1stステージ13:エンの一言
「さて、炎の大魔導士エンを探しましょうか」
明朝、ディルはそういった。
本日の最重要目的は、”エンを仲間に加える事”である。
この目的を達成しないと、闇の大魔導士ホルブに出会うことは出来ないだろう。
つまりは、俺は永遠に元の世界へと帰ることが出来ない――――という事なのだ。
ライやリュウにとっては、それは喜ばしいことなのかもしれないが、俺にとっては、自分の夢が永遠に達成できないという、悪夢を見続ける結果になってしまう――――即ち、夢を諦めなくてはならないという事だ。
そんな事になったら、これまでの俺の頑張って行ってきた、数々の苦労が、水の泡になってしまうだろう――――
「エンは確か、温泉の中に家があるんだったよな……」
とライは辺りを見回す――――しかし、湯気は見えども、人影すら見当たらなかった。
ディルは、クスりと笑い
「安心して、私が案内してあげるわ」
と俺の手を引っ張って、一番湯気の出ている方へと歩いて行く。
そのあとを、ライとリュウはついてくる。
流石にライやリュウも、今回ばかりはディルに頼るしかないので、駄々をこねないようで――――ずいぶんと大人しい。
「炎の大魔導士エンってどんな人?」
と俺は周りに聞いた。
全員バラバラな回答であったが、1つだけ分かったのは、”2重人格である”ということだった。
2重人格――――つまりは、解離性同一性障害の事である。
解離性同一性障害とは、本人にとって堪えられない状況や場面を、自分のことではないと感じたり、その時期の感情や記憶を切り離して、それを思い出せなくすることで、心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害の事で、切り離した感情や記憶が成長して、別の人格となって表に現れるものであるので、俗にこの別人格がある状態の事を”2重人格”と呼ぶ。
2重人格と言う単語を聞くと、昔の事を思い出してしまいそうになるが、それを紐解くのは、また別の機会にしておこう――――
「2重人格のエン、って呼ばれていてね、根暗な時と熱血野郎の時があるのよね」
とリュウはため息交じりに語った。
「昔それが分からなくてな~日によって全然違うからな。」
ライも続けて語った。
そんな日替わり弁当みたいな頻度で、性格って変わるのかな?
とまあ、話をしているうちに、いつの間にか一番湯気が濃い部分に到着していた。
「ほら、着いたわよ」
ディルはそういって、立ち止まった。
この湯気の濃い場所――――どうやらここは、この辺の温泉の”源泉”にあたる場所らしい。
「蒸気も濃いけど――――流石に硫黄の臭いがきついな―――――」
不意に俺の言ったセリフは、ディル達にとっては聞きなれない単語だったらしく、彼女たちは俺にその単語を聞き返してきた。
「「硫黄?何それ」」
と声を揃えて言った。
そうか、この世界では、魔法が発達しているから、化学はそんなに進歩していないんだ。
つまりは、俺のいた世界での常識は、この世界の住人にとっては、未知なる知識、という事なのだろう―――
「よしよし、じゃあ、教えてあげるよ。 硫黄って言うのはね――――」
と俺は、大学教授顔負けのレベルで、非常に詳しく硫黄について説明するのであった―――
「――――へえ、そういう原理があったなんて……翔琉ちゃんはものしりなんだね」
とリュウは目を輝かせて言った。
他の2人も、すごく感心したようで、納得したような顔をしている。
どうやら俺の言った説明で、理解してもらえたようで何よりである。
「元いた世界では、博士になるのが夢で勉強していたからね――――」
「「へえ~。」」
と一同は声を揃えていった。
いやいや、ディルとライは知ってるだろ、俺が博士になりたいって言ってた話――――だって、前に説明したじゃないか。
「んじゃ、まあ炎の大魔導士エンを訪ねてみようか」
とディルが言って、源泉に近くに転がっていた石を投げ捨てた。
すると、源泉から人が出てきた―――――片腕に龍の入れ墨を入れた、眼鏡をかけた男が。
童話では、泉に斧を落としてしまった人が、泉から出てきた女神に正直に話をしたところ、得をする―――という話があったが、これは、とてもじゃないが、そんな状況にはならないだろう。
むしろ、拾った斧を、落とした人物に振り下ろしてしまうのではないだろうか?と言う緊張感を出させる男であった。
「やれやれ――――相変わらずディルは、手癖が悪いね。 もう少し、丁寧に呼ぶって事が出来ないのかな? 突然家の中に、石が投げ込まれるだなんて言うのは、いじめと言うより、悪質って単語が似合ってしまうよ――――」
そういって眼鏡の男―――エンは、先ほどディルが投げ入れた石を粉々に砕いた。
そして再びエンはゆっくりと口を開く。
「ディル……ライ、それにリュウもいるのか。 珍しい組み合わせだな……んで? そこの少年は?」
「ああ、ええっと――――初めまして。 俺の名前は天野翔琉と言います。 今は、彼らと7人の大魔導士を探す旅をしているんです」
「ああ、なるほどね―――だから、あの2人がここにいるわけで、うちは3人目って事か、合点がいった。 でも、翔琉だなんて変な名前だね。 なんか雑魚キャラにいそうな名前だ――――」
「なっ‼」
初対面なのに、ずいぶんと失礼な事を言いますね――――と俺が言い返そうとしたとき、空からは雷、地上からは大量の水がエンに襲い掛かった。
エンの俺に対する嫌味(もはや悪口)に、腹を立てたライとリュウが激怒したようだ。
俺のために怒ってくれていることに関しては、とても感謝している――――のだが、その代わりに自然災害レベルの喧嘩が始まってしまったのだった―――――。
凄まじい雷撃と、凄まじい水流の攻撃―――それらが合わさっている状態は、もはや台風と言っても過言ではなかった。
辺りに立ち上っていた湯気はかき消されて、上空には暗雲が立ち込めていた。
雷雲と雨雲―――両方が、空を覆ってしまっている。
そこからエンに向かって、追撃のごとく攻撃が降り注いでいる。
雷が10本束になってエンに向かって降り注ぎ、水の槍が打ち下ろされるが、エンは炎を足から放ち軌道を変えてかわす。
しかし直後、地上から噴き出る大量の水によって足の炎は、かき消されてしまうのであった――――
「みんな、喧嘩をやめなさい!」
大声で仲裁をしているディルなのだが、彼らの耳には入っていないようで、完全に戦闘状態となってしまっているのであった。
ディルも戦闘へと介入して、更に戦闘が激化してしまうことは避けたかったので、何とか俺はディルを留めているという現状である。
「なあ、ディル――――どうする?」
「どうするって、止めなきゃダメでしょ」
「まあ、それはそうなんだけど……」
「……仕方ない。 あれを使いましょう」
「あれって?」
と聞くと、ディルはにやりと不敵に笑みを浮かべて言ったのだった。
「決まってるじゃない――――神魔法よ」
神魔法―――現在この世界では、俺以外に使用することが出来ない、魔法の中でも激レア中の激レアの超絶威力を誇る魔法である。
その威力は、下手をすると惑星1つは余裕で破壊できるほどの強力な魔法すらを、楽々と発動させることが出来る代物である。
「神魔法――――それを使えば、大魔導士すら余裕で制圧することが出来るはずよ。 本当は人前では極力使わない方がいいのだけど、今この辺には私たち以外に人はいないし、それに私も空間魔法でこの辺一帯の空間凍結を行って、破壊を最小限に抑えてあげるから―――」
「いや、使っていいなら使うけど―――大丈夫かな?ライたち」
「優しいね翔琉は―――まあ、なんかあったら神魔法で治せばいいわよ。 それくらいの力がある魔法なのだから―――」
そういってディルは手のひらを合わせて、呪文を唱える―――
「空間の魔法:絶間拾式」
ディルの手のひらから球状に、空間が広がっていく。
絶間拾式―――空間凍結魔法で、半径3kmの大きな球状の空間を作り、その空間内を凍結させて、自然や地形に一切のダメージを負わせない魔法である。
よって、空間保存魔法とも呼ばれているらしい。
俺はディルが魔法を発動したのを見て、その内部へと入り、あの魔法――――神魔法を発動させた。
「神魔法:光天神発動!」
俺の身体が輝き背中から翼が生えた。
そして神々しい光が、空間内を照らしていった。
その神々しい光を受けてか―――先ほどまで激しい攻撃を行っていた3人はピタリと止まり、俺の方を向いていた。
「これが話に聞いていた、翔琉の神魔法か――――」
「翔琉ちゃん――――なんて神々しいの……」
「これが神魔法……あの少年が――――神魔法の使い手?」
「みんな―――喧嘩は、止めなきゃね」
そういって俺は、まさしく速攻で3人の動きを封じる魔法をかけようとした。
しかし、エンとリュウはその攻撃をかわして
「神魔法―――翔琉ちゃんの、真の実力を見るチャンスよ‼」
「少年―――否、翔琉君。 君の実力を、見せてもらおう‼」
と、こちらに攻撃を仕掛けて来ようとしたのだ。
全く反省していないようである――――取りあえず、大人しく捕まってくれたライを空間外へと逃がし、俺は力を込めた。
そして次の瞬間、そのエネルギーを体外へと放出した。
そのエネルギーは、衝撃波となって2人を地へとひれ伏させた。
「っく……翔琉ちゃん……こんな切り札隠してたなんて――――あたしとの戦いのときは出さなかったじゃないの――――」
「翔琉君……ここまでの実力とは―――」
実力、実力って言うけどさ―――実はこれ、まだ魔法使ってないんだぜ。
空間凍結が解かれて、元の温泉地帯へと戻った。
地に伏せたままの2人は、瀕死の状態であった。
かなりのスピードで、頭から落ちて行ったので当然と言えば当然……なんていってる場合か‼
俺は急いで2人に、光属性最高峰の治療魔法をかけた。
「光の魔法:光治!」
翼からあふれ出た光を、瀕死の3人に当てた。
すると、5秒で全回復した。
流石は光属性最高峰の治癒魔法である。
何もかもが次元が違う感じがした―――が直後、光天神は切れて、上空にいた俺はそのまま地面へとまっさかさまに落ちていく。
それをライが、キャッチした。
ナイスキャッチ!と言いたかったが、言葉を発する間もなく、俺は意識を失ってしまった―――




