東大潜入!
「皆さん授業とか無いんですか?」
橋本は集合時間を四限前の二時半にしていた。それにもかかわらず、集合場所の門の前では五人が揃っていた。昨日のメンバーと麻生である。
「小生も高校時代は東大を目指していた時期がありましてな、東大はそれ以来ですぞ」
達也は佐伯と談笑しており、下田はスマホをいじっている。ずいぶん余裕のある態度だ。ただ一人元気の無い長崎が気になったが。
「はい、じゃあこれから行きますよ」その声と共に全員は門を出た。
東大までは電車で十五分ほどの距離で、行こうと思えば簡単に行ける。地下鉄に乗り換え、そこから少し歩けば東大だ。橋本はツイッターで呼びかけた。
“もう東大に着きましたが誰かいますか?”
一分と経たず、返信が相次いできた。やかましく連続して鳴る着信音に、皆が驚く。
「もう入っていいの?」
「はい。もう中にいるみたいです」
達也は緊張しているようで、足取りが重い。下田などは「青春のバカやろー」なんてはしゃいでいる。東大を見てそう言うということは……
「下田殿、その様子じゃお主も夢破れたようですな」
「そりゃー入りたかったわよ。高三で現実を知って私立に妥協したわ」
「先輩遅くないすか? 俺なんか一年生の時に学校で私立か国立か選択させられましたよ。国立きついんすよねー、自分も諦めました」
佐伯も同じ悩みがあったようだ。
「まあ普通はそうだけど、うちは成績優秀だったから」
下田がてへっと笑ったところで会話は途切れた。達也は第一志望が法名であり、東大など選択肢になかった。周りの意外な優秀ぶりを見て、特に二年生達の印象が変わった。
「ここが部室ですね」橋本が襖を開けた。
全員は目を疑った。和室である。だが、お世辞にも立派な部屋とはいえず、むしろ法名のほうが立派な作りだった。中には誰もいない。畳に将棋盤と駒が置いてあるだけだ。
「もっとすごい部屋かと思ったわ」
「やあ、法名大学の皆さんですか?」
後ろから声が聞こえ、皆は振り返った。そこには眼鏡をかけた感じの良さそうな男が立っている。
「東大一年の石井です。はっしーさんはどちらで……」
橋本が嬉しそうに手を上げた。それを見て石井も頷く。
「あなたがはっしーさんですか!」
二人はツイッターで仲良しなようだ。だが、実際に顔を見たのは初めてのようである。
「レギュラーでもツイ廃っているのね」
石井とは昨日話に出てきた男だ。下田はつまらなそうに二人を見つめている。
「じゃあ皆さん、ここを好きに使ってください」
石井は部室を開け渡してくれた。オフ会は向こうでやるそうで、ここには東大の人しか来ないらしい。
石井と橋本はそのまま部室を出て、もう一つの会場に向かった。残された五人は顔を見合わせ、盤の前に座った。
「使い古されてますな」
「盤も擦り減ってますよ」
駒箱を開けると、年季の入った木の駒が出てきた。達也は歩を手にすると、まじまじと見つめる。ほのかに香る木の匂い。家のと同じだ。
「僕らの使ってる駒より良い物が多いですよね」
「そうですなー」
麻生は正座して盤の前に座る。
「やっぱり和室で正座もいいですな。小生も香一枚くらい強くなった気分ですぞ」
実力はともかく雰囲気は出ている。達也も麻生の前に対峙した。やがて無言で駒を並べ、振り駒をする。そのまま頭を下げて、いつものように対局が始まった。
「うちらも指そうか」下田が隣の盤の前に座った。
「ながこの二面指しね」
「二面ですか!?」
「しょうがないでしょ。うちら二人とも初心者なんだから。ねー」
下田に首を向けられ、佐伯は「そうですね」と苦笑するしかなかった。




