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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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米大の背景

「今日は空いとるかな?」

 米大にいち早く着いた清野が、初日で使っていた小部屋を覗いた。さっそく荷物を下ろし、前田に電話をかけた。

「今日はあの控室空いてましたんで、大丈夫でっせ!」

 数分後に前田を先頭に法名勢が押し寄せてきた。

「ここなら思う存分話せるな」

「清野さんグッジョブ!」

 下田が親指を突き立てて笑顔を見せた。

 最終日とあって、どこの大学も顔つきが険しい。清野によると、ピリピリしているのがうつるから大教室だけは嫌なのだという。

「皆さん! 今日はこんだけ差し入れ買ってきました!」

 下田が鞄の中から大きな袋を取り出した。

「なんだそれは?」

「キットカツトですよー。甘いものは脳に良いらしいんで、たくさん買ってきました!」

 袋の中身は見えなかったが、まるでサンタの袋のような大きさだった。猿島が中を覗く。

「すごい、全部チョコだ!」

「我々が問屋(とんや)まで仕入れてきましたからな。業務用(ぎょうむよう)ですぞ」

「百個はありますよー!」

 達也の知らない間に、いつの間にか買いに行っていたようだ。伊藤が「買い過ぎだって止めたんだけど」と頭に手をあてている。

「さすがにこんなには食べられませんね……」と達也も困惑して笑った。

 続々とレギュラーが袋に手を伸ばしていく。増本は三つ、猿島は五つ手に取った。それでもまだまだ底が見えず、仕方なく準レギュラー達も袋に手を伸ばした。



「今日法名に負けると、完全に終了です」

 一応、伝えておきました。後ろにそう続きそうな調子で言ったのは、米大の主将である雪本(ゆきもと)(れん)だった。

 米大は降級に関して、特に危機感がなかった。去年はまさかという形でA級に昇級できた。中邦は確定という下馬評があったため、実質残り一枠をかけた争いとなっていたのである。幸運にもA級への切符はノーマークだった米大に渡された。当時の喜びはもう無い。今はひたすらリーグが終わることを望んでいる状態だった。

「雪本、法名のその次の相手は?」

「三ツ橋ですね」

「なんだ、最後は一緒に仲良く降級ってことか」

「いや、三ツ橋は中邦に勝ってるんで、一番危ういのは中邦ですよ」

「マジかよ。昇級校が揃って落ちるとか笑えねーな。どんだけA級はレベル高いんだよ」

 もう自分達は落ちるって決めつけている。誰もチームの勝利を信じていない。

 雪本はうつむいてオーダー表から目を背けた。用紙は黒星で真っ黒に染まっている。これならB級に残っていたほうがよかったなと思ってしまう。

「雪本、全部やっといてくれよ」

 また、こうだ。主将とは名ばかりで、完全に僕は雑用係になっていた。



「主将が決まってないんだよ」

 雪本が将棋部に入った時に先輩から聞かされた言葉だ。雪本は驚いたが、それだけ緩い部活なのかと考え、そのまま入部した。自分の実力はほとんど初心者だ。それでも、将棋が好きでたまらなかった。ここに入れば強くなれるかもしれない。そう考えていた。

 だが、待ち受けていたのは先輩からのパワハラだった。雑用をずいぶんと任され、少しでも気にそぐわなかったら罵声(ばせい)が飛ぶ。おかげで自分以外の一年生は、苦しくなって部を辞めた。レギュラー達は大会の時にしか姿を現さず、将棋を教わることもできない。

「雪本、お前主将な」

 ある日突然主将に任命されてしまった。理由は一番部室にいるかららしい。当然、主将といえど一年生なので、部室内の扱いは変わっておらず、立場は低いままであった。



「米大にも気を抜くな」

 おそらく勝てるだろうとは、前田の頭にもあった。だが、油断して負けるなんて()骨頂(こっちょう)である。第一、手を抜いて勝てるほどA級は甘くない。というわけでオーダーは今までと変わらず、フルメンバーで挑むことにした。

「米大ってあの一年生主将のチームですよね」

「ああ、なんかいろいろあったのだろう。まあ、余所の事情に首を突っ込むわけにもいかないがな」

「一年生で主将って、どんなチームやねん」

「しかもそいつはオーダーにすら載っていない雑魚(ざこ)だぞ。舐めてるとしか思えねえぜ」

 戸刈の言葉に前田は「うるさい」と(しか)る。

「まあ、東大戦前のいいウォーミングアップですな」

 麻生はひょっとしたら自分も出れるんじゃないかと期待していた。だが、まさかフルメンバーになるとは。なかなか現実は厳しい。

 しばらく談笑していると、あっという間に開始時間が迫ってきた。法名は余裕を持って控室を出る。廊下では円陣を組んでいる三ツ橋勢や、OBの話を聞いている中邦勢がいた。



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