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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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遅れた新歓

「達也遅いわねえ」

 寄り道でもしているのだろうか。登紀子は暗くなってきた外を見上げながら、心配そうな顔を見せた。家から大学まで三十分ほどしかかからないのに、今日はやけに遅い。いつもならもうとっくに家に着いてもいいはずなのに。

「あの子もようやく学生らしくなってきたのかしらね」

 私も大学生の頃はよく遊んだものだった。おかげでずいぶん両親に迷惑をかけたが、やはり大学生はこうでなければ。達也は昔から寄り道せずに、まっすぐ家に帰る子だった。逆に心配になったこともあるくらいで、先生に相談したことだってある。そんなあの子が、ようやく青春らしいことをしているのかもしれない。

 登紀子が満足そうに頬を緩める。心配ではあったが、嬉しさのほうが大きい。

「それでも、連絡ぐらいしてくれるといいんだけどねぇ」

 登紀子は冷蔵庫の中から()き肉を取り出し、ガスのスイッチを入れた。



「部室は好きに使って。液晶テレビもあるし、ノートパソコンも三台あるわ」

「ゲーム機器も完備してありますぞ。あっ申し訳ない、ディスクシステムだけは勘弁してもらえますかな」

「歴代の先輩方からずっと受け継がれているからね。こっちには将棋の本がたくさんあるし、不自由しないと思うよ」

 三人は達也にいろいろと部室の説明をしてくれた。伊藤が指差した食器棚には、コップや皿だけでなく、将棋の本も数多く並んでいる。中には年季の入ったボロボロの資料もあり、この部の歴史が感じられた。

 改めて部室を見回してみたが、とても良い環境だ。広さは畳十帖くらいだろうか、決して狭いわけでもない。冷蔵庫もあるし、まるで旅館の一室のような空間である。だが、将棋のイメージに付き物のあれが無かった。

「そういえば畳って無いんですね」

 それを聞いた麻生が「椅子が一番ですぞ池谷殿」と言ってどっかりと椅子にもたれる。

「いやあ、将棋って畳に正座のイメージがあったんで……」

「そうそう、プロは和室でやるわよね。詳しいじゃん」

 姉の影響である。どうして詳しいかは、口が裂けても言えない。

「部員って三人だけですか?」

「いやいやまさか! 今日はたまたま人が少ないのよ。全員合わせれば三十人くらいいるわよね」

「就活で忙しい先輩もいらっしゃいますしな。小生でさえ、一回も見たことがない方だっておられるほど。詳しい人数は把握(はあく)できておりませんな」

麻生が新品の麦茶の(ふた)を開けた。

「そうね。実質活動しているのはもっと少ないかしらね。もちろん一年生もいるわよ」

 達也は少し心配そうに「そうですか」と呟いた。

 果たしてその輪になじめるだろうか。自分よりも早く先輩方と溶け込んでいるのは、少なからずハンデがある。そういう意味でも、はやく同級生と会いたかった。

「んじゃ、新歓終わっちゃったけど、私達だけで歓迎会やっちゃう?」

「下田殿、もう六時ですぞ。外はリア充で溢れており、大変危険であります」

「飲み屋も空いてないよきっと。今日は金曜日だしね」

「部室で酒は飲めないし……となると場所はうちで決まりよね~」

 麻生と伊藤は、露骨(ろこつ)に嫌そうな顔を見せた。

「うちん家、ここから徒歩五分で行けるから、すぐよすぐ!」

 下田がケラケラと笑っている。

 達也は困惑していたが、どうすることもできず下田に手を引かれてしまった。下田は勢いよくドアを開ける。

「あの、麻生さん達は……」

 振り返ると、麻生はビシッと敬礼のポーズを取っており、伊藤も頭を下げていた。なぜ来てくれないのだ、と達也は涙目で訴えるも届かなかった。下田は達也の手を引っ張って部室から出ると、周りの目を気にすることなく、校門へと向かった。傍から見たらカップルのようである。達也はクラスの人達がいないか警戒し、顔を腕で隠していたが、相変わらず手は引っ張られたままであった。

「レッツゴー!」

 よほど恐ろしいことが起ころうとしているのだろうか。達也は怯えながら歩みを進めた。



「ここのアパートね」

 本人の前では決して言えなかったが、誰が見ても明らかなほど、薄汚いアパートだった。家賃も見るからに安そうである。

「一人暮らしなんですか?」

「そうよーあたし福岡の生まれでさ、大学合格してそのまま上京してきたのよ。ほら、よく見ると福岡美人って感じでしょ?」

「よくわからないですけど……」

 下田が鍵を挿してドアを開けると、達也の目に想像とは違った景色が広がった。外見とは違い、中はずいぶんときれいなものだった。それもそのはず、部屋にはいかにも必要最低限な物しか置いておらず、殺風景(さっぷうけい)とすら思えるほど、物が無かったからだ。大きなベッドとこたつがよく目立つ。少なくとも、達也を痛めつけるような道具は見当たらない。

「ん? わっ!」

 達也が部屋を見回した時、うかつにも目に入ってしまったものがあった。

「あーごめん、パンツ置きっぱなしだった」

 それだけではない、ブラジャーも無造作(むぞうさ)に置いてある。もう早く片付けてくれ。達也は頭を下げ、目を閉じ、念仏を(とな)えた。

「まあまあ、サービスショットってことでいいじゃん」

 この女には恥というものが無いのか。達也が赤くなった顔を上げると、大きく笑い出した。

「恥ずかしがってるなんてかわいいねー! なんか池谷君って、よく見ると中学生みたい」

 つまり童顔ということか、また言われてしまった。中学までは何も気にしていなかったのだが、高校に入学してから、みんなに口にされる度に本当にコンプレックスとなってしまった。女子からは女の子っぽいとまで言われたことがある。そのため、周りとは少し違った接し方をされていた。まるで年下の子どもをあやすかのような。

「気にしてるんで……」

「あっ、そうなんだー! かわいー! そんなことないよ! 池谷君イケメンだよ! うちの前田さんには敵わないけどねー」

 前田さんとは誰だろうか。どうやら部員のようだが、これからじっくり覚えていくとしよう。

「はいじゃあ日本酒も用意できたし、さっそく乾杯といきますか!」

なんのためらいもなくコップを渡されたが、達也は未成年である。

「あのーお酒は……」

「んにゃ、飲めないの? しょうがないなあ」

 下田がケータイを取り出した。愛用のスマホだろうか、きれいに装飾(そうしょく)されていて、ゴージャス感がある。素早く指を動かすと、耳にあてた。

「おい麻生、今すぐ伊藤を()れてうちに来い。……え? そりゃそうだよ。うるさいな、早く来ないと……はいよろしい」

 ケータイをベッドに放り投げると、下田が引き出しからフィギュアを取り出した。なんらかのアニメの女キャラクターだろうが、詳しくないので名前はさっぱり知らない。

「これ、麻生の宝物なの。うちがこうして家で預かってるから、弱みはなんでも握れるってわけ。にゃははー!」

「え、忘れていったんですか?」

「部室にねぇ、なーんかねぇ、あたし以外のねぇ、美少女がいたからねぇ、うちに監禁することにしたのー」

 わざとらしく言って下田は悲しい表情を見せたが、もちろんこれは演技だ。恐ろしい。さぞ麻生も悲しかっただろう。それならば早くここへ来て引き取ればいいのに。

「まあ、今年一年生にうち以外の女の子が入ってきたから、そろそろ返そうかなって思ってたんだけどね」

 それは朗報だった。だが、将棋部に二人しか女子がいないことがわかり、なんだか寂しくなってしまった。贅沢言える身分ではないのだが。

ピーンポーン

 インターホンが鳴る。麻生達が来たようだ。ドタバタと下田が駆け寄る。

「あらー麻生君達偶然ねえ。どうしたの? みかちゃんに会いたくなって来ちゃったの?」

「池谷殿、空きビンはありますかな。ちょいとこいつを殴りたいのですが」

「まだ飲んでないわよーさあ入った入った!」

 麻生達は荒々しく靴を脱ぐと、ずんずんと部屋に入ってきた。達也はどうもと頭を下げる。麻生は達也よりも先に、フィギュアに目を向けた。

「おお、これは半年前に拉致(らち)された(まな)()ちゃんではないか! 久しぶりのご対面で小生涙が」

「本当にオタク馬鹿ね。ここに美少女がいるってのに」

「小生、三次の汚らしい女は全く興味がありませんので」

「ほら、やっぱりオタクは人間じゃないじゃん」

「下田殿、全世界の同志に謝ってもらえますかな」

 そう言って麻生はフィギュアを鞄の中に仕舞(しま)った。達也がこっそり伊藤に声をかける。

「先輩、なんでそんなにこの家避けているんですか?」

「ああ、そのうちわかるよ」

 伊藤は肩を落とす。それにしても、外見はくたびれているサラリーマンのようだ。いろいろ苦労しているのだろう。よく見ると薄毛(うすげ)であることがわかった。

 達也用にコーラをコップへ注ぎ、伊藤にはチューハイ、麻生と下田には日本酒が()がれた。

「今日は飲むぞーじゃあ乾杯!」

「かんぱ~い……」

 男達からは重々しい声がどんよりと響き渡った。だが、達也は嬉しかった。自分のことをここまで歓迎してくれるなんて、なんていい人達だろう。達也は涙が出そうになるのを(こら)え、コーラを飲み干した。

「いい飲みっぷりですな。でも、我々は決して酒を強要することは致しませぬぞ。コールなんてもってのほか。悲しいことに、そんなことをする者が世の中にまだ蔓延(はびこ)っているのです。これが三次元の悪いところですな」

「まあ、要は一気飲みとかはしないってことだね。そういうとこ、うちの部は健全だよ」

 伊藤が一口だけ飲んで説明してくれた。「安心しました」と達也が白い歯を見せる。

 お酒はあの独特の匂いが苦手で、飲む前から自分はお酒がダメだと分かっていた。伊藤も酒は弱そうで、次の一口にずいぶん時間がかかっていた。

「明日は土曜日ですな。池谷殿、その日授業はありますかな?」

「いや、無いです。いつも土曜日は暇ですね」

「おっ! ならうちの研究会来てみない? 俺らだけじゃなくて先輩方も来るし、将棋もできるよ」

「伊藤殿、それは私のセリフですぞ」

「本当ですか? もちろん行きます!」

 願ったり叶ったりだった。こんなに都合良く懸念(けねん)が解消されるとは。同級生にも会いたいし、先ほど下田が言っていた女子も気になる。

「今は春の大会シーズン中なんだよね。明後日の日曜日から、いよいよ団体戦が始まるんだ。池谷君にもぜひ見に来てほしい。そこで、実際の大学将棋の雰囲気を、体感してもらいたいなあ」

「団体戦って、どんなシステムなんですか?」

「まず、オーダー表に十四人名前を書くんだ。その中から七人を選んで、他大学と七番勝負をするのね」

「七番勝負って言い方は語弊を生みますぞ」

 日本酒を注ごうとした麻生が異変に気付いた。

「まあそんなもんじゃん。大将から七将まで選んで、そのうち四つ勝てばチームの勝利なんだ」

「一人一人、剣道みたいに戦う感じですか?」

「あっ、そこはみんな一斉に始まるよ。それだと時間がかかってしょうがないじゃん」

「そうですね」

「そうだよ」

 二人で笑っていると、麻生がちょいちょいと指をこちらに向けてきた。無言でそのまま下田に指を向ける。

「我々が(しゃべ)っている間に一升飲み干したあげく、瓶を抱えて寝ていらっしゃる。池谷殿、人間、ああはなりたくないものですな」

 下田はすやすやと寝ていた。麻生の悪口が聞こえないくらい熟睡している。しばらく喋っていなかったが、酒を水のごとく浴びるようにして飲んでいたようだ。

「でも運がいいよ。いつもは悪酔いして大暴れしてるんだから。だからこの家来たくなかったんだよ。さあ池谷君、今のうちに帰ろうか」

「起きたら自衛隊が必要ですからな」

 黙って家を出てしまったが、明日礼を言おう。その後、路上で二人の連絡先を教えてもらった。伊藤が研究会の詳細を教えてくれるということで話がまとまり、三人はそれぞれの帰路(きろ)についた。


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