぐ帰って来てくれるって約束してくれたのに」
ソフラ
「わがままを言わないの………」
「パパはこの国の大切なお仕事をしているの」
「また来週には会えると思うから我慢しなさい」
アイナ
「………はあい」
アイナは不満そうな顔をしてベッドに横たわる。そして本を広げ活字を読む。その本は以前読んだ『パンドラの箱』だ。アイナはもう一度好きな場面を読み返す。
『パンドラは開けてはならない箱が気になってしょうがなく、ついつい出来心で箱を開けてしまいました』
『そしたらなんと!そこから多くの災いが出て来てしまったのです』
『不安、悲観、嫉妬、争いなど様々な絶望的な災いが世の中に広まってしまったのです』
『パンドラは世界を絶望に陥れてしまい、箱を開けたことに責任を感じてしまいます』
『パンドラが箱を開けなければ世の中の皆がこのようにはならなかったのにと後悔します』
『悲しみに暮れたパンドラ………もう取り返しがつきません……』
『しかしそんなパンドラにどこからか声が聞こえてきたのです』
『そんなに悲しまないで………大丈夫だよボクがついてるから』
『その声はパンドラが開けた箱の底から聞こえてきました』
『僕の名前はキボウ』
『どんなに絶望になっても貴女の望みが消えることは無い』
『どんなに絶望だとしてもわずかな可能性は残されてることを忘れないで』
『常にボクは君の味方だよ』
アイナ
(………)
アイナは本を閉じ、ベッドの上で体が大の字になるように手足を広げる。
アイナ
(パパ………)
(早く帰って来ないかな………)
アイナは辛抱してオードリーを待ち続けた。
午後18時。太陽は沈み、辺りが暗くなってきた頃、サカは居酒屋へとたどり着く。
サカ
(さて………あの女剣士はいるか?)
サカは店に足を踏み入れ、周りを見渡す。
奥の席に例の女剣士が座っていた。
サカは女剣士の席に向かい、彼女に声をかける。
サカ
「約束通り来たぞ」
サカは女剣士の対面席に座る。
女剣士
「やはり何も言わずともこの店に来れたな」
「………お前一人か?」
サカ
「一人だ」
女剣士
「この店に来るのも半年ぶりだろ」
サカ
「………そうだな」
女剣士
「いつものピザと肉にするか」
女剣士は店員を呼び、注文をする。
サカ
「どれこれもよく食べてたやつだな………」
「ちゃんと白ワインも頼んでるし、羊肉のピザも俺の好みだ」
「お前は本当にイトなのか?」
店員が料理より先にワインをテーブルに持ってくる。
店員はワインをグラスに注ぎ、サカたちへ渡す。
女剣士
「まあまずは乾杯しよう」
女剣士はワイングラスを持ち上げる。
サカ
「その落ち着いた感じ………たしかにイトらしいな」
サカもワイングラスを持ち上げ、女剣士と乾杯をする。
サカも女剣士も少しワインを口に含み、ワイングラスをテーブルに置く。
女剣士
「さて先ほどのお前からの質問だが………」
「何度も言うが俺はイトだ」
サカ
「俺の知っているイトは男だ。女じゃない」
「手術して性転換するような奴でもない」
女剣士
「俺だって好きでこうなったんじゃねぇ!」
女剣士は突然、右手で拳をつくり、机を叩く!
サカ
「いきなりキレられても困る」
「どうしてそんなナリになったのか説明してくれよ」
女剣士
「………信じてくれるのか?」
サカ
「信じているかどうかと言われたら五分五分だ」
「まあ信じたいとは思っているが……」
女剣士
「よし……ならば話してやろう」
サカ
「その上から目線もお前らしいな」
女剣士はワインをグビッと一気に飲み干し、ワイングラスを少し強めに叩きつけるように置いた。
女剣士
「いいか!よく聞けよ?」
「いや………落ち着いて聞けよ?」
「俺はな………」
サカ
「俺はなんだ?」
「女装の趣味があるとか?」
女剣士
「ちげえよ!!」
「俺は魔女になっちまったんだよ!!」
ガタツ!!
サカは突然立ち上がる!
女剣士
「落ち着け」
「こんなところで剣を抜くなよ?」
サカはいつでも抜刀できるように手を唾ぜりにかけていた。
サカ
「剣を抜くかどうかはお前の話次第だ」
イト
「とりあえず座ってくれないか?」
一瞬店内で緊迫感が漂う………。
周りにいた客も店員も何事かとサカたちへ目をやる。
サカ
「………」
サカは退かした椅子を手に取り、席に戻る。
周りの客は何事も無かったように食事に戻り、店員も仕事を再開した。
女剣士
「………あんまり騒ぎを立てるな」
「どこで誰が聞いているかわからん」
サカ
「ならばこんな居酒屋に呼ぶな」
女剣士
「悪いな………あえて他人がいる公の場で話す方がいいと思ってな」
「お前は周りに人がいなければ斬りかかってただろ?」
サカ
「………まあいい」
「事の成り行きを話せ」
女剣士
「わかったよ………先に結論を述べただけなのに怖い奴だな………」
女剣士はワインを注ぎ、そしてグラスを口につけて少量飲む。
女剣士
「今から順に話してやる………耳かっぽじってよく聞けよ」
女剣士はサカに事件当日の出来事を説明する。




