最終日前
「俺が奨励会に入った頃、神野さんは2級にいた。俺より年下なのに2級にいるなんて、天才だと思ったね。鋭い攻め将棋で、初段の人達もよくやっつけていたよ。でも、その時からいじめが始まっていたらしい。俺は関わらなかったけど、神野さんの才能を妬む声はよく耳にしたな。幹事の人達も助けてくれなかったみたいだね」
達也はやはりといった表情で上を向いた。
「奨励会って怖いところなんですね」
達也の呟きに桑原が「いやいや」と笑って返した。
「今はそんな暇なことしてる奴なんていないよ。将棋の研究とかで忙しいからね」
「じゃあそのいじめてた人達は」
「全員辞めたよ」
プロになる資格が無い人は次々に辞めていく。桑原はそう教えてくれた。そういう意味では神野も相応しくなかったのかもしれない。
「今日はいい気分転換になった。次は連勝できると思う」
桑原は最後に爽やかな笑顔を見せて部室塔を後にした。
達也はもう一度神野に会いたくなった。この気持ちはどう言っていいかわからない。本当に友達なわけがないのに、友達のような存在になろうとしている。もう一度会いたい。
それにしても、神野のことは年下なのに「神野さん」と呼んでいたのには驚いた。やはり年上も年下も関係ない、この世界は実力が全てなのである。達也はもう一度部室に向かうために、階段を勢いよく駆け上った。
「明日は今までと同じ会場だ。各自時間に遅れないように」
辺りがすっかり暗くなって、部員たちはようやく片付け始めた。レギュラー達も納得したようで、満足の表情を浮かべている。
「今日こそはまっすぐ帰ってよく寝ること。お前ら、頼んだぞ」
「もちろんです!」
「明日はやったるでー!」
レギュラー達は楽しそうな雰囲気だが、プレッシャーも相当なものである。特に戸刈は無理して盛り上げている感があった。いよいよ明日で大会が終わるのかと思うと、達也は胃が痛くなった。どうか勝ってほしい、と達也は七人を見つめた。




