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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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王者と誤解


 達也は法名の対局と同じくらい気になる対局があった。神野の対局である。戦型はどうか、それだけでも知りたい。もしかしたら自分の得意戦法の石田流をやってくれているかもと期待したが、そんなことなど知らないか。

 日東と医科大のデータは麻生が一人で取っている。達也は何気なく近づいて声をかけた。

「先輩」

 麻生は「ぬっ!」と驚いてメモ用紙をバサッと落とした。その拍子に神野がこちらを向いた。

「おっ、池谷来たのか」達也は紙を拾っている麻生を横に、苦笑いで返した。

「こらー麻生何やってんのよ」

 下田が呆れた目をしてこちらにやってきた。三ツ橋―米大の担当で、どこかつまらなそうである。

「なんかね、雰囲気が違うのよ」

 下田によると、米大にやる気が見られたらしい。これは法名との対戦で、いい勝負を演じたからだと予測した。だが、形勢はどこも苦しそうで、三ツ橋持ちと太鼓判(たいこばん)を押した。



「今年も結局東大と法名でしたねえ」

 幹事の一人である山口がそう言って高森にお茶とお菓子を差し入れた。

「東大の対抗馬はいつも法名か慶城ですからね。最近は優勝争いよりも、降級争いに注目が集まってる惨状(さんじょう)です」

 高森がさっとお菓子に手を伸ばす。

「確かにマンネリですよね。いつから東大ってこんなに強かったんですか?」

 高森はつまらなそうに「昔からです」と封を開けてお菓子を口に放り込んだ。

「そうなんですか……もう東大にはうんざりですよ。規制とかできないんですか?」

「山口さん、こんな話知ってますか?」

 お茶をゴクゴクと飲んでから高森は続けた。

「羽生さんが七冠王になった時ありましたよね。世間は羽生フィーバーで大いに盛り上がった。最強王者の誕生ですよ。ですが、残された他の棋士の立場はどうだったか。ある棋士は『棋士全員にとって屈辱』と言い残し、七冠を達成させてしまった対局相手の谷川さんは『ファンの人に申し訳ないし、羽生さんにも申し訳ない』とコメントを残しました。強過ぎるからといって、東大を問題視するのは筋違いです。僕は他のA級校がだらしないだけだって思うんですね」

 東大は今や学生の枠を超えて最強のチームになってしまった。新聞で取り上げられるほどになり、何の知識もない人にまで目にする。将棋界にとっては勝ち負けが全て。勝てば地位と名誉が与えられる。敗者は何を言っても負け惜しみにしかならないのである。

「そうですね。ではニュースターはいつ現れるんでしょうか」

「わかりません」

 二人はハハハと笑った。

「そろそろ中盤戦になりましたか?」

「ええ、これから棋譜が届きますよ。データ打ち頼みます」

「もちろんです」



 トイレから戻ってきた長崎はげっそりとしていた。さっきの言いかけたセリフを、達也に聞かれてしまったのではないかと。憶測とはいえ、様々な展開が目に浮かぶ。誰かに言っていなければいいけれど。気を取り直して対局室に入った。

 まずはレギュラー達の様子を窺う。大将戦は長そう。副、三は難解。四はまあまあで、五はまずそう。六、七はよくわからない。つまり難解。

 盤からちらっと顔を上げると、麻生と達也が会話しているのが見えた。

「何話してるんだろ……まさか」

 その瞬間、麻生が驚いて紙を落としたのである。下田も呆れて何か言っている。 日東の白髪も何か言っている。それに池谷君が困った感じで笑った。

 つまりこういうことかしら?


池谷君「先輩、さっき長崎から告白されちゃいました」

オタク「なんですと!?」バサッ。

ビッチ「あの子も困ったものねー」

白髪野郎「へへへ、あんなチビメガネなんかフっちまいなよ」

池谷君「あはは、そうっすね!」


……いやああああ!

 穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになった。辛い。下田や他大の人間にまで聞かれるなんて、大学将棋界の笑われ者である。ふらふらと頭を抱えて再びトイレに入った。個室の中で長崎は壁にゴンゴンと頭をぶつける。そして長崎にある一筋の考えが浮かんだ。

 こうなったら、もう白状してしまおう。そうしてすっきりしてしまえば……




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