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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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指導と活動初日

 沙織は将棋会館の二階の道場の受付にいた。この道場は、老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)が将棋を楽しめる場であり、土曜日の今日は休日ということもあったので、盛況(せいきょう)となっていた。早速、沙織が道場の手合い課のおじさんにあいさつをする。

「今日はよろしくお願いします」

「うん、よろしく。今日はいつにも増して人が多いんだ。これも君のおかげだよ」

 ふふふと笑い、沙織の肩を叩いた。いつもおじさんの顔は見ていたが、会話をするのは初めてであった。

 いつ見ても人のよさそうなおじさん。私が子どもの頃からずっと変わらずこの道場を支えている。何度もこの道場にはお世話になったが、今日はお客としてではなく、夢にまで見た指導側の立場だ。

「今まで君を呼べなかったのは痛かったなあ。これからはもっとお願いしてもいいかねえ」

「はい、もちろんです。よろしくお願いします」

「そうだねえ。平日は人が少ないから、そっち多めでやってもらうかも」

 そう言うと、おじさんはまたふふふと笑った。お客さんも事態を察したのか、徐々に受付に視線が集まってきた。

「君の影響力は本当に大きい。トッププロに匹敵(ひってき)するくらい予約の申し込みがきてねえ、大変だったんだよ。ほら、これ見て」

 見せてくれたのは予約一覧表の紙だ。欄に収まり切らず、小さい字で欄外に名前がたくさん書いてあった。本当に嬉しいことであり、沙織の目に涙が浮かんでしまった。

「じゃあ頑張ってね」

 沙織は頷き、二コリと笑った。

「えーただいまより池谷沙織女流1級の指導対局を行います。事前申し込みをされた方、指導対局券をお持ちの方はこちらまでお越しください」

 おじさんがマイクを使って放送すると、受付にわっと人だかりができた。

「嬉しいのう、これを楽しみにしてたんじゃ」

「ケンちゃん、よかったわねえ」

「すいません、色紙にサインお願いしてもいいですか?」

ケータイで写真を撮る人や、ビデオに撮っている人もいる。沙織はサインを終えると、盤の前に座った。

「それでは最初の三人からどうぞ」

 営業スマイルも慣れたものだ。やはり棋士は商売柄、寡黙(かもく)で研究家のイメージが強い。そんなイメージを払拭(ふっしょく)させるために自分が役に立てるのなら、大いに頑張るつもりである。この前の哲哉との会話で、一層思いが強くなった。

「わしは二枚落ちで」

「ケンちゃん、ほら、六枚落ちでしょ? すいませんね~」

「あ、あの、に……二枚落い、二枚落ちでいいですか?」

 あまりにも緊張しているのか、こちらの青年は呂律が回っていなかった。

「あはは、あまり緊張なさらずに」

「す、すいません! 夢でしたので!」

「ありがとうございます」

 沙織は笑顔を見せ、淡々と駒を並べる。おじいさんと青年の盤からは飛車と角を持ち上げ、駒箱にカランと入れた。沙織の二枚落ちのハンデである。こちらの子どもはまだ幼稚園だろうか、お母さんが傍についていた。飛車と角、左右の桂と香を駒箱にしまうと、背筋を伸ばした。

「それではお願いします」



 時間を気にするのを忘れ、達也は将棋にのめり込んでいた。

 時刻は十二時なろうとしている。すっかり食事を取るのを忘れていたが、もはや食べる時間も惜しいほどであった。早くも十局指して、成績は五勝五敗。レートはずいぶん上がっていた。

「行くか」

 伊藤は一時に来いとあったが、自分はまだ一年生だ。多少早く行かねばならないだろう。

 お気に入りの白いパーカーをはおる。途中コンビニで昼食を買っても、三十分前には着く。鞄には、沙織からもらった本と筆記用具を詰め込んだ。そのままリビングへ階段を下りていく。

「今日も遅くなるかも」

「はいよ。ご飯はいる?」

「わからない」

「じゃあまたケータイで連絡してちょうだいね」

 玄関にある全身サイズの鏡で、身だしなみを整える。今日は春風が吹いていて、とても穏やかな気候だ。達也は胸を弾ませて自宅を出た。


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