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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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局面動く


――負けられない。なんとか耐えないと。

 やはり現代では通用しなかったのか、増本の将棋は中盤を境に清野のペースとなっていた。

 清野の▲5七金戦法対策は、振り飛車のお手本そのもの。美濃囲いがしっかり残ったまま攻め駒を捌き切り、清野は余裕の表情を見せた。

 悩んだ末に増本はじっと自陣を固めてチャンスを待った。最悪そのまま寄せきられるかもしれない。だが、自爆して死を早めるのは、団体戦で一番やってはいけないことだ。

「めんどいなあ」と清野が漏らす。決着はまだ先になりそうだ。



――こちらの優勢は明白。このままゴールまで進めれば。

 奥村は中盤の難しいやり取りを制し、桂得となっていた。桐元が長考して必死に手を編み出してきたが、全て奥村のデータ通りである。桐元の手に対して、少しずつ上回る手を繰り出す。プロの指した手なのだから、アマチュアが、しかもその場で考えた手など、到底(とうてい)敵わない。持ち時間に差がつき、桐元は残り五分。対して奥村は二十分以上残っていた。桐元は苦しげな表情を浮かべている。奥村は眼鏡に触れて盤上を凝視(ぎょうし)した。

――データは裏切らない。



 戸刈がいよいよ仕掛けた。がっぷり四つに組んで、いざ開戦である。どうするか、と小島がじっくり腰を落ち着けて考える。相穴熊はお互いが固い守りであるため、一旦差がつくと逆転するのが非常に困難なのだ。小島に比べて戸刈は堂々としたものである。

――よくわからねえけど、ドンパチやっとけばなんとかなるっしょ!

 こいつ、自信があるな。

 小島は戸刈の顔を覗いて再び熟考した。



 慶城と中邦の対決は中盤に入り、降級の首が懸っている中邦がリードを奪っていた。

 川上はいつも以上に真剣な眼差しでメモを取っていた。慶城のメンバーが二軍中心だったためである。本来彼らはそこに立つべき実力ではなく、自分としのぎを削り合う連中だ。自分より弱い人だっているだろう。もし自分がここに立っていたとして、自分はどのくらいの将棋が残せるか。川上は五将戦をじっと見つめる。中邦は自分を負かした因縁の相手、藤本だ。

――藤本さんの相手は俺と同じくらいの実力の川越(かわごえ)。少し形勢が悪いけど、俺の時より健闘してる。

 ぼんやりと眺めていると、突然七将戦が終わった。島与の対局である。川上はまた島与の早投げかと思ったが、今度はしっかり勝ち切っていた。島与の目に嬉し涙が浮かんでいる。

 中邦の応援が駆け寄って称賛(しょうさん)すると、「あったり前ですよ。切り札ですから!」と胸を張った。森が遠くからやれやれという目で見つめる。島与は自チームの状況をそこそこに確認すると、決勝戦の様子を窺いに向かった。



――くっそ、攻め切れないか。ならば受けに回るしか……

 形勢は前田の思い通りの展開となっていた。ついに成瀬は攻めを諦め、手を戻したのである。前田はノータイムで反撃に転じると、つられて成瀬も三秒ほどで受けに回る。

――これは?

 動揺している成瀬にミスが出た。前田はしばらく目を閉じた後、自信のある手つきで桂を打ちつけた。成瀬もノータイムで対応する。それに続けて前田もノータイム。

 前田さんノってるな。

 島与は手の調子で形勢を判断すると、今度は首を伸ばして盤上を見つめる。

 前田さんが受け切れそうだ。東大相手にこれだけ勝負できるなんて、法名の主将はやっぱすごいや。



 清野―諸星戦は序盤で変わったやりとりがあった。先手諸星の初手▲7六歩に対して、後手清野は△5二飛といきなり振ってみせたのである。この手はプロの目から見れば損な手で、アマチュアでもめったに見られない。なぜなら最初から「中飛車にしますよ」と宣言したようなもので、作戦の幅を(せば)めることになるからだ。あらかじめ中飛車とわかっていれば、対策は容易になるだろう。だが、清野は諸星にそれができないと判断したのである。ここから▲2六歩△5四歩▲2五歩△3四歩と進み、結局諸星は(とが)めることができなかった。これならプロでもよく見かけるゴキゲン中飛車のオープニングと一緒で、なんら問題もない。諸星は初手に動揺した考慮時間も含め、清野と大きく持ち時間が離れていた。

――諸星には勝っておきたいんや。ここでうちが取れないようじゃ法名の勝ちはあらへん。



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