Lastステージ33:風よ、去らば……
天野翔琉ーーー思えば、俺はこの男が嫌いだった。
初めて出会ったときから大嫌いだった。
洗脳されていたあのときでさえも、大嫌いだった。
嫌いで嫌いだった。なんでこんなに嫌いなのだろうかと疑問に思うときもあったけど、翔琉のことを考えなきゃいけないことが嫌いで、いつのまにかその疑問は消えていた。
でも今分かった。
どうして、俺が翔琉が嫌いだったのかーーーその答えが。
異世界から突然やって来て、ディルに愛され、ライに愛され、リュウに愛され、エンに興味を持たれ、ホルブに好感を持たれ、ボルを改心させ、ヒョウに愛され、グランに恩を与えた天野翔琉。
フルートに愛でられ、アニオンに恋された天野翔琉。
天野翔琉という人間の天野翔琉の天野翔琉で天野翔琉だから天野翔琉なのかという天野翔琉は天野翔琉であった天野翔琉。
自己中で、愚かで、自己犠牲で、傲慢で、ワガママで、間抜けで、天才で、チートで、モテモテで、みんなから愛されている天野翔琉。
くそ食らえって思う。
主人公ぶって、偉そうで、生意気で、知識をひけらかして、如何にも頭の良さそうなことをいって、弱々しそうに見えるくせに、本当は強くて、神をバカにして、大人をバカにして、子供をバカにして、自分をもバカにしてーーー。
見てて腹が立つ。
俺は、翔琉の何もかもが嫌いだ。
でも、花魁たちーーーディルたちにはこいつが必要なんだ。
天野翔琉という、愛されるキャラが。
俺みたいなイケメンな変態は必要ないんだ。
キャスティング的に、言うならば「役者は揃っている」だもんな。
「なにしに来た、翔琉……」
と、俺は自らが消えていることなど気にかけず、威圧的な声をだす。
翔琉は少し俯いたが、すぐに俺の方を見る。
やけに鋭い目で俺を見る……なんなんだよ、お前。
「トルネ……お前、消えかかってるぞ……」
「ふん。みりゃ、分かるだろ?俺はこれから消えるんだよ。神獣【麒麟】に戻るんだよ。転生してるんだよ。邪魔すんなよ、人間ふぜぇが」
もう、八つ当たりをしているような感覚だった。
気に食わないこいつに、気に入らないこいつにーーー感情をぶつけている。
「だいたい、誰のせいでこうなったと思ってるんだ?お前が不用意に虎族の怨念なんかをその身に受け入れて、その結果花魁たちが苦しんで悲しんで嘆いて……それを見ていられなくなった俺様が、それを見ていたくなくなった俺様がーーー朱雀から羽を貰って治してやろうだなんて思わなかったら、こんなことにはならなかったんだ!」
こんなことにはならなかったんだ!こんなことにはならなかったんだ!
こんなやつ嫌いだ。
嫌いだ‼
嫌いだ‼
嫌いだ‼
なんで俺が消えなきゃいけないんだ。
なんで俺なんだ。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう‼
「すまない……トルネ。俺のた……」
「やめろ!その続きは言うな!お前のためじゃないお前のたになんかやってない。お前のためなんかのためにこんなことになったんじゃない。お前のせいでこうなったんだ。お前があんなことをしなければこんなことにはならなかったんだ。お前がお前でお前みたいなお前のお前はお前に‼ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼……」
と言ったところで、俺の身体は消滅した。
この世から、この世界からーーートルネという男は死んだのだ。
正確にいえば、まだ生きているーーーかもしれない。
それはもはや、麒麟本人に聞いてみなければ分からないことだからだ。
否、麒麟でさえも知らないかもしれない。
もし知っていたとしても、麒麟にとって不都合な事象であったら、黒く塗り潰され、俺みたく消されてしまうのだろう。
まあ、なんにせよ、俺は花魁たちにある台詞をいい忘れてしまった。
それだけが、唯一の心残りなのかもしれない。
なにを言いたかったのかって?
それはーーー。




