望んだ理想郷
「おはようララ」
「おはよう」
ララは階段から降り、母に朝の挨拶をする。
ララ母
「今日はカリアと町へ行く日だっけ?」
ララ
「うん!お昼頃出かける予定だよ!」
ララ母
「今日はお父さん早く帰ってくるみたいだから夕飯までには帰ってくるんだよ」
ララ
「わかったよ~」
ララ母はテーブルにパンとヨーグルトを置き、続いてコップにココアを注ぐ。
サジ
「おは」
ララ
「おはよー」
ララの弟サジが階段から降りてきた。
起きたばかりなのか髪の毛があちこち跳ねている。
ララ
「サジの分も用意しなきゃね」
サジ
「いいよ姉ちゃん自分でやるよ」
ララ母
「はい座って」
ララ母はサジの分のパンとココアをテーブルに置く。
サジ
「ありがと」
ララたち親子は椅子に座り、共に朝食を食べる。
その様子を傍らでトランヴェルとベルチカは見ていた。
トランヴェル
(ここが…月の中…)
ベルチカ
「そう…ここが彼女の望みそのもの…彼女の抱く幻想」
ララは楽しそうに家族と会話して笑みを浮かべている。
そして朝食後には外へ出かけ、カリアと共に町へ出かける。
そこで買い物をして喫茶店で会話して夕暮れまで遊ぶ。
それから彼女は家に帰り母と共に夕飯を仕度し、父と弟の帰りを待つ。彼らが帰宅してきたら共に夕飯を食べ、今日の出来事を話し合う。
トランヴェル
(家族と共に時間を過ごしているララは幸せそうだ……)
また次の日には母と共にペルー村のご神体に赴いてお祈りを捧げる…。そしてまたカリアと共に学校へ行き、夕方には帰って家族と共に食事をする。このような生活が毎日続いていく。
トランヴェル
(これが彼女がほしかった世界…)
(魔物たちに襲われることもなく、平和に過ごせる毎日を求めていたのか…)
ベルチカ
「さてトランヴェル…彼女と接触してみようか」
トランヴェル
(接触…できるのか?)
ベルチカ
「もちろん…彼女を起こすにはこの世界から引きずり出さないといけない」
「彼女の意思は今この幻想の中に浸っているからね」
トランヴェル
(わかった…でもどうやって接触するのさ?)
ベルチカ
「ただ彼女に話しかければいい…まあ本来僕らは部外者だからね…あんまり無理矢理この幻想から連れ出そうとすると彼女の精神が崩壊するかもしれないから気をつけて接しないといけない」
トランヴェル
「まじか」
ベルチカ
「まじだよ」
「この世界は彼女の願望そのものなんだ」
「彼女にとって都合がいい世界なんだよ…その世界に自分の望みに反する事が起きたら彼女は下手したら病んでしまう」
トランヴェル
(……そうなのか……まあ何となく理屈はわかる……ようは彼女を優しく起こしてあげればいいってことか)
ベルチカ
「うん……多分わかってないと思うけど取り敢えず頑張ってみて」
トランヴェル
(時間もないしな……接触してララをこの夢から覚ます!)
トランヴェルはララの幻想である月の中へ入り込む。
ちょうどララは一人で寝支度していたところだ。
トランヴェル
(ララ!)
トランヴェルはララに話しかける。
ララ
「!?」
ザザザ……!
ララの思い描く幻想が揺れだす……!
トランヴェル
(なんだ!?世界が……歪んでる!?)
ララ
「いや……こないで」
トランヴェル
(!?)
ララ
「こないでええええええええ」
地震のように世界が揺れだす……!
トランヴェル
(うわわわわわわわわわ)
ベルチカ
「まずい……精神が不安定になってる!?」
トランヴェル
(やめるんだララ!?)
ララ
「やめて……!やめて!!こないで!!」
世界は大きく揺れ乱れ、あちこち空間に歪みが生じていく!?
そして魔物たちに襲われる記憶や彼女の家族が死んでいく記憶が瞬時に映し出される!
ベルチカ
「これはまずい……トランヴェル一旦引き返すんだ!」
トランヴェル
(ララ!寝てる場合じゃない!!今皆が大変なことになってるんだ!)
ベルチカ
「トランヴェル!!引き返せ!!戻れなくなるぞ!?」
トランヴェル
(ミランダもルイも限界が来てる!力を貸してほしい!!)
ララ
「うるさい!!」
トランヴェル
(ララ……)
ララ
「こないで!忌々しいフクロウ!!」
ララの今までの様々な記憶が切り替わっては写し出されていく!
騎士団たちとの戦闘。魔女狩隊との死闘……。
そして魔物たちに襲われる記憶!!
ララ
「思い出させないで……」
次々と魔物に襲われていく村の人々……焼かれていく村……
ザザザ……
ララ
「やめて……見たくない」
ザザザ!!
トランヴェル
(ララ!!しっかりしろ!!)
ベルチカ
「トランヴェル!!」
ララ
「嫌だああああああ!!」
「助けて助けて助けて!!」
場面が炎と血しぶきで真っ赤に染まる…。
ララ
「お父さん…お母さん…サジ!!」
「嫌だ嫌だ!!皆…消えないで!!」
場面が歪に黒く淀んでいく…。
そして父と母とサジの死が次々とフラッシュバックする!!
トランヴェル
(ララ!!負けるな!!)
ララ
「やだ……消えないで……」
近くにいたララの幻想たちが血まみれになって次々と倒れていく。
ララ
「ああ……」
世界がさらに黒ずんでいく……。
ララ
「……返してよ」
「母さんも父さんも……サジも」
トランヴェル
「ララ……」
ララ
「どうしてこんな目に会わなきゃいけないの!?」
「どうして皆私を残して死んじゃうの!?」
「どうして……!?」
ララはパニックになり、過呼吸を起こす…!
ララ
「あ…ぐ…あ……」
彼女は膝をついてその場で崩れる……。
そしてララが描いていた世界が崩れていく……。
ベルチカ
「失敗した……もはや君の存在自体が彼女のトラウマを引き起こす要因になっていたんだ……」
「トランヴェル…諦めよう……下手すれば彼女は一生目覚めなくなるかもしれない」
ララ
「うう……」
トランヴェル
(ララ……)
(本当に……辛かったんだね)
ララ
「……!」
トランヴェル
(魔物に襲われて…家族が皆いなくなって…魔女になって村を救っても国からは襲われて…)
ララ
「…」
トランヴェル
(本当に一人で…よくここまで頑張ってきたな)
ララ
「うぅ……」
トランヴェル
(君の記憶をみてわかった…君はひどい仕打ちを受けながら弱音を吐かずに……諦めずにここまでやってきた…)
ララ
「う………うう」
ベルチカ
「トランヴェル…今ならまだ出られるかもしれない…これ以上は………」
トランヴェ
(むしろ弱音一つ吐かないのが不自然だった…だからねララ…少し休むといいよ…)
(行こう…ベルチカ)
トランヴェルとベルチカはララの精神から立ち去ろうと出口へと向かう……。
ララ
「本当は………わかってた」
トランヴェル
(………!)
ララは両手で涙を抑えながら話し出す……。
ララ
「本当はもう皆死んでしまっていること」
「あの頃の生活に戻れないこと」
「私が………寝ている間に皆が戦っていることも………」
トランヴェル
(ララ……)
ララ
「この世界は………まやかしでしかない………私の作り出した理想郷………」
トランヴェル
(ララ…別にいいんだよ……人間はいつだって逃げたい時もあるし
嫌なことを忘れたい時だってある…それは誰でもあることなんだ)
(無理に頑張る必要はないよ)
ララ
「ごめんなさい……私……」
トランヴェル
(謝る必要はない……)
(あとは皆に任せて……ゆっくり休むといいさ)
ララ
「違うの……私……約束したの……」
トランヴェル
(約束……?)
ララ
「辛いときも苦しいときも……どんな時だって……」
黒ずんでいた周りの世界が白色に染まっていく……。
ララ
「お母さんと……約束したの……」
世界が漂白に染まった……。
真っ白な世界に一つの記憶が蘇ってくる。
そこには病院のベッドで寝ているララの母親と側で椅子に座っているララがいた。
ララ
「お母さん…リンゴ剥いたよ!食べる?」
ララの母は喋ることができないのか、紙に文字を書いてララに返答する。
ララ
「じゃあ口を開けて」
ララはフォークでリンゴを刺し、母の口へ運ぶ。
ララの母親は喋れないどころか体も動かすことが難しいらしい。
リンゴを食べ終わってから数分経った後にララ母はベッドから封筒を取り出す。そしてそれをララへ渡した。
ララ
「手紙?」
ララは封筒を受けとり、中を開けてみる。
そこには一枚の手紙が入っていた。
ララは母の隣で受け取った手紙を読む。
「親愛なるララへ」
「あなたには本当に色んな苦労をさせました。
皆のように遊びたいはずなのに、私の看病ばかりやらせてしまってごめんね。お母さんはもう言葉も喋れないし体も動かすこともままならない。でも、ララとサジとお父さんがいてくれたからここまで頑張ってこれた。本当にありがとう。
本当はもっと感謝の言葉を述べたい。でももう手が鈍くなってきたの。あなたと共にお祈りしていたこの手もそろそろ限界なのかな。あなたともう一度毎日お祈りをしたかった。
家族の皆には私がいなくなっても悲しみに暮れないでほしい。
毎日お祈りして平常な心を保ってきたララはそんなことにならないと思うけど。
お父さんとサジが弱音を吐いたらララが叱ってあげてね!
そんなことでメソメソするなって。
これから先きっと嫌なことも辛いことも多くあるでしょう。それでも挫けてはダメよ。自分を信じて我を忘れず歩みを止めないで。私とお祈りしていた時のことを思い出して。負の感情を抱く自分に囚われないように平常心を保つの。
だからどんなことがあっても決して足を止めないで。
あなたはあなたが信じる道を突き進めばいいわ。
あなたには感謝の気持ちでいっぱいだわ。
ありがとう。
これからも強く生きて幸せになって。
どんな時でも私はララを応援してるから。」
「あなたを愛する母より」
ララ
「……」
ララは母親からの手紙に涙し、心に誓う……
どんな時も挫けないと、どんな時も諦めないと。
トランヴェル
(お母さんとの約束でここまで頑張ってこれたのか……すごいや)
ララ
「フクロウさん……ごめんなさい…あなたのお陰で私は生き残れたのに…さっきはひどいことを言ってしまった…」
トランヴェル
(全然謝る必要はないよ……私だってララのお陰で助かってきたんだ……)
(今度は私が君に恩返ししないとね)
ララ
「ありがとう……でももう大丈夫……ここからちゃんと出れそう」
トランヴェル
(無理しなくてもいいんだぞ?)
ララ
「大分休ませてもらったから…大丈夫」
「ありがとう……」
ララの心が真っ白に輝きだす…。
その輝きにトランヴェルとベルチカは包まれ、ララの幻想は解き放たれた。




