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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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各大学の声


 ずいぶんトイレにいてしまった。達也は慌てて対局室に戻る。

「池谷君! またふらっとどこか行ってたでしょ!」

 下田が達也の背中を叩いた。「すいません」と申し訳なさそうに目を伏せる。

「米大さ、なんか頑張ってるのよ。意外よね」

 それは本当に意外である。雪本のお祈りが通じたのだろうかと、達也は微笑んだ。すると、下田に「なんで嬉しそうなのよ~」と言われ、鼻をつままれてしまった。


 一時間後、対局が全て終了した。部室から戻ってきた雪本はしっかり勝敗を記入していく。前田と一礼した後、米大勢の輪に駆け寄った。レギュラー達はやりきった表情をしている。

「み、みなさん……」

「何も言うな主将!」


 え?

自分のことを主将と呼んでくれた。こんなことは今までなかった。

「主将、よくやってくれたよ!」

「ああ、主将、ラストも頼むぜ」

 認めてくれたのか、自分を。

「はい! 頑張りましょう!」

 手にしているオーダー表に新たに書き込まれたのは、今までで一番力強い0―7の文字だった。



「これで米大が落ちたか。うちも助かる可能性が増えたな」

 古屋は黒板に書かれた対戦表をじっくりと見つめていた。下位争いのチームもしきりに黒板に集まる。第六ラウンドで波乱が起きたからだ。

 日東(二勝三敗)―中邦(一勝四敗)のカードは中邦が4ー3で制した。これにより優勝候補となっていた日東が本格的に降級争いと参戦。

 三ツ橋(一勝四敗)―医科大(二勝三敗)は三ツ橋が力を見せた。田島と古屋は勝ったものの、それ以外を取られ2ー5負け。これで二勝のチームが四校並び、もう一枠を巡って最終戦は熾烈な争いとなったのである。

「先輩、こうなると勝ち数の差が大きいですね」

 田島が古屋の傍に立った。

 最終戦を前に勝ち数の高い順に並べると日東(18)、中邦(16)、医科大(15)、三ツ橋(14)。

「ほらな、法名に三つ勝っておいてよかったろ。最後はこういう勝負になるんだから」

「でも先輩、その代わり慶城にストレート負けですよ。古屋さんがいれば……」

「うーん、その分お前が勝たなきゃ」

「僕の相手は浅田さんでしたもん。勝てないですよ」

 田島と古屋の会話しているところへ、島与がやってきた。

「やあやあ、一勝差ですねえ」

「そうだな。楽しそうじゃん」

「今一番やばいのって医科大ですよね。最終戦の相手はライバルの日東ですし」

にやにやと笑っているが、もちろん内心は穏やかではない。島与だって中邦の現状はよくわかっている。

「中邦もやばいだろ。相手は慶城だぞ」

 島与は「そこはですね」と咳払いして持論(じろん)を展開させた。

「慶城は消化試合なんで、絶対に育成オーダーにしてくるんですよ。これは過去のデータからもそう出ています。データ通りなら浅田さんが「めんどくさい」って言って出ません。それに、いよいよ僕が出場することになりましてね、切り札投入ってわけですよ」

 島与は本来レギュラークラスの実力があるのだが、あの猿島戦の敗戦によって懲罰交代されていた。ところが、先程ライバルの三ツ橋が勝ったため、いよいよ尻に火が着いた。それに応じて森が縛りを解禁し、ついに初戦以来のフルメンバーで挑むことになったのである。

「おい、島与、こっちに来い」

 遠くから森の声が聞こえ、「それでは頑張りましょう」と言い残して島与は廊下に出た。

 田島と古屋は顔を見合わせる。

「あいつ、余裕そうだったな」

「そうですね」

「島与の言ってたことも、もっともな理論に思えてきたんだよな。勝ち点が一番少ない三ツ橋の相手が最下位の米大だし、これはもうわからんぞ」

「とにかく一敗もできませんね」

「しょうがねえ、またあいつを呼ぶか」

 古屋がケータイを耳元にあてた。



「くそっ、まさか中邦に負けるなんて!」

 宮本は頭を抱えた。原因ははっきりしている。エースが来ていなかったからだ。

「田井と阿部と俺が勝っても、足りないんだよなあ。見事にオーダーの差でやられた」

「藤本さんが六将で出てくるなんて思いもしませんでしたよ」

「とにかく最終戦、医科大には絶対に勝つ」

 宮本はいつもの穏健(おんけん)さが消えており、明らかに焦っていた。次の対局でチームが負けると、一気に危なくなる。

「やっぱりあいつがいないとダメか……」

 田井がぽつりと呟いた。チームもそれはわかっていたが、口にできなかった。日東はあの日以来チームに元気が無くなった。どこか海に沈んだような気持ちで、浮上するきっかけもない。宮本がたまらず「くそっ」と膝を拳で突いた。

「神野、戻ってこいよ! あいつ、何やってんだよ!」

 宮本は頭を掻きむしり、その場を去った。



「中邦全員いるな」

 島与が慌てて駆け寄ってきたのを見て、森は待っていたかのように話した。

「うちが慶城に勝てば文句なしで残留。負けたとしても、他校の結果によっては残留だ。もうエレベーターなんて言わせねえ。うちは残るんだ!」

 廊下に「はいっ!」と威勢のいい声が響き渡る。

「そこで今回、本人にはもう言ったが、島与を出す。お前は実力はあるんだ。頼んだぞ」

 実力はある。森から直接口にされたことは今まで無かった。事前に知らされていたので、感情は薄かったが、皆がいる前で言われると、なんだか恥ずかしかった。

「頑張ります! 必ず慶城を倒します!」

 島与がそう宣言すると、笑いとどよめきが起こった。島与は先輩達の愛の茶々(ちゃちゃ)を受けながらも、にっこりと笑った。



「はいはい中邦は島与君が出るそうでーす」

 廊下で聞き耳を立てていたのは慶城の浅田だった。

 ボードに書いてあった島与の名前に大きく丸をする。「中邦さんは情報を全部教えてくれるからね」と笑いを取った。東大相手に勝ったからか、浅田はゴキゲンである。

「先輩、この調子で最終戦も頼みます!」

「どうしようかな~負けてもうち三位だからさ」

 また大きな笑い声が起こった。

「最終戦だし、やりたい人が出るってことでいいよね。じゃあ将棋指したい人!」

 続々と手が上がった。浅田は今まで出ていなかった人を優先して選手を選ぶ。

 すると、浅田の名前まで消え、見慣れない名前でオーダーが埋まった。

「二軍かな?」

 浅田がそう言うと、チームはもうとにかく笑った。嬉しくてしょうがないようである。直前のラウンドで、慶城は今季で唯一東大相手に二勝もしたのだ。負けたとはいえ、明るくなるのも無理はない。浅田はペンで用紙にボードの通り書き込むと、両手でしっかりと用紙を握り、「じゃあこれで提出してくるわ」と言った。そのセリフに、今日一番の笑いが起こった。本当かよ! と。レギュラーはわずか一人。完全な育成オーダーだったが、中邦は試すには格好のポジション。こうやって慶城はチーム全体の層を厚くしているのである。



「慶城相手に二つも負けるとか……舐めてんの?」

 東大陣は勝ったにもかかわらず、重い空気が漂っている。

 霧江の言葉に敗戦を喫した早川と石井の二人は肩をすぼめた。「罰金だ」と霧江が続ける。

「すいません、次は頑張ります」

「次は無いって忘れたんですかー?」

 霧江がいたずらっぽく返す。何人かが二人を見てクスクスと笑った。

 東大の(おきて)だ。負けた者はもう大会に出場することはできない。こうして淘汰(とうた)されていくのである。

「東大の名にかけて、負けることは許されない。俺らは絶対王者だ。こんな関東で苦戦しているようじゃ、全国なんて取れないんだよ!」

 霧江の声は迫力があった。いつも冷静沈着な霧江が(きば)を見せたのである。もう笑う者なんていない。全員が引き締まった表情を見せ、背筋を伸ばした。

「気を抜くな。次のオーダーを発表する。上から小島(こじま)、諸星、俺、成瀬、清野、桐元、木田だ」

「はい!」



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