4thステージ9:逃げなきゃ死ぬこの頃
「蘚琉ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
バキン、と絶対に壊れるはずの無かった檻を破壊した恋い焦がれし獣が這い出てきた。それはもはや、天野翔琉の容姿に似た生物ではなく……黒くて黒くて黒々しい狂気を身にまとう、単なる犬の獣だった。
辛うじて言葉を発することが出来ているようだが、実態としては単純にオウムのように、ひたすら同じ言葉を連呼しているだけだ。自身が愛して仕方がない、【天野蘚琉】という彼女の名を……。
「蘚琉蘚琉蘚琉蘚琉蘚琉蘚琉蘚琉蘚琉蘚琉蘚琉!!」
そう言いながら、天野蘚琉を無理矢理強奪にかかるパラノイアを、ロギウスは近くの民家目掛けて蹴り飛ばした。そのままパラノイアは、頭からメノウ石でできた壁に激突して家の中を通過して、さらに遠くにある湖まで吹き飛ばされた。さながら、水切りの石のように……彼は飛ばされていった。
「今のうちに、リュウ! ボルに頼んで貰って転移しろ! 俺は一人ならば飛べるが、お前達二人を連れては【あの場所】には戻れん! 俺が出きるだけ時間を稼ぐから、その間お前達はどこか安全なところに……!!」
メキメキっと、ロギウスの話を遮るような不快音が辺りに木霊した。それは、ロギウスのあばらが砕ける音だった。
「グハァァッッ」
と、血を口からこぼした彼はそのまま地に伏せる。その背後にいるのは、黒々しく変貌した獣だった。
「蘚琉ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ蘚琉ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ蘚琉ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
ゆらりゆらりと、獣は愛しい人に近づく。まるで、求めるように……吸い寄せられるかのように、ゆっくりと確実に。
「ボル! 急いで!」
と、あたしが言うのと同時くらいに、天野蘚琉の姿が消えた。え!消えた!
「あれ? 蘚琉?」
と、あたしが辺りを見回すと景色が移り変わり、【あの場所】に転移していた。そうか、ボルがやってくれたのか……。
「おーい! リュウ!」
と、【伏神殿】の入り口からドッペルゲンガーの声がした。どうやら、あたしは移動してきたのか……この地に。
「リュウ! 結晶のある場所に急いできてくれ! ロギウスが……ロギウスが!!」
そういって、ドッペルゲンガーの背後からヒョウが飛び出してきた。彼女があそこまで焦るなんて……まさか!
「分かった! 今すぐいく!」
あたしは、駆け抜ける。長い階段、長い廊下……その先にいるロギウスの元へ。
念のため、もしもの時のために懐から一粒薬を手にしている。その【もしも】が来ないことを願う……。
「ロギウス!」
バン、と勢いよく扉を開けたその先には血まみれでいたぶられた後の神様が瀕死の状態で寝そべっている。その近くに、天野蘚琉もいた。何故にあたしだけ、別の場所に移動されたし。
「リュウさん! 神様がぁ……神様がぁ……」
と、蘚琉はあたしの方に寄ってきた。声も震えているが、彼女の手は怯えているようにさらに震えている。
「リュウさんは、お医者様といいましたよね? どうか、神様を助けてあげてください……もう、誰かが死ぬところを目の前で私は見たくないわ……もう……うう……」
と、彼女はその場に泣き崩れた。その側に寄り添うように、イミナは彼女をそっと抱き抱えている。そして、彼女は兄の胸にしがみつきそのまま泣き続ける……。
「やはり……分かった……」
そういって、あたしはロギウスの側に近づき、彼の額に手をかざす。そして、あたしは……この穢れが溜まりきって限界を越えた身体のまま治療を行うことになった。
「もってくれよ……あたしの身体……」
常日頃の病人の回復……戦闘時における水の魔法の多様……そして、常時身体回復の発動……それが連なってしまってもはや、あたしは限界なんだ……。
不純物の浄化……これを行わないとどうなるか。
待っているのは、死。
それも、これまでのダメージが全て自分に跳ね返って死ぬのだ。無惨で惨たらしく、痛々しい死が訪れる。それを避けるために、あたしはこの【薬】を飲まなければならない。この薬……【強制浄化薬】を。
「ゴクン……ぐぅ……っ!」
動機、息切れ……そして、全身を襲う激痛。久しぶりにこんなに痛みを感じた。
「リュウ? どうした!」
と、ボルたちが近づいてこようとしていたが、あたしはそれを止めるように。
「こないでぇぇぇ! 誰もこないでぇぇぇ!」
と、叫ぶ。さっきの薬は、身体の不純物をエネルギーに変換して浄化させる薬。ちなみに開発者は、フルートだ。
この薬を飲んだら最後……不純物エネルギーを全て使いきるまで激しい激痛が全身を襲い、次第に痛みは増していく……。
この薬の嫌なところは、身体から不純物を追い出すあまりに、周りの生物に不純物を流し込んでしまうという副作用があるところだ。
だから、あたしには誰も近づくな!
これから、遠隔でロギウスを治療する……。
誰も邪魔するなよ……これから、文字通り命を懸けて神様を治す!
「いくよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
全身から青い光を放ち、あたしは治療を開始したのだった。




