第七話 白昼夢の表皮
「特別な能力?」
「そうよ。ヴェネットとあたし、そして別れてからまだ会えてないけどもう一人、三人で研究していたのよ。スプリガンの能力の可能性をね」
クリスはそう語った。
昨日聞いたヴェネットの話によると、彼女達スプリガン種は様々な動物に化けることが得意で、それを利用して人を脅かしてみたり物を盗んでお金を工面したりして暮らしてきたそうだ。
その最大の特徴である「化ける」こととは、俺の勝手な想像では狐や狸のようなものだろうと踏んでいたが、どうやらそれは違うらしい。
「私達は幼い頃から、スプリガンの能力のきっかけを自由に研究してきたわ。みんなが言うには、ヒュムノスだろうとエルフだろうとミノタウロスだろうと、手なり足なり自分の身体で触らないと、対象の者になれないらしいのね。だからみんな最初は小動物だとか、野生の獣や魔物から始めるわ。しかも触れた瞬間すぐ化けるから、自由なタイミングで使うことが出来なかったの。そしてそのせいで他の種族たちはびっくりしちゃって、よく逃げ出しちゃうらしいわ。人を脅かしてるなんて尾ひれはひれが付きまとわったのはそのせい。盗みはたまに慌てて落としたものが、誰にも拾われずに仕方なく持って帰って来てた感じ。結局、死ぬか他の人に触るかしないといけなくて、一度化けると二度と元に戻れなかった。これが昔から伝わってきた事実」
「でもその因果を、あたし達が断ち切ったってわけ。ほら、こんな風に触れ合っても何も起きないっしょ?」
と言いつつ迷わずヴェネットの頭をアイアンクローするのはやめて差しあげろ。
本人めっさ歯ぁ食いしばってるじゃんか。
「んぎぐ…………まず、私達が、目をつけたのは……同じ人に化ける場合、もう一度、その人に、触れなきゃいけない…………こと! はぁ……はぁ……」
小さな両手でクリスの右腕をなんとか外し、息を荒らげていた。
なんだ、やりゃあ出来るじゃん。
「はぁ……それまではずっと、そうしないといけなかったんだけど、私達の最初の発明で、克服することが出来たのよ」
「それがこの錠剤、『アントウト』。おっと、飲まないでよね。これ劇薬だから」
クリスが近くの戸棚から取り出したケースには、楕円型のいわゆるカプセルのような錠剤が入っていた。
しかしこれが劇薬?
俄には信じられんが。
「何でこれが劇薬なんだ? スプリガン種の悩みの種だった不安定な能力を安定させるのに、一役買ったんじゃないのかよ」
「いいえ。この薬の存在は私達三人と、仮面になった後から聞いてきた私の両親とバ……おばあちゃんしか知らないわ。そして、私達三人は薬を精製した後、早速自分達の身体で試してみたの。薬の効果を確かめてみるためにね。そうして事件は起きたわ」
「事件!?」
「あたし達三人共、その場でぶっ倒れたのよ。思わず死を覚悟したわ。あまりの高熱に、全身が押し潰されるような痛みも来て、しばらくの間研究室の床をのたうち回ってたわ。そしたらヴェネットが……」
「薬の中に入れていた液体を、頭から被っちゃったの。たくさん作るために多めに調合したからね。もちろん二度と作らないわあんなもの……」
途中何度かツッコみたい節はあったものの、幼い二人────いや、三人か────が命を危険に晒してまで、一族のことを考えて研究していたんだと知り、少しばかり同情を覚えた。
その時に天才肌だった二人の脳みそがちっちゃくなって、馬鹿みたいな行いをするようになったんだろう。うんうん、悲しいなぁ。
「そして生死の狭間を彷徨って、薄暗い研究室の照明の下で目が覚めたら────」
「うんうん、二人共脳みそお花畑になっちゃったんだろ。分かる、分かるよその気持ち」
「────身体が若返ってしまったのよ」
「どこのアポトキシン4869だよ!」
薄々感じ取れはしたフラグだったが、さすがにツッコまざるを得なかった。
スプリガンは黒の組織だった?
いやいやいやいや、いくらなんでも漫画の世界の物が異世界とはいえあってたまるか!
「え?」
ヴェネットがキョトンとした顔をしているので、ひとまず軌道修正。
「と、とにかく、死にかけたけどなんとか生きてたんだろ! それは良かったな!」
おっといけねぇ、さすがに無理矢理すぎたか?
しかしそこは鈍感なヴェネット。内心ドキドキが止まらない俺の気持ちをよそに、鵜呑みにして話を続けてくれた。
「ええそうよ。若返ってたことには驚いたけど、液体を被ってなお生きていたことには安心したわ。形はどうあれ、死んだら結果を確認出来ないから元も子もなかったけどね」
胸をなで下ろし、しみじみと自分の身体を見下ろすヴェネット。
言いながら当時のことを思い出しているようだ。
若返ったとはいうが、そういえば元の年聞いてなかった。
実際のところ、いくつなんだこいつら。
言おうとしたタイミングでヴェネットが続きを話し始めたため、声を潜めて耳を傾ける。
「この薬を飲んで分かったことが三つあるわ。一つ、若返りはしたけれどもスプリガン本来の姿に戻れたこと。二つ、さっきのクリスみたいにどんなに皮膚が触れ合っても変身しないこと。この二つのメリットを得られただけでも飲んだ意味はあったわ。そして三つ、変身するために触らざるを得ない部位が一つになったこと」
「それが口。キスした相手になったり、姿を複製できたりするようになったのはそれからよ」
なるほど。若返るという最大の副作用に見合うだけのメリットはあったということか。
でも待てよ。
「なんで口に限定されたんだ? 唇だって、言っちゃえば皮膚の一部だぞ」
「無くなってから気づいたんだけど、スプリガンは動物に触れた瞬間すぐ化けるけど、その時に一瞬でその動物についての身体的特徴────アルの世界の言葉でいう遺伝子────を認識して、間を開けずに反映した結果がそうらしいのね。でも『アントウト』のおかげでそれがなくなった、と思ったら大間違い。より強く遺伝子を感じられるものがキーになっただけ。何だと思う?」
「何ってそりゃあ……」
口の中にあって、キスの時に絶対に触れるものっつったらアレでしょう。
「舌か!?」
「違う。唾液よ」
「ちっ」
「まあ、別に舌を絡めなくても唾くらい少なからず混ざりあってるものよ。こんな風に」
と、ナチュラルに耳元で囁いてきたのは、いつの間にか俺のいる一人用ソファの後ろに回り込み、身体をくの字に曲げた艶かしい態勢で、細い指を滑らかに絡めつつ顎クイを施すクリス氏。
そのままさっきの続きとばかりに第二ラウンドでもおっぱじめようかというタイミングで、両者の眼前をヴェネットの手刀が垂直に横切った。
なんという殺傷性。今ので前髪が数本切れたぞ。
キッとそれぞれをジト目で睨みつけ、不服そうに元の席に戻ると、何事も無かったかのように話を再開した。
俺とクリスも互いに無言のまま一度首肯し、それを合図に元の席に座り直した。
「唾液はどんな動物の口内からも分泌されるわね。その時にほっぺたの裏側の細胞が少しだけ混ざり込むんだけど、どうやら今の私達の唾液には、『アントウトを飲んでから最初に口にした、もしくはキスした物に、その後キスした動物を変える』特性が備わったらしいのよ。私の場合、それが仮面だったわけ。不覚にも研究室で転んだ拍子に口が当たっちゃったんだけどね」
「研究の一環で、スプリガンの能力を仮面に封じ込めて、付けてる間だけさっき言った条件で自由に化けられたらいいなーって思って、石膏で作ったやつをいくつか用意していたのよ。もちろんその時はどうやっても無理だったんだけど」
「ヴェネットが仮面にキスした結果、なんだかんだで近い所に収まってこうなった、ということか」
テーブルの上に無造作に置かれているフレシアの仮面を指すと、二人はその通りよと頷き返した。
なるほどなぁ、それでフレシアが…………って待てよ。
肝心なことを聞きそびれているじゃないか。
「なあ、ここで一つ疑問なんだが、あの時確か『死にかけている方が好都合よ』とかどうとか言ってなかったか、ヴェネット。ありゃどういう意味だ? そん時はまだ意識が朦朧としていたフレシアの代わりに言うが、少し不謹慎過ぎやしないか? 異種族とはいえ、仮にも同じ言葉を操る者同士じゃないか。それぐらいの配慮はあってもいいと思うが」
同じ言葉かどうかは、誰の口からも日本語しか聞こえてこない俺の耳では信憑性に欠けるが、さすがに倫理観を押し付けすぎただろうか。
いや、待てよ俺!
そもそも前提が違うじゃねえか!
と、自分で言った後に確信めいたことを閃いて他所を向いた俺の背中に、呆れたような口調の幼女ボイスを当てられた。
「ああ、あれね。確かに言ったかもしれないわね。それは死にかけている方が、仮面にしやすいから好都合って意味よ。言葉足らずで悪かったわね」
「はぁ!?」
ため息混じりに盛大に悪態をつく。
そこへまあまあと、解説しつつフォローを加えたのはクリスだった。
「実はヴェネットの魂魄の仮面の能力【仮面転生術】は、耐性のあるスプリガン同士じゃなくても、誰彼構わずキスしたところで発動しないみたいなの。正確に言うと、生命力にありふれている人には意味なくて、生命力が限りなくゼロに近い、つまり死にかけている人じゃないといけないの。逆に生命力ゼロ以下、完全に死んでしまってたり死体すらないほど昔の人は、どうやったって無理。要は生と死の狭間をさまよっている中途半端な状態じゃないと意味無いわけ」
トゲのある言い方を受けて苛立ちの矛先が変わりかけるが、喉元に出かかったその文句を、ギリギリのところで飲み込んだ。
「つまりあれか。なりたいやつを故意に選ぶのであれば、死ぬギリギリまでいたぶってからキスしないといけないってことか? 極端なこと言えばこういうことだが、仮面にされる側にしてみればたまったもんじゃないな」
「自分で冗談だと仄めかさなかったら、今頃本気で殴っていたわ。……そう、結果的に言えばそういうこと。でもねアル。あなたがフレシアさんを仮面にした率直な動機は何?」
いつにも増して真剣な眼差しで俺を見つめるヴェネット。
珍しいマジな顔つきに気圧されたが、嘘をつく義理もない。
「助けたいと思ったからだ。これ以上の動機はないぞ」
迷わず答えた。
するとヴェネットは、前のめりだった態勢を崩してソファにどっぷりともたれかかり、緊張の糸がほぐれたかのように長い息をこぼす。
「なーんだ、分かってんじゃない。そう、私は人助けのために使いたいと決めたの。故意に人を傷つけるなんて冗談でもやりたくないわ。私達の集落を襲ったあいつらとは違うもの」
「そうね。何十年も昔に死んだあたしの親と違って、ヴェネットには仮面になってしまったけれど両親もおばあ様もご存命だし、間違いを犯しそうになってもちゃんと叱ってくれる。そしてアル、あなたもね。もちろん死にかける場面を作らないのが一番だから、これはあくまでも最終手段。分かった?」
「ああ。肝に銘じておくよ。…………で、だ」
どこか思うところがあるのかと考えさせられる、クリスの意味深な発言の後に続けられた約束に、俺は素直な気持ちで答えた。
フレシアの場合は、既に何かしらの戦闘で傷ついた彼女が川から流れてきた上での行為だったため、一刻を争う状況だったが、これからは敵の情報も入っているのである程度の対処も考えられるし、マークされそうな人に先にあたって守ることもできる。
現状最も命の危険が迫っているのは、フレシアが探しているこの国の王女ウルティアだが、見つけて守るにしても装備が乏しい今のままでは俺達もやられてしまいかねない。
だからこの後すぐ街に繰り出してフレシア用の新しい武器防具を揃えるのだが、その前に俺は話題を変えて気になっていたことを尋ねた。
「俺がヴェネットから貰った能力のことはだいたい分かった。じゃあクリス、あんたのその……なんだ、着ぐるみみたいな能力はなんなんだ? 原因は同じアントウトなんだろ?」
今のヴェネットよりは年上に見えるとは分かるものの、やけに年季を感じさせる物言いに確実に俺より年上な気がして、頭ごなしに『お前』とも言えず、終始モゴモゴした質問になってしまった。
それを悟ったのか否か、少し含んだ笑みを浮かべつつ彼女は答えた。
「あー言ってなかったっけ? それもそうね。この後すぐ出かけなきゃだし、実演した方が早いでしょ? とりあえずどっちでもいいから腕出して」
「ん」
言われるがままに俺は袖を捲って右腕を突き出した。
そこへカツカツと、ハイヒールの音を床で鳴らしながらクリスが歩み寄る。
……って待てよ。
条件は口っつーか唾で、要るのは腕…………!
そのまさかだった。
「いただきまふ」
言い切る前に彼女は俺の腕を噛んでいた。
咥えただけではない。ちゃんと咬合されている。
もちろん女性と言えど顎の力は伊達じゃない。
「っ!」
犬歯が皮膚を抉った感触に俺は歯を食いしばった。
クリスはすぐに顔を離したものの、腕にはしっかりと歯形が残っていた。
「ごめんねーやっぱ痛かった? こうしないと採取出来ないから許してね」
身体をくの字に前屈して顔の前で合掌して謝ってはいるが、いかんせん本気で言ってるようには聞こえない。
まあここで逆ギレしても、余計な時間を浪費するだけだから許すことにした。
「大丈夫、我慢できない程じゃないさ。それで? クリスは何を糧にして化けるんだ? まさか血じゃないだろうな」
「違うわよ。血を本当に必要としてるのはヴァンピーナたちよ。彼女達に噛まれたら、痛みを感じる前には貧血になってるし、感じる頃には死んでいるほど早く吸われちゃうわ。それに比べたらマシだし」
ヴァンピーナとは俺の世界で言うヴァンパイア、吸血鬼のことだろうか。
どうやらメスらしいが、なんとも言い難いほどに狡猾そうな種族がいるもんだ。
細腕なのに強靭なアイアンクローを携えてるやつも目の前にいることだし、この世界の女はみんなどうかしてるぜ。
「って、喋ってたら作れないじゃん! もーそれもこれもアルのせいだからね!」
いくらなんでもとばっちりが過ぎる。
しかも自分から更に喋るという不用心さ。
これでまたキレられたらいよいよ意味不明だ。
一度フレシアの身体になって体験した女の肉体的な辛さは身に染みているが、精神的辛さは未だに分かりそうにない。
と、何の前触れもなくクリスは口をくちゃくちゃ動かし始めた。
くちゃくちゃというのはホントに動作の形容で、いわゆるクチャラーのように小うるさいものではない。
真剣にガムを噛んでいるような様子に内心笑いそうになっていると、あっかんべーして捏ねていた物の正体を明かした。
「こえはへ、あはひのあえひとはんはほうふふほひふほ、へひああへへふふっはほふへいおはふへふほ。……えほえほっ。ええっと、これはあたしの唾液と噛んだ動物の皮膚を、練り合わせて作った特製のカプセルよ。あたしは最初は自分の腕を甘噛み……してたのかな、昔からのちょっとした癖がのたうち回った時に出たみたいで。で、それで治まらないほど酷い副作用だったから、抑え込むために飲んだ解熱薬が入ったカプセルが鍵になってしまったみたいなの。アントウトは薬そのものではなく最初に唾液が触れたカプセルの方を強く認識したみたいだけど、その前に触れた腕の方も若干認識したみたいで、こういう形に落ち着いたんだと思う。まあヴェネットのそれと同じように、他人をカプセルに変えて変身! だなんてことにならなかったことがあたし的にすごく安心してる」
独白も混ぜつつ長々と説明しながらクリスが見せてきたものは、俺も見たことがある楕円形のシンプルなカプセルだ。
乳白色に染まったそれは、何も言われなければとても人の口から精製したようには思えない。
そしてこれが、ヴェネットが俺に教えた【仮面転生術】と同じような、クリスなりの変身術というわけか。
「で、結局どうするんだ? まあ大体の予想はつくけども」
わざとらしい態度で嫌味ったらしく言うと、クリスは「分かってるくせに」という顔でニヤリと笑い、
「もちろん、こうして飲み込むのよ!」
カプセルを上に放った。
若干の放物線を描いて、白いカプセルはクリスの口内に吸い込まれていく。
喉がならなかった辺り、すごく正確なキャッチ・アンド・イートである。
それでよく気道に入らなかったな。
なんて呑気に考えていたのも束の間、クリスの身体に変化が起きていた。
なんと彼女の顔や頭部から、白濁色のドロッとした液体がとめどなく溢れ出ているのだ。
色合い的に泥というよりヨーグルトに見えるそれは、彼女の全身を上半身からゆっくりと覆い隠している。
唐突に顔が溶けたのかと思って胃液が喉元まで逆流したが、変貌していくクリスをヨーグルトの人形だと思うことにして事なきを得た。
食欲で吐き気を抑え込むという破茶滅茶な手段だが、おそらく一度見ているであろうヴェネットがガン無視してソファに座り込み、だらけすぎてケツが飛び出している様を見て言葉にならないほどの敗北感に苛まれ、何故か負けた気になっている自分に腹が立って意地で無理矢理行ったため、少しむせたが致し方ない。
ところどころでボタボタと地面にも落ちているが、どうやら性質的にクリスに、いや恐らくカプセルを飲んでいれば俺やヴェネットでも、服用した人にまとわりつくために集まる性質があるようだ。
現に、落ちた謎ヨーグルトもゆっくりと足元から覆っていっている。
落ちたところの床面が、濡れていたりベタついていたりしないのは、彼女の研究の成果だろう。
やがてクリスのガリガリな……スレンダーな全身をタイツごと、ヨーグルトっぽい何かが厚めに覆い隠した頃、更なる変化が起きた。
その何かがうねうねと波打ちつつ、また新たに人の形を形成しているのだ。
元の彼女の輪郭より背丈は少し低く、肩幅は広く、ガタイの整っている目の前の人物に、俺は尋常ではないほどの既視感を覚えた。
口の周りのヨーグルトが退けて顔が見え始めた時、多少の無精髭を生やした口角が緩み、嫌という程耳にした声で言った。
「これがあたしの……いや、俺の【皮膚転生術】の力! その名も白昼夢の表皮だぜベイベー!」
…………。
その余りにも摩擦がないせいか、空気を読むどころかぶち壊す勢いで滑りまくっているセリフの受けが悪く、本人が固まっている頃には変化は全て終わっていた。
過程を見てない人ならば、ツッコミが追いつかないであろう状況だが、俺は正面から突っ込んだ。
股のものを見ないようにして。
「なんで全裸なんだよ!」
「いやーなんつーかさー、コピんのは皮膚をベースにしてっからー、服までは認識してないっていうかー、そもそも最初っから服ごと隠してるしー、意味ねーって感じー?」
「あと俺そんなキャラじゃねーから! んだそのふざけた態度は!」
「あはー、チョー受けるー。つーか何様ー? 調子のんなっつーかー。マジうざいわー萎えるー」
「よーしきーめた。今からフルボッコな。なーに俺は優しい方だからな。手加減はしてやんよ」
ホントは股目掛けて蹴りをかましてやりたいのは山々だが、さっきから見てる感じだと、体毛の濃さとか筋肉のつき方とかホクロの位置とかがほぼ全く同じため、アソコも絶対に同じはずだ。まだ直接見てないが。
そうなると、俺のアソコに俺の脚がダイレクトに決まって俺が悶絶してる様を俺が見下ろすという、自分でも何言ってんのか分からないカオスな状況になるだろう。
むしろこっちまで悶絶したくなりそうだ。
鏡で見るのとは違う自分の姿というものは、ここまで薄気味悪いものなのだと一瞬で脳をフル回転させて悟った。
そこまで考えて、しかし眉間にシワを寄せつつ指の骨を数本鳴らしていると、非常に慌てた声で、
「た、タンマタンマ! マジでやめて下さいお願いします。何でもしますから」
と言いつつ、俺に化けたクリスは全裸のまま今日日お目にかからないほど綺麗な土下座をするのだった。
「ん? 今なんでもするって言ったよね?」
「言いました何でもしますだから蹴るのやめて!」
テンプレートの応対の意味が掴めずに、句読点すら挟まないほど早口の本音を口にしたクリス。
迫真の言動に思わず息を呑んだが、俺はニコニコ笑ったまま優しく言った。
「うん、蹴らないよ」
「えっ」
彼女(彼?)は固まっていた。
当然というかやっぱり、こんな自分は見たくない。
しかも自分で痛めつける? 尚更嫌だ。
「さすがに自分のアソコ蹴飛ばすのは、こっちまで痛くなりそうだしな。まぁとりあえず、クリスの能力見れただけよかったわ。はいこの話終わり」
これ以上自分の裸体について考えたくもないから、言いたいことだけ言ってとっとと切り上げようとした。
次の瞬間!
「ま、待って! あたしの能力はこれで終わりじゃないのよ!」
またしても立ちはだかるのは全裸の俺、否、クリスだった。
「あのさぁ…これ以上俺に自分のもん見せるのやめてくれないか! あと俺の声で女言葉話されると気持ち悪くて仕方ねえ! あといい加減切り上げないと、この物語を読んでる読者に飽きられるぞ!」
メタ発言もやぶさかではない心境の俺がとうとう本音をぶちまけると、ブチブチィ!
クリスはいきなり自らの顔を掴み、勢いよく引きちぎった。
顕になるのは彼女の本来の顔。その表情は恥辱に満ちていた。
すると、彼女が着ていた俺の裸の部分が一瞬で風化し、謎のダメージタイツに身を包んだスレンダーな身体が現れた。
しかし、跡形もなくなった首より下の部分と違って、クリスが今もなお右手に握っている俺の顔を模したマスクだけは、風化する様子が一切ないまま微妙に開いた窓から漏れるすきま風に揺れていた。
「……このスキンは! 破り取った部分以外は使い捨てなんだけど! その破った部分をこうして……こうしてぇ……! ふんぬうううううう!」
泣きながらもイライラとした態度で、クリスは俺そっくりのマスクをくっしゃくしゃのぐっしゃぐしゃに丸め、女の子としては有るまじきほど男っぽい低い声で踏ん張りつつ、それを思いっきり握りつぶした。
「ハァ……ハァ……、そして、これを口に入れて、ひと舐めすると、この通り」
言いながらその通りに口に運び、飴を舐める感覚で舌をペロッと這わせると、なんと彼女が飲み込む前の形にそっくりの、乳白色のカプセルが現れたのだ。
「あたしの白昼夢の表皮は、こうして破いたスキンをちっちゃく丸めて舐めることで、もう一度カプセルとして精製し直せる。つまりほぼ永久的に使い回せるってことなのよ。そしてこれは誰でも使えるし、無くしたり砕けても本人の皮膚さえあたしが採れれば、何個でも量産できる。ヴェネットとの違いは、死んだ人でも皮膚さえ採れれば精製できて、なおかつこれが原因で対象の人の肉体が存在しなくなる訳じゃない、っていうのが大きいわね」
「悪かったわね。私の仮面の代償に人殺してるみたいで」
「ちがっ、そういう意味で言ったんじゃなくってぇ……ああもうっ!」
かんっぜんに蚊帳の外にいたヴェネットは、小指の関節が見えなくなるまで突き刺したまま鼻をほじくっている。
ふてぶてしくソファに雑魚寝しながら、時々引っこ抜いた指先に着いたブツを一息で吹き飛ばすその顔は、非常にブッサイクだった。
ずっとクリスのターン! 状態だったことは否めないから仕方ないのだが、さすがにこれには俺も、口より先に手が出た。
◇ ◇ ◇
結局、頭部に肌色のダルマをいくつか作るほどボコボコにされたヴェネットの、仮面も付けてないのに幽体離脱しかけていた魂を押し戻し、今後の予定を建てた。
まず、ボロボロになったフレシアの装備を整えること。
剣も鎧も無残な姿に変貌していて、このままでは心許ないからだ。
そして、今日の夜までにウルティアの元へ行くこと。
今夜の戴冠式がリミットと踏んでいるからには、あまりのんびりなんてしていられない。
俺たちはそれぞれ気持ちを切り替えて、俺がフレシアの仮面を被り、クリスは少し離れたところに暮らしている知り合いのエルフだという少女になって、ヴェネットはクリスの皮を被るのを嫌がったことから、さっきのエセ門番の男達が置いていった変装グッズをクリスが魔改造したものを使って三人のエルフに化けた。
「さて、行くわよ!」
俺はフレシアの声色で朗らかに叫びつつ、通りに繋がる玄関口を開いた。
ご一読くださり誠にありがとうございます。
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