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キスと仮面の救世主(アルシオン)  作者: 風魔疾風
第一章 妖精の国パトリフィア
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第四話 夜明けの告白

 霊体のまま眠れない夜を過ごした俺は、遠くの空が明るくなった頃合いに、そのまま山の方へ飛んでいくことにした。

 この状態での可動範囲を調べるためである。


 夜の間は、ヴェネットとフレシアより上空十メートルくらいの低いところで寝たふりをしていたが、気持ちもうちょい高い所でもよかった気がする。


 そこでふと考えたことが、俺がこのまま王女様を助けに行けばいいんじゃね? というもの。


 具体的にどこかは知らんがフレシアの情報が正しいならば、川の上流の方の洞窟の最奥にいるらしい。

 虱潰しらみつぶしに探せばいずれ見つかるだろうが、堂々と洞窟に正面から入っていくこともない。

 物質をすり抜けられる今の状態で、大幅にショートカットしていったほうが容易たやすい。


 だが帰りはどうしよう。

 順当に道案内? いやいや百パー見張られてるだろうし無理だな。

 俺はヴェネットのように仮面を付ける側の人や、フレシアのように仮面にされた人以外には見えないだろうが……ってそれじゃあ王女にも見えないじゃん!

 馬鹿か俺は。少し考えれば分かることなのに。

 ちくしょう。だがそれができようができまいが、可動範囲外だったら元も子もない。


「とりあえずやるか……」


 俺は上に向かってスーッと上がっていき、森の木々が水平線上に飛び出さない高さで止まった。

 それから、有名な漫画作品のように縮こまって全身に力を込めてから、地面に対して可能な限り水平にうつ伏せになって、プールの壁と同じように空気の壁を蹴飛ばして一気に加速する。


 何も泳ぐわけではなく、バタ足する必要もないから姿勢はほぼ気をつけ状態。

 あまりの加速にスピードが出すぎて、メーターがあったら時速百キロメートルは出ていそうだ。


 これで俺は、どこまでも飛んでけるぜ!


 って内心カッコつけたのもつかの間、たった三秒くらい飛んでから見えない壁に勢いよくぶつかる。

 感触は柔らかくせっかくの加速を全て殺されたが、あったとしても突き破れそうにはない。

 そして割と強めに弾き返され、俺は触れもしない顔の冷や汗を拭った。


「くっ! ここが限界か!」


 勢いよく迷路に挑んだが、行き止まりに何度もぶち当たって悔しがる男、みたいなノリで独り言を漏らす。


「あーキモイキモイ。男ってホントキモイわぁー」

「あぁ?」


 後ろから地元でも久しく聞いてない単語を嫌味ったらしく連呼する、無邪気に笑った幼女の幽霊が……!


「ぎゃあああああああああああああああああ」

「うっさいわバカぁ!」


 スパァンッ

 まさか大学生にもなって、小学生の女の子にほっぺをひっぱたかれる日が来るとは……。

 ああ……我が生涯しょうがいに一遍の悔いなし…………って違ーう!


 危うくヘヴンにきかけた魂をゲフンゲフンとヘルにとす勢いで咳払いしつつ呼び戻し、目の前の小さな眉間みけんに人差し指を突き立てた。


「ヴェネット! いきなり脅かすんじゃねーよ! 今マジで全身がヒヤッとしたぞ! 朝っぱらから心臓に悪いな!」


 そのまま強めにデコピン。お返しだバカめ。

 それに幽霊同士なら触れることはお前自ら証明してくれた。これはこれで有益な情報だ。

 息を漏らしながら本気で痛がってるヴェネットは、涙目になりながらも俺に反論。


「はぁ!? あんたが起きたら居なくなってたから探しに来てやったのに、その態度はどういうことよ! しかも何かふざけた事してるし!」

「ほっとけ! こちとら前世で俺の先祖が殺した女の子の亡霊が出たんじゃないかと思って肝を冷やしたんだぞ! 日本人形みたいな顔つき出されたら尚更なおさらちびるわ!」


 と、暗にヴェネットの風体ふうていにビビってることをほのめかしつつ、改めてその身体をまじまじと見つめる。


 本能的に首より下に目が泳いだ。

 一言で済ますなら幼児体型、これに尽きる。


 特に胸も大きくなく、脇から腰にかけての輪郭もほぼ直線で、手足のサイズも小さい。

 正直適当な見解だが、昔から同世代の女の子とは縁もゆかりも無い。

 従兄弟いとこですら男ばかりだった。

 だから性の知識もロクにない小学生の頃の同級生が、どんな感じの身体付きだったかなんて覚えてるはずもない。

 そして、今はお互い幽体離脱中だから年齢制限B地区(勝手に命名)の効果によって、乳首と股間のデコボコはなくなっている。のだが……


「変態」


 の一言で、恥辱心ちじょくしんとか嫌悪感とかねたみ辛みのアレコレ纏まった言霊ことだま的なものにノックアウトされた。

 おのれ……昨日の恥じらいはどこに行った……!

 これ以上の詮索せんさくは何をしでかすかたまったもんじゃないので、話題変えるついでに気になったことを問う。


「で、どうしてお前までそうなったんだ? 身体は?」

「もちろん仮面を被った上で抜け出たわよ。おばあちゃんなら変な役作りに付き合わされた腹いせで、ふてぶてしく寝てるわ」

「そうか……っておばあちゃん!? あのクソババアが!?」


 自然な流れでそれなりに重要な情報言われて、危うく右から左に受け流しかけた。

 丁寧語ていねいご罵倒ばとう語で同一人物を想像して、ニュアンスの違いによるイメージ格差に打ちのめされそうになりながらも、俺はなんとか目の前の幼女から情報を引き出さないといけない気がした。

 昨晩は話の腰がバッキバキに折れまくったからな。


「ええ。私のおばあちゃんにして、スプリガンの今んとこ最後の村長みたいな感じだった。あんたがフレシアに施した【仮面転生術ラルヴァ】は、元々はおばあちゃんが長年研究してきたものを私が完成させたものよ。でもそれは、ほとんどが野生動物を実験的に利用しただけで、人体に施したのは集落が襲われた時に近くにいた両親とおばあちゃんが最初。そして今私が隠し持っている仮面もそれだけ。動物の仮面は全て襲ってきたやつらに奪われたわ。ノーザンエンパイアから来た、何かの組織がね!」

「ちょ、ちょい待ち! 情報量が多すぎて脳ミソが破裂しちまいそうだよ!」


 ええと、ヴェネットの祖母が族長で仮面の能力作ってヴェネットがこれを完成させて、それを初めてやったのが祖母含む家族で今も持ってて、北から来た変なヤツらに実験材料を奪われたと。

 うん、よくわかんね。


「何よ! 聞いておいてその反応はないんじゃないの!? バッカみたい!」

「お前が勝手に喋ったんだろ!? 俺は何も…………いや、悪かった。すまんな」


 余りにも理不尽すぎるお言葉に堪忍袋かんにんぶくろが切れかけたが、怒ったら負けだと悟り自分からリタイアした。


 よくよく考えたら、俺はこいつに弄ばれてるのかもしれない。

 骨董屋こっとうやで会ったあの瞬間からちょっと舐められてる気がある。

 年上としての威厳いげん誇示こじしてやりたいのは山々だが、性にあわないし何より説得力に欠けそうだ。

 まあいつかちゃんと示せる日が来るだろう。


「…………ほぅ…………ゅう……よ……!」

「はい?」


 不意にヴェネットが、わなわなと震えながら何か言っている。

 再びの仕返しの好機チャンスとらえた俺は、わざとすっとぼけた返事を返した。

 そしてまんまと釣られた彼女が、うつむいていた顔を髪がなびくほどの勢いで上げ、「異議あり!」とばかりに人差し指を突き返して物申された。


「今日は情報収集するって言ってんの! あんたいつから耳が遠くなったの? バカなの?」

「はい、馬鹿です。この世に生を受けてしまったことを悔いるほどに、残念な知能を持ってしまった疫病神やくびょうがみ権化ごんげでございます。故に、あなた様のありがたいお言葉も、まるで理解できずに狼狽うろたえてしまった次第でございます。つきましては……」

「はいはい私がわるうございました! バカは私の方でした! これでいいんでしょ!」

「うむうむ」


 わざと開き直ったフリをしてその体できちんと説明しただけなのに、自分の非を認めて悔しそうに、そしてぶっきらぼうに吐き捨てたヴェネット。

 話に合わせただけなのだが、心の底から申し訳ないとは思う。

 今謝っても余計な混乱を招くだけだからやらんが。


「で、情報収集というのは? どっかてはあるのか?」


 ひとまず振られた本題へ軌道修正。

 ヴェネット嬢がぷくーっと頬を膨らませて言いたいことがあるように訴えた顔をしているが、残念それは言わせねえよ。

 結局数秒でりて溜め息をついてから、きちんと話し始める。


「まずはフレシアさんの母国、パトリフィアに向かうわ。そこで戦闘用の装備の調達がてら、ウルティア王女様についてと、フレシアさんのこと、ミノタウロスのこと、その他もろもろたくさんよ。あんたも、この世界のことをもっと知れるんだし、積極的に取り組みなさいよね」

「了解。いつ元の世界に戻れるかもわからんけど、それまではせいぜいこのディエスピラ、だっけ? この世界を楽しむことにするよ。ついでにお前の仮面も全部取り返してな」

「何よ。ちゃんと話聞いてたんじゃない。バカ」

「うるせえやい。おっと」


 正面でデレた幼女を指でどついたぐらいに、燦燦さんさんと輝く朝日が俺たちに向かって差してきた。

 反射的に手で眩しさを抑えようとするが、青く透き通った幽霊の腕ではむしろ透過とうかしてしまい余計に眩しかったりする。

 俺からは逆光だから尚更だ。


「ねえ、一ついいかな」

「ん?」


 ヴェネットがまた俯いて何か言っている。

 だが今度は、何やら嬉しそうだ。


「あんたに言っておきたいことがあるんだ」


 そう言って俺に背中を向け、太陽の方を向き直って言葉を続けた。


「私ね、正直あんたのこと少し舐めてたわ。見た目と年の割に変な名前名乗るし、無知にも程があるし、さっきみたいなバカなことしてるし」


 おっしゃる通り、返す言葉も見当たらない。

 だけど俺は、難しい顔をして話を聞いていた。


「でもね、少し見直したわ。何だかんだで話聞いてるし、ちゃんと私のことを見ててくれてるような気がして」


 うーん、やはり大丈夫だろうか……。

 知能指数の低さももちろん気にはなるが……。


「だから今、私の夢についても知っててもらいたいなぁって。言うから聞いてて」

「あ、ああ……」


 明らかな告白ムードにも関わらず、俺は生返事しか出来なかった。

 本当に大丈夫なのか、お前……。


「? 私の夢はね、私たちスプリガンの一族の復興ふっこう、そして……世界で一番の伴侶はんりょを見つけること……なの。それで……アルなら、その…………相性いいかも……って思って……ね」


 すると、透過して見えるヴェネットの目元からじんわりと涙が滲み出ていた。

 まずい! これ以上はもう見てられん!


「だから…………私とけ────きゃっ!」


 気付いたら俺は、ヴェネットの両肩を持って抱き寄せかけていた。

 丁度彼女が振り返ったタイミングで抱き寄せてしまったため、ヴェネットの顔は文字通り目と鼻の先にある。

 ギリギリでハグを回避したのは、幼女を無意識的に抱き寄せた自分に残された理性の最後っ屁だろう。

 ぺドフィリア呼ばわりされたらたまったもんじゃないからな。


「あの、え、ちょっ、待って! まだ、心の準備が……」

「いや、それよりヴェネット。お前さ────」


 目をつむり首をそむけ、まるで俺がキスすることをこばむような仕草を見せるヴェネット。

 つーかしねーよキスなんて。このままお前が仮面になったらどうする。

 いい加減にしびれを切らした俺は、さっきからずっと気になっていたことをようやく口にした。


「────眩しくないのか?」

「…………へ?」


「いやだってさ、ずーっと太陽の方見て話してるから気になって。俺だって手で覆おうとしても透けちまって無理だし、目ぇ瞑っても意味無いだろうし、よく耐えられたなぁと。にしてももう日があんな所まで……ヤッホばがっ!」


 ノーモーションであごにいきなりヘッドバットが飛んできて、急に閉じた顎関節がくかんせつの影響で無理やり咬合こうごうが起きて、顎先の痛みと全ての歯茎からダイレクトに伝わる咬合の衝撃が重なって軽い麻痺を起こした。

 この野郎……全く動きが読めなかったぞ……!

 殴ったわけでもないのに両手を数度合掌がっしょうさせ、やりきったような顔で大きく溜め息をつくと、にらむわけでもにくむわけでもなく淡々とした口調で俺に言った。


「ふぅ……乙女おとめの純情をもてあそぶような変態紳士には、この程度で妥協してあげるわ。次またやったら今度は……の前に、自分の下半身に別れの挨拶でもしておくことね」


 え、なにそれこわい。

 ちょいとお嬢さん、あなた本当にお嬢さんなのかしら。

 俺には人の皮をかぶった鬼にしか見えないよ……。


 ドン引きしてる俺をよそに、ヴェネットはゆっくりと川の方へ向かおうとしていた。


「ちょっと待て!」


 思わず止めた。

 確かにさっきのアレは失言だった。

 でも……男だって二言にごんを言いたい時はあるんだ!


「何よ! 男に二言は」

「あるさ。さっきはすまなかった。心配してたのはホントだけど、話聞いてなかったのも事実。悪かったと思ってる。その上で聞いてくれ」


 さえぎる形で俺が頭を下げると、ヴェネットは少し怯んだかのように一歩後ずさった。

 頭ごなしに罵声を浴びせ返さないだけヴェネットの器量に感謝し、俺は言葉を続けた。


「お前の……スプリガンの復興って夢と、伴侶探し……俺にも手伝わせてくれないか? その……お前一人じゃ危なっかしいし、一人よりは二人の方が効率もいいだろう。あと、俺は何のためにこの世界に来たのか、イマイチ実感ないし、何のためにお前からこんな能力貰ったのかも分からないからな。伴侶は……いい男が見つかればいいな。まだお前の年で粋がるには早いとは思うが……まあそれは追々としても……おっと」


 みぞおちに拳が飛んできた。

 しかし、全力ではなくただ触れる程度の勢いしか持っていない。

 ヴェネットは「ふふっ」と口角を上げると、拳を離して再び太陽の方を向く。

 そして振り返って、満面の笑みでたった一言。


「アルのバーカ」


 ヴェネットの顔は、後ろから照らしつける太陽によってかげがかかり、非常に見づらかったが、彼女の笑顔は手で覆いたくなるほどに眩しかった。

 そんなことを考えていると、


「ヴェネットちゃーん! アルシオーン! どこ行ったのー?」


 と心配して叫んでいるフレシアの声が聞こえた。


「そろそろ戻るか」

「うん…………」


 俺たちはゆっくりと滑空かっくうしながら、元居もといた河原の方へ戻っていった。

 どちらからだったか、互いの内側の手を絡めながら。


 この時より数時間後、俺たちはパトリフィアの大門の前を訪れることになる。

ご一読くださり誠にありがとうございます。

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[良い点] キャラ達のテンションが高いので、死ぬ予感はまったくありませんね。どんな強敵が出て来てもこのテンションを維持してくれれば、安心して読めます!
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