3-4か
――ギャラリーが増えてきたな。
倉富は辺りを見渡した。ギャラリーは法名と東大のカードに集中していた。残っているのは大将戦、副将戦、三将戦。倉富の担当する大将戦も終盤戦に突入しており、やや戸刈の分の悪い形勢だった。
いやあ、これは長いなあ。相穴熊特有の展開だわ。
浅田は汗をぬぐう。両者とも見ているだけで暑苦しい陣形だった。現在は小島の攻め、戸刈が受けに回っている。延々と局地的な争いが続き、互いに譲ろうとしない。
小島の攻めは、言うなれば外壁をガリガリと削っているだけで、本丸まで届いておらず決定打には至っていなかった。戸刈もそれをわかっており、悲観はしていない。むしろ、経験則からこの攻めはしのぎ切れると見ていた。その希望を頼りに、ひたすら耐える。
これ、僕じゃ形勢判断わからないな。少なくとも、清野さんが悪いとは思えないけど。
シャイアンは首を傾けて盤面を見る。お互い美濃囲い、お互い飛車を手持ちにしており、似たような局面である。駒の損得は清野の一歩得。その代わり、諸星のほうが角が使いやすい状態だ。シャイアンには互角に見えた。だが、形勢判断において重要な要素が抜けていた。手番である。
――俺のターンだ!
高々と飛車を持ち上げて敵陣に打ち込んだのは諸星だった。この手があったため、清野は非勢を感じていたのだ。相手の攻めが一手早く、清野の手負けが濃厚となっていたからだ。
この速度を逆転させるには――
清野はたっぷり残っている持ち時間を投入して考え込む。諸星は長考の気配を察して席を立った。表情は自信に充ち溢れている。
清野は苦しいか。戸刈もずいぶん長いこと受けに回っている。佐藤はさっきに比べて紛れてきたか。
前田はもしかしたらと期待する。現状は3ー4負けが濃厚だが、どっちかが逆転すれば。
そう思わせたのは、東大の大将と副将がどちらも二軍だったからである。桐元や成瀬なら厳しいが、小島と諸星ならそこまで力の差は無い。
「前田、控室で検討するそうだが、来るか?」
奥村が猿島と増本を連れて話しかけてきた。
「私はここに残る」
主将として、決勝くらいはこの目で現実を受け入れたかった。
頷くと、奥村は対局室から去った。本当によくやってくれたと、前田は奥村の背中を見る。二人もよく頑張ってくれた。お前らがいなかったら、この場に立つことはなかった。
「いやあ、参りましたね」
駒台に手を添えて、田井が投了した。まだ局面は終盤戦にすらなっていなかったが、山岡のそれまでの指し回しが素晴らしく、戦意喪失してしまった。もちろん、山岡を信用しての投了である。
山岡は自分が勝ったことなど忘れているかのように、表情は険しいままだった。必死にチームの勝ち星を計算する。
古屋と田島が勝ったからこれで三勝目。チームは、チームは助かっているのか?
隣から阿部の声がした。どうやら勝ったようである。これで日東も三勝目。つまり3―3か。
「山岡さん」
田島が傍に寄ってきた。
あと一つでチームの勝ち。あと一つ――
「チームはどうなっている?」
田島はたっぷり間を置いて口を開いた。
「……負けました。3ー4です」
そんな……それじゃチームは……




