第六十一話 国境に潜む陰謀の予兆(アルシオンside)
所変わって、パミラーナ大峡谷のマギアゼテラ国境の門にて。
「ぜぇ……ぜぇ……何で……人が……誰も……いないんだ……?」
肩で息をしながら屈んだ姿勢でいる瑞樹は、ようやく到着したにも関わらず、もぬけの殻となっている様を見て呟いた。
ヴォーパルバニーのネフィーリアを仮面に変えてから、より一層風速が増した吹雪の山道をゆっくりと登っていた。時折前が見えなくなるほど降られた場合は休んでいたこともあって、着いた頃にはとうに日が沈み、辺りには門にある篝火を除いて明かりがなく、暗闇の大峡谷は絶妙な不安を募らせてくる。
瑞樹が今着ているカロル・プラガシリーズは、着直した時にはネフィーリアに付けられた傷は消えていた。どうやら本に載っていた情報を上書きしない限り、どれだけ破損しようとそれ自体をなかったことにできるようだ。汗だくになっているのがその証拠で、破けた時はそこから少しずつ冷えてきてはいたのだが、それがない今は存分に保温効果を発揮しているため、この環境でも凍えずに居られるほどどころか発汗するほど温まるのだ。
(ホントだね。人っ子一人居ないよ。受付みたいなものはあるのにそこにも。もう時間的に終わりってことかな?)
戦闘が終了した時こそ着けていたフレシアの仮面は、今は外している。最初のうちは体重が軽いこともあって楽に歩いていたが、休憩を挟んで雪が積もる度に、自分の足と比べて底面積の狭さ故に股下までスポッと沈み込む時もあって、結局は外して元の身体に戻って歩いてきた。
そのため、青透明の霊体になって自由に活動しているフレシアは、行動範囲に門が届いた時から率先して、瑞樹に対して情報提供をしている。
「今何時か知らないけど、朝まで待ってみるか? 流石にそれだけ待てば、誰かしらは来るはずだが」
(えー私はやだなー。あと、門の向こうにも一応行った方がいいかな? それこそすぐ近くに居るかもだし)
「あー……分かった、頼むわ。俺はそこの椅子んとこで座って待ってるよ。足が棒になっててな……」
(了解。待っててね)
防寒装備であるカロル・プラガシリーズは、屋根と片側だけとはいえ壁がある状況でも、優に零度を下回る気温では下手に脱げない。そのため瑞樹は、震えるほどではないが、顔に冷気が当たり続ける状況でフレシアを待つ選択をした。
背もたれのない丸い椅子に全体重を預けると、その勢いのまま盛大な溜息を吐く。足を軽く揉みながら、さぁどうしようかと考え始めたその時、男二人組の話し声が聞こえてきた。とほぼ同時にフレシアも血相を変えて戻ってくる。
(アル君大変だよ! 門のすぐ裏で人が……何人か死んでる! 暗いから全部でどれくらいかは分からないんだけど……)
「しっ。報告は有難いがちょっと静かにしてくれ。どうやらきな臭い連中が話してるみてぇだ」
分厚い格好をしてるためこのままでは目立ちすぎるから、瑞樹は受付のカウンターにしゃがんで身を隠して、耳を傾ける。
門の外側、壁に沿って雪の上を歩く足音。それから慎重に二人組の声を聴く。
「兄貴、本当にあいつら始末して良かったんですかい? ただの商人か観光客にしか見えませんぜ」
「ベルガの旦那が言うにゃあ、お隣のパトリフィアから王族がやってくるってぇ話らしい。だからってこんな雪山をドレスで登ってくるわきゃねぇんだから、こうして集団の中に紛れていいような格好してるはずさ。そこを俺たちがトドメをさしてやるってわけよ。まさか同じ入国者に紛れて暗殺者がいるとは思うまいて。口封じも兼ねて周りの連中も皆殺しにしたからよ、他に目撃者もいねぇしとっととずらかるぞ。万が一ってこたぁあるからな」
「はいっす!」
「さぁて、本命の王族さんはどこでくたばっているかねぇ。ま、ここに来るまでに凍死してたら笑い草だが」
割と大きな声で躊躇いなく話す男達。まさか誰かに聞かれているとも考えていない不用心ぶりに、感情が消し飛んだフレシアが一言。
(何あれ。自己紹介?)
「その一言が咄嗟に言えるだけで俺は悲しいよ……」
壮絶な経験をしたからか、怒りのハードルが上がっている彼女の内心を思うと、もっと全力で怒っていいんだぞと思う瑞樹であった。
(どうするの? 殺す?)
「平然と理性の欠片もないことを言わないでくれよ……まあいきなり殺りはしないけど、とりあえず穏便に話し合いできるようにしないと……」
寝転がった姿勢のまま腕を上に伸ばしてカウンターに手を置くと、男達の声がする大まかな方向に手のひらを向けて、新たな死語呪文を唱える。
「監禁罪」
魔本と呼ぶにはおかしな内容の本に眠っていたこの魔法は、記憶の篇帙で覚えた時はただの死語の羅列でしかなかった。しかし、レンテ書籍館の大扉を開け放った公然猥褻罪を皮切りに、死語を口にするだけであれよあれよと秀逸で強力な魔法を次々と覚え、その威力もさることながら覚えれば口にせずとも力を発揮できる利便性に助けられ、瑞樹はギースを追い詰めることができたのだ。
ただ魔法の実態は、最初の一回目で死語をちゃんと言わないと分からないままのため、それがどんなに恥ずかしい言葉でも、どんなに頭おかしい言葉でも、必ず一度は言わなければならないという強制力。瑞樹はそのため、大体の言葉の意味を知っているが故にフラストレーションが溜まり続けてしまい、戦いが終わってからも人前では、既に正式名称を覚えたもの以外を使えずにいた。
だからこそ瑞樹はパトリフィアを発つ前に、覚えた限りのデスペルの起句を、人知れず粗方唱えていたのだ。言い終えた時の羞恥心は、墓場まで持っていくと肝に銘じるほどの決意を胸に。
「な、なんだなんだぁ!?」
「ふ、服が、締め付けて……うぷっ!」
男達が身に纏う防寒着が、帽子も上着もズボンも下着も靴も、その全てが彼らの全身を体格以上にきつく締め付けている。また、衣服それぞれの繊維の強度も、まるで金属で編まれたかのように強靭となり、手袋をしてるせいもあって指先一つ動かせない。
瑞樹は目視していなかったので今更気づいたが、男達はそれぞれ何かを持っていたようで、うめき声と共にそれを落とした音が少し聞こえてきた。
効果の確認も含めて見るために恐る恐る立ち上がると、落としていたものはライフル銃だった。
だが瑞樹とフレシアは、銃ではなく男達の方にとても注目していた。なぜなら、そこに居たのは成人した男性二人ではなく、五・六歳程度の幼子二人だったからだ。
(あの…………アル君……がやったんだよねこれ……どういう状況?)
「俺が知りてぇよ……ちょっとした拘束ぐらいの予想だったのに、何なんだこの魔法は……」
瑞樹のヘソ辺りの背丈になった男達は、圧迫もなくなってサイズも縮んだ防寒着の分厚さで、少し立ち上がりにくそうにしている。一人は悪戦苦闘しながらも頑張っているが、もう一人は転けて泣いている。
「くっそー! どうしてこんなことになったんだー! ほら、おまえもなくんじゃない!」
「えへーんえんえんえんえん……だってだってぇー!」
「なきたいのはこっちなんだよ……うわあああああん!」
(かわいい! 待って無理、え、嘘、やばい、抱き締めたいって思っちゃった。元が最低な男なのは知ってるのに、この気持ちはなんなの?)
「ちょーっとフレシアさん黙っててもらって良いですか? 話が変な方向に拗れるから進まないんだわ」
ついには二人とも泣いてしまった男たち。それを見て、何故か突然非常に興奮してしまっているフレシア。瑞樹は、状況が混沌としすぎていて脳が理解を拒みかけていたが、ひとまず今一番頭のおかしい人間を窘めた。
その後、受付小屋を出て恐る恐る幼子に近づいていく。向こうはまだ瑞樹に気づいていない上、万が一落とした銃を暴発させて攻撃してこないとも限らないからだ。少なくとも持つ事はできないだろうが。
「ねぇ君達。こんな所でどうして泣いているのかな?」
(わー白々しい)
篝火の明かりが辛うじて届く距離で蹲っている男達に、瑞樹はあくまで優しい声色で声をかける。
フレシアの小言に、お前が言うなと内心で苦言を呈しつつも、二人が口を開くのを落ち着いて待っていた。
すると、幼子の片方が嗚咽混じりになりながらも、一生懸命に説明を試みる。
「ぐすっ……あの……ね。ここに、だれかやってこないか……ひっく……みはってろって、いわれて……うえっ……うえから、みはっていたの……」
「へぇ、見張りねぇ……それでそれで?」
「それでね……ここにやってきた、たくさんのおじさんやおばさんにまぎれて、えるふのおひめさまがやってくるっていわれて、なかにはいれないようにしようってなって、ここでころすことにしたの」
「…………」
「そしたらね、ここにならんでた人たちをむさくいに撃ってたんだけど、全くの的外れだったのさ。的なのに。本物のお姫様は俺たちがここに来た時点で、とっくの昔に入国してたってたった今分かって…………ってあれ? 何でんなこと知ってんだ? というか身体が元に戻っ────」
いつの間にか、幼児化していた肉体が元の大きさに戻っていた男だったが、ハッキリと自覚する間もなく、瑞樹の拳に全力で殴り飛ばされていた。
頬を見事に捉えた一撃は、男の身体を雪を巻き込みながら転がせて、数十メートルは先の斜面にまで飛ばしていた。
「あ、兄貴ぃいいいいいいい! よくも兄貴を…………って俺も元に戻ってる! 良かっどばぁ!」
もう1人の男も元に戻ったことをぬか喜びしていたが、間髪入れずに瑞樹の後ろ回し蹴りがこめかみを捉え、国境の壁に叩きつけられて気絶する。
ドサッと崩れ落ちた男を見下ろしつつ、蹴りの硬直を片足ジャンプで解くと、脚を降ろして一息つく。
(うわぁ……容赦ないねぇ…………私もムカついていたけど)
「うん……途中から、お前らもう喋るなって思ったらつい拳が……二人目に関しては流れで……な」
(私以外に誰も見てないだろうし、良いんじゃない? ただ……ウルティアを狙ってたって事しか分からなかったね。背後に潜んでる奴とか、居ると思うんだけどなぁ)
「かもな。でもこいつらはこれ以上喋らなそうだし、他に話せるアテがあればいいんだが……」
ヴェネットたちを先に行かせ、ようやくここまで追いついたが、謎の後ろ盾を持つ見張りの二人と、一人残らず殺されている他の入国者たち、新たな二つの謎が瑞樹の前に立ちはだかる。
そこから予想できるマギアゼテラの陰謀が、どれほど根深いものなのか、二人は図りあぐねていた。
また王族が絡んでくるのか、それとも国民の暴動か反乱が起きているのか。ウルティアを狙っていた以上ただ事じゃないのは確実なため、あるいはあのギースのような邪悪な存在が陰に隠れているのか。
どれもこれも無きにしも非ずが故に、もう少し内部事情に詳しい人物が必要に迫られていた。
すると唐突に強い風が吹き付け、近くの篝火を消してしまう。ただでさえ夜が更けており、月明かりさえ見えない吹雪模様なところにこの始末である。急な暗転で、すぐには夜目が効かない。
「ちっ、ここじゃ暗すぎるな。いっそこじ開けてでも門を通って中に入った方が……」
(そうだね。死んだ人達には申し訳ないけど……)
二人の意見が一致し、まだ篝火の灯っている、先程までいた受付の辺りまで戻ろうとしたその時、受付の裏にある小さな扉から現れた小太りの男が、こちらを見て慌てた様子で驚いている。
「こ、これは一体……お、おい! そこの君! これは一体どういうことかね!? 何故入国待機者がこんなにも死んでいるのだ!?」
手に抱えていた物すら置いて、感情のままにカウンターを両手で叩きつける男。状況の第一印象からして恐らく疑われているのだと察せるが、瑞樹にしてみればとんだとばっちりだ。
「わ、分かんないです! 俺もさっき到着したばかりで……ただ、真犯人と思しき男達なら殴り飛ばしましたけど……」
「な、なぐ…………!?」
男の両肘が、いきなり脱力したかのように勢いよく崩れ落ちる。
「ええ。あっちの方に……まあ暗くてほぼ見えないと思いますが……」
本当は一人だけで、もう一人は自分達のすぐ後ろでうつ伏せになって伸されてるが、嘘はついていないので瑞樹は黙っておくことにした。
指差しだけで信用したかは怪しいが、男はわなわなと震えながら顔を俯かせる。
(ねぇ。さすがに説明が下手すぎない? まあ嘘ついてないのは知ってるんだけどね)
「そうは言ってもなぁ……」
フレシアにも呆れ半分に囁かれた。
そうして男の反応を待っていると、彼は上背を正してから再度頭を垂れる。否、一礼をする。
「済まなかった! まだ完全な信用とまではいかないが、何も知らない客人を己の先入観で疑ってしまった! 申し訳ない! その上で今から言うことを聞いて欲しい。奴の下っ端の門番が気絶している今しか話せないのだ。こちらへ来てくれ」
(奴……?)
男の態度は打って変わって生真面目だが、どこか焦燥めいた落ち着きのなさが目立っていた。この寒空かつ、更に冷え込んだ深夜帯になろうという頃に、特に厚着もせずに格式高い高級感ある衣装でやって来ているその様は、本当に慌てているのだろう。
受付カウンターを挟んで瑞樹が彼に相対すると、男は頭を上げて咳払いをする。
「私はマギアゼテラの大臣を務めている、ムスヒという者だ。単刀直入に言おう。私とともに、ミアリム大魔本倉庫にまで同行願いたい。貴殿の強さを見込んでの頼みだ。奴らより先に、【原典】を確保するために!」
男の────ムスヒの目には生気が宿っていた。
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