沙織VS女流王座、決着
達也達は部室でずっと将棋を指していたが、六時頃になってようやく止めた。さすがに一人も来ないのは変だと感じて、立ち上がる。橋本の姿も見当たらない。
「帰りますかな」
「そうね、東大の人達くらい来るかと思ったけど」
霧江の指示だろうか。もし、邪魔にならないように入室を制限していていたら、とても面白い。本来なら、東大がふんぞり返っていてもおかしくない場だ。本気でオフ会と勘違いしたのかもしれない。
「僕ら勝手にここ出ていいんですか?」
「構わないわよ」
五人は駒を仕舞うと、部室を後にした。
「あーあ、結局東大の活動が見れなかったわね」
「そうですね。でも、部室を見ただけで、何か伝わってきませんでした?」
長崎は振り返った。
自分達の部室とは違って、テレビやゲームなどの娯楽が一切無い。あるのは将棋だけだ。使い込まれた盤と駒は、どのくらいの歳月を要したのか、気になってしまう。普段から、飽きるほど駒に触れているのだろう。基礎体力が違う。東大がアマチュア最強集団というのも納得できた。
「我々も勉強しないといけませんな」
麻生の言葉に、皆は頷くことしかできなかった。
わずか66手という短手数で終局した。対局室に銀林と和田、カメラマンが入り込む。
「池谷さん、中水女流王座に勝ってのリーグ入りを決めたということで、お気持ちはいかがですか?」
沙織は間を置いてからインタビューに答えた。
「ずっと目標にしていたのですごく嬉しいです。特に今日の一戦は中水さんが相手でしたので、本当に夢のようです」
「これで女流初段となりましたね」
「はい。ありがとうございます」
王座はいつもと変わらない穏やかな顔で沙織のインタビューを見守っていた。
敵討ちはできませんでしたか……王座はふーっと息を吐く。
しばらくすると王座は対局室を後にした。廊下で高山とすれ違う。
「意外と強かったろ?」
「そうですね」
将棋の内容はよくわからなかった。ただ自分が熱くなっていただけかもしれない。
ふと対局室を振り返る。こうやって若い人が後ろから迫ってくるのだろう。だが、次こそは負けない。今度はタイトル戦の挑戦者としてかかってらっしゃい。




