4thステージ2:荒れ狂う魔物
「どうだい? おいらのキスの味は……天にも昇るようだったろ?」
そういって、パラノイアはふふっと悪魔のような笑みをこぼした。まるで、純粋そのものでなにも悪いことをしていないと言わんばかりのその顔が、とてもじゃないがムカつくし、そして怖かった。
天野翔琉と似たような容姿をしているからか、余計にぞわっとしたのもあるかもしれない。かつて、旧天野翔琉こと、イミナ=ファルコンを手にかけ、自らを産み出した創造主:天野蘚琉を溺愛し独占している、超サイコパスで猟奇的な魔物……パラノイア。
こいつを野放しにしておくと、あたしたちも危険だ。
だがどうする?
実力者であるアニオンをキスで、一瞬とはいえ殺したこの男を……どうやって倒せばいい?
「さてさて、どうしたものか……」
戦闘大好きなあたしでさえ、こいつとは戦いたくない。あたしが求める理想の戦闘は、戦ったあとにお互いが仲良くなること……さしずめ、ライバル関係になるということだ。
そうすればまた戦える。何度でも何度でも……。
だが、こいつとの戦闘はそういうことが一切出来ない。
拳と拳ではなく、命と命を代償にする、文字通りの死闘である。勝者は生き延び、敗者は死ぬ。
そんな過酷で無惨な結果が待つ戦闘は、極力避けたい。
これでも、世界最高峰の治療魔導士……生命が死に行く姿は見たくない。
「リュウ……ここは1度体勢を立て直そう……」
と、ホルブはあたしに詰めよってぼそりと言った。
「たしかに……それは得策というか最善かもしれない……けど……あいつから無事無傷で逃げ延びるのって、相当難しいわよ……せめて、空間転移でも出来れば……‼」
ハッとなって、あたしは後ろを振り向いた。
そうだ、彼がいた。彼ならば、空間転移魔法を使うことができるはず……。
元暗黒賢者にして、現光の大魔導士【空間魔法の使い手】であるボルならば……。
あたしはボルに近づいてこっそりと耳打ちをする。
ひそひそひそ……。
「‼ 分かった。 ディルほど一瞬で出来ないから、30秒持たせてくれ……完全詠唱できれば、たぶんそこまで飛ばせるはずだ」
「了解した……じゃあその間あたしたちが時間を稼ぐわね」
くるっと、パラノイアの方に向きを向け、あたしは彼の前まで歩いていく。
「お?どうした?リュウ。 わざわざキスされに来たのか?」
「冗談言わないで……あたしは好きでもない男とキスするとかごめんよ……どうせキスされるなら、あたしの大好きな天野翔琉か、あたしの愛弟子ウールがいいわ!」
「弟子にキスさせるとか……なんて、ハレンチな……」
「好きな女を身体に取り込んでる、異常なあんたに言われたくないわ!」
「ふむ……どうやら、そうやって時間稼ぎをして、撤退しようとしてるね?」
「……‼」
やばい、見抜かれていた?
そういえば、こいつって犬っぽい容姿してるから、耳がすごくいいのか?
しまった……じゃあ、さっきの会話筒抜けじゃないか。
あたしたちが向かおうとしている【あの場所】のことまで聞かれた可能性がある。
非常にマズイ……。
「どうせ逃げるんなら、君らの魔力を全部おいらに捧げてからにしてほしいな……そうすれば……おいらの体内の主は心を取り戻すことが出来るんだから……」
「心を取り戻す? まるで、心が逃げたみたいな言い方だね」
「そりゃそうだよ……目の前で大好きな人が殺されたら自我もなにもかも崩壊する……そして心は、深い深い闇の底に沈む……つまりは、闇に逃げたってことさ」
「あんたは、それを繰り返すの?」
「む?」
「あんたが天野翔琉を殺せば、あんたの主は再び心を失うわよ……あんたを愛でるって気持ちも、あんたを好きって感情もなにもかも永遠に失われる……全く……愚かな怪物ね……」
「……まれ……」
「それでよく人を愛そうとしたわね……あーあ……泣けてくる泣けてくる……」
「……黙れ……」
「あんたって、本当は愛ってのを知らないんじゃないの? だから、そんな歪んだ考えにたどり着いて、大好きな人を手に入れられないのよ……‼」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
どっと、パラノイアから殺意が漏れだした。これが、やつ本来の殺意……これは、とてもじゃないけど凶悪すぎる……。
「リュウ……もう、君とは話したくないや……死んでくれる?」
そういって、あたしにキスしようとしたパラノイアの顔をあたしは全力で蹴った。
そして追撃で、首筋に協力な一撃を食らったパラノイアは、オールドアの方へと飛んでいく。
だが、すぐに体勢を立て直し、あたしを殺そうと今まで隠していた強靭な牙と爪で襲ってくる。
「死ねぇぇぇぇぇぇクソブス!」
そういって、パラノイアが襲ってきたのだったが、ナイスタイミングでボルの空間転移魔法が発動して、あたしたちは消えた。
パラノイアは床をぶち壊して、怒りの咆哮を虚空にぶつけるのだった。




