4thステージ6:獣は喰らい尽くす
『やったか?』
「やったの?」
水晶越しのロギウスと、あたしの台詞が被った。これで倒せたならば、この先安泰なんだけど……。
『ばこーん♪』
と、パラノイアは自分自身で効果音をつけて剣の中から這い出てきた。というか、剣を食べている。バリバリと、まるで柿の種を食べているかのように。
『薄い味付け……前に戦った神が使ってた剣か……なーんだ、つまらないな……こんな攻撃じゃ、なにも……!!』
パラノイアは不意に体内の天野蘚琉を見た。確かにパラノイア自身にはダメージは無いかもしれない。でも、体内の天野蘚琉という普通の人間ならばどうだろうか?
眠る彼女の腕には、剣によって傷つけられた傷がはっきりと出ていた。そして、その腕の傷から赤い色の液体……血が流れていた。
そうか、あの液体はパラノイアのものではなく、天野蘚琉のものだったのか……。
『嘘! 蘚琉!! 蘚琉の身体が……俺の蘚琉の身体が……俺だけの蘚琉の身体が……傷物になってしまったじゃないか!』
狼狽する獣をよそに、ロギウスも動揺していた。狙った獲物ではなく、その獲物に捕らえられている少女を傷つけてしまった事に対して、ひどく動じていた。
「いけない! ロギウス! 逃げて!」
水晶越しにあたしは叫ぶ。だが、ここの声を届かせるには直接彼の地に向かわねばならない。水晶越しでは声は聞こえない。つまり、現在進行形で進められている【危険】を彼は気付いていない。
パラノイアの尻尾が逆立っている。あれは、動物によく見られる【激昂】しているときの様子……つまり、パラノイアは怒っている。
ストーカー以上にたちが悪い拉致監禁野郎の、精神が完全に崩れかけているということだ。その場合、どのような行動に出るか分からない。
「ボル! 今すぐあたしをあの場所へ送って!」
「あと、30秒待ってくれ! 今詠唱を始める!」
ボルは慌てて詠唱を始める。
だが、ボルの詠唱が始まったと同時にパラノイアは行動を開始する。ゆらりと動き、顔は黒く赤赤しい表情だった。
『許さない……俺の蘚琉をよくも……よくも……よくも……よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも!!』
そう言った瞬間、パラノイアは消えた。
正確には、ロギウスの背後に回って彼の背中を思いっきり蹴り飛ばした。
メキメキ、と骨が折れたのではないかと言うほどの音を立ててロギウスは地上に向かってそのまま落下していった。
「ロギウス!」
そう、あたしたちが水晶に向かって叫ぶ。ロギウスは、背中を押さえながらゆっくりと立ち上がり、パラノイアに特攻していく。
そして、パラノイアの首を切りつけようとするも、パラノイアは反撃をとって、再び彼を地上に蹴り飛ばす。今度は彼の利き腕である左腕の方から蹴った。
ボキッと、完全に折れてしまったようで、地上から這い上がる彼の腕はだらんとしていた。
「ボル! まだ?」
「……!よし!おっけ!リュウ、再転移にはまた30秒かかる……それまで、持ちこたえてくれ……転移のタイミングはお前に任せる……だが、30秒待つことを頭にいれておいてくれ……」
パチン、とボルが指をならすとあたしはロギウスの前に移動した。
そして折れた彼の腕を回復させた。
「!! リュウ! なぜここに!」
と、ロギウスはあたしの登場を予期していなかったらしくビックリしたような顔をしていた。
「あの水晶からあなたたちの戦い見ていたんだけど、パラノイアの様子が変わったから加勢しなきゃと思ってね……」
「そうか……それは助かるが……仮にも神である俺すらを圧倒するパラノイアに、1大魔導士だけでどこまでいけるか……」
「まあ、もしもの時はボルに頼んであるから……いけるとこまで戦うは! せめて、奴から蘚琉を解放すれば……彼女からなにかパラノイアについて詳しく聞けそうなんだけど……」
「なるほど、あい分かった……真聖絶光剣【監獄状態】発動!」
ロギウスの台詞と共に、真聖絶光剣が彼の手元に集まり、1つのキューブの形に変型した。
「リュウ……どうにか隙を作ってくれ……このキューブを当てれば……どうにかなる……」
「分かった……じゃあ、封印していた力を全解放しなきゃね……」
あたしは、宙に浮かび上がり魔方陣を身体の周りに描き表す。この状態になるのは、久しぶりだ……。
「封印解除!! 治療女王魔法:常時身体回復……発動」
青い光に包まれたあたしは、パラノイアに向かって蹴りかかる。
「リュウ……リュウリュウリュウリュウリュウリュウリュウ!! 今虫の居所が悪いから、とりあえず死ね……」
パラノイアの無惨な攻撃によって、あたしの身体の半分は無くなった。なんだこれ?始めてみる攻撃だ……。
「リュウ!」
と、ロギウスがあたしに声をかけるが、あたしは平気だと言って再びパラノイアに対峙する。
「や……これは……いったい……なにをしたのかしら?」
「へぇ……その状態でもしゃべれるんだ……今のはおいらの【捕食】って、能力を使っただけだよ……おいらの求める食事に対応できる相手にしか使えないけど……まあ、お前の下半身はおいらが食べたのさ……?」
ちらっと、パラノイアはあたしの下半身部分を見るが、先程自身が食べたはずの下半身が服ごとまるまんま残っている。それも無傷で。
「うむむ? これはどういうことかな?」
「まあ、あなたの能力の一部を説明してもらったんだし……教えてあげようかしら……あたしの固有魔法というか能力と言えばよいのやら……まあ、とにかく今のあたしは死なない、とだけ言っておこうかしら」
「へえ……それは食べごたえがありそうだ……」
そういって、パラノイアは喉をならし、よだれを拭き取る。これから始まるのは、不死者と獣の戯れの時間。だがしかし、あたしはこの状態を保てるのは5分だけ……。つまり、5分後にはあたしは不死者ではなく普通の生き物に戻る。
それまでに決着をつけなければ……。




