第九話 親身なおばさんと決意の一撃
「着いたわ! ここね」
クリスが賑やかに指で指し示した場所は、武器屋から五分ほど歩いて裏の路地に入って少し奥の方にある、年季を感じさせる佇まいの商店だ。
露店に近かったあの武器屋とは違い、扉の横に目印代わりの青銅っぽい鎧が置いてあること以外、店外には特に何も無い。
中の様子も、格子がかかったくもりガラスで半楕円形の窓のおかげで、扉を開けない限りは窺えないようだ。
「早速入りましょう。ここなら周囲の視線を気にする必要もないだろうし」
ヴェネットに急かされる。
ここに来る途中、表の通りでは道行く国民や商人のエルフたちに、尊敬、嫉妬、奨励、羨望などの感情の言葉を幾度となく浴びせられ、逃げるようにして気持ち足早に移動してきた。
いくらフレシアがこの国で有名人だとしても、それを代替わりしている俺がそのプレッシャーに耐えられるわけないだろ。
それに引き換え、この店は裏の路地の奥にひっそりと存在している。
人通りが少ないどころか無いに等しいここなら、安心してゆっくりと防具を選定できるわけだ。
それに、今の格好のまま外を歩くのも止めたいと思っていたところだ。
フレシアのチャームポイントであるポニーテールについては特に弄ってはないが、服装の日曜大工感が否めないのである。
真っ白いタンクトップと、足先にかけて段々と膨らんでいる濃紺のズボン、そして同系色の草履が足元を覆っている。
これでは装備としても薄いし、自分で思うのも恥ずかしいが、何より女っ気がない。
よくこんな格好してても国民は寛容だなと、逆に驚かされたくらいだ。
まあほんの一時間限りとはいえ、この格好ともおさらばだ。
今夜の戴冠式までに王女様を救いに行かなきゃいけないのだから。
「ごめんくださーい」
茶色い扉を開けると、裏に吊るされていたドアチャイムの心地よい音が響いた。
「いらっしゃい! 路地裏のしがない防具屋へようこそ! おやぁ?」
反応したのは、カウンターの向かいにいたデ……ぽっちゃりとした体型のエルフのおばさん。
フレシアより短い茶色の髪で、同じくポニーテールで纏めている様に、少なからず親近感を覚えた。
「あんたがフレシアかい? あたしゃ大体ここで店番やってるか、ここの裏で品出しやってるくらいの世間知らずだからね。お初にお目にかかるよ」
「いえいえそんな。とんでもないです」
「謙遜しなくていいわよ。ささ、うちには防具を新調しに来たんだろ。ちょいと待ってな」
そう言い残し、店主のおばさんは奥の部屋の手前側に置いてあったものを、両手いっぱいに抱えて取り出し、一度床に置いてから持ち直してカウンターに置いた。
ズシッとした重量を持ち、置いた衝撃でホコリが舞い、縦横はもちろん厚みもあるそれは、とても大きな本だった。
指一本分はありそうな厚さの表紙をめくると、この本のタイトルだと思われる文字が、シャツのようなフレームの中に書かれていた。
ミュゼウム・アルミス。防具の美術館という意味だろうか。
「この本は兜から鎧靴まで全ての防具が、見た目や性能を兼ね備えた組み合わせで、モデルに着せて全身図を写したものがいくつもある。そして、客が選んだ一式防具をあたしがこの場で採寸した上で創造するのさ。なぁに、これは特殊な魔法が封じられた本だからね、魔力の少ないあたしでも簡単に使えるってわけさ。実質一点物さね。さて、どれが好みだい?」
数ページめくっていると、確かに女性を中心に様々な種族のモデルさんが、歩いていたり跳んでいたり座っていたりと、ファッション雑誌のごとく様々な防具が掲載されていた。
「これなら、あたしの家の方がもっといっぱい持ってるわ」
横から見ていたクリスが、プンスカしながら自慢する。
確かにそうだが、お前の家のやつは明らかに変装用のやつばっかじゃないか。
当たらなければどうということはないが、未だ戦闘経験ゼロの俺にコスプレでの戦闘は悲惨だぞ。あくまで想像だけど。
「なんだい変わり者装備でもお探しかい? それならちょうどいいもんがあるよ」
どういう流れか、それとも俺の思考が読まれたのか、おばさんは慣れた手つきでページをめくり、恐らく当該する写真を見つけると素早く手をかざした。
あまりの手際の良さに写真をじっくり見る間もなかったが、おばさんの指の隙間からなんとか見えるその防具の足元は、黒いタイツと……なんだあれ……?
「現出せよ! そして纏われ! 防具降臨!」
おばさんが呪文のようなことを唱えると、その写真から真上に向かって光が飛び出した。
そして天井にぶつかる前に滑らかに曲折して、俺の真上から体全体を覆い隠すように降り注いできた。
上はもちろん前も左右も下も眩しくて見てられず、俺はフレシアの腕を眼前で交差して、目隠し代わりにするのが精一杯だった。
わずか数秒で光は収縮し、恐る恐る目を開けて驚いた。
両方の手のひらが大きくなった、というかやたらとデカイグローブがハメられたらみたいだった。
よく見るとそれは、真っ白くてフカフカで、内側にはピンク色の弾力性の高い生地があり、先には鋭利な爪のようなものが三叉に生えている。
また、全く同じ材質かつ爪のものが、靴として足元も覆っていた。
その足だが、黒いタイツの下に別のタイツを履いている感覚があって、すごく薄くてしかも引き締めるタイプのデニムパンツを履いている感じがある。
胸、腰、及び股は、上乳より下を全て真っ黒なレオタードに包まれ、おっぱいの形を崩すどころか引き立て、後ろで紐で縛られた腰のクビレを強調し、ハイレグにキメることで尻についた白くて丸くてフワフワの尻尾の誇張を煽っている。
もちろん下着はそのままみたいだが、ブラだけはパッドにスリ変わっていた。
そして顔にはうっすらと化粧が施されていたり、頭にはウサギの耳の形をしたカチューシャが被らされている。
総じて、なんともバニーガールみたいな格好にされていたのだ。
「これは『ヴォーパルバニー種なりきり防具一式』ね。肉球の着いた四本足で素早く駆け寄って、鋭い爪で獲物の肉を抉りとって、骨以外をガツガツ食い漁る末恐ろしいメス共だよ。しかも自らの魅力を分かっていて、プロポーションを活かして誘惑した上で襲うという、狡猾な手段で毎月のようにヒュムノスの死者が出るんだとよ。だから、アイツらの住処があるノーザンエンパイア西側のニグルム樹林を抜ける時は、味方に必ずこの格好した女を一人連れてくのが定石なんだとさ。まあそれはさておき…………」
防具屋のおばさんが饒舌に、かつ嬉々として恐怖を煽るようなことを語るので、全身が冷や汗で蒸れていく感覚が……!
「へ、へええ……なぁかなかに恐ろしい種族がいたものねぇ……あ、あなたは平気よね、ヴェネット……」
「え、や、やだなぁクリスったら……そ、そんな話聞いても……怖くなんか……」
だがそれ以上に、見た目こそエルフだが中身はスプリガンの二人が、思っていたよりも本気で怖がっているのが見て分かる。
話を聞いた瞬間後ろの壁まで一気に下がり、全身を強ばらせて互いに抱き合う始末だ。
見かねて呆れたおばさんに、
「あんたの連れの二人は大丈夫かい? 随分と怖気付いてるようだが……」
とまで言われてしまう。
「感情表現が豊かなだけなんで、大丈夫ですよ」
と、あまりフォローになってないフォローを入れておいた。
バニーガール、もといヴォーパルバニー種のコスプレをしている俺は、おばさんに頼んで元の服に戻してもらい、怯えている二人をひとまず宥めた。
落ち着いたのを見計らって、再度防具選びに興じることにした。
ヴェネットが「アレがいい」と言って露出度の高いものを選んだり、クリスが「コレは似合ってるわね」と言って原色の迷彩柄のド派手なドレスを指し示したりと、各々から突飛な案が飛び交うが全て却下した。
結局、俺が適当半分何となくの性能半分、露出度とか原色とかの要素少々で選び、二人にも聞いて納得したものを買った。
さっき買った剣四本の合計よりは安いが、それぞれ一本よりかは数千、数万モルの差で高額な一式防具だ。
「まいどあり。早速だが、着ていくかい?」
「はい、お願いします」
クリスが代金を支払うと、おばさんが試着を勧めてきた。
この後すぐ王女を探しに行くので、別段断る理由もない。
買ったものは、先程着たヴォーパルバニー種なりきり防具よりは戦闘向きだとは思うし、動きやすいはずなので着替えるに越したことはない。
「それじゃあいくよ! ……再び現出せよ! そして纏われ! 防具降臨!」
同じことを、同じように手を写真にかざしながら、おばさんは唱えた。
真上に向かって飛び出した光は、これも先ほどと同じように天井にぶつかる前に曲折し、俺の全身を覆い隠すようにして降り注いできた。
この服に決めるまで何度かこうして試着を繰り返したので、光の明るさに慣れてしまい、目を瞑るだけで落ち着いていられた。
光が収まった時には、既に服装は変わっていた。
胸や腰、背中に尻に股などは、レオタードタイプの白い衣装で覆われている。ヴォーパルバニーコスとの違いは、肩出しのあちらに対してちゃんとそこも覆われ、なおかつ少しだけ袖もあることだ。
おっぱいに乗っかるような位置にボタンがいくつか設けられ、全部開ければ大分工口……ハレンチだが、精々第一ボタンくらいしか開けるつもりはないので気にしない。したくない。
だがそれも、頭ごと覆い隠すエメラルドグリーンのポンチョの下に潜んでしまうため、尚更気にする必要はない。
腕は、肘どころかレオタードの袖まで隠してしまうほど、長くてスリムな手袋に包まれている。
指先までシワやヨレ一つなくフィットしているため、このまま剣を振り回しても滑りにくそうだ。
足は全体的に厚みのあるタイツで包まれている。
だが、思っていたよりも通気性に優れている気がするのは気のせいだろうか。
靴は膝下数センチはあろうかというロングブーツで、ヒールの高さは控えめな代わりに地面との接触面が広く、なおかつ靴そのものが思っていたより軽いので、軽快に動けるだろうし踏ん張りやすくもある。
総じて、陰に隠れたり相手の攻撃を躱したりするのにもってこいな、俊敏性と敏捷性と潜伏性の高そうな一式防具だ。
「サイズや丈は少しだけ余裕を持たせてあるが、なぁに気にするほどでもないよ。気分はどうだい?」
腰に両手を当てた店主のおばさんに促される。
「すごく、いいです。これならどこへでも行けそう……何でも倒せそう……」
頬を上気させ、自らの身体を舐め回すように凝視しつつ俺は答えた。
ヴェネットとクリスが「えぇ……」って顔でこちらを見てるが気にしない。
ふと思い立ち、その場でバク宙を試してみた。
体操部だったわけでも運動が得意なわけでもないし、バク転すらやった試しはない。本当に気まぐれだった。
が、何と一発で成功したのである。
イメージ的に鉄棒の逆上がりと同じような感覚だろうとは思っていたから、逆に簡単に出来てしまって、嬉しすぎてなんとも言えない気持ちになった。
調子に乗って、着地と同時に腰に据えてた剣を二本、腕を前で交差して順手で抜刀した。
俺は、自分から見て右側の上にドラグニル、下にエメラルダ、左側の上に韋駄天、下にベスティアを帯刀している。上にしたものは頻繁に使いたいからで、左右の分け方は右手で持つ方の剣はどちらかといえば強そうな方がいいからだ。右利き故に一番振り回すだろうし、その分力も入りやすいだろうし。
たった今鞘から抜いたのは、それぞれ韋駄天とドラグニルだ。
伸ばしきった両腕に、それぞれの剣の重みが伝わってくる。
「うん、いい感じ。おばさん、どうもありがとうございました」
戦闘のイメージを十二分に固めたところで、俺は店主のおばさんに感謝の意を述べた。
あと、ここには居ないし口には出してないけど、武器屋のお兄さんにも。
近くの姿見で再度見ても、昨日初めて見たフレシアの印象とはだいぶかけ離れていて、武器防具ともランクアップしたせいか、なんというか逞しくなった気がするのだ。
この四本の剣も【シカリウス・コンバルテシリーズ】と言われるこの一式防具も、序盤の町にマスターソードや天空の剣や最強の矛が投げ売りされていたり、主人公しか着れない最強の一式防具が露天で安く売られてたりするのと同じレベルの倒錯感が否めないのは置いといて、これらのおかげで心身ともに成長出来ているはずだ。虚勢かもしれないが。
窓から外を覗くと、この国に入った頃には天高く輝いていた太陽も、大きく傾きながら夕陽になる少し手前というくらいまで来ていた。
どうやら少しのんびりとしすぎたみたいだ。
「あの、今何時か分かります?」
「時間? ええっと……今は十六時ね。それがどうしたんだい?」
おばさんは壁に掛けてある円形の時計に目をやった。
「ウルティア……様はもしかしたら、今夜の戴冠式で見せしめとして殺されるかもしれないんです。お……私が、早く行って助けないと……」
奇しくも、それを理由に時間を気にしなかったことが仇となった。
果たして今から国を出て、ウルティアのいる洞窟に間に合うのだろうか。
ただでさえフレシアを救った砂利だらけの河川敷からここに来るまで、大体三時間程度かかったのに、それより更に遠いであろうその洞窟に、もうすぐ山肌に太陽が重なりそうなこの時間に、全速力で飛ばしていっても間に合うはずが────
「────大体分かった。そこに三人固まって突っ立ってな。すぐ飛ばす」
と、着々と俺が構築しかけていたフラグをきっちり回収したのは、俺すら知らない洞窟の位置をあたかも知っているような口振りで、温厚な顔はそのままに目が本気な店主のおばさんだった。
「ち、ちょっと待ってよ! あたし達の行きたい洞窟がどこか分かってんの!?」
「そ、そうですよ! 川の上流の方の深い洞窟の奥に王女様はおられるんです! しかも二体のミノタウロス種のやつらに守られながら!」
「えっ、ちょっ、そこまで分かってんなら先に言いなさいよ!」
おばさんに向かってストレートに投げられたクリスの発言は、手癖ならぬ口癖の悪いヴェネットの過言によって、キャッチャーミットの寸前で驚異の切れ味を見せるスライダーとなっておばさんの耳に届いた。
判定は、
「オッケーオッケー。そこまで分かってんなら話が早いね。ならあそこしかない」
外角低め、際どい所だがストライク。
「んなっ、それだけで絞りこめるんですか?」
俺が問うと、おばさんは作業をしながら答えた。
俺たち三人を中心とした同心円状に、半径の幅が一定の間隔を保っている円を描き、その隙間という隙間に見たこともない幾何学模様なのか象形文字なのかわからないものをビッシリと書き始めている。
「ミノタウロス達の住んでるカルクルシアっつー集落つーか里の近くにゃあね、鉱石がたくさん取れるっつー炭鉱がたくさんあんのは知ってるだろう? で、その炭鉱はこの国の西っ側の山中にそこら中から伸びてるわけよ。丁度その山がここと里の中間辺りにあっから、いわゆるナワバリ意識ってやつ? 何代か前の国王が、その山のみ掘削許可を出して東の方の山脈じゃあ掘らんような協定つーか約束?を交わしたんだと。だが一昨年ぐらいだったかねえ。ミノタウロスの若い輩が東にあるっつー最近出来たなんとかテラっつー国に用があるとかで東の山脈超える時に、山肌に出来ていたほこら程度のちっちぇー穴で休んでたそうだが、そこの岩盤をよう見たら良質な鉱石だったようで、暇つぶしにガンガン掘ってたらしいんだねえ。結局そのせいでこの国の現国王はもちろん、大遅刻をかまして怒り心頭の向こうの国王からもこっぴどく怒られたんだとさ。あたしの知ってる限りじゃ、その時できたやつがまだあるとすれば唯一東っ側にできた洞窟だし、お姫さんがいる可能性高いだろうねえ。話題になったそん時に興味本位で行ったから入口の場所くらいなら覚えてるからねえ。さ、できたよ」
何故かミノタウロスの事情に詳しい話を、狼狽えながら反論出来ずに聞いているうちに、おばさんがチョークのようなもので床に描いていた模様が完成した。
出来上がってみると、五芒星や六芒星が使われていたり、アルファベットやギリシャ文字っぽいものがあったりと、多少の興味はあるが今はそんなことを気にしていられない。
「いいかい? こいつぁ錬成陣つってね、魔法と違って詠唱はいらないし、魔力も使わない。陣に書いたものそのものに力が宿ってるから、陣を書いたやつにしか無理だけど合掌するだけで発動するって寸法さね。今書いたやつぁ転送陣つって、片道しか無理だけど、陣を書いたやつが行ったことある所ならどこへでも飛ばすことができる。準備はいいかい?」
「……お願いします!」
一刻も早く王女を……ウルティアを…………助ける!
余計なことは考えず、ただそれだけを胸に秘めて俺は答えた。
顔は伺ってないが、後ろで背中合わせになっているヴェネットとクリスから漏れる息を呑む音が、同意しているのだろうと察する。
やがてニヤリと笑ったおばさんは、威勢よく叫びながら錬成陣を発動した。
「行ってきなぁ! この国と…………スプリガンの未来のために! 転送!」
「えっ、それってど────」
────ういうわけなのー!?
最後まで何故か頼り甲斐のあるおばさんの、千載一遇の個人情報に関する発言に対するツッコミは、俺すら最後まで聞き取ることはできず、唐突に切られた電話のような儚さを残して途絶えてしまった。
なんてオチだまったく。
◇ ◇ ◇
「────ういうわけなのー!?」
「うっさい!」
「ぐあああああああああああ痛い痛い痛いいったーい!」
フッと着地音もなく瞬間移動した俺達は、黄金色に染まる黄昏時の空の下、身長の数十倍はありそうな断崖絶壁とそこに穿たれた洞窟を眼前に捉えていた。
確かめるために俺は意識を集中させ、霊体となって身体から抜け出た。
身体の主導権が代わり、それまでは鏡でしか見なかった女の顔をうかがうと、少し立ちくらみをした様子のフレシアがそこにいた。
彼女の肉体で俺が動かしている時は、どうも目つきが主観的に見てキツくて困っていたが、本人が動かしている時はやはり女の子っぽい可愛らしい表情になる。
敵わないなぁと思っていると、俺を見るやいなやフレシアは、空との境界が分からなくなるほど一気に頬を紅潮させ、詰め寄りつつ小声で怒鳴った。
「アルくん! この服はどういうことよ!」
(それはだな……俊敏性と敏捷性と潜伏性を兼ね備えた、シカリウス・コンバルテシリーズと言ってな……)
「そうじゃなくて、何でこんな肌に密着するものを選んだのかって聞いてるの! 今だって胸苦しいしお尻に食い込むし、この薄いズボンみたいなのも汗かいたらムラムラしそう……」
やめろォ! それ以上説明するなァ! 理性が死ぬゥ!
悲痛な叫びを心の牢獄にぶち込み、俺は可能な限りのカッコイイオーラ(主観)を溢れさせながら優しく言った。
(耐えろ! 美しいとは……可愛いとは…………忍耐だっ!)
「は?」
ちょっ……素の反応で……そんなゴミを見るような目で見ないでくれ……。
ただでさえ全裸幽霊状態で、見える人にしてみれば変態でしかないのに……。
(と、とにかくっ、少なくとも前の装備よりは圧倒的に頑丈なはずだから! 武器だってそうだよ!)
「確かに、私が希望した通りの刃渡りはありそうだけど、それでも何で四本も!? こんなに買う必要なかったよね!?」
(あーそいつぁなぁ……あっちの鉄腕ガールに怒ってくれ)
片手でヴェネットの顔面をガッシリとアイアンクローしつつ、秒間三周くらいの早さで腕を振り回しているクリスに指を向けた。
あれやられたら死ぬ。確実に。
ヴェネットだから平気なだけで。
しかし、フレシアはほんの少しだけ考えて、すぐに首を横に振った。
「……やめとくわ。クリスちゃん、ああ見えて思慮深いとこあるし、何か考えがあるんでしょうね。いい子だと思うわ」
(……で、本音は?)
「邪魔しちゃ悪いだろうし……」
ですよねー…………!
「何、この気配……」
突然、振り回していた腕を止め、クリスの顔がシリアスに引き締まる。
慣性が作用してオーバースローで投げ飛ばされたヴェネットは、体操選手もびっくりな回転とひねりを披露しつつ着地した。
が、やはり多少なりとも目眩が起きているようで、頭を抑え少しふらついていた。
「この感じ……もしかして……!」
何かを察知したフレシアが洞窟の入口に視線を向けた時には、そいつらは目の前に現れていた。
真っ赤な肌をした巨大な大男。
しかし、蹄の生えた短い足、細長くて先がフサフサの尻尾、角の生えた牛の頭。
この特徴に該当する生物を、俺は後にも先にも一つしか知らない。
「ミノ……タウロス…………!」
「こ、こいつが!? どうして洞窟から……!」
軽い目眩から覚めたヴェネットが慌てふためく。
フォローを加えたのはフレシアだった。
「おそらく、戴冠式に向かうためよ。言ったでしよ? そこでウルティアは国民の目の前で…………。だから多分そろそろ移動する時なんだと思うわ」
(でもさ、変じゃね? 俺達は一瞬で来たけど、ここからパトリフィアまで少なくとも半日はかかるだろうさ。だとしたら出発するのが遅すぎじゃないか? わざわざこんな時間に赴くなんておかしいだろ)
「確かにそうね……でもこれだけは言えるわ。それはつまり────」
「フレシア!」
彼女の名前をそう呼ぶ女の子の声は、二体目のミノタウロスの後ろから聞こえてきた。
そのミノタウロスが左手に握っている鎖の端で両手を縛られていて、纏っている黄色いドレスは砂や土煙を被って汚れ、少し巻かれている金髪も、結っていたものを切られたかのように無造作に垂れ下がり、小柄な体躯も痩せ細り今にも倒れそうだが、それでもなお変わらぬ美貌とエルフ種特有の鋭利な形の耳はどちらも健在で、頭部の小さなティアラは今なお輝きを放っている。
ヴェネットがフレシアに聞いて描いた似顔絵なんかよりずっと可愛らしく、逞しく、美しいその人物は、ポンチョのフードに顔を隠した救世主の名前を、涙ながらに繰り返し呼び続けた。
「フレシア! ……ああ、フレシア…………来てくれたんだね……」
「────まだ、妹を助けられる!」
叫びつつ、フレシアは颯爽と駆け出した。
限りなく身体を縮めた体勢で猛ダッシュしつつ、左手を右側の剣に添えていた。
最初に出てきたミノタウロスが、彼女が駆け出すのに合わせて、右手で杖のように扱っていた大きなハンドアックスを持ち直し、少し腰を捻った動きを利用して遠心力で振りかぶった。
だが、フレシアの顔に触れる直前、彼女が左手で瞬時に抜刀した剣が斧と打ち合い強烈な剣戟音を奏でる。
数秒の鍔迫り合いは起きたが、フレシアが押し負ける形で斧が振り降ろされた。
しかし、競り合う中で剣を傾けて斧を滑らせたため、無傷で攻撃を避けつつ、逆に無防備にも自分から近づいてしまったミノタウロスの肩口に一閃、左手で振り払った。
流れるような一幕に、戦闘経験ゼロの俺はただただ感心するばかりだ。
「みんな、やるわよ!」
背中を向けたまま首を少しだけ傾けて、フレシアは俺たちを活気づける。
女子三人VSミノタウロス種の大男二人、黄昏時のウルティア争奪戦の火蓋が、今切って落とされた。
物理的に仲間外れの俺は、心で泣いた。
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