第六十話 魔法の烙印(ヴェネットside)
シェルミブイオス魔術学院は、年齢や種族に関わらず平等に魔法を学べる、三年制の学校である。
入学・卒業の時期は概ね決まっているが、大半は諸外国からやってくる編入生や留学生が占めているため、マギアゼテラ在住の者でもない限り三年間きっちり在学する者は少ない。
そのため、クラス分けは単純に魔法に対する適正と勉強意欲、実技や筆記試験等を総合的に判断して決定され、卒業するまで基本的に変わることはない。
だが例外的に、ウルティアのような短期留学生の場合は、それらの判断材料を度外視してクラスが決められる。そしてそれは、例外なくとあるクラスに必ず編入させられる。
「はいはーい! みんな、席に着いてねー!」
実技用の部屋を除く全ての教室は、十数段の階段に沿って並ぶ長机、及びそれに付随する折りたたみ式の椅子があり、他には教卓と教壇しか存在せず、板書をするための黒板などもない。
「えー今日から一週間だけ、このクラスに短期留学生が編入してきます。最初の頃のみんなと同じように、魔法も魔本もまだよく分かってない可愛い女の子です。仲良くしてあげてね。それではどうぞー!」
「し、失礼しますわ」
慣れない制服に着させられていると感じるほど、微妙に似合っていない様子のウルティアが、緊張気味に教室に入ってきた。担任教師はその動きを見つつ、教壇に立って振り向いたタイミングに合うように、後ろの壁に指をなぞるように動かしていく。すると、その軌跡に沿って淡い光が灯り、描き切った時にはウルティアのフルネームが浮いて見えていた。
「では自己紹介をどうぞ!」
「パトリフィア第二王女、ウルティア・ラ・パトリフィアです。物心ついた時から魔法にとても興味があり、この学院で学べる日を楽しみにしておりましたわ。皆様どうぞよろしくお願い致します」
パチパチパチと疎らな拍手が、丁寧なお辞儀を見せるウルティアを迎えた。
およそ五十人は座れる席の配置に対して、二十人足らずの学院生が点在して固まっている。ウルティアをしたたかな目で見る者、腕を組んで目を閉じて集中した様子の者、頬杖を付いて視線を合わせようとしない者と様々だ。男女比はほぼ半々くらいで、全員がヒュムノス種である。
「ウルティアさん。学院長から先程軽く紹介頂きましたが改めて……このクラスの担任を務めるガーディ・キュリオーネよ。実技を除いた座学全般私の担当だから、気軽にガーディ先生と呼んでくださいね」
「分かりましたわガーディ先生。よろしくお願い致します」
「席は特に決めてないから、自由に座ってもらって大丈夫。教本は一通りあるのよね?」
「用意して頂いたものの事でしたら、こちらに」
背中に背負った鞄を示して、ウルティアは答える。
「よろしい。ではご自由にどうぞ」
ガーディに促されて、教壇を降りて階段を上る。ほぼ全員の視線が集まる中、ウルティアは廊下側の、階段を挟んで左右に誰もいない席を敢えて選んだ。前と斜め後ろに一人ずつ座っているが、どちらも女子生徒で、男子生徒は近くにはいない。
瑞樹にこそ心を許したとはいえ、やはり根本的に男嫌いな部分は変わっていないようだ。特に、明らかにいやらしい視線を送っている数名には、気づいた素振りすら見せない完全無視を貫いている。
「チッ、エルフの国の王女と言えど、すぐ群れたがるのは一緒か……」
なんて冷やかしが聞こえてきても、一切動じない。何か言いたげな表情を見せるガーディも、ウルティアに同情はしてるかもしれないが、それを口頭でも行動でも示すことはなかった。
(ムッキー! ああああもう我慢できない! 何なのこのクラス! 特に男子! まるで興味ない感じの人はともかく、他の奴らみんな当たり強くない? しかも先生すらそれを咎めないし! アルシオンを見習って欲しいくらいよ! ほんっとサイテー!)
あまりの四面楚歌状態でついに怒り心頭にまでなったのは、ここまで珍しく大人しくしていたヴェネットだ。感情のあまり背骨が真っ二つになりそうなほど背中を反らすが、青透明の霊体状態なので問題はない。
(ウルティアもなんかビシッと言ってやんなよー。あんまり舐められっぱなしだと、いつまで経ってもしつこく続くよ。男ってそういう奴多いから)
腕を組みながら横に移動してきたヴェネットは諭すように言う。授業の準備をしながらも話は聞いていたようで、周囲から見えないように隠した紙に、瑞樹から借りている鉛筆で小さく文字を書いて答えた。
(お気遣いありがとうございますヴェネット様。私も、ここまで風当たりが強いと思っていなかったのも本音ですが、なんと言うか、特別どうでもよいと感じるのです。嬉しいとはもちろん思いませんが、とても腹立たしいとも思えない、そんな風に感じるです。これって変でしょうか?)
(うーん、どうだろう。少なくとも、ウルティアの中で明確に好き嫌いの基準ができたから、そう感じるのかもしれないわね。あのギースレベルで嫌らしさ満載な馬鹿野郎は居ないと思うけど、全員がめっちゃ聖人ってこともないからねぇ。まあ頭おかしいの最上級クラスの悪意を体験したら、この程度はそよ風ってことなんじゃない? 多分)
(私の中でギースと比較して、そこまで悪意を感じなかったから……でしょうか。あまり得心のいく着地点とは思いませんが、気にしなくていいという事でしたら、そう思う事に致しますわ)
自分の中で腑に落ちた答えを一応は出せたウルティア。これ以上の心配をかけても面倒なので、ガーディに座ったまま会釈しつつ笑顔を向ける。それに気づいてか、彼女は安堵の溜息をつくと、気を取り直して授業を開始する。
「では早速だけど、今日の授業を始めようと思います。第一教本の五十七ページを開いてください」
学院で用いられる教科書────教本は、第一から第三までの三冊が存在する。
第一教本は魔本の成り立ちに始まり、魔本を魔本たらしめる要素である魔術の仕組み、簡単かつ安全な魔法を利用して、どういう原理で魔法が行使できているのかを学べるものとなっている。
第二教本と第三教本は、どちらも主に実技の授業で用いられ、実に十三種ある全ての魔法体系を半分ずつに分けて記し、実体験を通じてその利便性と危険性を理解できるものとなっている。
「ウルティアさん。このページの右上に書いてある文章を読んでもらってもいいですか? 教本に手を添えた状態で」
「分かりましたわ……こほん。『イゲオルムの正典より。汝、その支援を欲するならば、精霊の言伝に耳を傾けよ。【エンチャント・フェアリー】』」
読書をするように丁寧に読み上げたウルティア。
すると、たった今読んだ教本の文章そのものが宙に浮き上がり、やがて全体が小さな球状になるように収縮していくと、そこには不規則に浮き沈みを繰り返す小さな光が動いていた。
その光はウルティアの頭の中に入り、出てくる事はなかった。
しかし次の瞬間、頭の中に直接響いてくる声が聞こえてくる。
(初めまして。僕は魔術学院の授業のために生まれた精霊だよ。君の勉強を支援することが目的なんだ。これからしばらくの間、一緒に頑張ろうね)
「す、すごいですわ! 頭の中に直接声が響いてますわ!」
率直な感想で驚くウルティアを見てガーディは唸るが、周りの生徒達はそれが過剰に思えたのか引いてしまっていた。
「ふふっ、初見の反応を久々に聞けて教師冥利に尽きるわ。ウルティアさん。今あなたに読んでもらったのは【支援】魔法の一つ、エンチャント・フェアリー。これは身体に精霊を宿して知恵を借りる魔法で、シェルミブイオス魔術学院の授業の助けになれたらと、アナスタシア学院長が自ら考案なされた魔法よ。授業はなるべく分かりやすく進めていくつもりだけど、それでも理解が難しかったら彼らに話を聞いてね。私もたまに参考にするくらい知識が豊富なのよ」
「分かりましたわ。ありがとうございます」
(いーなー。私も魔法使ってみたいなー。ぶーぶー)
頭の上から響いてくる精霊じゃない方の声を無視して、ウルティアは授業に取り組み始めた。
◇ ◇ ◇
「────とこのように、全ての魔本は【十三の魔導書】という十三種類ある【正典】を元にしていて、炎魔法ならアログリフの正典、土魔法ならファダニエルの正典、風魔法ならハルマルトの正典といった具合に、由来となった正典の名前がそのまま詠唱の一句目になるの。全ての魔法は、魔本を媒介して術者の魔力を消費して、初めて因果が成り立つのよ」
ガーディは魔本を片手に持ったまま、もう片方の手で壁に魔法で文字や図を表示させて授業を進めている。この形式が、シェルミブイオス魔術学院における基本的な座学の取り組み方の一つである。
反対にウルティア達学院生は、第一教本と教師の表示する魔法とを見比べながら、適宜書き取り用の白紙の魔本に内容や問題を書き取り、挙手や教師からの指名などで積極的に魔法の勉強に取り組んでいくのが理想とされている。
しかし、ウルティアが配属されたこのクラスでは、それはあくまで理想であって、現実に実行している人間は、何も知らない彼女一人を除いて誰もいなかった。
「では問題です。水魔法の正典は何でしょう? たった今寝たフリをしようとしたファラムさん!」
「ん……あーすいませーん。聞いてないでーす」
「授業中くらいは寝ずにいて欲しいです! 正解はエメロロアルスの正典です。ちゃんと答えてくださいね」
「はーい…………むにゃむにゃ……」
「有言実行が早すぎます……」
ファラムと呼ばれた少女は、自身の周辺には魔本はおろか筆記用具の一つも置いていない。
「では次です。ウルテマの正典は何魔法にあたるでしょう? はいそこ! ヘルガス君! 答えて!」
「……すまない。精神を研ぎ澄ましていた」
「あなたは聞く耳を研ぎ澄ましてください。正解は聖魔法です。ちゃんと覚えてくださいね」
「…………すぅぅぅぅ…………はぁぁああああ……」
「深呼吸は返事ではないんですが……」
ヘルガスと呼ばれた青年は、胡座の足の組み方で椅子に座りながら、背筋を伸ばしてまたしても自分の世界へと足を踏み入れている。
このクラスは、魔法の嫡子どころか限りなく魔法の落胤になりえるほど落第が近い成績だが、ギリギリで踏みとどまっている状態の、言わば落ちこぼれ達が一纏めにされた学院の最底辺である。
授業をまともに受けていない者、在学期間に対してある程度の単位が取れていない者、そして魔法に関する何某を知らずに外部から来た者。彼ら彼女らが一堂に会し、同じ窓から同じ空を見上げるこの教室は、シェルミブイオス魔術学院の駆け込み寺、【基礎魔本理論学──簡易学習室】。
通称、【魔法の烙印】。
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