第六十二話 狂言狂いの王子vs狂言回しの王女 前編(ヴェネットside)
初めての授業を終えた日の翌日。
ウルティアはガーディやクラスメイトが見守る中、魔本を片手に詠唱し魔法を唱えようとしていた。
「アログリフの正典より……汝、その炎を欲するならば、眼前の敵を撃ち抜け! 【フレイム・ショット】!」
すると、あらかじめ前方に突き出していた、魔本を持っていない方の手のひらの先に火球が形成され、彼女の拳ほどの大きさになった瞬間に打ち出される。
火球は寸分の狂いもなく真っ直ぐ飛んでいき、丸太を十時に結んだ的に命中するなり燃焼し始めた。多少の不完全燃焼で炭になった部分はあるが、ほぼ全て燃やし尽くすほど火力も申し分ない。
「すごいじゃなーい! 綺麗に火球を創れるだけじゃなくて、それを綺麗に的に命中させる! ましてや焦がす程度に収まらず、むしろ焼き尽くすほどの火力を生んだ魔力量! ウルティアさん、あなたとんでもない逸材ね! 隣国の王女様でなければ、マギアゼテラに永住して欲しいくらいだわ!」
「それほどでもないですわ、ガーディ先生。この第二教本によると、フレイム・ショットは炎魔法の中でも基本中の基本に当たる、言わば初心者向けの魔法。褒められるほどの謂れはございません」
柏手を打って喜ぶガーディに対し、ウルティアは制服のスカートの埃を払いつつ窘める。
彼女らがいるこの場所は、シェルミブイオス魔術学院の地下に存在する、実習室も兼ねた魔法の屋内練習場だ。マギアゼテラもこの学院も、そもそも山を切り開いて開拓した国と学院であるため、今いるこの練習場も必然的に山の中となる。
しかし地下の、それも山の頂上に近い高度に当たるため土地としては広くないはずだが、砂利ひとつなく敷き詰められた土の地面は果てしなく広がって見え、入口以外の壁が地平線の彼方にあるように見えるほどだ。
「最初からそこまでできる人は魔法の嫡子でもそうそう居ませんよ。例えばレメリーさんなんか、まともに当てられるようになるまで数ヶ月かかったんですよ。彼女の場合は居眠り癖のせいで、手元がおぼつかなくて乱射していた、という方がより正確ですが」
「ふぇ、誰かが噂している気がする……すぴー……」
「何故逆に足元がおぼつかないのかが不思議すぎます」
事前の説明で、この練習場全体には土魔法【ソイル・フィールド】と、貴重な天体魔法【コスモ・スペース】が張り巡らされていることを聞いている。
前者は、どんなに分厚い岩肌だろうと軟らかい土壌へと変質させる魔法。後者は、指定した空間全体を亜空間に再構築させることで、実際の面積や体積よりも広大にする魔法である。
そのため、この空間唯一の出入口である扉から出ない限り、いくら暴れても問題ないとのことである。
「では次に、キルティアス・フォン・マギアゼテラ君。前へ」
「ふっ、ようやく僕の出番ですか。もう随分と待たされたものですよ」
ガーディの声に呼ばれて生徒の群衆から現れたのは、一際整った制服を羽織り、さらりとした青い髪が特徴の男。
ウルティアを含む魔法の烙印達が今受けている実技の授業は、なるべく魔法の落胤にならないように、魔法の嫡子の生徒達との交流も兼ねて、定期的に行われている合同演習である。
キルティアスは、そんな優秀な生徒達の中でも最上位に君臨し、在学中の生徒の中で最強ではないかと議論に挙がるほど実技も得意。そして名が示すように、マギアゼテラ現国王の息子であり、王位継承権を持つ王子でもある。
「お初にお目にかかります。隣国パトリフィアの王女ウルティア様。僕はこの魔法大国マギアゼテラの国王、キルティア・フォン・マギアゼテラが息子、キルティアス。名前の紛らわしさはご容赦願いたい」
「これはこれはご丁寧に……エルフの国パトリフィアの国王、シュプリム・ラグーナ・パトリフィアが娘、ウルティア。紛らわしさには慣れておりますわ。かつて死に別れた姉様とは一字違いでしたので」
姉のウルティマ────フレシアが生きていることはもちろんみんな知っているが、それはパトリフィアに住む者だけの話。国外の人々の認知は未だに死別したことになっており、情報は更新されていない。本人が明るみにしたくないことと、その方が現在の状況からして何かと都合が良いということが重なり、今に至る次第なのだ。
互いに丁重な挨拶を交わし、謙遜から話題が広がる。
「これは失礼をば。しかし……ウルティア様はとても逞しいですね。亡き姉に代わって女王となるべく、魔法を学びにこの学院へと赴くとは。しかも途中まで、ほぼ徒歩であの大峡谷を渡ってきたという……いやはや、とてもじゃないが僕にはできない芸当ですよ。他に誰か協力者がいたのです?」
「ええ、もちろんですわ。我が国を悪辣なる者から守り抜き、囚われた私をも救い出した、まさしく救世主と呼ぶに相応しい御方、アルシオン様です」
「ほう……その英雄譚は少しばかり興味をそそられますが、言葉を選ばずに言ってしまえば、その人馬鹿なんじゃないですか?」
キルティアスの唐突な発言に、流石のウルティアでも理解が追いつくまでに時間を要した。
「は、はぁ!? いきなり何を────」
「考えてもみてください。恐らくその人は僕らと同じヒュムノスなんでしょうが、見ず知らずのエルフに突然、『私達の国をお助けください!』なんて言われて素直に助けに入る人が何処にいるでしょうか? 道で困っている老人を助けない人も少なくないというのに、ましてや知らない国一つ救えだなんて、事の大きさを考えても無謀すぎる。理屈はどうあれ結果的には、あなたが仰るように国を救えたようですが、そのような異常なまでにお人好し過ぎる人を救世主呼ばわり……ふっ、同じ王族として見苦しいです。この……恥さらしが」
「っ……!」
大仰な身振り手振り、観客と化した他の生徒へ聞こえるような即興の茶番の末、耳元で吐き捨てられる直球の侮辱。
キルティアスの演説に乗るように、プアースの生徒達もクスクスと嘲笑を浮かべる。これには流石のガーディも諦観とはいかない。
「キルティアス君! 同じ王族だからといって、他国の人になんて事言うんですか! それに、今はあなたの順番なんですから、早く魔法を唱えてください!」
ちなみに、この場に彼らプアース側の担当教師は居ない。単なる職務放棄ではなく、生徒達があまりに優秀で必須の単位を既に取り尽くしており、自由科目の単位の内の一つとしてガーディの授業を選んでいるため、そもそも居る理由がないのだ。
無論、合同演習とはいえ主役はあくまでウルティア達ノータスで、彼らは手本として振る舞うべきな招待客なのだが、これでは文字通りの反面教師である。
「もうやりましたよ、先生」
「えっ?」
「アログリフの炎よ……撃ち抜け!」
その一声で、残っていた丸太の的は全て燃やし尽くされた。
キルティアスは、詠唱に合わせておもむろに腕を上げると、周囲に小さな炎がいくつも形成され、それらが複数ずつ寄り集まって球状の炎弾へと変化していく。的の数と同数の弾が作られると、腕が振り下ろされると同時に叫んだ声を皮切りに、それらの弾は一斉に発射され、一つも残らず一瞬で的は灰と化したのだ。
視界の端で煌々と燃え盛る炎を他所に、魔本も持たずに魔法を発動してみせたキルティアスは、伸ばした腕を戻して立ち直りつつ、正面のウルティアを見据える。
「どうだいノータス諸君。これが【短縮詠唱】という歴とした技術ですよ。建国当時には既にあったとされていて、魔本を介さない分魔力の消費効率は悪いものの、今のように同じ魔法でも自由度の高い芸当ができます。戦闘中に魔本が焼け焦げでもしたら即座に降参、なんてみっともないですからね。覚えておくと、いつか助けになるかもしれません。ただ、結構な高等技術なんですけどね」
自分にはそれがいとも容易くできるんだぞと、暗に自慢げにキルティアスは語る。手に持っていないだけで、魔本専用の固定具を腰に巻いて身につけているので、恐らく多少は媒介にして魔法を発動しているのだろうとウルティアは察した。
「……ところで、あなたはこの学院で火事を起こしたいのでしょうか?」
「なんだと!」
「エメロロアルスの水よ……降り注げ!」
キルティアスの驚愕の声が挙がるまで、数秒と経たなかった。
彼の魔法の影響で燃え盛る火の手を、ウルティアは同じく魔法で大量の水を生み出し、それを真上から一気にかけ続けることで消火してみせた。しかも、彼と同じ短縮詠唱で。
溢れた水は地面いっぱいに広がっていくが、出来上がる広大な水溜まりは大して深くなく、皆の足元に触れるより前に地面の土を泥濘に変えて、それ以上は浸水してこない。地味だが、ウルティアの魔力調節の技が光る光景だ。
「何のつもりですか……!」
「意趣返し、鸚鵡返し、そして仕返しですわ。キルティアスさん、よくも私の大恩人を、言うに事欠いて盛大に誹謗中傷してくれましたね。あの方はただの恩人に留まりません。一度は沈みかけた私の心も、信念も、大切な家族も、愛する自国の民たちも! その全てを救い、助け、手を差し伸べてくれたのです! 確かにあの方にも打ち明けられない事情があり、大きな葛藤にぶつかっていた話も聞きました。ですが! あの方の心持ちはどうあれ、その行動の全てを蔑ろにはできません! あなたにはその貴さが分かりませんか!?」
「…………」
(良いよーウルティア! もっともーっとどーんと言っちゃいなさい! この恩知らず! 人でなし! 顔と声だけのクズ野郎!)
外野からしゃがれた野次が飛んできたが、ウルティアは無視した。
「実技演習の順番は私達で丁度最後。でしたら……すみませんガーディ先生! 一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ウルティアさん? 何でしょう? そろそろ授業を再開したいのですが……」
「私とキルティアス王子。どちらが勝っても両成敗の決闘で、このいがみ合いの決着をつけたいと思いますので、そのためのお時間を少し頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ウルティアさん!? それは正気────」
「正気か!? 僕と決闘!? あなたもいよいよ馬鹿の仲間入りですか!?」
彼女の予想外の提案に、意表を突かれたキルティアスも驚きを隠せない。
笑っていた他のプアースの生徒達も、苛立っている様が目に見えてよく分かる。逆にノータスの生徒達は、短期留学でやってきたばかりのウルティアの大胆な発言に心を打たれるものの、決闘という言葉にはやや懐疑的な姿勢を見せる。
「はぁあ全く、随分と舐められたものですね。昨日今日やって来て覚えたての知識で魔法を使えているような相手に、三年間死にものぐるいで勉強して、記憶して、修得した僕が負けるはずがないでしょう!? そうですよねぇ、皆さん!」
「そ、そうだそうだー!」
「ノータスなんかに負けるもんかー!」
(王子の馬鹿! 阿呆! 間抜け! 裏切りそうな声帯!)
味方を煽動するキルティアスに乗せられる形で、外野の生徒達も興奮に包まれていた。もはや暴動に発展する導火線に、火がついてしまっている。
「あーもう! 分かりました! 両者ともやる気満々みたいなんで、ガーディ・キュリオーネの名のもとに、決闘の申請を受理します! これで文句はありませんね!」
「愚問ですよ」
「もちろんですわ」
「いいでしょう。ただし……ミトロンの正典より。汝、その天体を欲するならば、時空の歪みを留めよ! 【コスモ・フィールズ】!」
ガーディは自身の懐から小さな魔本を取り出すと、それに魔力を流し込みつつ詠唱する。すると、ウルティアとキルティアスの二人を包み込むようにして、練習場の一部の空間を半球状に分けるような、半透明な壁が一瞬にして現れた。
半球の輪郭は少し茶色に見えなくもないが、手前の壁から真反対の壁にかけての境界なども外から見通せる。
「練習場に掛かっている天体魔法を、部分的に改変して空間を分ける魔法です。三分後に自動的に解除されますので、それまでに決着をつけて下さいね!」
教師だからこそ使用できる限定的な魔法ではあるが、それでもなお使用許可が降りているということは、相応の実力をガーディも持っているであろうと、ウルティアは直感した。
状況がお膳立てされ、嵐の前の静けさからくる緊張感漂う空気の中、キルティアスはゆっくりと距離をとりながら離れていく。
「魔法戦は、とにかく詠唱速度が大事なのさ。戦場では、何も合図を受けて同時に撃ち合いが始まるようなこともなければ、最初から距離をとって戦う必要もない。不意打ち上等、奇襲は当たり前、零距離射撃なんて定石の戦術さ。だからこそ、魔法を放つまでの早さが求められる。でも今回はあくまで演習です。その辺りの反則は、僕はしませんよ」
「……わざわざその説明をしてくれてありがとうございます。案外真面目なんですね、キルティアス王子は」
「どうも……さて、時間も限られてますし、そろそろ始めましょうか。先生、お願いします」
言いながら制止して、ウルティアとキルティアスはそれぞれが向かい合い、お互いに自分の魔本に手をかける。この時点で、ガーディの魔法発動からおよそ一分が経過していた。
キルティアスの言葉を受けたガーディは、腕を上に掲げ、すぐに振り下ろす。
「それでは模擬決闘、はじ────」
「馬鹿が!」
ドォォオオオン
合図より早く轟いた爆発音が、決闘の狼煙を上げた。
ご一読くださり誠にありがとうございます。
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