嘔気
男はジョンの頭をグリグリと踏みつけながら再び口角を上げた。
絶望と狂喜に満ちた口元から声が出る。それは己の今ある状況が楽しくて楽しくてたまらないという声。
だけど、どこか暗く湿った耳に絡みついてくるような、声。
ダニエルはその声から発っせられる言葉に思わず耳を塞いだ。
「次は、お嬢ちゃんだあ〜」
男は振り返りシェレッシュ・レジェー作曲の『暗い日曜日』を唇で奏でながらアナシスタに近づく。
その口笛の響きは、今の状況と相反する美しい音色で響いた。だがその曲は、決して陽気な雰囲気ではなくどこか陰鬱で気だるげな、深く暗い海に重く沈んでいくような曲調だった。
また一歩、一歩とアナシスタに、自分に近づく軽快な足音。まるで男の足音に合わせて輪が幾重にも重なる波紋となり、地面を伝って自分の体まで届き、痺れるような、そんな感覚おも生み出していた。
ダニエルの腹の底から恐怖を圧倒する何かが溢れでる。吐き気が押し寄せ、喉元にまでせり上がってくる。
波紋の幅が段々と短くなるにつれて、強くなるそれは今までなら想像もしない、想像もしたくない感覚だった。ガタガタと震えながら、吐かないように息をもらさないようにする事が精一杯だった。恐怖のあまり失禁していたことにすら気がつかなかった。
男は舌舐めずりをし、苦痛に歪んだアナシスタの顔を見下した。
「母親似の美しい娘だなぁ 、 ジョン。」
「あ、そういやぁもう一人のぼうずはどうしたんだぁ?」
押しつけていた口元からあまりの恐怖に声が溢れでる。情けない声がテーブルクロスの中をこだます。
まずい、聞かれた、逃げなくては、このままだと自分も.......
そう思った時にはもう遅かった。薄暗かった空間に光が差し込む。ダニエルはデラの贈り物である首飾りをギュッと握りしめ、必死に祈った。 『これが夢でありますように』
そうだ、これは夢に違いない、悪い夢なんだ、きっとこの光の向こうには父さんと母さんとアナやおばさま、コナーがいるんだ、そうに違いない!
だが、光の先には当然そのような光景はなく、 血、空になった薬莢、沢山の死体、鼻をつく死臭と火薬の臭い。母の変わり果てた姿、姉の苦しむ顔、父のもはや人ではないうなり声。そして、返り血をあび、歯を剥き出し笑う男の顔だった。
「よぉ、ぼうず。」
ダニエルは手首を関節が外れるかと思うほどの強さで強引に引かれ、無理矢理、地獄に引っ張り上げられる。
そして目の前に倒れている姉のアナシスタの前に崩れるように膝をついた。
男は大きく息を吸い込み、血と火薬の臭いにゆっくりと浸りながら、手を広げ高らかに笑う。その笑い声は滲み出る狂喜を隠せないほどの幸福感に満ちた笑い声だった。
「今日は最高の日だ‼︎ なぁジョン、そうだろう?お前の犯した罪によりお前の妻も、子供も大切なものみーーーーーーーーーんな! お前を置いて、無くなるんだ!死んじまうんだ‼︎」
男の顔は天を仰いだまま、黒くくすんだ血色の瞳がゆっくりとダニエルの方へ移る。
「ぼうず、お前は父親にそっくりだなあアハ..ハハハッアハハハハハハハハハ」
よし決めた、男はそう呟くと身をかがめダニエルの耳元で優しく囁いた。
「お前が姉ちゃんを殺せ」
どうも、夜冬です
読んでくださった方、ありがとうございます。
このまま投稿を続けていくつもりではあります。
小説は趣味で書いているので投稿日はバラバラです、すみません...
自殺の聖歌と呼ばれている『暗い日曜日』ですが、聞いてみると結構いい感じの曲でした。
次回もよろしくお願いします、、、




