浅田の笑い
浅田は笑いが止まらない。まさかまさか、あのメンバーで三本も取れるとは。
中邦は中盤まで、それこそ7ー0ペースだったが、終盤に入って事態が大きく変わった。森が大逆転負けをしたのを皮切りに、あれよあれよと逆転負けが起こったのである。これで中邦は島与の挙げた一勝から変化が無く、代わりに三敗を喫した。
「マジッすか……」
森から状況を説明され、島与は呆然とする。森がパンと手を合わせて謝っているが、もう遅い。藤本が勝ったという報が入ってこれで2ー3。残り一つでも負けられない。だが、二局とも慶城有利の形勢だった。
浅田は安心してのしのしと会場を歩く。向かった先は決勝戦の様子である。
「古屋、スコアはどうなってる?」
古屋は両手でチョキを作って浅田に見せる。
「いや、ダブルピースじゃなくて」
「ちげえよ、2ー2ってことだよ」
「うそ!?」
浅田は法名がここまで頑張っているとは思わなかった。慶城にスコアで並ばれたのもなんだか悔しい。慌てて霧江―佐藤戦を覗くと、また驚いた。
「霧江君が負けそうじゃないか。どうしたんだ法名は!」
――後であいつは殺すとしよう。
浅田の最後のセリフは霧江にもはっきり伝わる声だった。
――負けそうだと? これでもか。
霧江はあえて攻めずに自陣を固めた。佐藤はその手を見て安心する。もうこれ以上の攻めが無いと判断したからだ。佐藤の目線はようやく霧江の高美濃囲いに向かい、どう寄せるか考える。ここで佐藤の持ち時間が切れた。
「もう安心してるでしょう」
浅田が大将戦に移った。代わりに感想戦を終えた奥村が覗き込む。佐藤が余裕のある手つきで持ち駒の桂を8六の升目に置いた。
――かかったな。
すぐに霧江が△8四歩と突き出す。たった今打った桂に向かってアタックしたのだ。次に△8五歩と突けば桂が取られてしまう。
なるほど、そうやって焦らせる作戦か。
田島は小刻みに頷いた。奥村も口元に手を当て、局面を分析する。
佐藤の打った▲8六桂は端を狙う手筋の一着だったが、△8四歩は良い手だ。玉を広くすると共に、桂を狙う攻防の一手。ここで焦って攻め方を失敗すると、霧江に持ち駒が増えるため逆転する恐れがある。これは佐藤も迷うだろう。
じっくり考えたいところで時間が無い。佐藤は迷うような手つきで▲9四桂と跳ねる。王手だ。これを△同香と取れば▲9五歩と突いて端攻めが続く。これが佐藤の予定だったが、霧江はノータイムで△8三玉とかわした。
「いやー」
佐藤が髪を掻きむしった。次々と読んでいない手を指されて、すっかりパニックである。
まだまだわからねえか。神野が腕を組んだ。
「お疲れ様です」
法名の準レギュラー達が増本の席に寄った。四将戦も六将戦も終わっているため、空いていた席に座る。
「先輩、あんなガキンチョにぼろぼろに言われて腹立たないんですか?」
川上がどうしてもやりきれないといった様子で増本に詰め寄った。
「そうよ、神野と同じくらい嫌なやつ!」下田も同調する。
「私が弱かっただけです」
増本は盤面から目を離さずにそう言った。
「戦法は悪くありません。使いこなせなかった自分が悪いんですよ」
そう続けると、寂しそうな表情を浮かべた。やはり一番最初に対局が終わったこと、それも大差の負けだったことに、増本も責任を感じているようだった。下田もさっきまでの怒りが消え、下を向く。
「でも」
増本はすっと立ち上がって下田達を見た。
「自分の作戦で挑めたので悔いはありません」
最後に見せた爽やかな笑顔は、いつもの増本だった。
「さあ、チームを応援しましょう!」




