真実
互いに駆け出した両者が、部屋の中央にて激突する。
「そらぁ!!」
ギールが振り下ろした魔剣を、横へと避けるアレン。
振り下ろされた魔剣はそのまま床へと叩きつけられ、建物に大穴を開ける。
「ちっ、昨日戦った時とは桁違いの力だな……」
いくら魔剣の能力で身体能力が強化されているとはいえ、正面からあれを受け止めるのは、今のアレンでも厳しいだろう。
「お前の為に、数十人分の血を集めてやったんだ! ありがたく思えよなぁ!」
「迷惑な話なんだよ!」
剣を振り下ろしたギールへと、アレンが斬り掛かる。
だが、
「甘えよ!」
ギールが力任せに横へと振るった一撃に、アレンは剣ごと弾き飛ばされる。
その威力は凄まじく、アレンの身体は、そのまま壁へと叩きつけられた。
「かはっ!?」
痛みと衝撃に、アレンの口から、苦悶の声が吐き出される。
しかし、休んでいる暇は無かった。
「ほらほらぁ! 休んでいると死ぬぞぉ!!」
獣じみた動きで、ギールがアレンへと襲い掛かる。
何とか身体を捻り、その一撃を躱したアレンだったが、その後もギールの猛攻は、休む事なくアレンを襲い続けた。
アレンとギールの戦いを、クレアは祈るような気持ちで見守っていた。
戦いの素人のクレアでも分かるほど、アレンはギールに押されている。
ギールの隙を見つけては、時折反撃を繰り出すものの、ギールは信じられない速度で一撃を放ち、アレンを攻撃ごと叩き潰す。
「どうしたぁ、その程度のもんかぁ!?」
魔剣を軽々と振り回し、アレンを追いつめていくギール。
その勢いは、さながら竜巻のようだった。
アレンだけではなく、障害となる物すべてを薙ぎ払っていく。
「まぁ、仕方ねえよなぁ? この村の住人は全部、俺の魔剣の餌にしたからなぁ!」
薙ぎ払った燭台が火の粉を散らす中、ギールが大振りの一撃を、アレンへと叩き込む。
何とか剣で防いだアレンだったが、勢いは殺せず、入口近くまで吹き飛ばされる。
「お前も、魔剣にもっと魂を喰わせていたら、もう少しはマシだったかもなぁ」
余裕を見せるギールは、追撃をしてこなかった。
剣を構え直し、アレンは体勢を立て直す。
そこへ……。
「……何の用だ?」
クレアが、硬い表情でアレンへと歩み寄る。
「邪魔だ、下がっていろ」
にべもなく、クレアを追い払おうとするアレン。
だが、クレアは下がらなかった。
「このままで、勝てるのですか?」
クレアの質問に、アレンは黙ったまま。
その沈黙が、もはや答えているも同じだった。
「どうするべきか、分かっているのではないのですか?」
幸いなことに、ギールはアレン達の様子を眺めているだけで、手を出してこようとはしなかった。
黙ったままのアレンに対し、クレアは自分の願いを告げる。
「私を、斬って下さい」
クレアの言葉に対し、アレンが動くことはなかった。
代わりに、建物の中に嘲笑が響く。
「健気じゃねえか、お嬢ちゃん。そいつの為に、犠牲になろうってかぁ?」
笑い声は、ギールから発せられていた。
「いいぜぇ、面白いじゃねえか。ほら、邪魔はしないでやるから、とっととやれよ。もしかしたら、俺に勝てるかもしれないぜ?」
面白い余興とでも思っているのだろう。
ギールは剣をぶら下げたまま、動こうとはしなかった。
そんなギールの言葉に耳も傾けず、クレアはアレンを見詰め続ける。
そんなクレアに対し、
「……必要ねえよ」
アレンが放ったのは、否定の一言だった。
「どうしてですか!?」
この期に及んで、自分を斬ろうとしないアレンに、さすがのクレアも声を荒げる。
「このままでは勝てないのは分かっているはずです! それなのに、なぜ躊躇うのですか!」
アレンに拒まれ、クレアの感情は爆発した。
「私に情でも湧きましたか!?」
アレンへの苛立ちと共に、想いをぶつけるクレア。
「私は貴方の後を勝手についてきただけの、ただの奴隷です! 戦いの役に立つどころか、貴方に迷惑ばかり掛けているお荷物です!」
叫ぶクレアの瞳から、涙があふれ出る。
「そんな私が、貴方の役に立てる唯一の事なんです……どうか私に、恩を、返させて下さい……」
最後の方は涙交じりになり、上手く言葉に出来なかった。
それでも、
「……ありがとうな」
クレアの想いは、アレンにしっかりと伝わっていた。
穏やかな顔で、クレアへと礼を言うアレン。
「だが、お前を斬る必要はない」
「そんなっ……!?」
尚も、何かを言おうとしたクレアに対し、アレンは首を横へと振る。
「そもそもが間違っているんだよ。この剣は、斬った人間の魂を力にしている訳じゃない」
「でも……」
アレンの言葉に、クレアは困惑を隠せなかった。
そんなクレアへと、アレンは以前、自分が聞いた話を伝える。
「魂を喰らう剣、なんて名前が付けられているせいで誤解されてはいるがな、元々この剣は、そんな呼ばれ方をしていなかったらしい」
それは幼い頃に、友と一緒に聞いた話。
「長い年月が経つうちに、持ち主が何人も代わり、正しい呼び方を知る者もいなくなり、いつしか魂を喰らう剣と呼ばれるようになったんだとさ」
「じゃあ、その剣は……?」
本当の名前は何なのか、そして能力を使う為に本当に必要な物は何なのか。
クレアの疑問に対し、アレンは一つの事を教える。
「本来この剣は、魂を喰らう剣じゃなくて、魂を捧げる剣と呼ばれていたそうだ」
「それって……」
クレアの頭の中に、一つの答えが浮かぶ。
それを肯定するように、
「そう、力の代償は、使用者の魂なのさ」
アレンは剣の真実を、告げるのだった。
「そんな……」
絶句するクレアをその場に残し、アレンはギールへと向き直る。
心の中にあるのは、クレアに対しての感謝。
そして、想いに応えてやれない事への謝罪。
それらを胸の内へと秘め、アレンは剣の真なる力を解き放つ。
「目覚めろよ、魂を捧げる剣」