暴走
「おい、そこ! プロレスしろ」
出たあ、と二年の二人が青ざめる。下田が座った目でアクションを起こしたからだ。
「俺らっすかぁ?」
「プロレスぅ?」
一年の二人は既に酔っているようだ。もちろん、下田も完全に出来上がっている。
「そーだよ、はい始め!」
「カーン!」とリングの声マネをしてみせ、立ち上がった。ついに来たかと、伊藤と麻生が体を張って止める。
「なんじゃお前ら! 邪魔だって言うとっとー!」
「はいはい落ち着け落ち着け」
止めに入った伊藤を、下田は軽々と投げ飛ばすと、ズンズンと橋本と佐伯に近寄る。初めのうちは達也も笑っていたが、伊藤が投げ飛ばされたのを見て、表情が凍った。続いて止めに入った麻生には、平手打ちでノックアウト。麻生は遺言のように、「止めてくれ」とだけ言い残して動かなくなった。
「せんぱーい!」
佐伯が大声を出すが、麻生はピクピクしている。
「お前らプロレスなんだから、服脱げや!」
強引に橋本の服を脱がそうとしたところで、佐伯がたまらず達也のところまで避難した。
「もうダメっすよ! あの人は怪物です!」
「伊藤先輩! 助けてください!」
「おい、下田! やめろ!」
まだ息のあった伊藤が鼻血を出しながら、下田の足に飛びついた。
「おっ、ちょうどいい実験台がいたいた」
下田は不敵な笑みを浮かべると、伊藤の両足を掴み、逆さに持ち上げた。伊藤も抵抗する力が無かったのか、だらんと死体のようになっていた。
「やめろー!」
「ブレーンバスター!」
鈍い音が鳴る。伊藤は脳天から床に叩き落とされ、ついに動かなくなった。
「に、逃げなきゃ」
「橋本! 今のうちだー!」佐伯が叫ぶ。
橋本はとっさに足を出して移動しようとしたが、下田に捕まった。手を出すのは危険と判断した二人は、なすがままにされている橋本から目を背ける。橋本、耐えてくれ。何度橋本から助けてという声が聞こえても、決して動かない。伊藤や麻生のようになるのはまっぴらごめんだからだ。
「佐伯! お前も!」
橋本は上半身だけでなく、ズボンまで脱がされていた。だらしないブリーフ姿に、二人は笑いをこらえられない。だが、のしのしと下田が向かってきたので、その笑いも乾いてしまった。
「池谷! 身代わりになってくれ!」
「嫌だ!」
「おー池谷でもいいぞーほら、脱げ脱げ!」
本気で身の危険を感じた達也は、普段では想像もつかないスピードで玄関まで走った。
「俺も!」
佐伯も達也の後を追う。そのまま玄関前で、じっと下田を威嚇した。来たら靴で応戦するつもりだった。もちろん逃げる手もある。
「ちっ、選手がいなくなっちまったじゃねーか、しょーがねーなー!」
そう言って下田は自分の着ているトレーナーに手をかけた。
「ちょっ!」
「先輩!」
荒々しくトレーナーを脱ぎ捨てると、キャミソール姿の下田が露わになった。胸の形がくっきりと映る。そのままキャミソールにも手をかけた下田に、佐伯と達也は慌てて駆け寄り、両腕を押さえた。
「やばいっすよ先輩!」
揉み合いになるうちに、下田の肌に触れる。ぷっくりとふくらんだ胸もちらっと見えた。達也は顔を真っ赤にしながら、必死に抵抗した。腕を掴み、何度振り払われようとも、しがみつく。
ついに屈した下田は、無言でベッドに寄り、大きな布団をかぶってそのまま寝てしまった。体力を全て使い切った二人は、その場に座り込む。
「橋本、服着ろよ」
「うん」
伊藤も麻生も失神していたので、場はしんと静まり返った。三人はまだ電車があることを確認すると、そのまま部屋を出た。
三人が最寄りの駅に着いたころには、日付はもう変わっていた。




