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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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24初挑戦


<きのうはお疲れー伊藤です。今日は一時に部室に来てくれるかな? じゃあよろしくー>

 もう朝になっていたか。沙織から手渡された本を読んでいたらいつの間にか眠ってしまっていた。伊藤からメールが届いている。至ってシンプルな文面だ。達也はパジャマから普段着に着替えて、本をベッドに置いた。

 一時まではまだ時間がある。いつも休日はぼーっと過ごしていたが、今日はどうしよう。ぼんやり考えていると、やはり頭に将棋が浮かんできた。もっといろいろ将棋界について知りたいと思った達也は、コーヒーを用意してパソコンの前に座った。といっても今回はハム将棋ではない。本の中にプロ棋士について特集されていたコラム欄があったのだが、達也はそこに注目したのである。日本(にほん)将棋(しょうぎ)連盟(れんめい)と検索画面に打ち込み、椅子にもたれた。

「羽生さんだ」

 日本将棋連盟の公式ページには、将棋界についていろいろな情報が紹介されていた。将棋界には七つのタイトルがあり、その中の数個を()めているのが羽生であった。知っている名前を見つけて、達也の心臓は高鳴る。だが、間違っても女流棋士のページは開かないようにした。この中に沙織がいると考えたら、うっかり開けないからだ。達也にとっては、下手なブラクラより効果的だろう。

 昼まで達也はずっと将棋連盟のホームページを見ていた。ある程度将棋界のことについて把握することができたが、まだまだ知りたいことが山ほどある。達也は沙織の部屋のドアをノックした。

「今度はなによー」

「本読んだよ」

 表面はその理由だったが、本当は将棋界について質問するつもりである。

 ドアが開く。沙織はヘアピンを口に(くわ)えていた。

「あら、やるじゃん」

 沙織は今日も出かけるようだ。紙を()わえているのは外に出る証拠である。ポニーテールは沙織のトレードマークであり、それがどこか高身長と相まって、男性の憧れの的となっているようだ。

「じゃあ次のステップね」

 そう言うと沙織は達也の部屋に向かい、ドアの前に立った後、しばらく固まった。そして達也をじっと見る。

「なんだよ」

「変なもんとかないでしょうね」

「当たり前だろ!」

 沙織は達也に白々しい目を向けると、部屋に入った。そのままパソコンの前に立ち、画面を覗き込む。

「あっ将棋連盟のホームページ見てたんだ」

「そうだけど? あのさ……」

「これこれ」

 達也が何か言いたそうだったが、それを遮るように、沙織は横のバナー欄を指差した。そこには「将棋倶楽部(くらぶ)24」との名前があった。

「なにこれ?」

「オンライン対戦ってのがどこのゲームにもあるでしょ。将棋だと、このサイトが 日本最大の規模を誇っているのよ。よく『24』って呼ばれているわ。ここでいろんな人と対戦してみなさい。……ちょっと待ってて」

 なにやら登録作業を進めているようだ。それにしても、いきなり知らない人と対局するだなんて、なんだか不安である。自分のような素人じゃ相手に失礼じゃないだろうか。

「ここはあんたと同じようなレベルがたくさんいるわよ。まずは0点で登録しておいたから、これが500点になったら次のステップに進むわね」

「わかった」

「言っとくけどしんどいわよ。でも、ここで100局真剣に指したら絶対に強くなるわ。仮に500点に届かなかったとしても、100局指したら次の段階に行くわね」

「……わかった」

「じゃあね」

 沙織は部屋を出る。今日は指導対局のイベントの日だ。達也の指導もしてあげたいが、私のためにお金を払ってくれたお客様が待っている。プロとして、私には成さねばならない使命がある。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい。今日は遅い?」

 登紀子が玄関まで見送る。

「そうでもないかな。夕飯はうちで食べるから」

「そう、今夜はカレーにするわね」

 沙織は笑顔を見せると、お気に入りの靴を履いて外に出た。

 達也に厳しい試練を与えたけど、今回は本気そうね。どこまで強くなるか楽しみだわ。

 沙織は雲一つない晴れた空を見上げた。



 早速達也は、自分より30点レートが高いハンドルネームの人をクリックした。持ち時間というのがよくわからなかったが、すぐに指せば問題ないだろう。相手も了承(りょうしょう)してくれたようである。将棋盤の画面が現れ、対局が始まった。

 達也が選択していたのは「早指し」。これは最初に一分の持ち時間が与えられ、それを使い切ると一手を三十秒以内で指さねばならない。これを三十秒の秒読みという。

 ピッ、ピッと電子音が鳴り響く。まだ5手しか指していなかったが、達也は早くも時間を使い切り秒読みになっていた。赤い点滅が達也を焦らせる。慌てて駒をクリックし、素早くマウスを動かした。

「ふー時間が無くなるところだった」

 達也はいつもの石田流に組み、十分な体制をとる。わくわくがとまらない。次に相手はどう指してくるのだろうか。ハムとは違って、相手の人間味溢れる指し回しが、より達也を引き込ませた。きっと駒達もわくわくしているだろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「角よ、次にわしが敵陣に切り込むからバックアップ頼むぞ」

「飛車様、それはどういうおつもりですか」

「まさか死ぬ気では!?」

「戦争には多少の犠牲がつきものだ。わしが死んで達也殿に勝利をもたらすなら、安いものよ」

「飛車様!」

「さあ歩よ、送り出してくれ。今から敵軍の7(すじ)を突破する」

「飛車様!」

「飛車様!」

「桂! (きょう)! うるさいぞ!」

「……」

「……」

「桂、お前を男にしてやる。わしが死んだ後、高く舞い上がるのじゃ。香、角を支えるのはお前しかおらん。頼んだぞ」

「飛車様……」

「駒に生まれたからには、駒の特性を生かさねばならん。この役目はわしにしかできないんじゃ。お前らもそうだろう?」

「……また、来世でお会いしましょう」

「ああ、じゃあな……突撃――」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 数分後、達也は勝利した。石田流の会心譜。沙織のお手本通り、駒が生き生きとしており、全てに役割が備わっていたのだ。

「気持ちいいいいい!」

 初めてのネット対局だったが、最高の結果だ。途中からはハムのほうが強かったかもしれない。これで少し自信がついた。

「僕でも勝てるんだ!」

 達也はしばらくパソコンの前から動かずにいた。


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