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キスと仮面の救世主(アルシオン)  作者: 風魔疾風
第一章 妖精の国パトリフィア

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第十話 ウルティア姫救出戦線!

「ブオオオオオアアアアアッッッ!」

 耳に障るミノタウロスの盛大なうめき声が響き渡る。


 フレシアが与えた傷は浅いはずだが、左手で傷口を抑える素振りを見る限り少なからずダメージが通っているみたいだ。

 やはり武器一つ変わるだけでここまで優位に立てるとは思っていなかったのか、当のフレシアも左手に握った剣をまじまじと見つめていた。

 するとそこへ────


(危ないっ!)


 咄嗟に叫んだ俺だったが、それより僅かに早いタイミングで、フレシアは数回のバク宙を披露しながらその場から飛び退いた。

 そして元の場所には、傷を受けたミノタウロスが両手で持って振りかぶった斧が、地面に大きな切れ込みを作りつつ突き刺さっていた。


「危なかった。一昨日(おととい)の二の舞を踏むところだったわ」


 ドラグニルを納刀し手袋に覆われた手の甲で額の汗を拭うと、パンパンと服のホコリを軽く叩いた。


(全く、こちとら冷や汗ダラダラだぞ。肝を潰しかけたわ)

「ごめんごめん。お互い油断してたんだし、まあそこは大目に見てよね。それになんというか、直前に『こうしたら避けられる』ってフッと頭に浮かんでね。咄嗟(とっさ)にああやって避けたのよ。アル、私の身体でなんかやった?」

(いいい、いや、べ、別に何も……)

「そこまで挙動不審だと逆に怪しいんですけど……」

(大丈夫だから!)


 とにかく語意を強めて真っ向から否定した。

 しかし、あのバク宙の時の身のこなし、つい先程俺がこの防具を試着した時に調子に乗ってやったそれと酷似している……気がする。

 もしかしてフレシアはその時の俺の様子を…………?

 いやいやいやいやナイナイ。そんなわきゃない。

 あの時は完全に俺が身体を支配していた上で、なんとなくのノリで出来そうだからやってみただけだ。

 ……まさかな。


「言ったそばから油断しない! 来るわよ!」

 叫んだのはクリスだった。

 見れば地面から斧を抜き取ったミノタウロスが、その斧を改めて両手に持って構えながら突進してきている。


「おーおーやっとるのぅ。どれ、ちょいとワシも混ぜとくれや」

「!?」


 それぞれ左右に避けようとした時に、後ろの森からひょうきんながらも渋い声がしたかと思うとそこには、まだ若葉の残る巨木を肩に担ぎながら歩く、ミノタウロスとタメ張れそうなほど背が高い大男が現れた。


「え、だ、誰!?」

「おーお嬢ちゃん。答えたいのは山々だがのぅ、今はあの暴れん坊が先でぇ。ちぃとばかしどいとくれ。娘の頼みだ。巻き込んじゃいけねぇかんのぉ!」


 フレシアがびっくりして声を荒らげるが、大男の癖の強い言動に従って、多少焦りながらも移動した。

 その直後、彼は言い切る前に大きな足を踏み鳴らし、突っ込んできたミノタウロスに向かって自ら駆け出していった。

 フレシア(と俺)が退くのが少し遅れたため、ミノタウロスがだいぶ近くまで迫っていたが、その視線は俺たちよりも後方から現れた大男に向いていたおかげで、横を走り抜けた時に起こった風にフレシアが当てられたことを除いて直接的な影響はなかった。


 やがて互いの得物が相手を捉えようかという間合いに入ると、まずミノタウロスが右に構えていた斧を斜めに振り払った。

 しかし、大男が微妙に遅れて振った巨木の、まだ緑が生い茂る上部の枝で斧の柄を絡ませて受けたので、男の身に届く前にその威力を殺された。

 多数の細かい枝の折れる音が幾重(いくえ)にも響き渡るも、太い枝に触れた時には明らかに勢いが減少し、大元(おおもと)の幹の表面に多少の衝撃が加わって樹皮が剥がれかけているものの、完全に斧をとらえて鍔迫(つばぜ)り合いのごとき緊張が両者に走る。


「ふんんっ!」

 その()り合いを解く勢いで、大男がミノタウロスの斧を巨木で突き返した。

 弾かれた斧を掴んだままの腕が遠心力にそそのかされ、ミノタウロスは右足を半歩後退させるがすぐに踏みとどまり、改めて掴み直した斧の重さに引かれるように腰を落として、大男に対し半身の体勢になる。


「でやあああっ!」

「!?」


 しかし大男は、突き返した反動で真逆に持ち直した巨木の、今度は根っこの方を半身になっているミノタウロスの横顔に勢いよく押し付けた。

 血眼(ちまなこ)(たぎ)らせたミノタウロスの左頬が一瞬スローモーションのようにゆっくりと、いびつにゆがんでいく様を俺の目が捉えた。

 そのまま大男が巨木を振り払うと、それに押されてバランスを崩したミノタウロスは背中から倒れ伏し、屹立(きつりつ)した樹木の一部を自らの体重で幾らかへし折って動かなくなった。


(す、すげぇ……)

 その一部始終(いちぶしじゅう)を呆然と見ていた俺たちをよそに、大男は口全体を覆い隠すほど立派に伸びたヒゲを(いじ)りながら、ゆったりとこちらに歩み寄ってきた。


「しっかし聞いていたよりも骨がないのぅ。も少し気張らんかい。わざわざ得物替わりに抜いたこいつが可哀想で仕方ないわ」


 そして(かかと)煩雑(はんざつ)に地面を掘ると、持っていた巨木を植え直し、根っこを土で埋めて擬似的に自然に還した。

 やってることは限りなく適当に見えるのに、少なからず心がこもっているようにも感じるせいか、如何(いかん)せん憎めそうにない人だ。


「すまんのぅ、ワシが勝手に乱入する形になってしもうて。久しぶりに動いたもんで、見栄張りとうなってのぅ。後で娘に謝っといとくれ」

 さっきミノタウロスを倒した時のダンディーな風格から一転して、なんともお茶目な表情で謝る大男。


(あ、あの……もしかしてあなたの娘さんってヴェネットって名前では……?)

「おおっ! だったら君がヴェネットの言っとったアルとかいう小僧かぃ!? 娘の話で聞いとったよりも謙虚よのぅ。男ならそんな及び腰(およびごし)になっとらんで、しゃきっとせんかぃ」

(は、はい!)


 ニュアンス的にはそこまで強く言ったつもりはないのだろうけど、改めて聞くと低くて渋い声に上から見下ろされる形で言われると、緊張感が一気に増して軽く身震いが起きるほどだ。

 俺が大男に多少なりとも威圧感を感じている証拠である。

 ()が非でも背筋を伸ばす勢いで、幽霊状態ゆえに足場がなくて不安定ながらも気をつけし直した。


「してお前さん、見るからに体から離れとるようだが、どこに置いてきたんかぃ? この当たりにゃなさそうだがのぅ」

(それなら彼女が……あっ!)


 呑気(のんき)に話をしてる場合ではなかったことを一瞬で後悔した。

 大男に示すようにフレシアの方に手を向けると、当の本人は今まさに駆け出してくるミノタウロスに狙われていた。

 しかも奴は、フレシアが傷を与え、大男が倒した個体とは違う、無傷で体力も存分に有り余ってる個体だ。

 更に、フレシアが命にかえても助けたい相手であるウルティア姫様の、その手を縛り付けている鎖を握っているのもそいつである。


 よく見ると、ただ握っていただけと思っていた鎖の端は、奴の左腕に巻き付けられていて、手を離しても繋がったままの状態になっていた。

 だがそれが逆に危険なことは、恐らくミノタウロスと相対しているフレシアも分かっているはずだ。

 早く鎖を切り離さないと、姫様が奴に引きずり回されることになる。


「ちいっ……お嬢ちゃんそこどきなぁ! ワシが(おとり)になるわい! はよぅ鎖切って姫さん助けなぁ!」


 思っていたよりも頭の回転が早かった大男改めヴェネパパが、先程の戦闘の間に少し離れていた二体目のミノタウロスとの距離を一気に縮め、三度フレシアに振りかかっていた斧を、間一髪のところで白刃取(しらはど)りをして受け止めた。


「はよぅ!」

「おじさんありがと!」

 振り返らずに短く挨拶したフレシアは、ミノタウロスを避けるように回り込み、すぐ近くで少し息が荒くなっている姫様の元に駆け寄った。

 遅れて近くまで来た俺も、必死に鎖を解こうとしてる彼女を見守ることしかできなかった。


「くうううううう、解けなさいよお! 」

 横でヴェネパパが震える手で受け止めていた斧を避けつつ振り下ろさせた時、鎖に悪戦苦闘(あくせんくとう)しているフレシアに対して、姫様は何故か優しく笑って彼女の肩をポンと叩いた。


「大丈夫よ。心配しないで、フレシア」

「えっ?」

 ポカーンとしたままのフレシアを置き去りにするかのように、目の前の姫様が勢いよく空中に舞い上がった。


 振り返るとミノタウロスが鎖を再度握り直し、まるでフレイルのようにしてヴェネパパに向かって振り下ろしているのだ。

 相手に当たる得物の部分は、もちろん姫様ということになるだろう。

 何やら含みを持った分かりにくい笑みを浮かべているが、本人を知ってるはずのフレシアの真顔が崩れないということは、どうやら別人の様らしい。

 で、この場にいる人物でそんな芸当ができる奴は……心当たりがありすぎる!


 なんて思考を巡らせている間にも、宙を舞うウルティア姫が自分目掛けて飛んできていることに気づいたヴェネパパは、受け止めるために咄嗟に両手でトスするように構えた。


 だが、

「おじさん! その手借りるよ!」

 と姫様がフレシアに語りかけていた時とは違う聞き馴染みのある声で叫ぶと、ヴェネパパの手のひらに脚から綺麗に着地した。


「あでっ!」

 皮下脂肪(ひかしぼう)に食い込むヒールの圧力にヴェネパパが悲痛な叫びをあげているのを尻目に、姫様は自らの体重で少し曲がった彼の肘と屈折した膝の反発力を活かして、反対方向に勢いよく跳躍(ちょうやく)した。


「はああああああっっ!!」

 彼女は再度空中で態勢を整えると、腕を振り下ろした反動が抜けきれていないミノタウロスの、その無防備(むぼうび)な左眼に目掛けてドロップキックをかました。


「ブオアアアアアアアアッッ!?」

 姫様のピンクの靴は、小さなヒールがそこそこの高さを保持している。

 両足のそれが、眼球に突き刺さる光景を目の当たりにして、何故か自分も咄嗟に顔に手を伸ばした。

 うおお痛そう……。

 ミノタウロスはすぐに左手で、流血している左眼を抑えた。

 その時に握っていた鎖は離れ、ついでに動かしすぎて緩まっていたのか、腕に絡まっていた部分の鎖も解けて、縛られたままではあるがなんとか姫様を救い出すことに成功した。


「やった……の…………?」

 未だに上の空(うわのそら)状態が続いているフレシアが、半泣きかつ棒読みで小さく呟く。

 しかし、キッチリとフラグを回収しに来たミノタウロスが、流血の止まらない左眼を抑えることをやめ、斧を両手で持ち直し、着地してからゆっくりと鎖を解こうとしている姫様に向かって振りかぶろうとしていた。


「まだでええええい! くぉらぁっ!」

 だが間一髪のタイミングで、ヴェネパパが左肩を使った豪快なショルダータックルを鳩尾(みぞおち)に決めて、ミノタウロスの身体は、彼らが出てきた洞窟横の岩壁に背中から勢いよくぶつかった。

 その威力は、あまりの衝撃に岩盤が多少なりとも(へこ)み、壁で一度バウンドしてから再度もたれ掛かり、その場に尻餅を着くようにして動かなくなったほどである。

 持っていた斧も、バウンドした衝撃で手元を離れ、ズシズシーンと柄と切っ先が同時に落ちて、その後に真横にズーンと倒れた。


 これにてウルティア姫救出作戦の第二段階、ミノタウロスとの戦闘が幕を閉じた。

 ちなみに第一段階は、装備の新調をしてここまで来たことのことである。

ご一読くださり誠にありがとうございます。

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