2ndステージ19:敵前逃亡
禍々しい黒い炎。
それを纏う男。
圧倒的な、威圧感。
そして、殺意。
ひしひしと、身体が痺れるような感覚に襲われる。
「貴様らが、我が主の敵か……我はメイオウ。 我が主、ロギウスの名により……天野翔琉を捕獲、若しくは殺害する」
そういうと、俺たちの周りを黒い炎が囲む。
熱い!
身体の内側から、焼かれてしまうような、激しい痛みが、俺たちを襲う。
「逃さぬよ……おぬしらの旅は、ここで終いだ」
やばい!
こいつは!
本気でやばい!
そう思ったアニオンは急いで魔法を使う。
しかし、魔法が発動することはなかった。
「え? 何よこれ!」
驚くアニオンを見て、メイオウが彼女に向かって静かに言う。
「貴様程度の力では、我の魔法から逃れることなどできぬ……」
3人の太古の魔導士の1人であるアニオンを、まるで赤子扱い。
実力差が、ありすぎる!
どうすればいい?
こんな時!
どうすれば……
”翔琉……”
アマデウスが俺の心の中で直接語る。
”今ある僕の力を、集約させてアニオンに与えれば、この場でもアニオンは魔法が使えると思うよ”
(ーーーーどうすれば、いいんだ?)
”翔琉……1分でいい。 1分だけ、どうにかメイオウを抑えてくれ”
(あんな、強敵相手に1分も? 持たないぞ、そんなに!)
”大丈夫……神魔法は、未完成版とは言え使えるから、1分程度ならなんとか集中すれば、本来の力を使えるはずだ……”
(それでも、やっぱり1分か?)
”できるだけ、早くするから、なんとか持ちこたえてくれ!”
俺はアニオンの近くに行き、神魔法を彼女に貸す。
というか、アマデウスが、アニオンの中へと入っていった。
俺は、声を潜めて、アニオンに、アマデウスから受けた指示を説明する。
アニオンは、気づかれないように静かに頷き、目を閉じ集中し始める。
「さてさて、天野翔琉……大人しく、我と共に来い……」
「嫌だね! 神魔法未完成版光天神‼」
俺の無謀な戦いが幕を開ける。
長い長い、1分が始まるのだった……。
「ふん、この程度か……何故、主はこんなのを欲しがるものなのか……」
そういって、俺の腕を掴み、空中でぶら下げているメイオウ。
神魔法を使ってしても、ここまでやられたことはなかった。
初めての敗北……。
血まみれになりながらも、俺は諦めるそぶりを見せずに反撃する。
しかし、次の瞬間地面に叩きつけられた。
グハッと、口から血がこぼれ落ちる。
もうだめかと思った、その瞬間、彼女の身体が光りはじめた。
「これならいけるわ!」
そういって、アニオンは魔法を発動する。
「させるか!」
そういって、メイオウが飛び込んできたときにはすでに俺たちはアニオンの魔法によって、空中聖域へとたどり着いていたのであった。
敵前逃亡。
そして、初めての敗北ーーーー
「はあ……はあ……なんなのあいつ。 ほんとにやばい奴よ、はあ……はあ……」
緊張の糸が切れたアニオンのセリフには、恐怖心が見られる。
こんなに怖がっているアニオンを見るのを、エンですら驚くほどに、今の彼女は狼狽しきっていた。
「取りあえず、次は魂記憶によるならば、雷の大魔導士の神殿に向かわなければならないけど……正直あんなのがいる限りは、今は向かうべきではないわね」
「じゃあ、どうするんだ? このままじゃ俺たち……」
そういってボルまでもがおびえ始めてしまった。
恐怖は感染する。
確かに、現状を見る限りそうであろう。
未知なる敵の出現。
そして、絶対的な力の差。
だが、俺はあきらめない。
血を吐こうが、敗北しようが、諦めない!
ここで諦めたら、永遠に後悔する。
一生ここにいる訳にもいかない。
ならば、やることは1つだ。
「ディル……あのさ、前にやった修業ってできる?」
「前にって、3分間のやつ?」
「何それ?」
とフルートがディルに尋ねる。
「あのね、実は翔琉たちと前に修業をしたの。 その時に私の魔法で異空間を作って外と中の時間の流れを極端にしたの。 中では3日、外では3分。 私たちの間では3分間の修業と言っているわ」
地獄の修行の間違いだろ!
「ネーミングまんまじゃん。 まあ、それで成果はあったの?」
「翔琉の力が、異常に気持ち悪いくらい伸びたわ」
気持ち悪いって。
また、目の前で聞いちゃったよ。
センチメンタルだよ。
「ディル……でも、今のあなたは肉体のある時に比べて魔法を使えるの?」
「まあ、大して変わらないから大丈夫よ」
「じゃあ、やろうか」
そんな俺に対してディルとフルート、そしてグラン以外は絶望に侵されていた。
こんなことに意味はない。
所詮やられてしまうだけよ。
うちらにはかなうすべがない。
いくら、神魔法の使える翔琉と言えど、今回ばかりは……
そんな雰囲気が、漂っていた。
ーーーーだけど俺には、諦めるという選択肢はない。
ディルに空間を催促させて、俺とディルとフルート、そしてグランは空間へと入って行ったのであった。
【それから3時間後】
翔琉たちが空間に入ってから3時間……俺こと、ボルは悩んでいた。
翔琉ばかりに何でも背負わせて、自分たちがこんなにも脆い状態でいいのだろうか?
何故俺は翔琉についてきたんだ?
そもそも、俺は翔琉の友達だろ?
なのに、あの時友達になって、何が大切かを教えてもらったのに……
結果的に翔琉を裏切っているのではないだろうか?
この状況は翔琉に対する裏切り行為で、俺にはもう翔琉の友達でいる資格なんてないのかもしれない。
ならば、俺ができることは……今できる事って何だろう?
この場からいなくなる?……違う
翔琉に謝る?……違う
何もせずにふさぎ込む?……違う
祈る?……何にだ。
こんな考えているのがそもそも間違いなのではないだろうか?
俺ができることは、翔琉を守れるような友になることではないのではないだろうか?
いつも通りに、翔琉と遊ぶために、仲良くするために、今は戦うことが必要なのではないだろうか?
未来を守るためには、今目の前の敵を倒すしかないのではないだろうか?
そんな単純な事を見落としていたなんて、俺もまだまだだな……。
よし、もう迷わない。
俺は翔琉と遊ぶ未来を守り続けるために……
そう胸に誓った俺も、翔琉たちを追って、空間に足を運ぶのであった。
いまだに立ち直る事ができずに……現実と向き合うことを拒否した2人を置いて……
【ボルが空間に入ってから1時間後】
私、アニオンは卑怯だと思う。
翔琉に恋したのに・・
その恋した人に頼るなんて、なんて私らしくないのだろうか?
こんなのは私じゃない。
前の私は、別物と言えるほど、なんかこうぎらぎらしてたっていうか、生き生きとしていた。
今の私はどうだろう
馬鹿弟子とともに、絶望に打ちひしがれて、ただただ1人の少年に託すのみ……
馬鹿弟子なんて言って、他人を馬鹿呼ばわりする前に私が馬鹿だ……弟子に馬鹿なんて言えるような立場ではないだろう。
なんて脆いんだろう……。
そして、翔琉はなんであんなにも強いのだろうか……
私や大魔導士さえ勝てないと思った相手に対してどうしてあそこまでに、かたくなに、ひたむきに頑張ることができるのだろう?
たぶん私はそんな彼だからこそ、好いたのだろう。
人を始めて好きになった……
この気持ちは私にとっては新鮮で、神聖なものだった。
でも、その神聖さはこの絶望によって黒々と侵されてしまった。
所詮私は何事においても、魔法から見ても、心の奥底では頑張ることを嫌っているのかもしれない。
だからこそ、頑張っている人を好きになったのかもしれない。
自分にも勇気が出ると思ったから……たぶん、外側から観察をしたら私はそう見えるのだろう。
気丈にこれまでふるってきたけど、所詮心の弱い人間であるのだ……私は。
「師匠!」
うるさいな。
馬鹿弟子。
静かにしてくれよ。
「師匠!」
何も考えたくない。
「師匠! いい加減にしてください!」
現実が怖い。
「師匠! しっかりしてください!」
あいつが怖い。
「……分かりました。じゃあ、1人でここにいてください。 あなたは、戦わなくていいです……」
?
何を言っているのだ?
「くそ……! まだ、翔琉たちが修行しているのに……安全だって言ってたのに……何故ここにあいつが……」
その発言を耳にして、私は今までうずくまっていた顔を正面にあげる。
そして、再び恐怖が支配する。
目の前の上空には、先ほど逃げてきたほどの、恐ろしい敵……メイオウがいたからである。
私の心は音もなく、完全に崩れ落ちてしまった。




