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キスと仮面の救世主(アルシオン)  作者: 風魔疾風
第一章 妖精の国パトリフィア

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第十三話 自由落下の途中式に、幽霊はいらない

 時は数刻(さかのぼ)り────



 二頭のミノタウロスとの戦闘を終えた後、王女に化けていた真犯人にしてやられた瑞樹たちは、もう既に始まっているであろう戴冠式(たいかんしき)に、どうにかして一瞬で間に合わせる方法を模索していた。

 そこで、最初に妙案を思いついたのが、何を隠そう言い出しっぺの川瀬(かわせ)瑞樹(みずき)本人だった。


「ブン投げて貰おうぜ。俺達三人まとめて、あのミノタウロスに」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「それな」

 間髪入れずにクリスが答え、それにヴェネットが順応する。


「……ブン投げて貰おうぜ。俺達三人まとめて、あのミノタウロスに」

「真顔で適当にコピペしたみたいに繰り返したってダメだからね!」

「……クリスさんよぉ。俺がいつからCopy&Pasteしたと錯覚していた?」

「数分前から」

「……もうちょいボケてくれてもいいんだぞ。他意はないけど」


 わざわざ巻舌で流暢(りゅうちょう)に発音したことが馬鹿らしくなって、瑞樹は自ずから大喜利を打ち切った。

 それから、はぁと溜息を吐いて、呆れた様子で人差し指を突き立て、振り返るような口振りで話す。


「ええっと、まず確認だが、ここからパトリフィアまで徒歩で戻るとすると、一体どれくらいかかるんだ?」

「そうねぇ。たとえこのアモルゴ大森林が、木々が一つたりとも生えていないただの平地だったとしても、軽く半日以上はかかるわね。走ったとしても、経過時間はその半分にすら届かないと思うわ」

「直線距離だとどんくらいになる?」


 この質問にはヴェネットが答えた。


「何となく、ホントに何となくの予想だけど、百キロメイトは下らないわね」

「ちなみに一メイトは何メートルだ?」

「アルの背丈(せたけ)とほぼ同じくらいかな」


 ────となると、俺の身長百七十センチだし、大体一・七メートルってとこか。

 それを認識した後の、瑞樹の暗算は素早かった。


「なら、百七十キロメートル毎時の速さでブン投げてくれりゃ、一時間で着くな」

「えっ、早っ! アル、計算早くない!?」

「まぁこれでも、伊達(だて)に理系の学部通ってないからな。木の下の禿()げた爺さんくらい、余裕だよ」

「へぇー。ちょっと何言ってるか分からないけど」

「初見で理解してくれるとは思ってないからでぇじょうぶだ」


 少し引き気味のクリスを差し置いて、ヴェネットは何か納得したように首肯(しゅこう)する。


「そういえば……」

「どうしたのヴェネット。何か言いたいことでも?」

 優しく問うクリスに「うん」と返しつつ、ジト目で瑞樹の方を見つめて嫌そうに言い放った。


「そういえば今のアル、姿も声もフレシアだったなぁーって。めちゃくちゃ下ネタ言ってたし、くどくどと偉そうに語るし、ギャップがすごくて……この状況、本人が傍目(はため)で見てたらどうなってただろうね……」


 言われた瑞樹は、まるでギャグ漫画のような大仰な驚き顔のまま固まっていた。フレシア本人が、絶対にしないような口の開き具合で。

 しばらく放心していたが、急に顔を両手で隠し、いないいないばあをするかのように二人に見せた表情は、乙女だった。

 正確に例えるなら、まるで少女漫画のような大きな目元に変化していたのだ。


「あら、このワタクシことフレシアに、一体何の用かしらん?」

「……さすがにもう疲れたわ……ヴェネット、後は任せるわよ」

「……そう、いいのねアルシオン。この私か右腕を(うな)らせたら、そこにあるのは静寂のみよ……!」

「え? 一体何のこと? ワタクシはフレシアであって────」

「マジでビンタする五秒前。四……三……」

「────サーセンした! とりあえず、頼まなきゃ始まらねぇよな!」


 ある種の身の危険を感じ取った瑞樹は、ブルブルと首を横に振り、少女漫画の世界から現実に帰ってくる。

 それから、倒れた方の首を支えてオンオン泣いているミノタウロスに近づき、フレシアのフリをして話しかけた。


 もちろんお巫山戯(ふざけ)無しだが、気が気じゃない様子のヴェネットとクリスは、いつまた瑞樹がやらかしてもいいように、ミノタウロスから見えない位置に握り拳を構える。


「あのぉ、すいませーん! ミノタウロスさーん!」

「あぁっ?」


 いきなり話しかけられて驚いたのか、睨みつけるような視線をフレシア────瑞樹にぶつけるミノタウロス。

 しかし、今自分がどんな顔をしているかの理解はあるようで、両眼の涙を掌底(しょうてい)(ぬぐ)い、垂れかけた鼻水を勢いよく(すす)った後、大見得を切りながらこちらにきちんと向き直った。


「エルフの嬢ちゃんが何用かは知らねぇが、カルクルシアの合成鍛冶(かじ)屋、ジャハラ兄弟が弟分、合金装飾のスピネルこと、スピネル・テルム・ジャハラたぁオイラのことよ。ザヤルのアニキが誰かに倒されたみてぇでな。 左眼がイっちまってやがる。嬢ちゃんたち、何か知らねぇか?」


 頭部の角を撫でながら、ミノタウロス──スピネルは問いかける。

 声色は優しいが……少々強面(こわもて)なミノタウロス特有の(しわ)の寄り方や、スピネル本人のぶっきらぼうな言葉遣いも相俟(あいま)ってか、こちらが脅迫されているのではと思うほどに、彼の言葉には圧があった。


 あまりの威圧感に冷や汗を垂らした瑞樹は、自分が思うに犯人だと確信できる人物を見流した。

 思い当たる節があるヴェネットも、瑞樹に倣えとばかりに同じ人物を注視する。

 目の前にいる二人の視線が一点に集中したためか、スピネルもその方向に視線を向けた。

 目を丸くして驚いているクリスの方へ。


「ちょ、ちょっと待って! ねぇ二人とも酷くない!? 私はただ────」

「おんどりゃああああああああああああああ!」

「きゃあああ!」

「ヴェあああああ!?」

「むー! むー!」


 弁解しようと訴えかけようとしたクリスだったが、突如として伸びてきたスピネルの右手に気付かず、そのまま全身を鷲掴みにされていた。……何故か、瑞樹とヴェネットごと。

 その結果、フレシアの身体である瑞樹とクリスが互いに面と向かって押し合いになり、その間にヴェネットが挟まっている形になった。


 クリスは悲鳴というより嬌声(きょうせい)に近いような(なまめ)かしい叫び声を出し、瑞樹はクリスと今の自分のおっぱい同士が押し潰され合う何とも言えない感触に素っ頓狂な声をあげ、そのおっぱいで本当に顔が押し潰されているヴェネットは、口も鼻も封じられた結果の息苦しさで一気に顔が紅潮する。


「んあああ! ……やばいわ……このカンジ初めて……」

「……ふざけたこと()かしてんじゃねぇぞクリスてめぇ……! 俺達に近づいてくるから俺らまで巻き込まれただろうが……!」

「くぅう……その割にはぁ……童貞丸出しの下品な声出てたじゃなぁいぃ……?」

「おぉう、童貞の移ろいやすいクソメンタル舐めてんじゃねぇぞコラ。こちとら何か、変な気分な上にやべーんだよ。なんかこう、込み上げてくるもんが……」

「いいじゃなぁい……ならそのままイッちゃいなさいよぉ……アソコがムズムズしてるんでしょお……?」

「後でシバいてやる。これは決定事項だ。(くつがえ)ることはない」

「うぇぇぇひっどぉい……んくくっ……」


 ヴェネットと違い、胴体こそ握力の餌食(えじき)になっているものの、首から上はなんとか無事な瑞樹とクリスだが、二人の会話すら無視する程に頭に血が上っているスピネルは、元々赤い肌をヴェネットよりも紅く変えて、憤怒の形相で更に三人を握り締めた。


「己ら……オイラを騙したんか!? まさか己らもあの兄ちゃんとグルだったってぇ口か!? オイラまた騙されるとこだったぞ。危ねぇ危ねぇ。まぁたチンケな方法で洗脳でもされちゃあ溜まったもんじゃねぇからな」

 ふぅと安堵(あんど)の溜息を(こぼ)しながら、三人の顔に肉薄するほど鋭い視線を近づけるスピネル。


「……うぉ、お助けぇ……」

「ふーん!ふーん!ふーん!」


 そろそろ身体が悲鳴を上げそうになって、か細い声しか出ないクリス。挟まれているヴェネットは、むしろ命の危険をひしひしと感じてはいるものの、それを二人に伝えようとすると更に息苦しくなるという悪循環に(おちい)り、それでもSOSを出さずにはいられなかった。

 瑞樹もいい加減、限界が近いことを悟ったため、苦し紛れではあるがスピネルに会話を試みる。


「……ねぇ、スピネルさん……って言ったかしら?」

「何だいエルフの嬢ちゃん。今オイラ、虫の居所が悪いんでい。変なこと吐かしたら、まとめてどっかにブン投げてやるわい」

「あら、それなら丁度いいわ。今からお……私達、あなたに投げ飛ばして貰おうかと思っていたところなのよ……いてて」


 冷静な女言葉で、状況を()(つま)んでスピネルに話す瑞樹。

 二人が誘拐犯の片棒を担がされていたこと。その真の誘拐犯は、(さら)った王女に化けていたこと。自分フレシアがその犯人に殺されかけたこと。そして犯人は、恐らくパトリフィアにてもう目的を果たしているかもしれないこと。

 瑞樹の話を聞いているうちに感化されたのか、三人を潰さんとするスピネルの右手の握力が弱まる。それを見越したヴェネットが、息を止めていた反動のせいか緩くなって解放されると同時に一気に息を吸い込み、逆に()せて苦しそうな様に、クリスが背中を叩きながら(なだ)めた。


「そうだったんか……アンタら良い奴だったんだな! アニキを倒したっていうから、てっきりあの兄ちゃんの仲間かと思い込んじまった。逆に洗脳を解いてくれたんだな。すまん! ザヤルのアニキに代わって、礼を言わせてくれ! ジャハラ兄弟は、アンタらに力を貸しますぜ!」


 握っていた瑞樹たちを再び大地に立たせたスピネルは、胡座(あぐら)で座り、両の拳を地面に突き立てて深々と頭を下げた。

 正気に戻ってからの第一声が騒がしく、向かい合うと他に類を見ない威圧感に圧倒されたが、ちゃんと説明すれば中々物分かりがよく、非常に情に厚い種族、ミノタウロス。

 最低限話せば分かるとは考えていたが、予想より友好的になれると思っていなかった瑞樹は、スピネルを少しでも単純な思考のバカなやつだと思ったことを後悔した。


「ありがとうございます、スピネルさん。で、早速で悪いんですが、私達三人を投げ飛ばしてください。パトリフィアまで」

「おいおいそれマジで言ってんのかい嬢ちゃん。いくら何でも、ヒュムノスに限らず人を高速で投げ飛ばすなんて、オイラには無理だよぉ」


 ────いやアンタさっきどっかブン投げるとかほざいてなかったか!?


 力を貸すと言った割に随分と弱気なスピネルの発言に、瑞樹のツッコミも切れ味が鋭くなる。

 それに……と、彼の愚痴はまだ続く。


「もしもそれなりの距離を投げ飛ばせたとして、届かなかったら意味ないだろうし、逆に飛ばしすぎてもいけない。あと、アモルゴの木々が邪魔になるから、投げる角度もある程度高くなるだろ? そうなると、高すぎても低すぎてもまーたダメになっちまう。大体でいいから誰か、そのパトリフィアまでの距離とか、色々計算出来るやつはいないのかねえ。それが分かれば出来そうな気がすんだが…………」

「スピネルさん」

「はぁー……あ? 何だいエルフの嬢ちゃん。戴冠式はもう諦めた方が────」

「ちょっと待って。答え計算()すから」


 スピネルの話を聞いているうちに、理系大学生の血が騒ぎ始めてきた瑞樹は、抑えきれそうにない計算意欲を解き放ち、怠慢(たいまん)な彼の言葉を打ち切って一気に没頭する。


 ────ここからパトリフィアまで、ヴェネット曰く大体百キロメイト、イコール百七十キロメートル……確か初めてあの国に入った時、でっかい城門をくぐったな……あれが目視で大体二十メートルといったところか……で、目の前のアモルゴ大森林の成木……あれが平均だとすると、大体二十メートル……あ、城門とほぼ変わんないんじゃねーか!……だとするとそうだな……一番手前の木との距離は…………三平方(さんへいほう)の定理を使って…………三角関数を使って…………


「ねぇクリス。今のアル……ちょっとかっこよくない? 悔しいけど……」

「ええ、そうねヴェネット。フレシアボディっていうエフェクトがかかっているからね」

「あっ、そっか。何かちょっと損した気分」


 小声でブツブツと計算を繰り返しながら、あちらこちらを指差したり、両手で作った四角形を覗き込むようにして周りを見たりしている瑞樹をよそに、ヴェネットとクリスは他愛もないことを話していた。


「あとさー、結局あの王女、誰が化けてたんだろうね」

「確実に言えるのは、あたし達スプリガンの特性がベースにはなってるんだろうけど、誰かと言われると、まず()()()じゃないわね。アレをキメてるし」

「だろうねー。となると、やっぱりノーザンの奴らか……でも、私が作った人間の仮面はうちの親とおばあちゃんだけだし、その頃にはまだ王女は産まれてすらないでしょー? それに、あいつらが奪ってった私の仮面は、みーんなその辺の動物のものだけど、そんな何かに化ける能力みたいなの持ってる個体はいなかったわよ?」

「そうだっけ? 確かいた気がしたんだけどなぁ。確かあれは────」


「────よし、解けたぞ。俺達を導く方程式が!」


 何か確信めいたことを言おうとしたクリスを遮るように、計算を終えた瑞樹がそれらしく叫んだ。


「ええっと、スピネルさん。まず、お……私達三人を掴んで貰ったら、ここから(-2,-1,20√5)の座標……いや空間ベクトル……ええっと、そうじゃなくて…………ああもうっ!」

「じょ、嬢ちゃん……恐らくオイラのために一生懸命やったと思うけどよ。よくは分からんが、そんな難しく考えなくともいいんやで。大体でいいんや。方角と距離が分かれば、あとは何とかするからのう。勘で」


 しどろもどろになりながらスピネルに教えるも、数学の知識が過ぎるあまり、専門用語が優先的に頭によぎることに葛藤(かっとう)する瑞樹。

 気を使って許容してくれたスピネルに感謝して、瑞樹は改めて、ほぼ概算で導出した答えを提示する。


「ありがとうございます! えー大体ここから南西の方向、距離はおおよそ百キロメイトぐらい。で、ある程度高い入射角でお願いします。まあとりあえず近くまで行ければ、結局の所大丈夫です」


 それでも理系知識が捨てきれず、ニュアンスだけでも伝わるかと不安だったが、どうやら余計な心配だったようだ。


「了解だ。エルフの嬢ちゃん、あんがとな。アンタ、将来は大物になるかもしれねえな。よしゃ、約束通り投げ飛ばしたるよ。嬢ちゃんも、黒づくめのアンタらもな。それにここで会ったのも神のお導きかもしれねぇ。最近ようやく覚えたコイツを使ってみるとするか」


 屈託のない笑顔で気前のいいことを口にしたスピネルは、腰に巻いた小さなポーチを漁りだす。そうして取り出した物は、瑞樹達三人を鷲掴みにする彼の手の大きさからすれば、余りにも小さすぎる書物だった。


「ミノタウロスの(さが)だろうが、どうもオイラ達は魔本の扱いが雑でなぁ。一ページずつ(めく)るのも面倒なほど不器用でなぁ。何より字が読めん奴が割といる。会話は出来てもな。だからオイラのこれにゃ、一つしか書いておらんのよ、魔法は」

「魔法……この世界には魔法があるのか!?……いや、あるんですか?」


 スピネルの口から、おおよそミノタウロスという種族からは掛け離れていると思っていた言葉であり、瑞樹自身もファンタジックな創作物で何度も聞いたことのある言葉が出てきたことが信じられず、演技も忘れてそれを反芻(はんすう)してしまっていた。

 しかし、スピネルから更に予想だにしないことを言われてしまう。


「エルフの嬢ちゃん、本当に知らんのかい? アンタの国パトリフィアにも、最低限の魔本は国の図書館にあるんじゃないのか。そうでなくとも、ディエスピラ中で魔本、引いては魔法の存在を知らん奴がいることに驚いたわ」

「魔本ねー。私達の住んでたとこにはなかったなあ。というか、あったとしても誰にも教えないだろうなぁ。スプリガンの(さが)的に」

「一応存在自体は知ってるから、彼女よりはマシだけどね、あたし達は」


 ヴェネットとクリスも、瑞樹を()けるようにして自分達の知識をひけらかす。

 その事実にカチンときた瑞樹は、(くび)れた腹部から露出している(へそ)を更に曲げた。


「へっ、どうせ俺は他所から来たばかりの世間知らずですよーだ。いいさ、どうせ俺……おっと、私にゃ覚えられないよーだ。プンプン」


 ムスッと頬を膨らませて、人差し指を角に見立てて『自分怒ってますアピール』をした瑞樹だったが、クリスに鼻で苦笑されたために轟沈した。


「まあひとまず、こんな長くなりそうな話は全部終わったらでいいよな。アンタらを(はよ)う届けないといけねえかんな。さて、使うとするか────『原典怪奇、我は支援を欲する者なり。我が身に宿りて剛毅に至らん!【筋強化(ムスクルス)】!』」


 二本指で魔本なる書物を掴んだ、否、摘んだスピネルは、三人が急いていることを再確認しつつ、摘む指に力を込めて魔法を唱える。

 するとどうだろう。小さな魔本から発せられた光が、スピネルの身体を一瞬で駆け抜けたあとに、彼の全身の筋肉が一斉に膨張したのだ。


 初めて魔法というものを目撃した三人は、男心に火がついた瑞樹が目を輝かせ、ヴェネットが首を縦に振って関心を示し、クリスの口元には何故か(よだれ)(したた)っている。


「ざっとこんなもんよ。魔本にも強弱があるんだが、それは大体大きさと書いてある魔法の量で決まる。小さな魔本にビッシリと魔法があるほど強い場合もあるが、扱いが下手くそなオイラにゃこれ一個あれば十分だわ。さて、みんなオイラの右手に乗っとくれ」

「えー! あたしちょっと気になるんだけどー。ちょーっと触るだけだからああああああああああ!」

「はいはーい。マッチョの皮膚が欲しい変態さんは黙って言うこと聞きましょうねー」


 ────ヴェネットがクリスを弄ってる。珍しいこともあるもんだな。


 スピネルの腕を甘噛みしようとして、ヴェネットに耳を引っ張られたクリスは、そのまま彼の(てのひら)の上へと連行されていった。

 瑞樹もそんな二人を流し見しつつ、同じように掌の上に立つ。


「全員乗ったな。ちょっと痛いが我慢してくれよ」


 三人とも乗ったことを確認すると、スピネルは立ち上がって三人を握り締めて、肩の後ろで構える。

 再び握り締められた三人は、同じく挟まれたヴェネットこそ苦しそうな声をあげたものの、瑞樹とクリスはそこまでの圧迫感を感じてはいなかった。

 しかし、投げるためにスピネルが構えた結果、天地が入れ替わって見えるほどに逆さまな姿勢のため、首を少し曲げて頭に血が巡るのを防がないと気持ち悪くなってしまう。

 投げる本人が、投げられる側の状況をそこまで考えられなかったことが災いし、だがスピネルは気づくことも無く、その時は訪れた。


「そおおら行くぞおおお! 嬢ちゃんとこのお姫様にゃよろしく言っといてくれよ! うおおおおおおおおおっらああああっっ!」


 洞窟前の、アモルゴ大森林の木々が部分的にない小さな空間を、スピネルは全力で駆ける。

 そしてその後、一番手前の大木が彼の頭身と同程度まで近づいた瞬間、スピネルは構えていた右手をオーバースローで振りかぶり、瑞樹達を全力で投げ飛ばした。

 直前に瑞樹とクリスが、ヴェネットを挟み込むように腕を組んでしっかりと密着したため、三人がバラバラの方向に飛んでいくことはなかった。


「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっほおおおおおおおお!」

「ぶぶばびばばばばばばばばばばばばばばばば!」

「しばらくはこの態勢で飛行するぞおおお! バラけたら元も子もないからなああああ!」


 物理的に人に投げ飛ばされるという初めての感覚に、クリスは裏声で叫ぶほどテンションが上がり、空気抵抗を受けて顔面が波打っているヴェネットは、最早(もはや)言語として成立していない。

 聞こえていないかもしれないので、瑞樹の指示も二人に負けじと声を張る。


 辺りは完全に暗くなり、アモルゴ大森林の木々も黒に染まって見える。しかしその中で一箇所だけ、壁に囲まれて開けた空間は、天に浮かぶ星々よりも明るく輝いていた。


「パトリフィアは……あそこだな!」


 瑞樹が視認したその空間の隅には、立派な城が(たたず)んでいた。遠目から一度だけ見た、パトリフィアの王城である。

 城下の町に点在する街灯や、建物の照明の明かりのおかげで、瑞樹達からも簡単に見つけることが出来た。


「この速度なら……一時間と言わず、三十分もかからないで着くんじゃない!? 思ってたより速くない!?」

「だろうなあああ! ものの十分、二十分で着いちゃうかもなああああ!」


 実際、三人が見下ろしているアモルゴ大森林の風景が、目まぐるしい速度で彼らの下を通過していく。

 そして、投げ飛ばされた直後は強く光って見える点でしかなかったパトリフィアが、建築物の何階の照明が光っているかまで識別出来るほどに、瑞樹達は近くまで迫っていた。

 否、中央の噴水広場に、大量のエルフ達が集まっている様子が目視出来る────最早わずか数秒でパトリフィアを覆う城壁を飛び越えようかというところまで来ていた。


 ────っていうか、たった一分ぐらいで着いちまったじゃねぇか! ヴェネットの嘘つき! ホラ吹き! アンポンタン!


 百キロメイトと謳っていたヴェネットだったが、実際はそれよりも全然短いことが証明された。早く着くぶんにはいいので結果オーライではあるが、嘘をつかれたショックが大きく出た瑞樹は、ヤケになって頭を回転させ、再度暗算を行う。


 ────今の俺達は、少なくとも百キロメートル毎時よりは倍以上速く、マッハ一よりは半分以上遅いくらいの速度だろう。仮にそれを五百キロメートル毎時として、分速に直すと大体十七キロメートル。つまりたった十キロメイト。十分の一じゃねぇか! こんな迷いそうな森じゃなきゃ、半日どころか六時間もかからずに徒歩でも洞窟とパトリフィア往復出来んぞ! (さば)読むにしたって適当すぎだろうが!


 余りにも簡単に解けてしまった暗算の結果に、瑞樹は躊躇(ためら)うことなく愚痴を吐き続ける。

 しかし、それを言葉にしなかったのは、言いたくなかったからではない。言えなかったからだ。何故なら、片腕を伸ばせば届くそこは、もうパトリフィアの敷地内に相当する虚空(こくう)だからだ。


「突っ込むぞおおおおおおおおお!」


 ついに、一分に届かない帰還飛行を完遂した三人は、パトリフィアの城壁の上を通過した。

 ところが、ここで誰もが予想だにしていなかったことが起こる。


 城壁を超えて────ある地点をも越えようとした瞬間、後ろから思いきり引っぱられるかのような強力な引力によって、瑞樹は身体から引き剥がされて青透明な幽霊状態で浮遊していた。

 その結果、瑞樹が抜け出た当該の身体には、見かけの身体の持ち主であるフレシアの魂が唐突に覚醒したのだ。


 当事者たる二人は、突然の変化に理解が追いつかない。

 突如止まって全く変わらない景色と、目の前から遠ざかっていく自分の身体。そして、気がついたらいつの間にか空を飛んでいる自分の身体。

 眼下に見えるパトリフィアの街並みから、今がどういう状況でどうしてこうなったのか、フレシアは瞬時に理解は出来た。

 そうなると次は、どこかで漂っているはずの瑞樹を────アルシオンを探さまいと目が泳ぐ。


「フレシアああああああ!」


 その本人が自分を呼ぶ声が後ろから響くも、振り向いたところで、慣性のまま飛び続けている自分の動きを止めることなど出来やしない。


「アルくううううううん!」


 だから、互いに互いを呼び合うことしか出来ず、(なお)も二人の距離は遠ざかっていっていた。


 すると、今度はフレシア達三人の飛行速度が、高度と共に下の方へと向かっていき、いつしか完全な落下状態へと移行していた。

 それに沿うように、パトリフィア上空の片隅で浮遊していた幽霊状態の瑞樹も、突然上から強い弾力のある見えない壁に押されて、そのまま真下へと墜落(ついらく)していった。


 ────これは……そうか! 俺とフレシアが離れすぎたから、この状態での活動可能エリアも併せて移動してるのかんぐっ。


 全く逆らえない重圧の中、瑞樹は今朝ウルティア王女を一人で探そうと、今と同じく幽霊状態で飛ぼうとしたが、すぐに見えない壁に阻まれて行けなかったことを思い出す。

 あの時に知っておくことが出来たにもかかわらず、こうしてされるがままに何も出来ずに落ちていく自分に、瑞樹は心底後悔した。

 そしてフレシアも、戦いの後に無理矢理意識を抑え込められ、気がついたら空を飛んでいる、この状況を作り出した人物を、もやもやとする気持ちを破り捨てるかのように、大きく深呼吸をして叫んだ。


「アルくんのばああかああああああああああああああああ!」


 だがそうこうしているうちにも、自由落下が止まるわけではない。

 だからといって目を瞑るわけにもいかないので、フレシアは目と鼻の先に迫る噴水広場の、どこに着地しようかと考えて視線を動かして────気づいた。


 戴冠式の式台の上で、腹部を貫かれて出血が止まらないでいる女王シュプリムと、その彼女を刺して全身で返り血を浴びたような、獲物の剣を持った王女ウルティアが自分を見つめていることに…………。


ご一読くださり誠にありがとうございます。

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